このウェブサイトではJavaScriptおよびスタイルシートを使用しております。正常に表示させるためにはJavaScriptを有効にしてください。ご覧いただいているのは国立国会図書館が保存した過去のページです。このページに掲載されている情報は過去のものであり、最新のものとは異なる場合がありますのでご注意下さい。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)地球環境部門環境変動予測研究センターの野口峻佑ポストドクトラル研究員らの研究グループは、2019年9月に南極上空で発生した成層圏突然昇温(※(注記)1)の影響で熱帯域の対流活動が活発化していたことを突き止めました。
成層圏突然昇温は、冬季の成層圏において極を取り巻く大きな流れが乱れることにより極域の温度が急激に上昇する現象です。この現象に伴い、熱帯域では下部成層圏の温度が低下することが知られていましたが、近年、さらに下方の対流圏にもその影響が及ぶ可能性が指摘されてきました(図1)。しかし、熱帯域の独自の変動と成層圏突然昇温に伴う変動とを区分することは困難であり、その影響の大きさは不明でした。
そこで本研究グループでは、僅かに異なる初期値から多数の予測シミュレーションを行うアンサンブル予測を実施(図2)し、成層圏突然昇温の有無による熱帯対流活動の変化を調べました。その結果、この成層圏突然昇温の影響によって、熱帯域の北半球側において対流活動に伴う上昇流が強化されていたこと(図3)の実証に成功しました。対流活動の活発化は、特に、アジアモンスーン域の南側(フィリピン海、南シナ海、インドシナ半島等)で顕著であり、成層圏突然昇温に伴う熱帯下部成層圏の温度低下が、この領域の積雲をより強く立たせていたこと(図4)も明らかになりました。
本研究の結果は、熱帯域の対流活動の活発化が南極成層圏における顕著現象の発生と確かに結びついていることを示すものであり、台風発生等の季節予測を実現・向上させていくにあたっては、成層圏の現象の再現性を上げることも重要であることを示唆します。
なお、本研究は科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業CREST「大型大気レーダー国際共同観測データと高解像大気大循環モデルの融合による大気階層構造の解明」(JPMJCR1663)および科学研究費補助金(19K14798)の支援を受けて行われたものです。
本成果は、「Geophysical Research Letters」オンライン版に8月7日付け(日本時間)で掲載されました。また、AGU会報誌「Eos」で「Research Spotlight」として紹介されました。
2019年の南極オゾンホールの最大面積は、大規模なオゾンホールが継続してみられるようになった1990年以降で最も小さな値となりました。これは、8月下旬から9月にかけて、成層圏突然昇温と呼ばれる、南半球においては非常に稀な現象が起こったことが原因でした(参考: 2019年11月20日気象庁発表)。
成層圏突然昇温は北半球の冬季においてしばしば起こる現象であり、その影響は対流圏にも及ぶことが近年の研究により明らかになってきています。特に、成層圏の熱帯域で上昇し極域で下降する大規模な子午面循環 (ブリューワー・ドブソン循環 ※(注記)2: 2013年5月23日発表の解説も参照)を急激に強め、冬季の中高緯度対流圏においては、偏西風を南下(赤道側へシフト)させることから、季節予測においても無視できない現象となっています。実際、2019年の南極における成層圏突然昇温は、過去最悪と言われる豪州の山火事等の南半球の異常気象に寄与していたと指摘されており、その事前からの予測と結果に注目が集まっていました。
その一方、成層圏突然昇温の影響は、低緯度対流圏においても熱帯域の上昇流に伴う下部成層圏の低温化およびその直下での対流活発化の形で現れる可能性があることが、いくつかの先駆的な研究によって示されてきました(図1)。今回の南極成層圏突然昇温においても、ちょうど同時期に熱帯域の対流活動が活発化する様子が観測できたことから、その影響がうかがわれました。しかしながら、熱帯域対流圏内の対流活動に伴う上昇流は成層圏で生じる上昇流と比べて非常に大きく、独自に変動していることが殆どであると考えられており、また、観測データや通常の数値シミュレーション結果の解析からでは、成層圏の変化が本当に対流圏の変化を引き起こしているのかを検証するのは困難でした。
そこで本研究では、2019年の南極成層圏突然昇温が熱帯対流圏へ影響を与えるかを、数値実験を行い調査しました。僅かに異なる初期値から多数の予測シミュレーションを行うアンサンブル予測実験を、成層圏の状態が現実と同じになるように拘束を加えた(実際の状態に近づくようシミュレーションを随時修正した)場合と加えなかった場合の2つの条件で行い(図2)、それらを比較することで成層圏突然昇温の熱帯対流圏への影響を統計的に評価しました。
その結果、熱帯域の北半球側においては対流活動に伴う上昇流が、また南半球側においてはそれと対応して下降流が、強化されていたこと(図3)が明らかになりました。これは、成層圏のブリューワー・ドブソン循環の強化によって、(この時期に上昇流のピークが北半球側に存在する)対流圏のハドレー循環(※(注記)3)の強化が引き起こされたことを意味します。対流活動の活発化は、特に、日本に上陸する台風の発生域であるフィリピン海・南シナ海およびインドシナ半島等のアジアモンスーン域の南側で顕著であり、成層圏突然昇温に伴う熱帯下部成層圏の温度低下が大気の不安定化を引き起こし、気候学的にも活発なこの領域の積雲をより強く立たせていたこと(図4)がわかりました。
本研究により、熱帯域の対流活動の活発化と成層圏突然昇温の発生が確かに結びついていることを実証しました。これは、台風発生等に関わる熱帯域の季節予測の精度を向上させていくにあたって、成層圏の現象の再現性を上げることも重要となってくることを示唆します。2019年の秋は、台風15号や19号等の大型台風が日本列島を直撃し甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しいですが、遠く離れた南極における成層圏突然昇温と、活発な台風発生環境とが、無関係ではないかもしれません。
ただし、あくまで本研究で示しているのは「完璧な成層圏突然昇温の予測」が実現できた場合を想定した結果です。決定論的な成層圏突然昇温の発生予測には限界があるため、実際の季節予測においては原理的にどの程度までしか「完璧」に近づけないのかを把握しておくことが重要です。
また、季節予測のように多数のアンサンブルで長期間の予測を行う際には、計算コストを抑えるために雲の振る舞いを半経験的にモデル化した「積雲パラメタリゼーションスキーム」を用いることが一般的です。本研究は、異なるパラメタリゼーションスキームを用いた場合でも、熱帯域の対流活動が概ね活発化し、成層圏突然昇温の影響が確かであることも示しました。しかし、対流強化のタイミング・大きさ等の影響の詳細には、パラメタリゼーションに依存した不確実性が存在することも同時に示しました。このような不確実性を軽減し、成層圏突然昇温の熱帯対流圏への影響をより正確に予測できるようになるためには、一度コストをかけて、本研究と同様のアンサンブル予測実験を、例えば全球雲システム解像大気モデルNICAM等の対流雲を直接表現できる数値モデルで実施し、この過程に関してより精緻な理解を得ることが必要と考えています。
【補足説明】
図1 本研究により実証した過程の模式図。
[画像:図2]図2 中部成層圏(高度約30 km)における南極域(南緯70度以南)で平均した温度の時系列。黒線が実際の時間発展を示し、8月下旬から9月中旬にかけて成層圏温度が急激に上昇(50 K以上)していることがわかる。縦点線で示した予測開始日(8月10日)より、それぞれ51メンバーずつのアンサンブル予測を行い、緑線が通常の予測、紫線が成層圏の状態を拘束(実際の状態に近づくようシミュレーションを随時修正)した予測を示す。各色の太線はアンサンブル平均を表す。この開始日からでは成層圏突然昇温の発生を確実に予測するのは困難であり、ほとんどの緑線は黒線を追えていない。
[画像:図3]図3 成層圏突然昇温を再現したことによって生じた(a)残差平均鉛直流と(b)外向き長波放射量(ともに東西平均)の差(図2の紫線集団の緑線集団からの差のアンサンブル平均に相当)の時間-緯度断面。ハッチで統計的に有意な差を示す。外向き長波放射量(※(注記)4)は、熱帯域における対流の活動度を示し、値が低いほど、対流が活発であることを示す。これらの図より、9月中旬から下旬にかけて、北緯10-20度付近で上昇流を伴う対流活動が活発化していたことがわかる。
[画像:図4]図4 成層圏突然昇温を再現したことによって生じた(a)外向き長波放射量と(b)対流活動に伴う降水量の差の水平分布。9月後半(16日から30日まで)の期間平均。ハッチで統計的に有意な差を示す。四角枠で今回の成層圏突然昇温の影響が特に大きかった領域(アジアモンスーンの南域)を示す。これらの図より、この領域における対流活動が活発化しており、積雲対流に伴う降水量も増加していたことがわかる。