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プレスリリース

このプレスリリースには「話題の研究 謎解き解説」があります。
2018年 6月 14日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

南海トラフ熊野灘の泥火山に微生物起源のメタンハイドレートを発見
〜海底下深部からの「水」の供給が地下微生物による天然ガス生産を促進〜

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海底資源研究開発センター地球生命工学研究グループ・高知コア研究所地球深部生命研究グループ(兼任)の井尻暁主任研究員、稲垣史生上席研究員らは、国立大学法人東京工業大学、国立大学法人琉球大学、ブレーメン大学(ドイツ)、マサチューセッツ工科大学(米国)等と共同で、地球深部探査船「ちきゅう」によって紀伊半島の南東に位置する熊野海盆(図1)の海底泥火山の頂上から200 mの深さまで掘削し、泥火山内部の柱状堆積物試料(以下「コア試料」という。)を採取しました。コア試料に含まれる天然ガス(メタン)の成因や生成された場所について、最先端の同位体地球化学・微生物学的手法による分析データと物理探査データを組み合わせた統合的な解析の結果、泥火山の山頂から590 mの深さまでメタンハイドレート((注記)1)が存在し、約32億m3のメタンが存在することが明らかになりました。これは、これまでに報告されていた海底泥火山一つあたりに含まれるメタン量の約10倍に相当します。さらに、その90%以上のメタンが、海底下400〜700 mの堆積物に生息する微生物により生成されたことが明らかになりました。その環境には、さらに深部(海底下1km以深)で温度の高い付加体((注記)2)から、粘土鉱物の脱水によって排出された低塩分の水が分岐断層((注記)3)を通じて供給され、地下微生物のメタン生成を促進していると考えられます。

本研究成果は、海洋プレート沈み込み帯における流体の成因と移動プロセスが海底下の微生物による天然ガス生産に深く関与していること、さらに海底下の微生物活動がこれまで認識されてきた以上に地球の炭素循環に大きく寄与している可能性を示しています。今後、地球ダイナミクスと生命圏との関わりや、海底下における炭化水素資源の生成メカニズム等を理解する上で非常に重要な発見です。

なお、本研究は、JSPS科研費JP23681007、JP26287128、JP17H01871、JP26251041、最先端研究基盤事業、最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR102)、JSPSおよび米国National Science Foundationのサマープログラム助成1308171を受けて実施されたものです。

本成果は、米科学誌「Science Advances」に6月14日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Deep-biosphere methane production stimulated by geofluids in the Nankai accretionary complex

著者:井尻暁1,2*, 稲垣史生1,2,3*, 久保雄介4, Rishi R. Adhikari5, 服部祥平6, 星野辰彦1,2, 井町寛之2,7, 川口慎介2,7, 諸野祐樹1,2, 大友陽子1,2, 小野周平8, 酒井早苗7, 高井研2,7,9, 土岐知弘10, David T. Wang8, Marcos Y. Yoshinaga11, Gail L. Arnold12, 芦寿一郎13, David H. Case14, Tomas Feseker11, Kai-Uwe Hinrichs11, 池川洋二郎15, 池原実16, Jens Kallmeyer5, 熊谷英憲2, Mark A. Lever12, 森田澄人17, 中村光一18, 中村祐貴13, 西澤学7, Victoria J. Orphan14, Hans Røy12, Frauke Schmidt11, 谷篤史19, 谷川亘1,2, 寺田毅20, 戸丸仁21, 辻健22, 角皆潤23, 山口保彦13,24, 吉田尚弘6,9

1. JAMSTEC高知コア研究所、2. JAMSTEC海底資源研究開発センター、3. JAMSTEC海洋掘削科学研究開発センター、4. JAMSTEC地球深部探査センター、5. ポツダム大学(ドイツ)、 6. 東京工業大学物質理工学院、7. JAMSTEC深海・地殻内生物圏研究分野、8. マサチューセッツ工科大学、9. 東京工業大学地球生命研究所、10. 琉球大学理学部、11. ブレーメン大学(ドイツ)、12. オーフス大学(デンマーク)、13. 東京大学大気海洋研究所、14. カリフォルニア工科大学、15. 電力中央研究所、16. 高知大学海洋コア総合研究センター、17. 産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門、18. 産業技術総合研究所、19. 大阪大学大学院理学研究科、20. 株式会社マリン・ワーク・ジャパン、21. 千葉大学大学院理学研究科、22. 九州大学大学院工学研究院、23. 名古屋大学大学院環境学研究科、24. 東京大学大学院理学研究科、*.責任著者

2.背景

泥火山は、地下深部で形成された泥質流体(水やガスを多く含む泥質堆積物)が表層に吹き上がってできた円錐形の高まりで、世界各地の大陸縁辺域に分布しています。それらの泥火山の活動は、地下深部で生成された物質を、大気や海洋といった表層環境に供給する役割を担っています。特に、陸上および浅海の泥火山から放出されるメタンは、大気中のメタンの重要な放出源の一つとなっています。メタンは、大気中において強力な温室効果ガスの一つである一方で、地下に存在する天然ガス・エネルギー資源としても重要です。地下に存在するメタンは、地下浅部において微生物によって生成される「微生物起源メタン」と、80°Cを超える高温下で有機物が分解されることにより生成される「熱分解起源メタン」があります。これまでの研究では、陸上泥火山から放出されるメタンの炭素・水素安定同位体比((注記)4)や、メタンとその他の炭化水素ガス(エタン、プロパン)との濃度比のデータなどから、泥火山におけるメタンの約80%が熱分解起源メタンであると考えられています。また、泥火山の表層環境では、微生物が深部から供給される有機物などを使ってメタン生成しているという結果も報告されています。

現在、地下深部からの流体・エネルギーの供給により支えられる微生物生態系が存在するかどうかは、科学掘削により明らかにするべき命題の一つとなっています。一般的に海底下の環境は、深くなるにつれ温度が高くなっていきます。生命を構成する核酸やタンパク質などの生体高分子は、温度が高くなるにつれ急激に損傷率が高くなることから、地下で生命(微生物)が生体高分子の損傷を修復しながら存続していくためには、細胞内の酵素を機能させるための水やエネルギー基質の持続的な供給が不可欠であると考えられています(2015年7月24日既報)。これに対して泥火山では、微生物生態系を支えるために必要な水やエネルギー基質が地下深部から継続的に供給されている可能性があります。しかし、これまで泥火山では、海底下数メートルまでの表層の堆積物が調査されてきましたが、それより深部の微生物活動や炭素循環については知見がありませんでした。

そこで本研究では、2009年と2012年に地球深部探査船「ちきゅう」により、紀伊半島沖南海トラフ熊野海盆に位置する第5泥火山(図1)の山頂から海底下200mまでの科学掘削を行い、採取されたコア試料を用いて、泥火山深部における流体移動や生成プロセス、地下微生物活動等に関する詳細な調査を行いました。

3.成果

第5泥火山から掘削により得られたコア試料を分析した結果、メタンハイドレートの存在が確認されました(図2)。「ちきゅう」に搭載されたハイブリッド保圧コアシステム((注記)5)を用いて現場の圧力を保持したままメタンハイドレートを採取し、コア試料に含まれるメタン濃度を測定した結果、その濃度は現場での溶解度を超える高い濃度(>100 mM)であり(図3)、堆積物中のメタンの大部分はメタンハイドレートとして存在していることがわかりました。第5泥火山の水深と、掘削中に海底下120mまで測定された地温勾配(0.029°C/m)のデータから、メタンハイドレートは山頂から590mの深さまで安定して存在し、そのメタンの総量は約32億m3と見積もられました。これは、これまでに報告されている海底泥火山一つあたりのメタン量10倍以上多い量です。

また、コア試料から抽出した天然ガスの化学組成とメタン・二酸化炭素(CO2)の炭素・水素同位体組成を分析した結果、メタンの90%以上は微生物により生産されたものであり、主にCO2と水素(H2)からメタンが生成されたものであることが明らかになりました(図4)。加えて、他の南海トラフ域で見つかっている微生物起源ガスと比較して、メタン・CO2ともに、その炭素同位体比が13Cに富んだ重い値を示しました(図3図4)。これは、地質学的時間をかけて微生物によるメタン生成が進み、CO2が大量に消費された結果、同位体分別効果((注記)6)によりCO213Cに富み、そこから生成するメタンも13Cに富むようになったためであると考えられます。

さらに、放射性炭素(14C)で標識された14CO2を添加して堆積物を培養した結果、CO2還元型のメタン生成活性が確認されました(図3)。この結果は、泥火山から噴出される堆積物の中にH2とCO2からメタンを生成する微生物(メタン菌)が存在することを示しています。さらに、メタンの生成温度を見積もることができる安定同位体分子指標(クランプト同位体、(注記)7)の分析結果は、微生物によるメタン生成が16〜30°C付近の地層(海底下300〜900 m)で起きていたことを示しました(図4)。また、熊野海盆における海底下構造探査により、高間隙水圧(ガス含む)帯((注記)8)が海底下700m付近の分岐断層に沿って分布し、泥火山はこの高間隙水圧帯から噴出していると考えられます(図5)。メタンのクランプト同位体によって見積もられたメタン生成帯は、この高間隙水圧帯の深度と一致しており、メタンは泥火山噴出堆積物の起源となる地層(リザーバー)中で生成していると考えられます。一方で、泥火山の噴出堆積物に含まれる間隙水を化学分析した結果、60°C〜150°C(推定海底下3〜13 km)で起こる粘土鉱物の脱水反応に由来する低塩分の水(海水の約1/4の塩分)が、付加体から断層を通じて供給されていることが明らかになりました。また、一部の水は粘土鉱物の脱水反応が起こるよりもさらに深部の南海トラフ巨大地震の震源域に相当する深部(推定海底下15km)から断層を通じて供給されていることが報告されています(2015年2月10日既報)。さらに、泥火山堆積物から、中温(40°C)を至適生育温度とし、非常に低い塩分を好む水素資化性(CO2還元型)のメタン生成菌が単離・培養されました(図6)。この生育条件は、メタンのクランプト同位体で見積もられた生成温度や、間隙水の化学分析から明らかとなった低塩分の環境と一致します。これらの結果は、付加体から断層を通じて供給される低塩分の水によって、微生物によるメタン生成が促進されている可能性を示唆しています(図7)。CO2還元型のメタン生成には、エネルギー源となるH2が必要ですが、泥火山堆積物中の水素ガス濃度は最高で数10 μMと一般的な海底堆積物中のH2濃度(数nM)より一万倍以上も高いことがわかりました(図3)。このH2の起源については不明ですが、深部起源の水と共に、付加体の断層を通じて供給されていると考えられます。

第5泥火山のメタンの特徴として、重い炭素(13C)に富んでいることが挙げられます。一般的に、13Cに富んだ重いメタンは熱分解起源メタンと考えられていましたが、本泥火山のメタンの約90%は微生物起源メタンであることが明らかになりました。本研究の成果は、世界各地の海洋底に存在する泥火山にメタンハイドレートとして存在するメタンや、泥火山から大気・海洋へ放出される温室効果ガスとしてのメタンに関して、地下微生物の活動が従来考えられていたよりも大きい可能性を示唆しています。

4.今後の展望

本研究により、南海トラフ熊野海盆の第5泥火山堆積物中には、1メタンハイドレートとして存在するメタンの量が従来の試算よりも一桁多いこと、2微生物起源メタンの寄与がこれまで考えられていたよりもはるかに大きいことが明らかとなりました。

泥火山はメタンの大気・海洋への重要な放出源の一つであり、大気中のメタンは強力な温室効果ガスであることを考えると、海底下に生息する微生物の活動は、地球規模の大気・海洋の炭素循環に重要な役割を果たしていると考えられます。

近年、従来の熱分解起源メタンを主成分とする天然ガス資源に対して、微生物起源メタンを主成分とするガス田やメタンハイドレートが注目されています。本研究によって明らかとなった、断層を通じた深部流体の供給によるメタン生成の促進は、我が国の沿岸域をはじめとする海洋プレートの沈み込み帯において初めて示されたメタン生成モデルです。本研究による統合的な分析手法と科学的知見は、今後の海底炭化水素鉱床の探鉱や評価技術の発展に大きく貢献することが期待されます。

【用語解説】

(注記)1 メタンハイドレート:メタンガスと水分子が、低温・高圧環境下で氷状に結晶化したもの。

(注記)2 付加体:海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む際に、海洋プレートの上にのっている堆積物がはぎ取られ、陸側に付加されてできる地質体。日本の南岸沖では、フィリピン海プレートが南海トラフから西南日本下に沈み込んでおり、南岸沖から日本列島下にかけて付加体が形成されている。熊野海盆は付加体の発達によって堆積物がせき止められ形成された地質体(前弧海盆)である。

(注記)3 分岐断層:プレート境界断層から分岐し付加体上面に至る断層。

(注記)4 メタンの炭素・水素安定同位体比:天然ガスの主成分であるメタン(CH4)の炭素(C)と水素(H)の同位体組成(質量数の異なる元素の存在割合)を質量分析器により測定することで、メタンの主な成因(熱分解起源もしくは微生物起源)を推定することができる。その他、メタン生成に必要な二酸化炭素の炭素同位体比もメタンの成因を推定するための指標となる。

(注記)5 ハイブリッド保圧コアシステム:海底下の圧力を保持した状態でコア試料を採取するために、従来の保圧コア採取システムを地球深部探査船「ちきゅう」用に改良したシステム。この保圧コアシステムを使って、第5泥火山にて採取した保圧コア試料を現場の圧力を保ったままX線CTスキャンで観察したところ、堆積物の間隙をメタンハイドレートが埋めている様子を確認することができた(図2D)(2012年7月6日既報)。

(注記)6 同位体分別効果:微生物によってCO2とH2からメタンが作られる際、選択的に軽い炭素(12C)が代謝反応に使われる。このため、一般的に、微生物により生産されるメタンは12Cに富み、残りのCO2に含まれる12Cは減少する(13Cの割合が増える)。このような反応の過程で、元素の同位体組成の比率が変わることを同位体分別効果とよぶ。

(注記)7 クランプト同位体:メタンの起源の新しい指標として用いられている。重い同位体同士である13CとD(重水素)の13C-D結合を持つメタン分子 (13CH3CD:クランプト同位体と呼ばれる) の存在量は、メタンの生成温度に依存することが明らかとなっている。メタンの起源を知るための指標として従来用いられてきた手法(炭素・水素安定同位体やメタン/エタン濃度比)では、微生物起源メタンか熱分解起源メタンかが判別できたとしても、それがどれくらいの深度(温度)の環境から来たのかを知ることはできなかった。一方、メタンのクランプト同位体によりその生成温度を見積もることで、地温勾配と併せてメタンが生成された地層の深度や移動経路を推定することができる。

(注記)8 間隙水圧:堆積物粒子間に存在する間隙水による地盤内の水圧。

[画像:図1]

図1. 熊野海盆と熊野第5泥火山の位置図。現在、熊野海盆内では13個の泥火山が確認されており、今回調査を行った第5泥火山は活動的な泥火山と考えられている。

[画像:図2]

図2. 地球深部探査船「ちきゅう」船上で確認されたメタンハイドレート。(A)コア試料の断面に白いパッチ状に見えているメタンハイドレート。(B)赤外線カメラによるもの。メタンハイドレートの溶解による温度低下が、掘削直後のコア試料に全体的にみとめられた。(C)コア試料中に含まれるメタンハイドレート塊(白色部分)。(D)保圧コア試料のX線CT画像。礫を含む粘土質のマトリックスに、脈状のメタンハイドレートが分布していることが確認された。

[画像:図3]

図3. 堆積物試料の分析によって得られた生物地球化学データ。(A)メタン濃度。保圧コアシステムを用いて測定されたメタン濃度は100 mM以上であり、現場におけるメタンの飽和濃度を超えている。(B) メタンの炭素・水素同位体比。(C) 溶存無機炭素(CO2)、酢酸、全有機炭素の炭素同位体比。CO2は非常に重い炭素(13C)に富んでいる。(D) 水素濃度。水素濃度は数10 μMと通常の海底における濃度(数nM)に比べて4桁高い濃度を示した。(E) 微生物代謝活性。水素資化型(CO2還元型)メタン生成の高い活性が検出された。

[画像:図4]

図4. (A)メタン炭素同位体比対 メタン/エタン濃度比。泥火山のメタンは、南海トラフ域で見つかっている通常の微生物起源メタンに比べて炭素同位体比が大きい(13Cに富んでいる)。これは大量に消費された結果13Cに富んだCO2からメタンが生成されたためと考えられる。(B)メタン-水間の水素同位体分別 対 メタンクランプト同位体およびクランプト同位体から見積もった温度。クランプト同位体から見積もられた温度は約30°Cを示す。

[画像:図5]

図5. 地震探査データ(弾性波速度と波形)の解析により、熊野海盆堆積物中の海底下400〜600 mの深度で確認された高間隙水圧帯(ガス含む)。分岐断層の活動に伴って形成されたリッジに沿って、微生物によるメタン生成場と推察される高間隙水圧帯が分布することがわかる。

[画像:図6]

図6. 分離したメタン生成菌1H1株の特性。(A-B) 水素/二酸化炭素培地で増殖させた1H1株の顕微鏡写真。同一視野の位相差顕微鏡写真(A)および蛍光顕微鏡写真 (B) を示す。(C-D) 増殖に対する温度および塩化ナトリウム濃度の影響。低塩分環境で良好に生育することが示された。

[画像:図7]

図7. 熊野第5泥火山内におけるメタン生成の概念図。付加体から分岐断層を通じて供給された水や水素が泥火山の噴出の起源となる堆積物のリザーバー(高間隙水圧帯)に供給され、地層中の微生物生態系によるメタン生成が促進される。その後、表層近くまで移動したメタンは、泥火山の流路でメタンハイドレートとして蓄積される。

[フレーム]
国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海底資源研究開発センター 地球生命工学研究グループ
高知コア研究所 地球深部生命研究グループ
主任研究員 井尻 暁
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛

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