伊藤忠商事が地下鉄出口に「数メートルの屋根」を作った理由

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伊藤忠商事ロゴPhoto:JIJI

近江商人の初代伊藤忠兵衛が1858年に創業した伊藤忠商事。かつては「万年4位」ともささやかれてきた非財閥系商社は、いかにして総合商社トップの座へと成長したのか。多くの関係者への取材を通じて明らかにする。(ノンフィクション作家 野地秩嘉)

地下鉄出口に作った
数メートルの屋根

青山通りに面した伊藤忠商事(以下、伊藤忠)の本社ビルは東京メトロ外苑前駅の上に立っている。ただし、直結はしていない。

社員は外苑いちょう並木に近い地上の4a出口からいったん、外に出て、それから社屋に入っていくことになる。出口からビルの庇(ひさし)が延びているところまではわずか3メートルくらいだが、歩かなくてはならない。

その距離だと雨が降っても傘をささずに誰もがダッシュしていく。ただ、路面は濡れている。なかには、つるりと滑ってしまう人もいたのである。

外苑前駅に4a出口ができたのは1999年。それから13年間、雨になると伊藤忠パーソンはダッシュして本社に突入せざるを得なかった。

「濡れないよう、屋根を作ろうや」

そう言ったのは現会長でCEOの岡藤正広だ。

2010年に社長になって、彼が着手したのは社内の改革と社員の労働環境を整備することだった。

まず、会議を精査して、無駄なそれをやめた。社内で作る資料の削減を進めた。

労働環境の整備の一環として彼が手を付けたのが、社員が滑って転ばないよう、地下鉄出口とビルの間のスペースに屋根をかけることだったのである。

東京メトロや東京都と協議をする必要があったため、屋根ひとつかけるのにかなりの時間と費用を要した。

しかし、結果は上々。雨が降ろうが風が吹こうが、社員たちは服を濡らすことなく、ゆうゆうと本社に入っていくことができるようになったのである。

「そんなみみっちいことは社長がやることではない」

顔をしかめたOBもいたらしい。だが、岡藤は意に介さず、その後も社員のために社内の決まりを次々と変え、働きやすい環境を作っていった。

そして、細かいことの積み重ねが社員の意識を前向きにし、ひいては会社を変えた。社長就任から11年後、伊藤忠は総合商社でトップに立ったのである。

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