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【特別寄稿】「らい予防法」の過ちを繰り返すな!(岡田行雄)

 ハンセン病療養所菊池恵楓園を、助手として担当していた九州大学法学部2年生のゼミ生を連れて初めて訪ねたのが1996年のこと。

そこで、入所者の方々から「らい予防法」が引き起こしたさまざまな人権侵害をおうかがいした。菊池恵楓園に隔離されただけでなく、作業、園名、堕胎・断種……ありとあらゆるものが強制され、怪しげな「治療」を批判すると懲罰房に監禁される。ハンセン病の疑いがかかるだけで保健所から人がやってくる。完全装備の一団に消毒されようものなら、近所から噂が広まり、家族までも差別され、一家離散の憂き目に遭う。

あれから25年。熊本はハンセン病差別が激しかった所のひとつ。熊本県は「らい予防法」による差別を謝罪し、差別被害の克服に努めているはずであった。ところが、新型コロナウイルスにかかるPCR検査で陽性判定を受けた者が1人出ただけで大騒ぎとなった。

そして、あろうことか、COVID-19の恐怖を煽るだけでなく、陽性判定を受けた者の年齢、居住区などを行政が公表する始末。熊本が「らい予防法」が引き起こした人権侵害に学んでいないことを痛感したのがこの1年間であった。まさか、「らい予防法」下のハンセン病差別と同じ状況が繰り返されるとは…。

折しも、「らい予防法」による人権侵害とその被害の克服を目指して数々の取組みをなされてきた内田博文先生とそのご指導を受けてきたメンバーとで医事法に関する研究会を重ねて、いつか医事法の教科書を出版できたらと考えていた。その状況下でコロナ禍が日本を襲っている。そこで、一般市民、とりわけ医療従事者に向けてコロナ禍を素材にして医事法が直面している問題に切り込みを入れ、私たちの掲げる「旗」を示す本をということでメンバーとともに急遽執筆したのが本書である。


本書は、患者や医療従事者の人権がそもそも保障されてきたのかを問うPrologueから、Chapter.1からChapter.4では、コロナ禍で露呈した感染症対策の問題、医療をめぐる法のあり方、医療のいびつさの根源となっている医事法全体のあり方、コロナ禍における精神医療のあり方にメスを入れる。さらに、Chapter.5からChapter.8では、コロナ禍で顕在化した日本の医療費抑制政策と医療従事者を取り巻く労働環境の問題点、コロナ禍における専門性と国家との関係や、医師を中心とした医療従事者の養成過程の問題点、コロナ禍で露呈した地方に端を発した医療崩壊問題にメスを入れる。Epilogueでは、コロナ禍において医療従事者等にまで及ぶ差別の構造にメスを入れ。「らい予防法」の教訓に学び、差別禁止に実効性をもたせる取組みと患者の人権保障に基づくCOVID-19対策が取られるべきであり、それを通して、医療従事者の人権も保障されるべきことを提示する。

加えて、本書には、「特措法と感染症法の改正」、「COVID-19と業務妨害罪」、「一斉休校、外出自粛、休業要請」、「介護崩壊を防ぐことは医療崩壊を防ぐこと」、「コロナ禍におけるマスメディアの報道」、「強制入院と人権擁護システム」と題する6つのコラムも収められており、各章で取り上げられなかった問題にも言及している。

本書が、COVID-19の患者やそのご家族のみならず、コロナ禍に苦しむ様々な方々、わけても医療従事者やそのご家族に希望の光をもたらすものとなれば、編者として、これに勝る喜びはない。



【執筆者略歴】

岡田行雄(おかだ・ゆきお)1969年生まれ、長崎市出身。1991年九州大学法学部卒業。1996年九州大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。1996年九州大学法学部助手を皮切りに、聖カタリナ女子大学社会福祉学部専任講師、九州国際大学法学部助教授を経て、熊本大学法学部准教授。2010年5月同教授。2017年4から現職。主要業績、『少年司法における科学主義』(日本評論社、2012年)、編著『非行少年のためにつながろう!』(現代人文社、2017年)など。




『患者と医療従事者の権利保障に基づく医療制度』刊行に寄せて

岡田行雄 「『らい予防法』の過ちを繰り返すな!」

内田博文 「患者と医療従事者の人権を守る医療と医事法を!」

阿部恭子 「コロナ感染による〝世間〟への恐怖――日本の感染者が患うもうひとつの病」


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