状況が悪化する時

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状況が悪化する時
著者: ch00bakka ch00bakka
コンテンツ警告: 自殺、ボディホラー、拷問、殺人、テロリズム。


(以下、SCP-JPの規定に則った形式の翻訳クレジット)


タイトル: 状況が悪化する時
翻訳責任者: C-Dives C-Dives
翻訳年: 2024
著作権者: ch00bakka ch00bakka
原題: When Situations Degenerate
作成年: 2019
初訳時参照リビジョン: 25
元記事リンク: ソース


評価: +9
⚠️ コンテンツ警告

二人の老爺が古めかしいオーク材の扉の前に立っていた。彼らは、お互いの家系が何千年もの間そうしてきたように、大青と白墨と黒炭で、繋ぎ目と結び目と螺旋模様を新たに染め直していた。黒い仔羊を生贄に捧げ、黄金の鎌でその喉を掻き切り、扉の敷居に刻まれた溝にその血を流し込んだ。二人は彼らなりの戦装束に身を包んでいた - サヴィル・ロウで特別に誂えたスーツ、最高級のシルクのネクタイ、金の腕時計とダイヤモンドのカフスボタン、手作りの革製ブリーフケース。そして今、各々が鍵を手にして立ち、二個一組の錠を開けて太古の悪を封じた牢獄へ入ろうとしていた。

「ヤドリギは持ってきただろうな?」 一人がそう訊ねた。彼は背が低く太っており、ほとんど病的な肥満の域に達していたが、スーツの巧妙な裁断とピンストライプ柄が大部分をどうにかごまかしている。

もう一人は長身痩躯で、完全な禿頭だった。金の握りが付いた杖にすがって身体を支えている。「無論だとも。先週の木曜日、満月の下で私自身が摘んだのだよ。君こそブランデーは持参しただろうね?」

「今朝、貯蔵庫から取ってきた。正真正銘の最高級さ。父の覚え書きが正しいなら、なんとこいつはド・ゴールからの贈り物らしい」

「素晴らしい。始めようか?」

「そうしようじゃないか」

彼らは前に踏み出し、鍵を回した。扉が軋みながら開くと、渦巻く霧が見えた。二人は目と目を合わせ、頷いて通り抜けた。

膨れ上がった二つの死体が融合した一つの肉塊が、数多の角と歯が生えた祭壇の前に敷かれた絹のシーツの上で悶え、その周りでは都が燃えていた。セックスの臭い、死の臭い、炎の臭い、感覚を圧倒し肺を塞ぐ混ざり合った悪臭。四つの黒い目がベッドから見上げ、四つの唇が開き、二部構成のハーモニーが何千年も話されていなかった言語の言葉を詰まらせた。

「ゴットホッグとカルタクとモルクの御名に於いて、我は汝に命ずる! その姿で現れるな!」 太った男が叫び、全てが変化した。

黒い目の神が冷たい銀の玉座に腰掛けており、右手には唸る三つ首の獣が、左手には鎖に繋がれて泣く女がいた。責め苛まれる魂たちが彼の足元で砕かれ、頭上に広がる石造りの空には、偽りの星々である結晶の輝きが散りばめられていた。洞窟に響き渡りながらも罪人たちの慟哭をかき消すことのない声で、彼はホメーロスやヘシオドスの言葉を語り、来訪者たちを涙に暮れさせた。

痩せた男が叫んだ。「雷鳴轟かせしゼウスと大地揺るがせしポセイドンの御名に於いて、我は汝に命ずる、その姿で現れるな!」 そして再び、全てが変化した。

一人の死んだ男が古いイチジクの木から吊り下がっており、その黒い目は飛び出し、毛織の長衣は垂れ流した腸の中身に塗れて悪臭を放っていた。足元には一握りの銀貨が汚れた土埃の中に散らばり、遥か彼方の丘の上で三人の男が苦しんでいて、彼らの呻き声は砂漠を越えて届くはずがないほどの遠方まで聞こえていた。彼は屍らしく歯を剥き出して笑い、唇から胆汁を吹き零しながら、"ホザイの幻視"、"ダニエル書"、"死の十七の治療法"に記された言葉を述べ立てた。

「イェシュア・ベン・ユースフの御名に於いて、我は汝に命ずる! 彼の父の聖なる七十二の御名に於いて、我は汝に命ずる! より美しき姿で現れよ!」 太った男の声はしわがれつつあったが、彼の言葉は聞き届けられ、またしても全てが変化した。

生のデータが光の速度でけたたましく飛び過ぎていった。景色も音も匂いも無く、ただ数字に次ぐ数字、生の利益、人間の思考など到底追い付かない速度で持ち主を変えてゆく株式と通貨。そしてそれら全ての中心に鎮座するのが、アルゴリズムの怪物、ありとあらゆるインサイダー取引とピコ秒単位の優位性の集約であった。二人の男からは見えなかったが、彼らはそれが見つめていることを、そしてその目が黒いことを知っていた。

「最後にもう一度、我は汝に命ずる!」 痩せた男の声は、彼自身には聞こえなかった。「我らの先祖が交わした契約に於いて! 汝を束縛している精霊と呪文に於いて! メディチとモルガンの、ロスチャイルドとロックフェラーの、クロイソスとクラッススとコークの御名に於いて、我は汝に命ずる! 定命の姿で我らの前に現れよ!」 そして、それを最後に、全てが変化した。

五感が戻って来ると、二人の男は、自分たちが分厚いペルシャ絨毯の上に膝を突いていることに気付いた。彼らは立ち上がり、暗色の木材と革張りで統一された豪奢なオフィスの見慣れた光景を眺めた。中心には重厚なマホガニー材のデスクが据え付けられ、正面に彫られたモノグラムの"D"が金箔で強調されていた。その後ろに、彼らが会いに来た男が腰掛けていた。平均的な身長、平均的な体格、二人よりも四十歳若い。スーツは黒く、ネクタイも黒く、髪も黒く、そして勿論、目も黒い男であった。

どちらの来訪者も完全に立ち直らないうちに、黒ずくめの男が話しかけた。「ああ! バーティーにエイモス! なんとも嬉しい驚きじゃないか。さぁ、掛けてくれたまえ。きっと僕に訊きたいことが沢山あるんだろう」

まずは太った男が気を取り直した。「パーシー、例によって会えて嬉しいよ、だがお喋りを楽しむ前にちょっとした用事を済ませんとな。ルーパート?」

「何だ、エイモス? おお。そうだった。どこに入れたかな? ああ、これこれ」 痩せた男が内ポケットからヤドリギの束を引っ張り出し、半分を相方に手渡した。彼らは部屋を一周し、様々な花瓶や壺から枯れかけたヤドリギの小枝を抜いては新鮮なものに差し替え、その都度ドルイドの神聖な言葉で短い祈りを唱えた。デスクの男は口元にうっすらと笑みを浮かべながら、黙ってそれを見ていた。作業が終わると、彼らは部屋の中央に戻り、一対の優雅な革張りの肘掛け椅子を引き寄せた。

「さぁて」 太った男がそう言いつつ、ブリーフケースからコニャックの瓶と三つのグラスを取り出した。「一杯やろうか?」 各々のグラスに酒がたっぷり注がれて、男たちは乾杯をした。

「安く買え」 とマーシャル。

「高く売れ」 とカーター。

「善人ぶった戯言は懲り懲りだ」 とダーク。

彼らはしばし静かに座り、ブランデーと団欒を楽しんだ。ダークが最初に沈黙を破った。「それで、紳士諸君のご要望は何かな? 今日は単なる年一回の結界更新に来たのかい、それとも助言が必要かい?」

「それはまあ」 とカーターが言った。「普段通りの株予測と投資アドバイスを頼むよ。来年注意すべきこと、避けるべき注目株、買収すべき企業だ」

ダークは頷いた。「アルゴリズムがその情報を君たちの携帯端末に入れた。僕が全て書き留めるよりもずっと簡単だ、そう思わないか?」

カーターは携帯電話を取り出し、画面を幾つかスワイプした。「おう、なんて便利なんだ。勿論、こいつに保存している他のあれやこれやを考えると些か悩ましいが、君はまさか私を脅迫したりはできまい。だろう?」 彼は携帯を仕舞いながら緊張気味に微笑んだ。「私の用事はこれで済んだ。エイモス?」

マーシャルは首を横に振った。「俺からは特に何も無い。いつものように会えて嬉しかったぞ、パーシー。来年もまた同じ時期に会うとしようか」 彼は無理に笑い、カーターもそれに倣った。二人は立ち上がり、ブリーフケースを手にして立ち去ろうと歩き始めた。

ダークは絡めた指越しに、扉へと歩み寄る二人を見つめていた。「もう一ついいかな、紳士諸君?」 二人は立ち止まり、振り向いた。「君たちももう若くない。後任は選んだかい?」

長い沈黙があった。ダークは目を逸らさなかった。

カーターが最初に折れた。「あー、うん、勿論、私はね、問題ないよ」

マーシャルは相方の文末に飛び付いた。「そして、そう、俺もだよ、ただ単に...」

「ただ単に、何だ?」 ダークは片方の眉を吊り上げた。「問題でも?」

「いや、問題は無い」 マーシャルはそう言いつつ額をハンカチで拭いた。「俺は大甥のクリソフィラス・マーシャルを選んだ。ロンドンに住んでいる。通り名は"ちょこまか"スキッターだ、理由は神のみぞ知る」

「そして私はフランスの分家からアルフォンス・カルティエを選んだ... 業腹だがね。弟の子供たちは全員他所で忙しくしているし、妹は女と結婚したから、どうしようもなかった」

ダークは頷いた。「良かったね。で、僕の後任は?」

二人が同時に口を開いた。「その-」「実は-」 短い沈黙。「じゃあ、君から-」「いや、お前が-」 またしても沈黙。今回もやはり、カーターが先に折れた。

「誰もいなかった」 カーターはそう言った。「ダークの系譜は断絶した」

ダークのデスクランプ一つを残して、オフィスの灯りが全て消えた。「どういうことだ?」

「私たちにはどうしようもなかったのだよ、パーシー! ブラック家の者たちは君がダークになる前に大半が死んでいた!」

ランプの光はもはや部屋の壁にさえ届かなかった。ダークの目は黒い澱みと化し、髪とスーツは背後の影とほとんど見分けが付かなかった。「では、他の血族は?」

マーシャルは胸ポケットから小さな手帳を引っ張り出した。「アーロン・ツァルナッキは遂にシュワルツ家の最後の一人を追い詰めて、第二次世界大戦中の仕打ちへの復讐を果たした。翌年、ツァルナッキ自身も連合の手に掛かった。ネグレスク家はチャウシェスクに粛清された。ダンカン・マクダフは妻と息子たちを絞め殺してから銃で自殺した。黒河家の最後の一人はオウム真理教のサリン攻撃に巻き込まれて死んだ - これは不幸な偶然だったと俺たちは信じている。ルノアール家の邸宅は家族全員を閉じ込めたままバイユーに沈んだ。俺たちは香港での事業を任せているリー兄弟、イン健鴻ジャンホンのどちらかを選ぶつもりだったが、二人とも昨年6月に暗殺された。同時多発自動車爆弾だ。実行犯はまだ見つかっていない」 彼は手帳を閉じ、ダークの視線に向き合った。「お前の影響力は長寿とは結び付かないんだ、ミスター・ダーク。気の毒なパーシーの顔を被った時だって、あいつはあと6ヶ月もすればきっと自殺していたよ」

その言葉を聞いて、ダークは仮面を脱ぎ捨てた。最後の灯りが消え、オフィスが消失し、マーシャルとカーターはパーシヴァル・ブラックを彼の一族伝来の悪魔に捧げて以来初めて、扉の向こうの部屋をあるがままの形で目の当たりにした。彼らは古代の墳丘墓の中におり、土を押し留めている巨大な石板には、ダークを封印し続けるための複雑な結び目紋様とルーン文字が刻まれていた。壁の窪みには数十体の死体が安置されていた。ダークがテヴェレ川の畔にある更に古い墓所からロンディニウムに移されて以来、二千年の間に捧げられてきた生贄たちである。最も新鮮な生贄は勿論パーシーであり、彼らの目の前にある黒御影石の祭壇の後ろ、黄金の玉座に座っている死体がそれだった。

二人はまず彼の目と舌を取り除いた。そして次に心臓と肺を、肝臓と腎臓を、睾丸と脳を。臓器は祭壇の鉢に盛られた。心臓は脈打ち続け、肺は呼吸し続け、脳は切り刻まれた肉体に起きた全てを痛烈に認識し続けた。臓器が取り出された場所や、儀式に則って彼らが切開した場所には穴が空いた。それらの穴の中にダークがいた。それは大蛇であり、それ自体の上や周囲や中で幾重にも蜷局を巻いており、鱗の一枚一枚が異なる影の濃淡を帯びていた。それは濃い黒煙であり、パーシーの胃で石炭が燃えているかのように、彼の傷口の中を絶え間なく流れていた。それは蜘蛛の群れであり、死体の四肢に黒い絹糸の巣を張り巡らせ、肉に卵を産み付けていた。それはそのような、そして更に多くの姿を取り、形は互いに混合し、崩れては刷新され、ある姿は心眼でしか見えず、あるものは記憶でしか見えなかった。しかし、どのような姿でも、同じ黒い目がパーシヴァルの虚ろになった眼窩から、慈悲の欠片も無く見据えているのだった。

奴隷監督の鞭のような声で、それが言った。「その不遜さは魅力にはならぬぞ、ミスター・マーシャル。貴様らが誓いを立てたギアスを思い出させなければいかんのか? もし記憶が定かでなければ、それらはパーシヴァルの肉に、すぐここに刻み込まれている」

マーシャルは片膝を突いた。「いいえ、ミスター・ダーク。誓いは覚えておりますとも。しかし-」

「しかし、貴様らは我が子孫たちから目を離し、その多くを危害に晒した」

カーターがマーシャルの横に跪き、彼の目はしっかりと地面を見据えていた。「ミスター・ダーク、もはや誰も生き残ってはいません。私たちは後任を発見できませんでした。あなた様の血族は途絶えたのです」

死体の歪んだ口元が吊り上がり、微笑みを浮かべた。「まだ一人残っておるぞ、ミスター・カーター。大学時代のパーシヴァルは精力に満ち満ちており、常に不毛の土地ばかりに種を蒔いてはいなかった。奴は息子が生まれたことを知らず、息子は父の顔を知らなかった。残念だが、その息子は死んだ - だが其奴の娘がいる、その娘こそがダークとなるのだ」

マーシャルは困惑して顔を上げ、ダークと目を合わせた。「しかし、あの協定には確か-」

返答の声は搾取工場の自殺者の死喘鳴だった。「協定の内容など分かっておるわ! 最初の契約の条件は今後も守られる、それは誓おう。娘を見つけよ。私の下へと連れてこい。そして貴様らの後任者が彼女をダークにせよ」 マーシャルの汗が額から床に滴り始めるほどの長い沈黙が続いた。「行って宜しい」

マーシャルとカーターは、危うくブリーフケースを置き忘れそうになるほどの勢いで部屋から逃げ出した。外に飛び出るや否や、全体重を扉に掛けて力一杯閉ざし、しっかりと施錠した。そして、老いさらばえた肺で息を切らしながら、その場に崩れ落ちた。

「最悪だ」 カーターが喘いだ。「娘の名前を聞き忘れた」

状況が悪化する時 || 彼女に道を空けろ »

本ページを引用する際の表記:

状況が悪化する時」著作権者: ch00bakka、C-Dives 出典: SCP財団Wiki http://scp-jp.wikidot.com/when-situations-degenerate ライセンス: CC BY-SA 3.0

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ページリビジョン: 7, 最終更新: 13 Nov 2024 08:43
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