シェイプシフト・ウィズ・ミー
評価: +8

クレジット

タイトル: シェイプシフト・ウィズ・ミー
翻訳責任者: C-Dives C-Dives
翻訳年: 2024
著作権者: Uncle Nicolini Uncle Nicolini
原題: Shape Shift With Me
作成年: 2023
初訳時参照リビジョン: 9
元記事リンク: ソース

評価: +8

ボーリング郊外の野原に、ウィルソンズ・ワイルドライフ・ソリューションズのロゴが入った1台のトラックが停まっている。センターの最高責任者、ティム・ウィルソンはトラックの周りを歩き回っていた。彼の娘でもある補佐役、フェオウィン・ウィルソンはトラックのボンネットに腰掛けていた。彼女は、父親が目の前を行ったり来たりしながら、時たま髭を掻きむしったり、水筒の中身を一口飲んだりするのを見ていた。

「父さん、少し落ち着いて」とフェイが促した。

「監督者たちが来ると、私がどういう気分になるか知ってるだろう! 胸焼けがいきなり酷くなるんだよ」 ティムは娘を見ようともせず、ぐるぐる行進し続けながらそう返した。

「知ってる。薬は飲んだ?」

「いや! まさか監督者が今日来るとは思わなかったから、職場に持って行こうとも思わなかった!」

「もっとちゃんと服薬する習慣を付けよう、父さん。最後にかかりつけのお医者さんに診てもらったのはいつ?」

「なぁ、私は医者に行くのがあまり好きじゃないんだ。体調管理は自分でできる。ただなぁ... 監督者。彼らが来ると -」

「不安になるんだよね」

「あれは不安とは言わないよ、青虫くんキャタピラ。ただ監督者たちが来るとドキドキし過ぎるんだ」

「父さん、それは不安って言うんだよ」

ティムは"ヘッ"と"ベーッ"の中間のような音を発した。フェイは嘆息してボンネットにもたれ、外した帽子を顔に被せて太陽光を遮った。二人は数分間沈黙していたが、やがてティムが北から飛んでくるヘリコプターを見つけた。

「ほぉら、来たぞ」 ティムは緊張気味に唾を飲んだ。

フェオウィンは身を起こして帽子を被り直し、ヘリコプターが近付いてくるとボンネットを降りた。つややかで、黒く、近未来的な見た目のヘリコプターの側面には、監督者のロゴまで付いている。数百フィート離れた所に着陸すると、プロペラの轟音が二人の耳をつんざいた。ティムとフェイが歩み寄る中、ゆっくりと、しかし着実にプロペラの回転が収まり、機体のドアがスライドして開いた。

最初に覗いたのはよく見知った顔、センターと監督者の連絡役を務めているロジャー・ターパン氏だった。前回会った時よりも少し痩せているようなので、ダイエットが上手く行っているようだ。次に出てきたのもやはり見慣れた顔だった。右腕の無い細身の人物、ジェイ・エバーウッド博士だ。エバーウッドはセンターの運営状況を監督する役割を担っている複数人のうちの1人だった。

ヘリコプターを降りた3人目にして最後の人物を見て、ウィルソン父娘は思わず立ち止まった。皮膚が赤く、角と尻尾が生えている - まさか悪魔だろうか? ティムは近寄るのを躊躇したが、フェオウィンは歩き続けた。彼女はもっと奇妙なものを見たことがある。

「ハロー! 二人ともお元気でしたか? こうして会うのも久しぶりじゃないですか」 距離が縮まってくると、エバーウッドがそう叫んだ。

「ハロー、エバーウッド博士! うん、確かに久しぶりだねぇ」 フェイも手を振った。

ティムは少し後ろで、ヘリコプターから悪魔が降りてくる光景からようやく立ち直った。彼は眉間の汗を拭い、改めて歩き続けた。やがて、2組は野原の真ん中で合流し、ティムも1分後には追い付いてきた。ティムとターパン氏は握手を交わし、フェイとエバーウッドは意味ありげな表情を交わし、悪魔は気後れして自己紹介できないかのように後ろに引っ込んでいた。

「ダイエットは順調そうですね、ロジャー」 ティムはターパン氏の背後に立つ筋肉隆々の赤い男と目を合わせまいとした。

「ありがとう、ティム。でもあなたほどじゃありませんよ、私はあまり活発じゃありませんからねぇ」 ターパン氏は微笑んだ。

「フライトはどうだった?」 フェイがエバーウッドに訊ねた。

「長旅でしたが、いい旅仲間に恵まれました」 エバーウッドが振り向くと、悪魔は恥ずかしそうに手を振った。

「おや?」 ティムもフェイも耳をそばだてた。

「そうなんです! お二人にファラン・キャラウェイ博士をご紹介しましょう」 エバーウッドはそっとキャラウェイを引っ張り、ウィルソン父娘の前に連れてきた。彼はきまり悪そうに微笑み、頷きながらそれに応じた。

「ファラン、こちらはティムとフェオウィン・ウィルソン。ウィルソンズ・ワイルドライフ・ソリューションズの運営者です」 ターパン氏はそう言いつつ、ティムとフェオウィンを身振りで示した。

「どうも、お会いできて光栄です」 キャラウェイの声は、夏のそよ風のように柔らかく優しかった。

「こちらこそ会えて嬉しいよ、キャラウェイ博士」 フェイは愛想よく微笑んだ。

「ところで、あなたは悪魔かなんかですか?」 ティムは遠慮なく訊ねた。

「父さん!」 フェイは振り向き、父親を睨みつけた。

「いえ、いいんです。よく聞かれますから。私は変身能力者シェイプシフターで、これが私なりに選んだ姿なんです」 キャラウェイは僅かな不快感を努めて隠そうとしていたが、フェオウィンとエバーウッドにはそれが分かった。

「そろそろ、センターに向かいましょうか?」 会話の主導権を握ろうとして、エバーウッドがそう提案した。

「良い考えだ。さあ、行こうか」 フェイは身振りで一同を促し、トラックへと引き返し始めた。


短いトラック移動の後 (大柄なキャラウェイは荷台に座るのを余儀なくされた) 、一同はセンターに到着した。事務仕事を任されているフェオウィンが、エバーウッドとターパン氏を連れてオフィスに入ると、キャラウェイとティムは受付に残された。ティムが冷水器で水筒を補充している間、なんとも居心地の悪い沈黙が続いた。

「ところで、あー... あなたはなぜこちらに?」 ティムが振り返ると、キャラウェイは生き物やボランティアの写真がびっしり貼られたコルクボードを熱心に眺めていた。

「ああ、そのぅ、あなた方がどう動物たちと接しているか拝見したかったんです。私はサイト-58で異常な動物の世話を担当しているんですが、あなた方が働く現場を見学すれば、もっと円滑に仕事をこなせるのではないかと思いましてね。私はまだ経験が浅くて -」

「どうしてもっと早くそう言ってくれなかったんですか? さぁこちらへ、囲いをお見せしましょう!」 ティムは水筒に蓋をすると、肩に掛け、生き物飼育エリアの入口へと歩き始めた。

「あ、は、はいっ!」 ティムとの絆があっさり結ばれたことにややショックを受けつつも、キャラウェイは後に続いた。

ティムがキャラウェイを案内したのは、屋外にあるビーグル犬の囲いだった。彼は手を擦り合わせ、ゲートの南京錠を掴んで番号を"1221"に合わせた。囲いの中のビーグルは耳をピクピク動かし、興奮気味に吠えながらゲートに近付いてきた。

「やぁ、トール! 良い子にしてたかな?」 ティムは犬の興奮をそっくり反映しながら、ゲートを開けて中に入った。キャラウェイも控えめな笑顔で後に続き、ティムはコンクリートの上に腰掛けて、犬からの猛烈な舐め舐め攻撃を受けた。「トール、こちらはキャラウェイ博士。キャラウェイ博士、この子はトールです!」 ティムは笑い、トールは仰向けに転がってお腹を見せた。

「なんてハンサムなワンちゃんだ」 キャラウェイはそうコメントして、ティムの横にしゃがんだ。手を伸ばして腹を撫でると、トールは嬉しそうに舌を出して応えた。「この子にはどんな異常性があるんですか?」

「能力のことですか? ええと、トールは鼻で電磁波を検知できますし、吠えかかった相手に電気ショックを食らわせることもできますね。しかし、私たちにそんなことはしませんよ。とってもお利口さんですから! そうだろう、トール?」 ティムが身を乗り出して頭を撫でると、トールも耳をばたつかせた。

「それは凄い! 58でも、過去に発見例の無い動物種を幾つか分類しています。控えめに言っても、面白い仕事でしたよ」

「新種の生き物ですって? ワクワクするようなお話ですな。どうやって面倒を見ているんです?」

「うーん、そこはやはり苦労が山積みです。どの動物も一様じゃありませんからね」

「そりゃそうです。うちの生き物たちも、多くは保護された子たちで、大抵特別なお世話が必要ですよ。そちらで飼育している生き物の例を一つ紹介しちゃくれませんか... どこでしたっけ、サイト-58?」

「ええ、58です。でも、ちょっとそれは無理ですね、申し訳ない。機密事項ですから」

「おやおや、そんなこと仰らんでください、博士。ほんのちょっとした話で構いませんから。誰にも口外しませんよ。それに、私たちはどちらも同じ組織のために尽力してるでしょう。お互いに生き物を扱う立場ですしね?」

キャラウェイはしばし無言で、ティムの言葉を検討した。彼はトールの腹をさすり続けた - トールはそれはもう大喜びだった。

「いいでしょう。でも1種類だけですよ」

「それだけ聞かせていただければ十分!」

「スクォンクをご存知ですか?」

「いや、聞いたことがありませんね。詳しく教えてください、博士」

「全身がイボだらけで、いつも泣いている小さな動物なんです。人に見られるのを嫌っていて、観察されていると一層激しく泣き始めます... 逃げられない状況だと、涙の中に溶け込んで消えてしまうほどにね」

「可哀想に」

「知覚されても平気でいられるように、何匹かのリハビリに取り組んでいますが、遅々として進展していません」

「心中お察しします。クマを禁煙させようとした経験はありますか?」

「クマを... えっ?」

ええ

キャラウェイは驚いて目を瞬かせた。

「では、ウィルソンさん -」

「どうか、そう畏まらずティムと呼んでください」

「...ええ、ティム、一つ教えてください。あなた方は管理下の動物をどのように扱っていますか?」

「勿論、愛情込めて優しく接していますよ。ボランティアは全員審査して、お世話する動物を愛する心を持つ善良で親切な人柄かどうかをちゃんと確認しています。それが生き物の面倒を見る唯一のやり方ですよ、そう思いませんか?」 ティムはトールの耳をパタパタさせながら微笑んだ。

キャラウェイは無言だった。財団にはどうもそう考えていない節があるからだ。飼育している異常動物の世話にかけては、財団は冷淡で計算高かった。動物たちが日々必要とするエンリッチメント活動の長さを秒単位で正確に割り出し、毎日の食事量を測って栄養摂取を最適化すると共にそれ以上与えないように取り計らい、ほとんどの職員は動物に愛着を抱かないように頻繁に入れ替えられた。

「...はい」 キャラウェイは溜め息を吐いた。

「どうしました?」

「何でもありません。ご心配なく」

「あのですね。私は今まで、自分と同じように生き物を気遣う監督者の一員に会えるとは思ってもみませんでした。彼らは数字にしか興味がないんですよ。だから大抵、彼らとのやり取りはフェイに任せています。娘は数字に強い。私はそうじゃない」 ティムも溜め息を吐いた。

「...そうなんですか?」

「ええ。正直に言いますが、最初のうち、あなたを少し警戒していました。宗教絡みとか、そういうことじゃありませんよ。確かに私はスピリチュアルな人間ですがね、あなたのような方を目にするのは少々ショッキングでした!」 ティムは笑った。

「ご... ごもっともな話だと思います」

二人の間に流れる短い沈黙を、ただトールの息遣いだけが取り持っていた。

「あなたは監督者たちとは違いますね、キャラウェイ博士」

「違いますか?」

「あなたには生き物を愛する情熱がある。どうかそれを諦めないでください。彼らのためにも」

二人はしばらくの間、無言で座っていた。やがてトールがくしゃみをした。

「「お大事に、トール」」 彼らの言葉は同時だった。二人とも笑った。


ティムや動物たちと更に数時間過ごした後、エバーウッドとターパン氏がフェオウィンに連れられてやって来た。キャラウェイとティムはちょうど、大型動物囲い場の近くで、アレックス・モリーナがクマのマーヤに餌をやるのを見守っていた。

「ウィルソンさん、そろそろロジャーと私に施設を案内していただけますか」 エバーウッドは歩み寄りながら手招きした。

「その通り。我々の資金が適切に使われているかを確認しなければね」 ターパンが頷いた。

「そうですな、問題ありませんとも、友よ! このまま失礼しますが申し訳ない、キャラウェイ博士、用事がありますので」 ティムはキャラウェイの背を軽く叩くと、最も会うのを恐れていた二人の方へ向かった。「大型動物たちの囲い場から回りましょうか? もう既にここまで来ていますからね」 ティムはそう言い、二人を案内しながら去っていった。

フェオウィンはその場に居残り、キャラウェイを見やった。

「センターまで戻るかい? 暑いのにもう何時間も外に出ていたようだから、水でも飲みたいんじゃないかな」 彼女は愛想よく微笑んだ。

「そうですね」 キャラウェイも笑みを返した。

二人がセンターに引き返した時には、その日のボランティアや職員はほぼ帰宅していた。オールド・アルとナンディニだけが居残り、フロントデスクの傍で、最近のフットボールの試合についての雑談をしていた。キャラウェイは冷水器の高さまで頭を下げ、ボタンを押しながら水を長々と飲んだ。

フェオウィンは腕組みをして彼を見た。

「じゃあ、君はシェイプシフターなのかい?」

水を飲み終えたキャラウェイが姿勢を正すと、フェオウィンとほぼ同じ身長になった。彼は口元を拭いながら頷いた。

「いつ頃、自覚した?」

「まだ幼い頃です」

「私と同じだね! 私もある意味シェイプシフターなんだ」 フェオウィンは笑った。

「本当に?」 キャラウェイはほんの一瞬目を輝かせた。

「いや、ちょっと違う。父さんに言わせると、そうらしいけどね。私は生まれつき胸があったわけじゃないんだ... 言いたいことが伝わってるかな」

「ああ、成程」

「生まれつきなら良かったのにね。もしそうだったら、私の人生はずいぶん楽になっていたと思う」 フェイは身振りでついてくるように促し、キャラウェイはそれに従った。案内された彼女のオフィスは、その区画だけ建物の空調設備が故障しているせいで少し蒸し暑かった。辿り着くと、彼女はデスク前の椅子に座るように彼に勧めた。

「私にとって変身はかなり苦痛なんです。好きじゃないのに、できてしまう」

「私の変身もそう簡単じゃなかったなぁ。友達を大勢失ったし、人生のかなりの期間は、自分じゃない人間の振りをして過ごした」

「想像は付きます。私の姉もトランスジェンダーなんですよ」

「へぇ? クールだね」 フェイはデスクの後ろに座った。デスクにはティムがいつものように放置していた書類が山積みになっている。

「父はそれほど冷静クールに受け止めませんでした」

「私の父さんもそうだった。今でも時々、私を昔の名前で呼ぶことがあるよ。私はこのセンターが設立される前からフェオウィンを名乗ってるのに、未だにそうなんだ。悪意が無いのは分かってる。でもやっぱり傷付くものは傷付く」

「お察しします。それはそうと、フェオウィンというのは良い名前だと思いますよ」

「ありがと」 彼女はにやりと笑い、前に乗り出して書類を漁り始めた。「自分で選んだ名前さ」

「ところで、あー、あなたもやはり動物のお世話を?」 キャラウェイはそう訊きながらシャツの襟を引っ張った。暑さが堪えてきたのだ。

「うん、書類仕事が忙しくない時は、何匹かの面倒を見る。でも今日はジェイやロジャーと一緒に、予算や拡張計画を話し合わなきゃいけなかった。父さんは... 監督者たちとやり取りしなきゃいけないと不安になるからね、ほとんどの場合、そういうのは私任せにしてる」

「あぁ。私は専らサイト-58で動物の世話をしています。あなたのお父さんは、エバーウッド博士やターパンさんよりも私を気に入ったようですね」

「君には動物を扱う才能があるんだろう。父さんは人のそういう気質を見抜くのがとても上手い。センターがこれまでやってこれたのも、そのおかげかもしれない」 フェイは読んでいた書類を下ろして手を組み合わせ、キャラウェイに目を向けた。「シャツを脱いでも別に構わないよ。この部屋がかなり暑いのは分かってる。私は慣れてるけどね」

「あぁ、そりゃありがたい、ご親切にどうも」 キャラウェイはすぐさまボタン留めのシャツを脱ぎ、隣の椅子に放り出した。シャツの下には灰色のタンクトップを着ており、筋肉は蛍光灯の下でぎらりと光った。フェイは束の間、ぽかんとした顔で見とれていたが、やがて彼の上腕二頭筋に"SCP"とそれに続く数桁の数字のタトゥーがあるのに気付いた。監督者が収容したあれやこれやをSCPと呼び、番号を割り振っているのを、彼女は知っていた。

「キャラウェイ博士、一つ個人的な質問をしてもいいかな」

「あー、どうぞ」

「どうしてSCP指定番号のタトゥーをしているんだい?」 フェオウィンはできるだけ優しい口調を心掛けながらそう問いかけた。

「私は、あー、その、SCPオブジェクトなんですよ」

「監督者はSCPを檻の中に入れてて、雇ったりはしないと思ってた」

「ええ... 私の場合もそうでしたよ。つい最近まではね。統合プログラムという一大プロジェクトが発足して... 実は、どこまでこの話をしていいか、自分でもはっきり分かっていません。申し訳ない。財団がかなり秘密主義なのは、あなたもご存知だと思います」

「あぁ、うん。無理には訊かないよ。でも大筋は掴めた気がする。こんな質問をしてごめんね」

「いえ、大丈夫です。ただ、あなたや私自身を厄介事に巻き込みたくないんです。統合プログラムに含まれる他全てのアノマリーたちの模範として、私は常に最良の行動を取るべきなんですが... とにかく大変なことですよ。64からヘリで移動している間も、ターパンさんはアノマリーを財団職員としては信用できないと言い続けていました。エバーウッド博士は親切ですが、統合プログラムに疑いを抱いているのは伝わってきます。最高の広告塔を務めなきゃならないという物凄い重圧があるのに、私にはいつも完璧でいることなんて無理なんです。分かっていただけますか」 キャラウェイは嘆息し、両手に顔を埋めた。

「言いたいことは分かる。私だって、常日頃からお行儀良くしていないと、"頭のおかしいトランスジェンダー"呼ばわりされて、いきなり権利を持つのを許されてないような扱いを受ける。言うまでもなく、監督者たちからは義務を果たすようにプレッシャーを掛けられるし」

「少なくとも、私は世間の相手をする必要は無いんですがね。財団からの圧力と一般社会に同時に向き合う羽目になったら、私なんか真っ二つに折れちゃいますよ」

「アメリカの狭い田舎町にしては、大抵みんな優しいよ」 フェイは含み笑いして、一番下の引き出しに手を伸ばした。彼女はウィスキーの小瓶と二個のショットグラスを取り出した。「普段はボーイフレンドとしかやらないことだけど、君と私は似た者同士だ、キャラウェイ博士」 彼女はそう言いながら、各々のために二杯のウィスキーを注ぎ、デスクの上を滑らせて向こう側のキャラウェイへとグラスを渡した。「いつも完璧でなければならない私たちシェイプシフターに、乾杯」

キャラウェイは微笑み、その一杯を手に取った。二人でグラスを合わせ、酒を飲み干す。フェイの飲みっぷりは上手かったが、キャラウェイはむせてしまった。

「アルコールに慣れる日が来るとは思えません」 彼はまた咳込んだ。

「大人の味だからね。正直、飲まない方が良いよ。私はただ苦しみを酒で紛らわしてるだけのひねくれた婆さんさ」 フェオウィンは肩をすくめた。

「そこまで歳を取っちゃいないでしょう」

「君よりは年上だよ、マッチョさん」 彼女は笑った。

キャラウェイはにやりと笑い、グラスをデスクに置いた。「あなたとお父さんはどちらも素晴らしい人ですね。お互いに意見が合わないのは残念です」

フェイもグラスをデスクに置いた。「そうかもしれない。でも結局のところ、私たちはまだお互いを愛してる。それに、私のことを理解できなくても、父さんは私を支えてくれるって分かるんだよ。私がこのセンターで父さんを手伝ってるのとそう変わらないね」

「助けてくれる家族がいるのは素敵なことだと思いますよ。私もそうありたかった」

「お姉さんがいないと寂しいだろうね」

「ええ」

沈黙。キャラウェイもフェオウィンも、しばし何を言うべきか分からずに悩んだ。

「あのさ... ええと... 慰めになるか怪しいけど、家族っていうのは血の繋がりだけじゃないと思うんだ。お互いに文通とかしてみないか。もし君さえ良ければ、友達になりたい」 キャラウェイに向かって柔和に微笑みながら、フェオウィンはそう申し出た。

再びの沈黙。

「ええい、何もしないよりはマシか」 キャラウェイは肩をすくめ、デスクの上に身を乗り出して何か書くものを探した。「私の内部メールアドレスを教えますよ。私が知る限りでは、ウィルソンズの皆さんが財団にメールを送るのは問題ないはずです。少なくとも、行きのヘリでのエバーウッド博士の話からそう理解しました」 フェイの助けを借りて、彼はペンを見つけ、名刺の裏面にメールアドレスを走り書きした。

「最高だ」 フェイは笑顔になり、名刺を受け取ってノートパソコンにアドレスを打ち込んだ。「後ですぐメールするね」

「実は、私からも一つお願いがありまして...」

「いいとも。何かな?」

「あなたのお父さんのアドレスも教えていただけますか? 彼とは... 何でしょうね。仲良くなれそうな気がするんです。彼とももっと話したいんです」

「ああ、いいよ。私たちってば、もう既に一風変わった小家族になってるよ。君は五人目のウィルソンだ!」

「五人目?」

「あれっ、するとロビンやアンダースにはまだ会ってない?」

「会ってませんね」

「じゃあまた今度かな。とりあえず今は、新しいペンパルができて嬉しいよ」 フェオウィンはにやりと笑った。「私には風変わりなペンパルが他にも何人かいるんだ。それについてはあまり話せないけどね。ええと、最重要 機密的なアレだから」

キャラウェイは片眉を吊り上げた。フェイはウィンクした。

「詳しくお訊きしても?」 彼は追求してみた。

「ダメ」 彼女は笑顔を返した。「それに正直、君は知らない方が良いよ」

「結構。あなたを信用しましょう」


数時間後、一同は再びボーリング郊外の野原に集まった。空は暗く、ホタルが沢山飛び交っていた... 少なくとも、ヘリコプターのプロペラの轟音で散り散りになるまでは。

エバーウッドとターパン氏は、ティムとフェオウィンとの握手を交わし、ヘリに向かって歩き出した。キャラウェイは後に留まり、二人を振り返った。ティムが近付き、嬉々として握手し、プロペラの回転音に負けまいと身を乗り出して囁くように叫んだ。

「その輝きを失わないでくださいね、キャラウェイ博士」

キャラウェイは意味ありげに頷いてからフェオウィンに向き直った。フェオウィンは無言で、しかし心得た微笑みを浮かべて握手をした。

「元気でね、キャラウェイ」 彼女はティムが待っている所へ戻り、二人揃って、ヘリに乗り込むファラン・キャラウェイに手を振って別れを告げた。彼も手を振り返し、それからドアを閉め、シートベルトを装着した。

「64に帰るのが待ちきれませんよ」 ターパン氏はそう言いながら重々しい溜め息を吐いた。

「そして私は55に。でも、ファランと私は64に一晩泊まることになりそうだ。私はもうくたくただし、こんな天候で55や58までヘリを飛ばすのはキツい」 エバーウッドはシートベルトを締めて快適さを確保すると、ちょうどシートベルトを調節しようとしていたキャラウェイに顔を向けた。「ところで、ウィルソン一家をどう思う? 58での仕事に活かせそうな面白い学びはあった?」 エバーウッドはそう訊ねた。

「いえ、特には」 キャラウェイは笑顔で嘘を吐いた。





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ページリビジョン: 1, 最終更新: 07 Sep 2024 16:46
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