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特別収容プロトコル

説明

マートレット博士との邂逅

最初の邂逅

インシデントログ 1/3

監視映像と目撃者の証言の集積の転写。

---

[ 前記: 財団に雇用されている民俗学者のデラニー・マートレット博士は、9月下旬にアイルランドのケンメア近郊でSCP-8400が出現した際に計画外の接触をしました。その後の彼らのやりとりは、SCP-8400が会話を行う様子が記録された最初の例であり、結果として出現は早期に終了しました。 ]

[ 記録開始 ]

[ アイルランドのケンメアに位置する公園に生えている一本のカバノキに小さな突起物が現れる。それぞれの指が突起物から出現して手を形成し、さらに1分かけて完全な腕へと伸びる。SCP-8400が形成されると、現地の民間人が集まり始める。 ]

[ SCP-8400の出現速度は進行に伴い増加し、5分も経たないうちに完全に形成され、樹木から離脱する。首を左右に少し伸ばし、左腕を上げる。腕から枝が急速に伸長し、近傍の民間人5人の胸腔を貫通する。枝が引っ込み串刺しにされた民間人の死体が地面に落下すると、他の民間人はパニックに陥り、逃げ始める。 ]

[ SCP-8400は逃げようとする民間人を追って、一定の速度で公園から歩いて出て行く。SCP-8400は華美な金属の門で装飾された公園の入口で立ち止まる。それから門に接触して物理的に歪め、構造的に不安定にする。花を咲かせた蔓が門の上に伸び、門が散り散りに崩れ落ちていくのが観察される。SCP-8400は前進する。 ]

[ 機動部隊カイ-1221はSCP-8400の出現を警告される。配備完了前に、マートレット博士は司令部に自身が既にケンメアにいると伝え、カイ-1221に警戒態勢を解かせるよう要請する。 ]

[ SCP-8400が道路に接近すると、車両がそれを避けようと進路を逸らすが、それができずSCP-8400に衝突する。蔓が車両全体に現れると車両はすぐに歪み、2つに裂ける。SCP-8400は衝撃に一切動じず、車両の残骸が背後で燃え上がる中歩き続ける。 ]

[ SCP-8400は付近の2階建てのコーヒーショップに向かって進み続ける。その中には多数の民間人が存在し、SCP-8400から隠れようとしている。実体は建物を構成する煉瓦やセメントの中をまるでそれが液体であるかのように移動し、壁に沿って花を咲かせた蔓を出現させて崩壊させる。壁が崩れ続ける中、建物の2階が崩れ落ちて1階の民間人の上に落下する。SCP-8400は先へ進み続け、さらに2棟の建物を崩壊させる。 ]

[ 派遣された警官隊が現場に到着し、車両を使用してSCP-8400の進行を停止させようと試みる。対応した警察官はSCP-8400に発砲の脅迫をし、動きを止めるよう口頭で警告する。SCP-8400は反応せず、車両のバリケードに接近する。警察はSCP-8400に発砲し、SCP-8400は動じることなくバリケードに向かって進み続ける。車両を通過して破壊しながら歩き回り、胴体から複数の鋭い枝を伸ばして警察官を串刺しにする。SCP-8400は枝を引っ込め、死体が落下するのを待ってから進行を続ける。 ]

[ マートレット博士はSCP-8400に接近する。実体は動きを止める。マートレット博士は頭を下げ、目を地面に向け、両腕を両側に伸ばし、左足を右足の上に交差させた姿勢を取っている。SCP-8400が彼女に近づく間、彼女はこの姿勢を保つ。 ]

SCP-8400: 貴様は古き習わしを真似て嘲っている。

[ マートレット博士は動かない。 ]

マートレット: 挑発する意図はありません。

[ SCP-8400はマートレット博士から1ヤードもない場所で停止する。彼女はまだ静止している。 ]

SCP-8400: 誰がこのやり方でお辞儀せよなどと教えた?

[ SCP-8400は右手を上げ、鋭利な先端部まで伸長させる。 ]

SCP-8400: 誓って貴様は誰が我らの秘密を裏切り洩らしたのか言い、それから死ぬことになる。

マートレット: 古いやり方は死んだわけでも忘れられたわけでもありません。あなたはかつて私たちの祖先と自由に慣習を共有していました。そして彼らの話は、今でも聞きたいと望む人たちが聞いています。

[ マートレット博士は姿勢を正す。 ]

マートレット: さて。そもそも裏切りなんてなかったので、誰があなたを裏切ったかは言えません。したがって、あなたに誓って、私は死なないでしょう。正しいですか?

SCP-8400: 貴様は私の言葉を捩じって足を引っ張ると言うか!

[ SCP-8400は腕を横に置き、通常の形状に戻る。樹皮をこするような、笑い声に近い音を立てる。 ]

SCP-8400: ならば恐らくお前は本当に古き習わしを知っているのだろう。非常に良くも。一体私に何の用だ、太陽の子よ?

マートレット: あなたにゲームを挑みたいだけです。

[ マートレット博士はコートのポケットから栗を3個取り出し、指の間で扇状に広げる。 ]

SCP-8400: お前は栗で遊ぶためだけに私の邪魔をするのか?[ 冷笑。 ] からかうのはよして私を仕事に戻らせたまえ。

マートレット: あなたの名前がどこにあるのか知っています。

[ マートレット博士がこう言うと、即座に一連の鋭い突起がSCP-8400の胴体から飛び出し、直角に折れ合って彼女を檻のような格子で囲む。彼女は動かない。いくらか離れた地点で、多数の野生動物が一斉に鳴き声を上げる。 ]

マートレット: 私たちは栗のゲームをします。あなたが負ければ、あなたは眠ります。あなたが勝てば、あなたは自分の名前を手に入れられます。ゲームをしている限りは、私たちは共にホスピタリティのルールに縛られます。どう答えますか?

[ 沈黙の中、時間が過ぎていく。やがて、SCP-8400は枝の檻を胸腔内に引き戻す。花が足元の歩道を突き破り、二人の間の空間を繋ぐ。 ]

SCP-8400: それは話されたのだから、そうなるだろう。それで、何によって栗を判断するのだ? なぞなぞや言葉遊びで? 世界の知恵やその活かしようで?

マートレット: お互いの真実によって。栗が割れたなら、それは真実ではありません。私が先にやります。よろしいですか?

[ SCP-8400は頷き、マートレットはポケットから栗をSCP-8400に手渡す。奇妙なことに、その物体はSCP-8400が握っても歪んでいないようである。二人は背中合わせに立ち並び、それぞれの方向に5歩進み、その後向きを変えて互いに向かい合う。両者ともマートレット博士が先ほどしたのと同じ方法でお辞儀をし、姿勢を直すとマートレット博士は腕を組む。 ]

マートレット: 今朝の聖戦の最中、あなたは血を流すのに躊躇いがありませんでした。あなたは自分を無慈悲な戦士に装っていますが、私が無傷でここに立っているのは、ずばりあなたが理解できないものに直面して躊躇ったからです。

SCP-8400: 私の勇敢さを疑うのは賢明ではない。

マートレット: そんなつもりはありませんよ。ただ、血に飢えるその下に好奇心の性分を感じるだけです。したがって、これが私の栗です: 殺すことはあなたの本性ではない。

[ SCP-8400は栗を空中に放り投げ、マートレット博士は地面に落ちる前にそれをキャッチする。 ]

SCP-8400: 大胆だな、太陽の子よ。そして、お前によく合うその肩書がどれほど特別なものか。お前の目には太陽そのもののようなものがある。単に色のことを言っているのではない。他の者は皆武器を持って私に近づいてくるのに、お前は言葉だけ持ってやって来る。確かに私が最後に目覚めてから、お前たちの軍隊の炎に相見えることなく長い時が経った。あの軍隊は今どこにいるのだろうか?

[ マートレット博士は微笑んで肩をすくめる。 ]

SCP-8400: いかにも。お前は単なる看守ではなく、単なる学者でもない。お前の栗に私の栗で返そう: 相手を引っ張るのはお前の本性だ。

[ マートレット博士が栗を空中に放り投げると、SCP-8400は栗が頭部を通過するタイミングでそれを掴む。 ]

マートレット: 面白いですね。私自身ですら知りませんでした。あなたにこんな風に色を塗れる人が心無いけだものだということはほぼありえないでしょう? あなたは物語を楽しめるかもしれませんよ。

[ SCP-8400は何も言わない。 ]

マートレット: では急いでみましょう。少し前に私はあるアノマリーの検査のために呼ばれました。あなたのような連字形態だと思います。それは巨大な手編みのアフガン織で覆われていて、これまでに想像したのと比べても最大のものでした。家を覆えるほどの大きさであり、時折それが必要になる場合もありました。

アフガン織の下を見ることはできませんでした― 少なくともそうしたら相当な狂気に陥ることは自明でした― が、アフガン織が体を覆う様子からその生物の形は判断でき、その形は常に変化していました。ある瞬間にはヘラジカのように大きくなり、次の瞬間にはネズミのように小さくなる。足がたくさんあったかと思えば、ある時は1本もない。1つの文で表現する間であっても、気付いたらその声までもが変化しています。そして、それが発した言葉はたった一つだけです。

SCP-8400: 何と言った?

マートレット: 「どうか、私が何者か教えてくれ。」

SCP-8400: 本当に哀れな運命だ。私の種族では余りにも一般的なものだ。

マートレット: まさにそれが私の言いたいことです。ほとんどの連字形態は、概念的なアイデンティティを奪われると一つの一貫した状態で存在できなくなりますが、どういうわけかあなたの場合はそうではありません。たとえもし一度に1日だけであったとしても、形態を保持することができます。これが私の2つ目の栗です: あなたには名前がないが、怒りによって自分自身を定義している。

[ SCP-8400は栗を空中に放り投げる。マートレット博士は前に踏み出してそれをキャッチし、僅かによろめくが躓きはしない。 ]

SCP-8400: お前は決して物語を知らない者ではない、私にはわかる。お前の話し方だけでなく、お前の匂いからもだ。お前は物語臭い。お前はその形状をその歯で弄び、その情熱をその舌で味わい、貪る。お前が形状と情熱に飢えているからだ。

マートレット: 物語こそが私の情熱だと言いましょう。

[ SCP-8400は樹皮をこするような、笑い声にも類似しているようにも考えられる音を立てる。 ]

SCP-8400: 飢えは情熱ではない。喉が渇いて瀕死の者が水を飲むことを愛している訳ではないのと同様に、お前は物語を愛していない。お前が取るあらゆる行動は、食欲によって、あるいはお前が魂を縛り付けたあの呪われた3文字によって決定される。お前は役割を果たすが、何の目的も持っていない。お前の栗に私の栗で返そう: お前は名前を持っているが、お前は自分自身を定義していない。

[ マートレット博士は栗を空中に放り投げる。SCP-8400は容易くそれをキャッチし、話しながら指の間を転がす。 ]

SCP-8400: お前は自分のゲームを楽しんでいるか、太陽の子よ?

マートレット: それは— ええ、それはこれまでのところ啓蒙的なもの、だと思います。

SCP-8400: 毅然として話すか、何も話さないかにしろ。

マートレット: 私はゲームを楽しんでいます。あなたは?

SCP-8400: 私がホスピタリティに縛られていて幸運だったな。

マートレット: それはまた。もしほんの少しなりともこれを楽しんでいないのであれば、今の半分も独り善がりではないでしょう。記録が示す限り、私があなたが話しかけた最初の人物です。何かしらの価値はあるでしょう。

SCP-8400: 私はそれにお前の栗を賭けるつもりはない。お前の記録にも。お前は私と私の親族のことを知っていると主張するが、お前は世界に真実の片鱗を見せるよりも、世界が燃えることの方をより早く許すような者たちに信頼を置いているのだ。

マートレット: では、教えてください。私が無視している真実とは何なのでしょう?

SCP-8400: それは私たちのゲーム内容ではない。知っているのならば自分の真実を話せ、さもなくば剥奪だ。

マートレット: 大変結構です。あなたは私と同種のほとんどの人よりも私を高く評価しているようですが、それが本当の褒め言葉と受け取るには基準が低すぎます。私があなたにこのゲームを設定したとき、あなたは躊躇いませんでした。確かに、あなたはこの賞品に興味があるのは確かですが、それ以上に深い意味があると思います。あなたは自分が勝つであろうことに疑問を抱いたことはありませんでした。あなたの心の中で勝利は忘れ去られています。そこでこちらが私の栗です: あなたは私を過小評価している。

[ SCP-8400は栗を空中に放り投げる。 マートレット博士はジャンプしてキャッチせねばならないが、よろめかない。SCP-8400は前に踏み出す。 ]

SCP-8400: 見せてみろ。

マートレット: そこからでもよく見えますよ。

[ 彼女は栗を持ち上げ、両面が見えるように回す。 ]

マートレット: 無傷です。私について判断を誤ったとは信じがたいですか?

SCP-8400: お前の栗は私よりもお前自身の高慢さを物語っているな。

マートレット: 私がルールを破ったと感じているなら、そう言ってください。

[ SCP-8400を構成する樹皮の破片は震え、互いに激しく擦れ合う。棘の多い蔓の塊がコンクリートを突き破り、足元の周囲で円を描いて身をよじっている。 ]

SCP-8400: 貴様は傲慢だ、自分の同族に対しても。貴様、己の本性を捨てて暴君の靴を舐めた者め。貴様、私の生得権を賭けてゲームをプレイする者め。貴様は自分の策略でいくつもの命を救ったと思っているが、これが終わったら、今救われたやもしれん者の二倍の者を私は打ち倒す。

マートレット: あなたの栗を出すのを忘れていませんか? それとも自分の言葉の真実性に十分な自信がありませんか?

SCP-8400: 貴様の栗はここに持っている: 貴様の妄想とは裏腹に、我々二人は対等ではない。

[ マートレット博士は栗を空中に放り投げる。SCP-8400は拳の中に栗を奪い取る。足元で移動していたイバラが突然停止する。SCP-8400は掌を開く。栗は割れている。 ]

SCP-8400: 私を挑発したな。

マートレット: 割れたものは割れました、あなた自身の力にせよその他にせよ。

[ SCP-8400は胸を掴んで片膝をつき、栗を破壊されたコンクリートの上に落とす。足元の周囲の茨は急速に萎んで枯れてしまう。 ]

SCP-8400: お前はまた私に会う、太陽の子よ。お前はまた私に会う。

マートレット: それは大変うれしいですね。でもそれまでは、ぐっすりお休みなさい。

[ SCP-8400は地面に倒れ、衝撃で粉々に砕け散る。 ]

[記録終了]

第二の邂逅

ログ 2

ニューイングランド、デールポートでの一幕。

---

記録開始。

SCP-8400は部分的に焼けた木の再生している箇所から自らを組み立て始める。1997年のデールポートの戦いの後、財団はSCP-1936付近の異常活動を積極的に監視し続け、SCP-8400の出現は直ちに報告される。前回出現時におけるSCP-8400との感情的に親密な関係のため、マートレット管理官は報告を受け、エリア-37への移送の準備をする。

肉体が形成されると、SCP-8400は右上の付属肢を鋭利な刃へと伸長させるが、ゆっくりと武器を引っ込めると街の廃墟を徘徊し始める。町にまだ直立している数少ない街灯を発見すると支柱を通過するよう指を振り、街灯を倒す。負傷した動物の鳴き声のような音が聞こえますが、街灯の壊れた根元から細い苗木が芽吹くと、それは静まり返る。この後、SCP-8400は破壊行動にはそれ以上の関心を示さなくなる。少し離れたサイト-12では、財団の奇跡術師チームが、マートレット管理官のためにデールポートへの「道」を作成するために集められる。

1羽のコマドリがSCP-8400の角に止まる。それが指を差し出すと、コマドリはそこに飛び降りる。二人は時間の中で失われた言語で言葉を交わし、小鳥は飛び去っていく。

廃墟の調査を続ける中、SCP-8400は町役場の残骸を発見し、入口の上の石細工— 建物の中で唯一残っている壁— に深く焼き付けられた「パングロスは安らぎの場を与える」というフレーズに特に注目する。SCP-8400の足元には建物の階段を横切るよう帯状に火の灯った蝋燭が置かれており、それぞれが魂を表している。蝋燭を蹴るが、足はそれをただ通り抜ける。

数メートル北に「道」が開き、崩壊した薬局の残骸から生えた雑木林内部に現れる。マートレットの左足が最初に出て、次に頭が、すぐに残りの部位が続く。彼女は身振りで自分がクリアであることを合図し、「道」は現れたときと同様に突然消滅する。SCP-8400はマートレットの接近に対し明らかに震えているが、振り向かない。

マートレット: 「またどうも、昔の友人さん。」

SCP-8400: 「目に太陽を込めた太陽の子。私はその場で貴様を切り倒すべきなのだ。」

マートレットは微笑んで肩をすくめる。

マートレット: 「そうしなければならないのなら。あなたに重傷を負わせたり殺したりしようとしているような第三者はいません。残念ながら、あなたの仕事はもう完了してしまっているんですよ。」

SCP-8400はその彼の目を上に向ける。小さく哀しい何かが頭上に浮かんでいる。

SCP-8400: 「ここで何が起きた?」

マートレットは彼の側について彼の凝視する先を追い、太陽から目を守るために手で覆う。若い少女の遺体が、目に見えない手段によって吊り下げられ、ごく数メートル上に浮かんでいる。彼女のドレスは風雨でぼろきれとなっているが、肉体は死んだ日と同じくらい新鮮で、足はまだ夏の風にわずかに揺られ、顔は安らかな眠りの中で落ち着いている。

マートレット: 「霧が来て、戦いがありました。いえ、虐殺ですね、実際。私たちもわからないことはたくさんあります。」

二人の間に沈黙が流れる。

マートレット: 「前回会ったとき、あなたは子供を殺しました。あの車の中で真っ二つに。気付いていないとは思いますが。」

SCP-8400: 「戦争とはそういうものだ。」

マートレットは頭上の死体に頷き、SCP-8400はまだそこから目を逸らさない。

「これもそうでした」彼女は言う。

そこでSCP-8400はようやく彼女の方を向き、身長差に合わせて首を曲げる。風に吹かれる古木のように、音が割れ、軋み、呻く。

SCP-8400: 「お前には私に名前を与える義務がある、太陽の子よ。」

マートレット: 「たぶんそうですね。」

SCP-8400: 「それを無償でくれるつもりなのか?」

マートレットは口をもごもごと開いたが、出そうになった答えを飲み込む。

マートレット: 「そんな風に上手くいくとは思いません。」代わりにそう言う。

「驚くことではない」SCP-8400は穏やかに言う。彼はため息をつきながら町役場の階段を下り、マートレットに続くよう合図する。「では来い、栗で遊んでやろう。」

マートレットは頷く、彼女もまた、何が形をとりつつあるのかを既に理解し始めているいたからだ。組み立てられた構造は簡単には元に戻すことはできず、二人に課せられたものは、すぐに足元の地面と同じほどに強固で現実的なものとなった。

そして彼らは廃墟となった町の広場に立った。空気には決して晴れることのない靄が厚く広がり、通りは決して洗い流されることのない血が染みついていた。巨大な三角形が広場の地面に切り込まれ、煉瓦の破片が不可解な角度でひび割れ、その図形が上からではなく下から彫られたことを示唆していた。ほとんど目に入らない場所で、死体は何年もこれまでと同じように血を流し続け、そしてこれから何年もそうし続けるのだろう。

SCP-8400: 「お前は前に会ったときとは違うように見えるな。」

マートレット: 「その節はありがとうございました。私たちの邂逅で自分自身からたくさんのことを学びました。豊かな経験でした。」

SCP-8400: 「そのような意図があったのではない。」

マートレット: 「まあ、どちらにせよ感謝しています。私が活かし切れていなかったスキルを持っていたことが分かったんです。同じことがあなたにも当てはまるのではないかと感じています。」

SCP-8400: 「判断はゲームのために取っておけ、太陽の子よ。」

予想に反せず、デラニー・マートレット管理官は準備を整えていた。彼女はコートのポケットから光沢のある丸い栗を取り出し、それをもう一人に差し出した。彼は首を振った。

SCP-8400: 「私が先に行きたいと思う。」

マートレット: 「全く構いません。では私はこれを持っておきます。それ以外は同じルールで?」

それは合意され、彼らは立ち上がって後ろに下がる。5歩進み、素早く向かい合って、奇妙な古いお辞儀を交わし、舞台は整った。

SCP-8400: 「また私に会いに来るとは、お前は勇敢なのか、はたまたとんだ愚か者なのか。」

マートレット: 「何を驚くことがありましょう? 私は前も勇敢にもあなたに会いに行ったでしょう?」

SCP-8400: 「お前には勇気があった。ああ、大きな恐怖を乗り越えた時になせる行為だった。だがその恐怖はもう消え去り、それと共にお前の勇気も奪われてしまった。今そこに空いた穴に何があるか定かではない。」

マートレット: 「先に行こうと求めたことを後悔しているようですね。」

SCP-8400: 「否。私はお前が最後に私を見てから眠り続けていたが、私は夢の中を歩き、眠りについている間でさえ休むことはない。お前により深い真実があることに気付いたのだ、ゲームや栗により深い真実があるように。全く同じことだ。」

ほとんど目に入らない場所で、死んでから長時間経った死体の胸に何層にもわたって無数のマリーゴールドが咲き、血の流出を止めて運命の性質を僅かに不確かなものに変える。

SCP-8400: 「だが異なる者が入り交じった中では話されない真実もある。結局のところ、我々は二人きりなわけではない。」

マートレット: 「その方がいいなら同僚に監視をやめさせられますよ。」

SCP-8400: 「私が言っているのはお前の3文字のことだけではない。ここは…… 重い存在感がある。」

笑い声。非常に近い。二人には聞こえなかったが、まったく同じように感じた。

SCP-8400: 「ここの生き物たちはそれが真実だと知っている。」

マートレット: 「はい、私が到着する前にあなたは鳥と話したと聞きました。あなたはあらゆる動物と話せるのですか?」

SCP-8400: 「私は自分に似ている者と話す。」

彼は近くで自立した壁の、大理石の柱の間に炎で刻まれた文字を指さす。: 「パングロスは安らぎの場を与える」。

SCP-8400: 「私はあの名を知っている。親類ではないが、我々に知られている。この安らぎの場はどうなった? ここに住んでいた者は誰か生き残ったのか?」

砂に指で描いたように、言葉として描かれた線。防壁ではなく、指さす矢印だ。

マートレット: 「この記録からすると逃げられた人もいるのではないでしょうか…… どこか別の場所に。正確にはこの町からではなく、この世界そのものから。うち数十人は帰ってくることができました。ほとんどの姿は以降見られていません。」

ほぼ知覚できないくらいのごく小さな震えが、崩壊した町の靄の中を池のさざ波のように駆け抜ける。何かを隠した夢のような空気。

マートレット: 「ですが、私は他の人が生きていたということを考えるのが好きです。彼らがまだ外にいて、家に帰っても安全だと誰かが伝えるのを待っているというのを。」

SCP-8400: 「彼らの今いる場所が安全なら、そこに留まるのが賢明だろう。この場所で起きたことはまた起こる。そしてまた。そしてまた。お前にも。私にも。」

マートレット: 「おそらく。でももしそれが起きたとき現場にいたとしたら、私はこのパングロスさんになりたいですね。」

SCP-8400: 「あらゆる喪失を嘆き、何一つとして祝わない者などほとんど残っていない。お前は、私と同じように自分を彼と比べるのに適任ではない。」

かつての町だった場所を覆う靄は、朝霧から完全な霧の霊へと成長し、かき混ぜられる。太陽は、まだ頭上にぶら下がっていたとしても、下の世界に影を落とすことしかできない。

マートレット: 「それはあなたの栗ですか? それは自分の名前を賭けても構わないほどの真実ですか?」

デラニー・マートレットは深呼吸をして体を安定させる。それと共に、雑木林が薬局を彷彿とさせるように、影が人間を彷彿とさせるように近づいてくる。

SCP-8400: 「もしお前と同族の失われた数の者たちが、お前が望むと言った通りに家に帰ってきたとしても、困難を経てもはや認識できない形に歪められて帰ってきたなら、お前は両手を広げて彼らを歓迎したりはしないだろう。これが私の栗だ: お前は敬虔の仮面を被っているが、私と同じく審判と暴力を与える。それに、私の名前を賭けよう。」

マートレットは自分の栗を空中に放り投げる。手のパロディのような影がそれを掴まんと手を伸ばしたが、栗は影を次々と通り抜け、やがてカバノキの樹皮の中に安全かつ健全な居場所を見つけ、影はやかんから出た蒸気のようにかすかに消えた。

マートレット: 「ゲームはどこか別の場所でやった方がいいですね。」

「影を恐れるのか?」

だがマートレットは既に歩き去りながら、肩越しに言った。「私は影を投げかける存在にはそんなに興味はないんです。」

そして彼女の立つ場所からは見えなかったが、鹿の頭蓋骨半分のような形をした木片が微笑んでいると言えるのであれば、SCP-8400の顔に微笑みのようなものが浮かんだ。そのようなことは言えないのだが。

デールポートの通りはしばらくの間真っ直ぐでなかった。それは鋭角に前後へとねじれ、心の中に収め切れないほど大いなる狂気によって折り曲げられていた。だが二人の連れが曲がりくねった道を歩くと、草の茂る緑と花の満ちるパステルの斑点が二人の通った跡で崩れかけたアスファルトを切り裂き始め、以前の道を周囲の繁茂が溶け込ませ、古い傷跡のように消し去った。

しばしすると、二人は以前は図書館だった建物を見つけた。その壁は堅固らしく見えたが、肉のロールのようにたるみ、垂れ下がり、折り畳まれており、まるでその建造物は完全に放棄され、すっかり倒壊しても誰も気にしないかのようだった。

「戦いはここでなされたと言ったな」SCP-8400は眼前の奇怪な残骸を調べながら言った。「では、その褒章は何だ? 栄光? 土地? 狂気に襲われた一つの町の重みに値するものとは何だ?」

デラニー・マートレットは元図書館の戸口に手を置いた。触れると、それは震えた。

「情報源の信頼性については何とも言えませんが」彼女は言った。「紛争の『勝者』が『人類の瓦礫の中から立ち上がって、生き残った者たちに明晰さを取り戻させる』と書かれていました。それにどの程度の価値があるかはあなたが決めてください。」

「それでは霧が晴れた後、誰がなおその明晰さを主張していたんだ?」

数時間後には、上空で、失われた命の暗い残響が人間の苦しみを表現した粗雑なパントマイムを演じることになるだろう。だが少なくとも現時点では、空は晴れ渡っていた。

「誰も。」マートレットは言った。

「ならば何の価値もなかったな。」

図書館の階段を上り、デラニー・マートレットの指が戸口の腐った木に沿ってコツコツと叩いた。戸口は満足げに叩き返した。マートレットの晴れやかな瞳には、光のいたずらだと説明できるようなものなのだが、僅かな輝きがあった。

「そしてあなたの大暴れ、その行為にそれ以上の価値はありますか?」彼女は尋ねた。「あなたのビジョンを聞かせてください。デールポートの善良な人々が試みたように、何もかもを帳消しにして世界を新たに始めるつもりですか?」

「私は天秤を平行にすることだけを求める。」

マートレットは彼を見つめた。二人が同じ身長と考えてしまっても許されるような態度であった。

「もしあなたが死なせた人の正確な数を知っていて、その数を1回、2回、まして3回以上も答えられたのなら、あなたが武器を捨てることはないでしょう。あなたの栗に私自身の栗で返します: あなたの正義は盲目的な憎しみの仮面です。」

これはSCP-8400にとって幾分驚きだったに違いない。彼は栗を同じ方法で投げるのに少し時間を要し、実際、彼は栗を持っていることさえすっかり忘れていた。しかし彼は、規定の5歩からではなく、僅か数フィートで放り投げた。マートレットはそれを上手くキャッチしてコートのポケットに押し込み、傷がないかのチェックも気にしなかった。もう一人の者は異議を唱えなかった。

「我が憎しみは結果として得られたものだ」代わりに彼はそう言った。

もう一人の者は異議を唱えなかった。

どこか近くで鐘が鳴った。

「お前は自らを強者と考えているか、太陽の子よ?」SCP-8400は続けた。「前に会ったときよりは成長したかもしれないが、それでもお前は首に軛のように取るに足りない3文字をぶら下げ続けている。」

「最近は驚くほどの裁量を与えられています。財団の中には私と同じように物事を変えようとしている人たちがいます。監督者—」

「私にはお前の階級など些細な問題だ。私は名前について話している。お前は自分の目的を見つけたと思っているが、お前は自分の小さな物語の凡庸な一つを自分自身に語っているだけだ。お前は自分の追求が純粋なものだと信じているが、お前はそれを血に濡れた名、自由の死の影の中で形にするのだ。」

マートレットは扉枠をより強く握った。脈拍が速くなるのを感じたが、それが自分のものなのか確信が持てなかった。

「私たちがなぜあなたを『連字形態』と呼ぶかご存じですか?」彼女は訊いた。「あなたの存在そのものが言葉に、パターンに、ルールに縛られているためです。人間はそんなものではありません。言葉や名前は私たちがそれに与えただけの意味しか持ちません。」

SCP-8400は指をそっと図書館のファサードに押し当て、歩きながらその表面に沿って5本の細長い筋を彫り込んだ。それは血を流すが、SCP-8400の目には入らなかった。彼はマートレットだけを見ていた。

「お前は自分の方は言葉に、パターンに、ルールに縛られていないと思うのか?」彼は訊いた。「本当か? 太陽の子よ、お前は自分にそのような物語を伝えているだけなのだ! お前の3文字はそのようなものを足した総計に過ぎない。私たちのようなものは、名付けられると、自分でその意味を決めるのだ。お前は財団の名を抱くことを選び、そうすることでお前にとっての意味が決まるのだ。私の栗はこれだ: お前は囚人で、そしてお前はそれに満足している。」

今回はマートレットが躊躇う番だったが、それでも彼女は栗を放り投げた。SCP-8400は未だに血で滑らかな指でそれをキャッチする。栗を胸で擦り綺麗にすると、それは一切割れていないことが明らかになる。

「面白い」マートレットは囁いたが、その響きには異質な薄暗さがあった。

彼女は歩き去り、SCP-8400は後ろに従う。二人の後方のどこかで、花弁がひとりの子供の傷を塞ぎ、彼女の震えが収まり始めた。

街の中心部に高く誇り高く聳え立つデールポートの教会は、数マイルにわたってほぼ無傷で残っている唯一の建物だった。そのステンドグラスはなお額縁の中に安らかに鎮座しており、屋根板はアーチ型の屋根に律儀に張り付き、本体に沿った生け垣さえも自然に手入れのされた線を保っているようであった。

長年にわたりこの教会の研究に多くの努力が向けられてきたが、実際のところ、どれだけ時代が経とうとも、どれだけ多くの文明が盛衰しようとも、デールポートの教会は町の中心部から動くことなく、誇りを持って立ち続けるだろう。そしてこの町が何の神のために建てられたのかまで語れるほどその秘密を引き出す者は誰もいないだろう。

デラニー・マートレットは教会の影の端を歩いたが、それを越えることはなかった。

「ターンが長いぞ、太陽の子よ。私が眠るまでの少ない時間を無駄にしようとしているのか?」

マートレットは深呼吸して、話し、そうしながらもう一人の周りを広い円を描くように歩き、しばらくの間晴れやかな目を彼から決して離さなかった。

「連字形態。あなたは、いわば気持ちの表現が素直なのです。『形は、その形が持つ機能の通りの機能に従う。』 カーテンは決してただ青いのではありません。あなたがとる姿は、生身の真実か大規模な欺瞞のどちらかで、そしてあなたは狡猾なタイプとは思えません。では、あなたを分析してみましょう。」

SCP-8400は一言も喋らず、1インチも動かない。

「あなたは背が高い」マートレットは続けた。「立派な体格です。ですが、あなたの形態は単なる筋肉組織ではない。鎧です。防御的ですが、戦いの準備ができています。さて、頭はどうでしょう? 鹿です。無垢の象徴。頭蓋骨、無垢さは失われたと言って間違いないでしょう。下顎がない― この種の傷は自分でつけたものではありません。腐敗ですね。失くしたか、使わないのか、多分。私たちが出会うまではあなたはおしゃべりじゃありませんでした。」

彼女は立ち止まり、踵を合わせつま先を広げた。ダンサーのように。

「しかし、あなたを暴露するのはその角です。あちこちを動くその白い部分たちは節ではありません。それらは目です。私たちはしばらくの間そうでないかと疑っていましたが、私は立ち止まってそれが何を意味するかを考えたことはありません。その目はどれも絶えず動き、一つのものに焦点を合わせることはありません。枝に沿って放浪し、決して落ち着くことはありません。その気持ちはよくわかります。あなたは自分を遍歴の騎士だと思っていますが、真実は、あなたは騎士よりも遍歴しているのです。あなたの栗を返します: あなたは迷っており、それで満足しています。」

かくして栗は投げられた。しかしまさにその瞬間、古い教会の頂上の、それには及ばないがやはり古い鐘が、眠りながら呻き声を上げる巨きな獣のように鳴り響いた。マートレットがぐらついたのはほんの一瞬だったが、クリが指の間を滑り落ちたのも一瞬だった。それは優しく、しかし尖ったガタガタ音を立てて敷石の上に着地し、僅かに転がり、最後には大きな教会の影で止まった。マートレットはそれに走り、目の前に合わせ、あらゆる角度から調べた。

それは割れていなかった。

「私を完全なものとするのを恐れるか?」SCP-8400は問うた。

マートレットは彼がどれほど近くにいたか気付いていなかった。彼は彼女の後ろ、せいぜい2、3インチの薄い空気を隔てたところにいた。彼女は振り向いたが、手を伸ばして言葉を探しても見つからなかった。

「この日が始まったときお前にそのような恐怖はなかったな、太陽の子よ。恐らく別のことを恐れているのではないか。恐らくゲームが終わらないことを望んでいるのではないか。」

SCP-8400はマートレットの手首を、攻撃的でもなく、優しくもなく、手品師のような身振りで掴んだ。もう一方の掌を彼女の掌の上から被せ、一つの小さな栗を間に留めた。

「恐らく、これが私が盗める唯一の勝利だ。これは私の栗だ。」

骨ばった鼻の粗い樹皮がマートレットの耳を掠めるまで彼は身を傾いだ。彼が囁いたのはたった3つの短い言葉だけだった。その間、デールポートの中心にある教会が彼らの上に高く誇らしげに聳え立ち、その下で語られる秘密を守る影を落とした。

栗がマートレットの指から滑り落ちた。SCP-8400はそれを二人の間で掴み、小鳥をあやすような上品さの限りを尽くして手で受けた。

それは二人の目の前できれいに真っ二つに割れた。

「これは正しくありません」マートレットは言った。「それは真実でした。」

彼女は、SCP-8400が膝をついたときの奇妙な木の笑い声以外の反応を受け取らなかった。衰弱が彼を圧倒する中、彼の手は支えを求めて大地をの上を探し、彼の触れたあらゆる場所は新たな生命の爆発を呼び起こした。

「次に遊ぶときはより良い話を持ってきて教えてくれ」体が綻んでいく中、彼は別れの言葉を告げた。

だがその後数分間、あらゆる種類の草や苔、花が芽を出しては生い茂り続け、彼が倒れた場所の完璧な輪郭を形成した。

記録終了。

そして、ついに、3度目の邂逅:

第3章

招待は引き延ばされ、変化が起こる。

---

ときに、名前とは世界で何よりも重要なものとなる。名前は、安らいだ人生を与え、より大きな力を呼び覚まし、たとえ一瞬であっても— 死者を生き返らせる力さえある。

そしてときに、名前は何一つ重要でなくなる。「呼ばれる」ことが、単に「である」ことよりもはるかに重要でないことなどいくらでもある。

ゆえに形式は省略し、最終章が繰り広げられた町の名前は無視しよう。それはあなたが住んでいる町、ほぼ毎日通り過ぎるのにほとんど注目したことのない静かな場所で起こった。

最初の太陽の光が白樺の樹皮を照らしつけていき、その中で何かをかき混ぜた。幹に沿い絡む節の円が、まだ半分眠りに覆われた疲れた目へと開いて瞬いた。それは、鳥がうねる雲の中を翔け、昆虫が露に濡れた春草の中を這いずり歩くのを、ぼんやりとした認識の中で見ていた。その瞬間は、その瞬間だけは、古い血が地殻から核まで地球に染み込んだような世界ではなかった。

そしてその一瞬が過ぎると、SCP-8400は思い出した。

怒りが眠りを圧倒した。木でできた片方の手が、打撃のように、叫び声のように木から飛び出した。それからもう一方が。彼は引っ張り、爪を立て、もがきながら自らの誕生の地から飛び出て、月光の中で初めて息を吸い、息を切らしながら感謝した。

彼が科学者に気付いたのはその時だった。彼女は遠くない場所の倒れた丸太の上に座り、棒の端を削って脚のない奇妙な鳥の形を作った。

「おはようございます」彼女は自分の手作業を横に置きながら言った。「そしてなんて結構な朝なんでしょう! もしあなたが5年に1回しか生きられないのなら、これほど素晴らしい日は恐らく選べないでしょう。」

もう一人は悔しがったことに、彼女は正しかった。もちろん、彼はそれを声に出して認めるつもりはなかったが、心の中では、世界はこんな朝のために作られているということを知っていた。

「お前は最後のゲームをしに来たんだな」彼は代わりにそう言った。

科学者は首を振った。最近は髪を緩くしていて、優しく振るたびに髪が弾むようであった。服装も明るくなったが、顔は変わっていなかった。不思議なことに、まったくもって同じだった。太陽が彼女の目に明るく輝いたが、目を遮らなかった。

「あれに取り掛かりましょう」彼女は言った。「まずは、私と一緒に来てください。私がどこから来たか見せてあげます。」

「不可能なことを求める。私は森から大きく外れることはできないし、お前の種族が住む森など存在するはずがない。生けるものはお前の軌跡を予想しただけで萎れてしまう。」

「私たちの森はあなたの基準に達していないかもしれませんが、森の面影はそれ自体が森といえます。あなたを案内することを認めてください、そしてもしあなたが自分の要素から離れてしまったと感じたら、私はそれ以上進むよう求めません。」

そして彼らは道路のすぐ脇を歩き始めた。そしてその時、SCP-8400はその日がいかに特別なものであるか、本当の意味で気付き始めた。

まず、金色の朝日は、時間の経過とともに決して動いたり暗くなったりすることなく、常に地平線のすぐ上に垂れ下がり、透明で埃っぽい光線を木々の梢から切り込ませ、浅い湖床で影が踊るように、地面に奇妙で変化するパターンの風景を作り出していた。それから鳥のさえずりがあった。純然たる偶然とは思えないほど一定で調和が取れすぎており、それぞれの音はその歌手が空から逃げたずっと後も空中に響いた。

そして何より奇妙なことに、SCP-8400とマートレットは完全に何にも気付かれることなく世界を移動しているようだった。彼らが歩いているとき、運転手や通行人は誰一人として速度を緩めたり、顔を向けることはなかった。

「この魔法はお前の仕業だと思っていいか?」

「私の夢を少しこぼしてしまいました」マートレットは控えめに肩をすくめながら告白した。「あなたのもです。押し付ける形になって申し訳ありませんが、これを可能にする他の方法はありませんでした。」

「私はもう夢を見ない。」

「ときに、私たちは自分を驚かせてしまうこともあるのです。」

彼らは旅を続け、時間と距離は脱線した思いのように音もなく去り、足取りは一歩一歩ぼやけ、全世界が樹木と、道路と、その日の最初の光のスープとなった。SCP-8400の心の片隅には親近感が引っかかり、行ったことも見たこともない場所の記憶を形どる掻痒があった。それを考えるのは苦痛だったので、考えなかった。

ついに彼らは、巨大な壁に固定された大きな金属の門に遭遇した。その門はさらに巨大な灰色の長方形の集塊を取り囲んでいた。全ての監獄の終わりの監獄。世界に付けられた傷。侮辱。

マートレットはSCP-8400にその場に留まるように合図し、門の横の壁に組み込まれ、厳重に強化されたボックスに近付いた。そして彼女がこうしていると、非常に奇妙なことが起こり始めた。

「1ペニーで」マートレットは言った。

体に対して頭が大きすぎ、頭に対して鼻が大きすぎる小さな男が、古い石橋の下から顔を覗かせていた。

「1ポンド」小さな男は低くしわがれた声で返した。

雷鳴のような亀裂音が樹木限界線を越えて轟いた。彼らの前の棘の茨は解けて落ち始め、枯れたり死んだりするのではなく、何か超自然的なリヴァイアサンの触手のように動き— それは十分にそうしていたのかもしれないが— それは後退し、橋の下の小さな男が既に戻っていたのと同じ広大な暗闇の中に消えた。

「一緒に来てください」マートレットは言った。

そこでSCP-8400はついて来た、永遠の時代に感じた以上に大きな不安を抱えながら壮大な橋の階段を登って。橋正面の進入口両側には、骸骨で描かれ正体も分からない石の獣が彫られており、それは首を軋ませて伸ばし、通り過ぎる二人を見守っていた。

「お前は夢を深くこぼしすぎているようだ」SCP-8400は言った。

「はっきりさせておきますと、あなたが見ているものは全て完全に本物です」とマートレットは風景を身振りで示しながら断言した。「ほとんどの点で別の選択肢よりも現実的です。」

SCP-8400は橋の縁に移動し、横から覗いた。真っ黒な闇がその下を流れ、両側に見渡す限り広大な線を描いていた。一見すると暗い川だ。あるいは、虚空が脈動し波立つと言えるのなら、虚空のようなもの。それから突然、SCP-8400は自分が見ているのは、小川のせせらぎの憎しみに満ちたパロディのように流れ押し潰される、膨大な量の黒い濡れた髪であることに気付いた。彼はこれを思案し、先に進んだ。

橋は、高く鬱蒼と茂った森の樹木限界線から僅か数ヤードのところで終点に達していた。前方の道は木々の天蓋の下を曲がりくねっていて、木々の枝は互いに絡み合って尖塔となり、生き物の集合体というよりは、洞窟の入口や放棄された神殿に近い印象を与えていた。依然としてマートレットは前を向いて歩き続け、朝の光が彼らの遥か後ろへと消えていく中でもSCP-8400は毅然として後を追った。

太った小さなリスが頭上の止まり木からこちらを見つめており、その額で点滅する赤いとさかは警戒心の証だった。だが、どんなに頭を傾けたり、レンズを調整したりしても、この小さな生き物は目の前の虚無空間にある2つの何かを全く検出できず、小さなモーターが混乱してブンブンと音を立てた。

「あれはどういった生き物だ?」SCP-8400は問うた。

「CCTVですね、恐らく。」

その言葉がマートレットの口を離れると、太った小さなリスは止まり木から小走りし、貪欲な頬にたくさんのドングリを詰め込みながら、廊下の道を跳ねていった。

「それについて考えすぎないでください」彼女は付け加えた。「本当に。いけません。隠喩というのはあまり詳しく調べると壊れてしまいます、そしてその時私たちが中にいたらどうなるかわかりません。」

森の道は薄暗く鬱蒼としていた。時折、近くに密集する木々が途切れることもあったが、人間の服を着て走り回り、人間の仕事をしている森の生き物が何匹も見えた。彼らはお互いに人の言葉で話し、二人のことは気にも留めなかった。

「彼らは私たちとは違います」マートレットは言った。「彼らのうち何匹かは知っています。これまでは幸運でしたが、そう長くは秘密ではいられないでしょう。」

「彼らを信用するのか?」

「彼らを愛しています。」

「あれらは全く異なるものだ。」

「知っています。」

果てしない道が終わると、彼らは円形の空き地に出て、その中心には地面に大穴が開いているように見えた。近付くにつれ、精巧な螺旋階段が穴の周囲に沿って建設されていることが明らかになった。苔や草が石の上を覆い、葉脈のような亀裂から這い出していた。

「お先に行きたいですか?」マートレットは前方を身振りで示しながら尋ねた。

彼は軽く頷いて、進んだ。

そうして彼らは下り、

階段は終端に達した。

彼らの前には長い廊下が伸びていて、頭上を漂う小さな光の塵によって薄暗く照らされており、落ち着かない眠りをかき乱すかのようにちらつき震えていた。SCP-8400は一瞬立ち止まり、かすかな認識の中で光を見上げたが、何も言わなかった。マートレット博士はただ前に進み、途切れることなく大股で先頭に立った。

「来てください」彼女は言ったが、その声は平穏だった彼女の声に反するほどの切迫感を含んでいた。 「我々は最終段階に入っています。」

SCP-8400は動かなかった。

「お前の森の面影は不快だ」彼は言った。「私の故郷を嘲笑するものだ。」

マートレットは立ち止まり、振り返る。

「戻ることもできます、それがあなたの望みなら。結局は、私もあなたと同程度にホスピタリティのルールに縛られています。」

「いや。私はこれを最後まで見届ける。」

頷き、微笑んで、マートレットはもう一度振り返り、道を進み始めた。SCP-8400は後に従った。

廊下は蛇のように左に右に曲がり、進むにつれて壁は離れていき、ついに頭上の光が届かなくなり、両側に残る暗い空間が永遠に続くかのように見えた― 実際にそうかもしれない。遠くに、ずんぐりした四角い図形がぼんやりと浮かび上がった。

いくつものベビーベッド。木材は、いずれも塗装も装飾もされていないが、均一とは程遠い。各部品の各先端は荒く独特に切り取られており、完全に真っ直ぐ伸びている線は一本もなく、完全に土から生えたものではないにしても、確かにそれが手で作られたという印象を増している。それぞれが、揺り動かされたかのように湾曲した台の上に置かれていたが、それでも完全に静止していた。そして最後に、それぞれの揺り篭の前面に木の銘板が貼り付けられていた。

そしてここでSCP-8400の防御はついに揺らぎ、地面が彼に押し寄せそうになった。それは、それぞれの木の銘板には言葉が浮き彫りにされていた― 特定の言語でも文字でもなく、意味があったからだ。物事の本質が蓄えられていたのだ。

それぞれの木の銘板には 名前 が浮き彫りにされていた。

彼はそれらに向かい走った。

そこには、手入れの行き届いた墓石のように、数え切れないほどのベビーベッドが整列されて立っており、永遠に、あるいは見渡す限りに広がっているように見えた。いずれか早い方だ。とてもたくさんあった。その一部を彼は認識した。

だがしかし、すべて空っぽだった。彼は狂乱したようにあるゆりかごから次のゆりかごへと走ったが、最後までがらんどうだった。確かにサインが残されているが、そのサインが示すものはない。

SCP-8400は地面に指を突っ込み、長く低い反響音を発し、それは声に似たものというよりも、古木が伐採され轟き渡る音に近しかった。

彼の姿は変化し、鋭さと音、破片と歯が飛び交うような騒音の山へと解放されたが、その怒りは彼が知る必要があるほどではなかった― 我々が前に知ったように、それが彼の真の本性だから― そして嵐は去った。彼は前に進んだが、それでも時折立ち止まり、ベビーベッドの縁に沿ってうっすらと指先で撫で、愛のこもった指の跡を完璧に辿る、急速に開花したヒナギクの跡を描いた。

1時間、あるいは1日、あるいは永遠の後、それは終わった。ベビーベッドはもうない、光はもうない、ただ暗闇のみ。

だがそれでも、ただ暗闇のみが広がる中、部屋の中心から数歩離れたところに大きな白樺の木が見えた。それを照らす光源はなく、半ば矛盾に覆われていたが、それでも昼のように晴れていた。木の根元には木製の地下室の扉があり、何重もの鎖できつく閉じられ、その上には一つの恐ろしい鍵がかかっていた。聞こえるのはその足音— 恐らく彼ら自身の— と、遠くで流れる水の奔流だけだった。

デラニー・マートレットは木に近づき、その上にそっと手を置いた。彼女は優しくしかし丁重にそれを撫でてから、SCP-8400の方を向いた。彼は彼女を注意深く観察したが、まるで獲物が安全を求めて飛び出したら急襲する準備ができている獅子のように、木の接合部が期待で強張っていた。

彼女の行動を逐一抜け目なく認識している誰かと同じ決断力で— 警戒というよりも形式上の理由からだが— マートレットは足元の地下室の扉にしゃがみ、冷たい鋼鉄の錠前を片手に取り、もう一方の手でポケットから質素な鍵を取り出した。静かにカチッ!と音が続き、一瞬のうちに錠前は砕けて細かな灰となった。少しの風もなかったのに、灰は風の前と変わらずに吹き飛び、記憶の輪郭だけを残した。

「それでは」マートレットはとうとう言い、魔法のように沈黙を破った。「終点です。」

「開けろ」SCP-8400は命令した。

彼女は頷いた。古い木の扉が重い呻き声と埃を上げて道を譲り、硬材の蒸気船のトランクだけが置かれた奥行きのない区画が現れた。それは古びていたが、古風なものではなかった。豪華な装飾が施されているが、泥とかびと変色が厚く染みついていた。

「中に何がある?」前に踏み出しながら彼は訊いた。

「開けて」マートレットは真っ直ぐに立ちながら彼の言ったことを返した。

SCP-8400は躊躇った。彼は膝をついてトランクに手を伸ばし、親指の下の蓋を注意深く掴む。ゆっくりと、彼はそれをこじ開けた。

トランクには頭が詰まっていた。いくつもの幼児の頭、青白く、静かで、穏やかで、魅惑の眠りに閉じ込められたような。

「死体?」SCP-8400は震えながら訊いた。

マートレットは彼の手を取った。

「損なわれたもの、だと思います。」

SCP-8400は腰をかがめて震え、トランクに手を上げたがそれを引き離し、角に沿う全ての目はきつく留められていた。

「どれが私自身のものかわからない」彼は辛うじて単なる息を脱した声で囁いた。

ようやく彼が目を開けると、マートレットは彼に微笑みかけていた。旅の大半で彼女が浮かべていたのと同じ悲しい笑顔だった。謎めいて物知り顔だが、見下すところはなかった。友人の笑顔? 完全にそうという訳ではない。親族の笑顔。鏡のような笑顔。

そして、

彼女の右手の2本の指の間で笑顔の横に上げられたのは、

栗であり、

生涯長きに渡り忘れられていた遺物のように世界中を探し回っていたもので、

そしてSCP-8400は彼らの合意の条件を思い出した。

「最後のゲームです」一人が言った。

「最後のゲームだ」もう一人が言った。

頷きを交わす。永劫のように感じられた中で初めて、時間の仕組みが軋みながらも再び動き始めた。壁の揺らめきがそこら中で点滅し、鍵や機械、そして多数の鉄の揺らめきがあったが— それは所詮揺らめきであり、それが過ぎると、再び残ったのは木とトランクと暗闇、そして二人だけだった。

マートレットは栗を渡し、最初のターンを宣言した。背中合わせ。それぞれの方向に5歩大股。踵を返して目を動かさない。そこで数えた数は、おそらく今までと同じではなかった。SCP-8400はデラニー・マートレットにお辞儀し、デラニー・マートレットもSCP-8400にお辞儀し返す。今回は、彼らは本気で言っているのだ。

「この時点で懐旧の念に駆られます、ではないですか?」マートレットは、決して太陽の届かない場所で金色の目に太陽光を湛えながら尋ねた。

「お前は確かに、過ぎた時間の中でたくさんのことを学んだようだ。」

「あなたがそう言うとは面白いですね。前回会う前は、もしかしたらお互いに何かを教え合うつもりだったのかもしれないと思っていました— 実際そうしていますが、それ以上に、二人とも同じくらい間違っているということが頭にあったのだと思います。私は、このちょっとしたゲームからどうにかしてより良い人間になれると思っていましたし、それで犠牲にするものは一切何もありません。そして最終的に、痛いほどに、それは不可能だと悟りました。」

SCP-8400は頷き、彼の目は無意識に隣の頭が収納された箱に引き寄せられた。

「犠牲の本質とはそういうものだ。」

「我々― つまり財団は、負け戦を戦っているかのように振る舞うことが好きなんです。まるで一瞬でも気を抜いたらカオスの波に押し流されてしまうかのように。しかし、それは真実ではありません。真実は、私たちが勝っているということ、そして私たちは長い間勝ち続けてきたということです。私たちは戦う。私たちは損失を被る。それでも私たちは勝っている。私たちは支配権を持っている。私は平和が欲しいと思っていた。私はあなたを直したかった、そしてあなたが怪物になるのを止めたかった。一方私は幸いにも、あなたをそのようにさせたものの一部であり続けました。」

「そして今は?」

「もう怪物が何なのかさえ分かりません。でも、平和は私一人の言葉だけでは存在し得ないことはわかっています。そしてあなたが何であれ、平和はあなたに欠けているものをただ合計したものではないこともわかっています。これが私の栗です: あなたは名前がそこからとられたものの形のない、傷ついた残骸から生まれた。しかし今は、あなたは新しい何かです。」

栗は放り投げられた。

栗はキャッチされた。

「お前はこの旅で私に多くを見せてくれた」SCP-8400は言った。「そして私は自分が見たものと立ち向かってきた。このビジョン、この血を流す夢は、真実であれ虚偽であれ— 当惑させ、不快にさせる。それでも私は、お前が明らかにしたことの本性を理解し始めたと思っている。告白するが、前にお前と話したときはこれがどの程度かは予想できなかった。」

「あなたにはたくさんの借りがあります。自分が完全な人間ではないことに気づいてから、全てのピースが正しい位置にはまり始めました。」

「そして、ピースの数はかなり多い。ではお前の真実を話そうか。『太陽の子』よ。暗闇の中でそれをはっきりと話そう。私はお前の栗を返す: お前は形のない、傷ついた残骸から形作られた。しかし今は、お前は新しい何かだ。」

栗は放り投げられた。

栗はキャッチされた。

遠くで揺り篭が風に揺れた。

「とてもたくさんの物語」マートレットはため息交じりに言った。「私たちは、あなたのような存在が子供たちを盗み、あなた達の子供として育てたという話をします。よく言われるように、『全ての告発は告白である』です。それがどれほどひねくれたものかはっきり説明するのは難しいのです。私たちはあなた達の名前を取っただけでなく、彼らの不在によって生み出される復讐の連鎖を封じ込めるために、殺されなかった少数の者たちを目覚めさせました。」

「まるで自分が彼らの一員であるかのような話しぶりだな。」

「そうです。あらゆる意味で、私は彼らの一員でした。彼らと一緒に暮らしました。彼らのために働きました。彼らを愛しました。彼らの物語を貪り読んで、それを自分のものにしました。」

サイト-24管理官デラニー・マートレットは暗闇の中に立ち、その暗闇に彼女は影を落としていた。それは決して着陸することのない、飛んでいる鳥の形をしていた。

「しかし私は真に加わったことはありません。偽りの格好をして生きている私に、どうしてそんなことができましょう? 家に帰る時です。そしてそれが私の栗です: お互いを見つけたので、遂に私たちは再び一つになれるかもしれない。」

栗は放り投げられた。

栗は空中でバラバラになった。

地面に衝突する前に、マートレットは破片に跳びかかった。彼女は、それが散乱したあらゆるところをパニックになって這い回り、それらを手に、ポケットに、くちばしに集めた。

彼女はできる限り試した—

そして誰の目にも彼女が本気で、本当に試していることは明らかだった—

だが破片は合わさることはない。

彼女の魂のもう半分が前に出る。足取り一歩一歩の後ろには想像もできない庭園が咲いていた。彼は、泣いている彼女を抱きしめた。

最後のゲームの勝者が誕生した。

「あぁ!」マートレットは涙を拭いながら叫んだ。「そう。ホスピタリティの条件。あなたは名前を獲得しました。」

「私の名前がどこかは知っている」もう一人は柔らかな声で言った。

「いえ、それでは十分でありません。」

彼女は立ち上がり、休眠中の名前たちがぐっすり眠っている古い蒸気船のトランクに戻った。

「これを取って」彼女は指示した。

「だが彼らのもう半分は—」

「彼らには何もありません。もうないのです。今は孤児なのです。だから眠っているんです。」

SCP-8400はゆっくりとトランクに近づき、彼の多数の目は中の無邪気な顔を見渡した。彼は時間を費やした。彼は選択した。彼はそれを手の中でひっくり返し、幼児の頭が眠りの中で優しく鳴くのを眺めながら、そのあらゆる特徴を観察した。とうとう、彼は前のめりになって一口食べた。それを引き離すと、破れた皮の下にはリンゴの果肉だけが見えた。

頭からは蜂蜜のような液体がにじみ出て、飢えた男の暴食振りでそれを引き裂いた名もなき生き物の口と手を汚した。ほんの数秒のうちに、彼の指にはジュースの汚れだけが残った。

ベイテ。

全存在の飢えはついに満たされ、ベイテは一本の白樺の木にもたれかかった。そこに太陽はなかったが、彼は太陽を遮るかのように顔の上に手をかざした。彼が驚嘆したのはその手そのものであり、早朝の空を讃えるように指の柔らかな輪郭を包み込んでいた。

「全く合っていないという訳ではない」ベイテは言った。「舌の上に乗ると正しい味がする。」

いかにも、それは今彼が持っている新たなものだ。

「それを聞けて良かった、ベイテ。」マートレットは言った。彼の肩に腰掛けながら。

そして彼らはそこで共に休み、かつて半身ずつであった二人は、新たに発見した、自分たちが何であるかについて考えた。彼らはしばらくそこに留まった。二人が望んでいたかもしれないほど長くはなかったが、家への帰り道はまだずっと長いだろうということは分かっていた。

「今からどうする?」ベイテは尋ねた。

マートレットは微笑んで肩をすくめた。

「私はまだ管理官です。そして私はまだリーダーです。たぶんもう私たちの枝が折れる頃でしょう。新しい何かを根付かせましょう。」

「なるほど。この新しいものはどのようになるだろうか?」

マートレットは考え込むように顎を翼に乗せた。

「神話というものがあります。財団には神話であふれています— 実のところ、それはあなたが知ってはならない秘密と呼ぶものです。私はこのようなことが何も起こらなかった世界の物語を聞いたことがあります。そこでは誰もが正しい選択をすれば、私たちは手を取り合って、隣り合って生きていくのです。」

「だがここではそういうことは起こった。ここはその世界ではない。そしてそうなりえない。」

「ええ、無理です。しかしそれでもそこから学べるものがあるかもしれません。」

一瞬の沈黙、そしてマートレットは立ち上がった。

「私たちはちっぽけです」彼女は認めた、「でも生き延びていきます。『財団』の名を背負い続けることを選択した者たちは、自らの意志でその重圧に苦しみ続けられるのです。」

ベイテは立ち上がり、彼女の横に立った。節目は軋まなかった。目は固定され、焦点は合っていた。

「それでお前は新たに自らを何と呼ぶ?」彼は尋ねた。

「多分いつの日か、今からずっと先のことですが、私たちは切望に値する名前を手に入れるでしょう。それまでは? そうですね。名のないことも最悪のことというわけじゃありません。」

騎士は指の関節を鳴らし、骨とその中の髄の感覚を味わった。

「道を阻むものもあるだろうな」彼は言葉の下に笑顔を隠しながら、彼女に言った。

「ならば、それと独りで対峙しなくていいとは幸運ですよ。」


そして彼らは手を取り合って共に歩いて行った。果てしない暗闇から、到底知りえない何かへと。

❖❖❖

ページリビジョン: 6, 最終更新: 02 May 2024 13:45

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