クレジット
タイトル: SCP-1954-JP - 名優、それか誰でもない奴ら
著者: ©︎aisurakuto aisurakuto
作成年: 2019
SCP-1954-JP-1: 発見時に回収された写真。
カラーカメラによる撮影。
アイテム番号: SCP-1954-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-1954-JPはサイト-81██の専用棟にて管理されます。専用棟の設備はSCP-1954-JPの体液の影響を受けることを前提とし、飛散した体液の洗浄は実施されません。
専用棟に進入する職員は防護服を着用し、体液の付着を防止します。人体に体液が付着し、内部組織に体液が進入する可能性がある場合、影響を受けた部位が30%未満であれば即座に部位を切除し、対象人物を保護します。影響を受けた部位が30%以上また頭部など重要部位であれば、対象人物を終了します。
説明: SCP-1954-JPは無彩色の体組織により構成された人型実体です。身体に有彩色を含む色素は発見されていません。現在までに2体のSCP-1954-JPが回収されており、類似した特性を持つ別個体の存在が示唆されています。
SCP-1954-JPの外見は共通して中年期の三船 敏郎みふね としろう氏に酷似しています。外観に加齢の兆候は確認されていませんが、内科的検査から老化の進行が析出されています。この他、日本刀による殺陣の技能、日本語の発話能力が共通しています。
SCP-1954-JPの体液は他物体(以下、対象)への侵食性を有しています。体液が対象に付着した場合、表面を被覆するように薄く延長し、一定時間の経過によって完全に浸透します。結果として、対象を構成する色彩は付着部位の色素の明度を反映した無彩色に変化します。また、体液が脊椎動物の内部組織に侵入した場合、免疫細胞が体液と侵食部位に過剰な攻撃を発生させ、最終的に対象の身体は急速に脆弱化します。これらの現象が生じる体液の最小値は物体の体積に比例した一定量が必要です。しかし、後者の場合はごく少量でも反応が始まります。この特性により、衣服などの常備品は一定量の汗により確実に変化しています。
関連する資料や証言などから、SCP-1954-JPはGoI-233(ハーマン・フラーの不気味サーカス)に起源を持つと推察されています。GoI-233内部における活動内容は同一であると断定できますが、思想に大きな差異が見られます。
現在までに回収されているフライヤーにはパターンが2つ存在しており、それぞれ三船氏の存命時及び死後に発行されたものと考えられます。以下は死後に発行されたとされるフライヤーの内容です。
ハーマン・フラーの不気味サーカス
— 堂々、上演 —
死から蘇りし伝説のサムライ
素晴らしき剣術に、そして彼の溢れんばかりの魅力に見惚れてください
1日限り
今週日曜日、[編集済]町内催事会場で!
※(注記)会場内を移動することがありますが、握手などはお断りしています。
SCP-1954-JP-1
SCP-1954-JP-1は2005年08月03日、静岡県田方郡函南町にて回収されました。発見時、SCP-1954-JP-1は内面に鏡が張られた和箪笥から発見されています。和箪笥の表面には"エッシーへ、ショーグンによろしく(FOR ESSIE,SAY HELLO TO SHOGUN)"というメッセージが刻印されていました。
和箪笥からは以下の非異常性アイテムが回収されています。
- アメリカ合衆国内で鋳造されたと思われる、全体が無彩色に変化した日本刀
- 『七人の侍』、『用心棒』、『蜘蛛巣城』などの時代劇映画で三船氏が演じた役と同一の衣装群
- 主にSCP-1954-JP-1を映した写真が収められているアルバム
SCP-1954-JP-1は自身を三船氏本人であると主張しています。しかし事実と異なる発言や確認に対する曖昧な回答が多く、確証には至っていません。現存する三船氏の映像記録と比較して、SCP-1954-JP-1の人格にはナルシシズムの傾向が見られます。また、GoI-233所属以前の活動についての記憶を喪失しており、それを思い出すことにも消極的です。
GoI-233の先導者とされるハーマン・フラーへの忠誠が確認されています。
#2005年08月05日
インタビュアー: 桃井 三四郎博士
インタビュアー: それでは、本名から話してもらえませんか?
SCP-1954-JP-1: 三船 敏郎。活動名と本名がイコールですので。役者をやっていますが、最近は違ったことをしていますね。映画とは離れたことを。
インタビュアー: [沈黙] それでよろしいのであれば、続行しましょう。違ったこととはサーカス巡業のことですよね。具体的には?
SCP-1954-JP-1: よくご存じで。そうですね、主に剣のパフォーマンスを披露していますが......これはサーカスについても説明した方がよろしいですか?
インタビュアー: お願いします。
SCP-1954-JP-1: わかりました。私が勤めているのは「ハーマン・フラーの不気味サーカス」というところでして、非常に芸の質が高い場所です。人を車ごと飲むだとか、顔のコブでジャグリングだとか、滅茶苦茶ながらも凄いことをやる連中で溢れてます。ただ、私の役回りを担うのは私だけ。唯一無二です。
インタビュアー: なるほど。改めてお聞きしますが、あなたの役割は何でしょう?
SCP-1954-JP-1: 先ほども言いましたが、剣術、すなわち殺陣です。私自身、変わったことはやってないつもりなんですが、『用心棒』での評価の通り結構褒められているものでして。 [笑い] どちらかというと芸術に近い技術ですけど、ハーマン・フラーに係れば立派なエンターテイメントに早変わり、といったところです。
インタビュアー: フラーに係れば、ですか。つまり何らかの演出があり、ただ剣で立ち回るだけではないということですね?
SCP-1954-JP-1: えぇ、サーカスですから。小芝居を含めた視覚的な演出があるんですよ、桁外れな芸を持つピエロたちを相手にね。序盤は確かに立ち回るだけです。火吹きに大跳躍、それと回転しながら突っ込んでくる奴もいました。皆が特技で私を打ち負かしに来る。獣使いや、大道具そのものが襲いかかってくることもありましたか。しかし、その場の主役は私です。相手も派手なだけで当ててはきません。そこをさらりとかわして、台詞を吐く。時間が来たら居合で斬って締め。さらに台詞を加える。『これでこの宿場も静かになるぜ。おやじ、あばよ』......洒落ているでしょう?
インタビュアー: 攻撃の規模が増した、というのが演出ですか?
SCP-1954-JP-1: いえ、本題はここからです。相手は斬られたフリをすると、白と黒の塵になって散っていくのです。漫然と色がモノクロに吸われ、あたかも古いフィルムに取り込まれるかのようにね。そこから枯木が風に吹かれたが如く、少しずつ消えていく。なにせピエロは色に溢れてますから、その演出が映えるのです。
あれは彼らピエロが仕組んだ奇跡で、日頃のように剣を振るえばいい。それが君の才を引き出す簡潔な方法だ、とフラー氏は仰っていました。実際、人々を魅了していたのです。アメリカだけでなく、世界各地の人々をね。モノクロ映画で示した「風情」が体現できることを、私は誇りに思います。サーカスは私を示す大切な場でした。
インタビュアー: しかし、あなたはそのサーカスを降ろされたのですよね? 箪笥に詰められて置き去りにした人物を未だに団員と認めてはいないと思いますが。
SCP-1954-JP-1: 果たして、どうでしょうか。この暴挙はすべて彼女――イッキィ氏の独断でしょう。認められるはずがありません。
インタビュアー: イッキィ? すると、あなたはフラーではなく、イッキィという人物にああいった扱いを受けたと。
SCP-1954-JP-1: えぇ。若く可愛らしい女性だと見ていた私が甘かったのでしょう。いつのまにか、箱詰めにされてしまった。
インタビュアー: あなたとイッキィ氏は対立していたのですか?
SCP-1954-JP-1: そう考えるのが自然でしょうね。1つ、話を聞いてください。私がイッキィ氏に不満を持つまでの経緯について。
インタビュアー: お願いします。
SCP-1954-JP-1: はい。彼女が団長として振る舞うようになったのは、フラーが突然居なくなった後のことでした。彼が居なくなった原因はわかりません。忽然と、消えてしまったのです。けれど、サーカスが興行を続ける以上、統率者は必要でした。最古参である逆さ顔のマニーも彼女を担ぎ上げていて、確かに事実上の団長は彼女だったのかもしれません。
ただ、彼女のやったことに納得はいきませんでした。「サーカスをより良くする」という名目で、「去りたい者は去れ」と言ったのです。結果、何人かがサーカスから離脱しました。他にも独自の経営方針を振り回し、サーカスを変えていきました。「サーカスが良くなったか」は、正直私にはわかりません。それを抜きしても、フラーの名残を徹底的に破壊する独善的な彼女の姿が、団長に相応しいとは思えませんでした。
インタビュアー: そして、反発を。
SCP-1954-JP-1: えぇ。私の他にも同じ考え方の者はたくさんいたと思います。
インタビュアー: わかりました。話が逸れましたね。別の質問をしてもいいですか。あなたがサーカスを訪れた経緯についてです。
SCP-1954-JP-1: 私の技能を活用可能な場としてフラー氏が私を勧誘した。私がそれに乗った。それだけです。あの芸を披露する技能と才能を備えた者は君しか残されていない、彼はそう言いました。
インタビュアー: それはいつのことですか?
SCP-1954-JP-1: 2002年の5月頃でしたかね。ちょうど日本のゴールデンウィークだったはずです。
インタビュアー: それ以前は何をしていましたか?
SCP-1954-JP-1: 覚えていません。ただ、私はそれ以前にもミフネであり、サムライと呼ばれていた。それは確かでしょう。
インタビュアー: 記憶が明確ではないのですか?
SCP-1954-JP-1: ええ。 [大きく笑う] でも、問題ありません。私が生きているのであれば、「世界のミフネ」は依然として存在しているのですから。
SCP-1954-JP-2
SCP-1954-JP-2は2007年10月26日、山梨県甲斐市内に存在していたGoI-1958(夏鳥思想連盟)拠点にて回収されました。襲撃時、GoI-1958構成員は既に逃走しており、SCP-1954-JP-2は複数のアイテムとともに拠点に内在していました。(作戦内容については文書GoI-1958 - 2007年10月26日を参照)
SCP-1954-JP-2は自身について、ダビッド・トルハーノという名前のアメリカ人男性であると発言しています。それに伴い、日本語を要求されない場合は英語で発話します。また、自己批判が多く、一定以上の自殺願望を抱いています。
SCP-1954-JP-2にはGoI-233及びハーマン・フラーに対する極端な嫌悪が確認されています。
#2007年10月28日
インタビュアー: 桃井 三四郎博士
インタビュアー: 始めに、本名をお願いします。
SCP-1954-JP-2: ダビッド・トルハーノ。アメリカ人らしくない名前だが、これは父親の家系がメキシコだからだ。いや、アメリカンだのヒスパニックだのがこの顔で信じてもらえるとは思っていないが。
インタビュアー: 大丈夫ですので、話せることを話してください。本題に移りますが、あなたはある組織に拘留されていたように見えました。あの場にいた事情を教えてもらえませんか?
SCP-1954-JP-2: あいつらのことだが、正直俺もよくわかってない。ただ、拘留なんていう物騒なもんじゃない。言葉を選び直すなら、保護かな。個室にトイレと風呂を増設してまで、あいつらは俺を逃がさないようにした。それから......俺はあいつらの中で神みたいになってた。
インタビュアー: 崇拝の対象だったと?
SCP-1954-JP-2: そうだ。扉に覗き窓が付けられて、あいつらはそこから俺を見て神妙そうにしてた。「ミフネが生き返ってくれた」ってさ。俺は彼じゃないのに。
インタビュアー: なるほど。それでは、逃げ出すことを考えたのでは? あの組織の構成員と建物の構造から推測するに、逃走は容易だったと思われますが。
SCP-1954-JP-2: 考えたが、逃げてどうしろってことだよ。少なくともあそこは安全だし、あんたらに捕まることもない。あと...... [沈黙] 何でもない。
インタビュアー: わかりました。話は変わりますが、不気味サーカスという名称に身に覚えはありませんか。
SCP-1954-JP-2: [ため息] ああ、まぁ、知ってるよな。濁す意味もなかったか。あるよ、身に覚えは。覚えていたくなんかないけど。
そうだ。この際だから吐いとくがね、例の懐古主義どもは最初からサーカス目当てだった。俺は数少ない戦利品だったのかな。
インタビュアー: 根拠はありますか?
SCP-1954-JP-2: 聞けば、「ミフネの蘇生」が話題になってたらしい。何を考えてたかは知らないが、サーカスを嗅ぎまわってたんだと。実際、俺のいた場所でも行方不明者が出てたが......奴らは気にしていなかった。仲間の失踪は些細なことなんだと。自己中心的なんだろうな。
インタビュアー: あなたが逃げなかったのも、サーカスが絡んでいると見てよろしいですか?
SCP-1954-JP-2: むしろサーカスが俺に絡んでなけりゃ、俺がミフネになることも、「ピエロ狩り」どもを恐れながら森を歩くこともなかっただろうよ。俺を滅茶苦茶にしたのはサーカスと、ハーマン・フラーだ。
インタビュアー: 興味深いですね。あなたがサーカスに関わりを持ったときのことから、話してもらえませんか?
SCP-1954-JP-2: [沈黙] ああ、わかった。ただ、時間をもらえないか。そんな簡単な命令で吐き出せるほど簡単じゃないんだ。整理させてくれ。
インタビュアー: 承諾します。準備ができたら合図をください。
[SCP-1954-JP-2はインタビューの再開までに約1時間50分を要した。手で顔を覆う、個室内で右往左往するなどの行動が見られた]
SCP-1954-JP-2: もう、いい。話させてくれ。
インタビュアー: お願いします。
SCP-1954-JP-2: ハーマン・フラーと最初に会ったのは、1989年のハリウッドだった。汚い路地裏のことで、ボロ小屋に帰るときだ。俺はまだ親父に似てて、肌が浅黒くて、役者だった。フラーは路地の真ん中で、髭を揺らして笑ったんだ。「君を探していた」ってな。
詳しく聞くうちに仕事の話だとわかった。話としては、ヤツのサーカスは有用な人材を集めてて、ちょうど俺が選ばれた。馬鹿みたいに都合のいい話だと思うかもしれないが、俺は乗った。10年役者としてろくに食えてなかったし、その日もエキストラの説明会の帰りだった。飛びつかないはずがない。
インタビュアー: 以前にも異常な能力を備えていたのですか?
SCP-1954-JP-2: 違う。確かにフリークにはそういう経緯で加入した奴は大勢いるが、俺は違う。雇われたんだよ、武芸のスタントマンとして。売れるために、金になりそうな技術は何でも身に着けた。タップも、アクロバットも、歌も、日本の武道もな。一通りのことはできたのに、俺は役者として何も成せなかった。いや、「俺だから」か。俺は俺だからスターになれない、そこへようやく来たチャンスだ。でも、勧誘された後で条件があったことを知った。俺は俺を捨てて、ミフネにならなきゃいけなかったんだ。
インタビュアー: 詳しく、聞かせてください。
SCP-1954-JP-2: 車で連れていかれた先はサーカスのテント村で、促されて俺はフラーのテントに入った。直後、ピエロに身体を動けなくされて回転する柱に縛り付けられた。最後にハッキリ見えたのは、巨大なペンキ缶とハケを持って笑うあのクソ野郎だ。塗料は粘っこくて、冷たかった。俺が奪われていくんだと考えて、そのときは心なしかスッキリした。気が付くと今度はヘラを持ったフラーがいて、俺か、俺じゃない誰かに言葉を発した。「入団おめでとう、トシロウ・ミフネ」と。不思議と、気分は悪くなかったよ。
インタビュアー: 彼の改変の作用と捉えてよろしいですか?
SCP-1954-JP-2: いや、個人的な問題だと思う。『七人の侍』、彼の菊千代を観て思ったんだ。俺もああなりたいって。ガキの頃見た映画でな、昔は俺も壁を破ってスターになってやるって誓ったんだ。俺がひっぺがされて、ミフネになった。あまりにも直接的過ぎるけど。
仕事は与えられた。小芝居が組まれてて、俺は不届き者ピエロを斬って捨てる役に割り当てられた。"奇人の巣窟"とか、サーカスじゃテントごとに団員が分けられてるんだが、俺たちもピエロたちとは違ったテントに集められてたんだ。"名画座"とか、そういう名前だった気がする。あの時代なのに、トイレはおろか移動式の風呂や洗面所まで専用で併設されててな。待遇も良い方だった。
インタビュアー: すみません、「俺たち」と言いましたか? あなたのような存在が他にも?
SCP-1954-JP-2: ああ。白黒映画から抜いて来たような俳優たちが軒並み。きっとフラーも新しいタイプのショーをやりたかったんだろう。俺は『駅馬車』のカウボーイの隣の部屋だった。みんな、そういう意味じゃ役者だったかもな。自分を捨てて、名優になりきってた。
充実した日々だったかもしれない。仕事があって、清潔な部屋と飯があって、俳優仲間がいる。相手役のピエロたちの演技も悪くなかったし、不足はなかった。世界を白黒に染める力も、程度によれば悪くはなかった。巻き戻された時間の中にいるみたいだったから。俺はミフネで居続けることを望んでたかもな。あのことさえなけりゃ。
インタビュアー: 何か、起こったのですね?
SCP-1954-JP-2: ある日、仲間の1人がテントに入るなりがたがた震え出した。「相手にしたピエロが命乞いをしてきた」と。これまでも、命乞い自体は演目に組まれてることもあったし、俺だって何人も斬ってきた。ただ、尋常じゃなかったらしい。胸ぐらに掴みかかって、攻撃することもなく涙を何粒も落としてたそうだ。
同じ頃、俺は演目前に渡される刀が濡れてることに気付いた。普段は鞘に納められてて、演技中以外は抜かないから知りようもなかった。刀身も白く統一されてるし、何か付いてるなんて思わなかった。ちょっと嗅いでみたら臭ったよ。俺の臭みを凝縮したような臭いだ。まぁ、汗も付くだろうって、仲間には笑い話で終わらせたんだ。
ところが次に公演があった日、『駅馬車』が俺を捕まえて、水滴の話をしてきた。「銃に込められた弾丸が濡れている」って話だ。しかも証拠品として、あいつは余った弾丸をくすねてきた。灰色の弾丸を触ると滴が指先に移動した。最初から白に染まってて、粘つきは俺たちが洗面所で吐くような唾に似てた。
気味が悪くなったのか、『駅馬車』は次の公演で弾の液体を全部拭ってやると言い出した。俺は止めたんだ。嫌な予感がしたから。その日も、控室を抜け出して舞台袖に出た。予感は当たった。
フラーの演出が解けたんだ。弾丸が命中しても、ピエロは塵になんかならなかった。赤い血液を散らして、惨たらしく死んだ。俺はそこで、やっと知った。殺しが演技じゃなく、俺たちは本物のピエロを殺してたことを。あの液体が俺たちの汗や唾で、それは人間を粉々にできた。ピエロたちはそれを恐れて本気で抵抗して、フラーは彼らを処刑するついでにショーを開いてたんだ。俺は控室に逃げ帰った。『駅馬車』は二度と隣の部屋に戻らなかった。
インタビュアー: しかし、懐古主義者たちに保護されていたということは、フラーの支配下から逃げ果せたんですよね?
SCP-1954-JP-2: 逃げ出したくなるに決まっているだろう。単に殺しをやりたくないって意味だけじゃない。俺は今、ミフネだ。俺の人生に目的を与えて、こんなにも生きさせてくれた人の体で、これ以上人は殺せない。俺の愚行のせいで彼を穢したくないんだよ。
仲間も賛同してくれたんだ。実際、『駅馬車』が消えたことを不審に思ってて、とりわけ反対する奴はいなかった。その日の夜、全員で一斉にテントを抜けた。誰にもバレちゃいない、上手くいったと安堵できたのは一瞬だけだった。最後尾で幾つも悲鳴が聞こえた。人相の悪いピエロがノコギリを吐き出して、白黒人間1人の頭を貫いた。フラー指揮下の狩人さ。仲間が抵抗する中で、俺は逃げた。あいつらがどうなったかは知らない。森をいくつか抜けて、街に出た。
インタビュアー: それで、懐古主義者に囚われたと。どのくらいの日数を必要としましたか?
SCP-1954-JP-2: 分からない。日本公演があったのは2002年で、彼らの壁のカレンダーが正しいなら5月5日かな。そのときは地獄が終わると思ったんだが、苦痛はまだ続いたよ。
インタビュアー: 安全面は確保されていたのでは?
SCP-1954-JP-2: 安全面は問題ないさ。だが、俺は「ミフネ」と呼ばれ続けることになったってことは言っただろう。俺にはミフネを名乗る資格なんかどこにもない、ただのクズ野郎なのに。
インシデント記録: SCP-1954-JP
2008年03月01日、サイト-81██に対してGoI-████による攻撃が発生し、伴って小規模な収容違反が発生しました。インシデントは短時間で解決し被害は軽微であったものの、収容違反により専門棟内部を移動していたSCP-1954-JP-1とSCP-1954-JP-2が接触しました。接触は機動部隊が現場に到着するまで続き、一連は記録装置により録画されています。
SCP-1954-JP-1及びSCP-1954-JP-2、専門棟内部の廊下にて接触。
しばらく互いに硬直して動かないが、SCP-1954-JP-2が距離を取る。
SCP-1954-JP-1: 待ってください......あなたは、ミフネですか?
SCP-1954-JP-2、顔を手で覆う。
SCP-1954-JP-1: なぜ、なぜあなたがここに。やはり......訃報は間違っていたんですか? 財団の施設に匿われ、これまで幽閉されていたんですね?
SCP-1954-JP-2: 落ち着いてくれ。何もかも違う。俺はミフネじゃないし、彼はもう死んでいる。
SCP-1954-JP-1: では、あなたは何者ですか? ミフネと同じ顔をしているでしょう?
SCP-1954-JP-2: お互い様だろ。お前だってミフネの顔を奪っているくせに。色を抜かれてるのまで、俺と一緒じゃないか。
SCP-1954-JP-1: 顔を奪うも何も、私は三船敏郎です。彼そのものです。あなたは先ほど彼が死んでいると言いましたが、私はこうして生きています。
SCP-1954-JP-2: 屁理屈を聞くつもりはない。なぁ、お前は俺の後釜か?
SCP-1954-JP-1: 後釜? どういう意味です?
SCP-1954-JP-2: ハーマン・フラーのテントにいたのかと、そう聞いているんだ。
SCP-1954-JP-1: まぁ、在籍していますよ。少なくともフラー氏さえいてくれれば、何も変わらず芸を磨けたでしょう。
SCP-1954-JP-2: フラーはいなくなったのか?
SCP-1954-JP-1: 残念ながら。彼の代わりに小娘とマニーが管理しています。......その質問をするということは、あなたもフリーク出身ですか?
SCP-1954-JP-2: 不本意だがな。マニーは知っているが、女......魔術師イッキィか?
SCP-1954-JP-1: そうですが、今は関係ありません。1つ、提案します。この建物のセキュリティは、どうやら崩壊しているらしい。あなたもここを抜けて、サーカスに戻りませんか。
SCP-1954-JP-2: 結構だ。フラーが消えようと、もう見世物になるのは御免だ。俺にミフネを演じる資格はない。
SCP-1954-JP-1: 演じる? 顔も姿もミフネのあなたが、ミフネ以外として見られることはないと思いますが。私と同じく、あなたも生けるミフネです。
SCP-1954-JP-2: 違うだろ。俺たちは彼に縋ろうとした、ただの贋作だ。
SCP-1954-JP-1: いえ、私はミフネです。私が生きているなら、ミフネは死んでいない。
SCP-1954-JP-2: 死んでいるんだ。結局、俺たちは彼の再現をやる役者と変わらない。スペアにも程遠い。きっと見世物小屋は合ってたかもしれないし、見られなきゃ存在意義なんかない。でも、そんな存在意義は不要だ。空っぽだが、俺なんかは空っぽであるべきだ。......俺もお前も、ミフネじゃない。本物の三船敏郎はもう、この世にはいない。これは事実だ。
SCP-1954-JP-1、沈黙する。全身が震え始める。
SCP-1954-JP-2: ......どうしたんだ?
SCP-1954-JP-1: ミフネが死んでしまったなら、私は一体何だったんだ?
SCP-1954-JP-2: 待ってくれ。......お前は、フラーに遭う前は何をしていた?
SCP-1954-JP-1: 私は彼とともに段を上った。彼が世界を圧巻したとき、私もまた、名前を築いた。彼が生きているなら、私も生きている。この話に続きは必要ない。
SCP-1954-JP-2: さっき、フラーが消えたと言ったな。本質が変わらんあのサーカスなら、フラーが失墜した今、あいつらのやることは決まってる。残党掃除だ。お前は時代に沿わなくなって、御払い箱にされたんだろ?
SCP-1954-JP-1: やめてくれ。
数十秒間、SCP-1954-JP-1は発言せずに後退する。
SCP-1954-JP-1: そうか。私の時代はまた、終わっていたのか。あの時代はまだ続いていると、錯覚することすら許されないか。私はミフネではないが、最早誰でもない。誰なんだ、私は。
SCP-1954-JP-2: 何を抱えてたかは知らないが、そのミフネじゃない誰かってのは確かだろう。
SCP-1954-JP-1: 抱えてたものは何もない。何もないから、私はミフネを続けていた。しかし、彼がいないなら、私は終わってしまったのと同じだ。......なぁ、頼みがある。
SCP-1954-JP-2: 何だ。
SCP-1954-JP-1: 少しだけ、ミフネをやってくれないか。
SCP-1954-JP-2: 散々俺は彼じゃないと言ったはずだ。
SCP-1954-JP-1: そうじゃない。私の記憶にあるミフネは、棺桶に収まったカラーの死体のままだ。何でもいい。あなたがあなたとして、あなたが思うミフネを演じてくれれば。フィルムじゃない場所で動いている彼を見たいだけなんだ。
SCP-1954-JP-2: でも、俺は。
画面外で音が発生。機動部隊が現場に到着した際の物音だった。
SCP-1954-JP-2は沈黙するが、やがてSCP-1954-JP-1と距離を詰める。
SCP-1954-JP-2: 『これでこの宿場も静かになるぜ。おやじ、あばよ』......こうかい?
機動部隊が記録装置の範囲に入る。
身体の微かな動きから察知しているとは推測されるが、SCP-1954-JP-1、SCP-1954-JP-2両名は反応しない。
SCP-1954-JP-1: 有難う。生きずとも、生きた証は残る。確信できた。
SCP-1954-JP-2: ......再現でも、人は笑うんだな。
機動部隊により、SCP-1954-JP-1、SCP-1954-JP-2両名が確保される。
このインシデント終了後、精神鑑定に変化が確認されました。
SCP-1954-JP-1はGoI-233所属以前に関する記憶を徐々に取り戻しつつあります。またSCP-1954-JP-2は自己批判を行う回数が減少し、演技や映画への関心が新たに喚起してきていると発言しています。
特別収容プロトコルに両者の面会を設ける提言については、現在も検討中です。