名前、階級、番号
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"トーマス・アレンビー軍曹。番号942—"

レボルバーの台尻が顎に強くぶつかった。アレンビー軍曹は三和土に折れた歯を吐き捨て、苦々しげに笑った。
「俺の顎を砕いたら、なにも話せなくなっちまうぞ」
彼は嘲笑った。

男は撃鉄を起こし、冷たく固い銃口をその海軍兵に向けた。
「全部話すんだ!」
男は唸り声を上げた。
「お前のカワイイ警備隊がどうやってここを見つけたのかからだ!」

"トーマス・アレンビー軍曹。番号—"

銃が火を吹いた。アレンビーは痛みに叫びをあげ、そして笑い出した。その声は痛みと狂ったようなショックによって震えていた。
「クソが!」
彼は叫んだ。
「足かよ!?頭おかしいのか?大腿動脈を撃てよ、そうすりゃ俺は数秒で死んで、てめえは何も手に入らずじまいだった!」
「俺が知りたいことを話せ、さもなくば次の弾は脳だ!」
男は叫んだ。

「クソ野郎が!」
アレンビーは叫んだ。
「やらかしやがったな!てめえは撃つべきじゃあなかった! 虚仮威しなのがバレバレだぜ!てめえは俺を殺せない、俺はてめえが知りたがってることを知っている唯一の人間だ、このクソベトナム土人が—」

再び撃鉄が起こされた。今度は銃口はアレンビーの額へと向けられた。男は引鉄に指をかけた。アレンビーは恐れを抱くべきであると分かっていたが、痛みと、ショックと、アドレナリンがそれを阻んでいた。彼にできることは笑うことだけだった。

"Dai Ta!?"
何者かが叫んだ。誰か現れた。彼はベトナム語で何か話したが、あまりに速かったのでアレンビーには理解できなかった。大佐は含み笑いをした。何かが手渡された。

「どうやら」
大佐はにやにやと笑った。
「お前をもう少し生かしておく理由ができたようだな」
彼は茶封筒をアレンビーの顔に向けて押し出した。
「これは何だ?」

「さ......さあな」
封筒を通り越し、大佐の目を見つめながら彼は言った。
「一度も見たことがないな」

「嘘をつくな!」
大佐は唸った。
「これはお前のバックパックに入っていたんだ!それに......」
彼は封筒を回した。
「これが見えるか?これはお前のCIAのシンボルだ!」

なんてことだ。ベトコンに捕まって以来初めて、彼は恐怖に襲われた。

「俺は......何が言いたいのか分からんな」

「まだ嘘をつくか!お前は兵士じゃない、アメ公のスパイだ!」
彼は怒りの余りアレンビーの顔を袋詰めの紙で殴った。
「もう一度聞くぞ、どうやってこの地下道を見つけた?」

「地図だよ......」アレンビーは言い、苛立って舌を噛んだ。

「地図......ああ......そうか」
大佐は冷たく笑った。
「お前らアメ公は随分賢いんだな」
彼は紙を混ぜた。
「なるほど、こいつとこの三角形を並べれば......」

彼の声は突如中断された。アレンビーは笑みを浮かべた。

「大佐?」
一人の警備員が尋ねた。

「トゥアン」
彼はゆっくりと言い、そしてベトナム語で何か話し出した。多分、「これを見てくれ」だ。

その後、事態は少々の混沌を迎えた。

アレンビーは次に何が起きたかを見なかった。辛うじてできることは監房の重いドアを通して聞くことだけだった。その必要もなかった。彼はすでに知っていた。

困惑のざわつきはパニックじみた叫びに変わり、大佐と警備員は哀れな間抜けたちに"その図形"を見せているのだということを、彼は知っていた。

引っ掻く音は感染者たちがナイフか鍵で壁に"その図形"を刻んでいる音なのだということを、彼は知っていた。

叫び声が上がったら、感染は末期症状なのだということを、彼は知っていた。

大佐が部屋に飛び込んできたのは死者が出始めてから30分後のことだった。彼は紙をアレンビーの顔の前で振った。
「これを見てくれ!」
彼は叫んだ。
「これを見てくれ、頼む!」

アレンビーは目を閉じて笑った。
"アレンビー軍曹、番号—"

「見ろよ、クソッタレが、見ろよ!」
大佐はアレンビーの目を指でこじ開けその図形を顔に突き出した。
「見てくれ、頼むよ、一生の頼みだ!」

アレンビーはにやにやと笑った。それは低いクスクス笑いに変わった。
「気づかなかったな」
彼は言い、首を振った。
「お前は気づかなかった......」

そのとき大佐は気付いた。アレンビーの両眼はガラス製だった。

アレンビーは大佐が銃を持ち、撃鉄を起こそうとするのを聞いたが、男の麻痺した手はそのためには余りに震えすぎていた。彼は銃が床に落ちるのを聞いた。

男が死ぬには長い時間がかかった。アレンビーはその一部始終を楽しみながら聞いていた。


いくらかの時が流れた。

地中深くの複合地下道はいまや安置所だ。死体も死にかけの人間も至るところに転がっている。

茶封筒と二等分された"図形"(「安全な」形態へと丁寧に並び替えられている)をベルトに押し込み、アレンビーはトンネルのなかでふらふらしていた。彼は捨てられていた敵兵のAK-47をその場しのぎの杖に使っていた。ときおり、彼は立ち止まり、空気の流れを耳と肌で感じ取った。

出口を見つけるのには長い時間がかかった。

彼は地下道の息が詰まるような暗黒から、ベトナムのジャングルの暴力的な湿度へと抜け出した。顔に太陽光が当たるのを感じ、彼は幸せそうにため息をついた。

藪の中でかさかさと音がした。彼は振り返った。
「ノーラン?」
その迎えの男の落ち着いた声を聞けることを期待し、彼は尋ねた。

かわりに返事をしたのは、タイプライターのような二つの鋭いカチカチという音であった。サイレンサーがつけられた二つの.22口径銃の弾丸が彼の命を奪った。

「すまない」


「これはなんだ?」

「あなたはすでに知っているはずですが」

「線がいっぱいあるように見えるな」

「そうですね。しかしこのプラスチックシートを乗せると......」

「よせ!止めろ!」

「......嘘ですよ。これが何か知っているんですね」

「......」

「認めざるを得ませんが、あなたの配送方法は冷酷なほど賢明です。見れば死ぬ危険なオブジェクトを扱うため訓練された、盲目のスパイ。私の上司たちはこれに興味津々でしたよ。このアイデアは我々自身の目的のために受け入れられるかもしれませんね」

「......貴様......」

「あなたがこの地位に就いたときにした警告を繰り返させて頂きます、ミスター・シュレシンジャー。理解していないことに干渉しないでいただきたい。さもなくば、あなたのここでの任期が短くなり、しかも評判も落とすことになるでしょう。」

「......ふざけるな、貴様らは何も分かってない。我々はここで自由な世界のために戦っているんだ!忌々しいアカ共産主義者どもがインドシナを手に入れたら、太平洋全てが崩壊するんだぞ......」

「ああ、そうですね、あなたの大袈裟なドミノ理論ですね。失礼ですがね。たかが二国家のイデオロギー対立は、その二国があなた方と同じくらい強かったとしても、我々には関係のないことです。我々は現実の世界を代償にしてまで"自由な世界"を守ることには関心がないのです」

「......」

「これが最後通告です。"直ちにプロジェクトオメガへのあらゆる注力を停止してください"。我々の望みはプロジェクト全ての中止と否認です。MKウルトラ計画。エリア51。フィラデルフィアでの小さな計画でさえ。数週間以内に我々の財団の監査役があなたの進捗を確かめるためにやって来ます。御機嫌よう」

<カチッ>

「......くそ。ミス・ジョーンズ、街角の店まで行って煙草一カートンとバーボンを五分の一ガロン買ってきてくれないか?......ああ、あとビルの保安員とも会ってきてくれ。オフィスのドアの外側にカメラを付けたいんだ......ああ。野蛮人を見張るために......」


「あそこで何を手にいれたんだ?」
クロウが尋ねた。紙上の様々な話題を赤ペンで囲っていた若き研究員は顔を上げた。これまでのところ、彼はとある芸術家のプロジェクトが失敗したという噂に最も興味を抱いているようだった。どうもその彫刻は命を得て人を殺し始めたらしい......。

「大して」
コグは言った。その若い男は中折れ帽と上着をコート掛けに掛けた。机が完膚なきまでに不潔なクロウとは違い、彼らが共有している小さなオフィスのコグの側はきれいで整頓されており、ほとんど機械的なほど緻密であった。
「CIAの局長に"管理者"からのメッセージを伝えるためにラングレーまで行ってきた。きっと上手く行っただろう」

「俺に土産はあるか?」
笑いながらクロウが尋ねた。

「僕の旅費に個人的な買い物のための余裕なんてなかったよ」
コグが指摘した。

「つれないやつだな」
クロウはため息をついた。
「ああそうだ。ザブから電話だ。明日朝までにあいつの机の上の"図形"についての完全な報告書が欲しいんだと」

「あのファイルにはもう手をつけたのか?」
コグが尋ねた。

「まだだ。お前にやってもらうつもりだったんだ」

コグはオフィスの半分を占め、後ろ側の壁を全て埋め尽くす巨大な書類整理棚へ歩いていった。それぞれの引き出しには彼らの財団が収容する全ての異常オブジェクトの報告書のオリジナルと謄写版の原本が入ったフォルダがあった―「未割り当て番号」というラベルが貼られた引き出しを除いて。彼はその引き出しに到達し、適当な茶封筒をたくさんの中から引っこ抜いて開封し、中身のファイルフォルダにタイプされたナンバーを見た。

「571」
彼は読みあげた。

「良い番号だな」
クロウは欠伸した。

コグは着席しファイルフォルダの無頭釘を外し、特別収容プロトコルの書式用紙を取り出した。彼はそのカーボン紙の中間層を含んだ三枚の用紙をタイプライターに滑り込ませ、適当な箱に丁寧にガイドを合わせ、タイプし始めた。

アイテム番号: SCP-571

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル:

SCP-571を含む紙片は不透明な容器に保管し、いずれかの高セキュリティ保管室に保管してください......

Footnotes
. 原文: slopehead(ベトナム人の蔑称)
. 訳注: ベトナム語で「大佐」の意
. 原文: Groom Lake
ページリビジョン: 11, 最終更新: 29 Dec 2022 10:12
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