著者: aisurakuto aisurakuto Scarabaeus Scarabaeus
ファイルページ: backroom
ソース: https://flickr.com/photos/pavel/3210007261
ライセンス: CC BY 2.0
タイトル: Corridors
著作権者: Pavel Tcholakov
公開年: 2009
私は彼を忘れることはないだろう。
キューブの外もキューブなんだ。
その他、The Backrooms (Found Footage)(2022)などのリミナルスペースのコンテンツ。
「なぜ来た?」「あなたが心配で」
愛が怖くて逃げたくせに。
スカラベさんから原案を受け取ったとき、面白いとは思いながらもどう成立させるかでかなり悩みました。過去に見たインプットから使えるものがないか探していたとき見つかったのが『スイス・アーミー・マン』です。ありがとう『スイス・アーミー・マン』。ありがとうダニエル・クワンとダニエル・シャイナート。
ここからは少し真面目な話になりますが、執筆にあたり西井開『「非モテ」からはじめる男性学 (集英社新書)』も参考にしています。もしトンプソンと同様の状態にある方がいるならば、ちょっとした助けになるかもしれません。
ぐう面白い
序盤の説明セクションは多少低速な記事に思えましたが、中盤以降は見ていて退屈な場面が一切ない。
丁寧で自然でとってもユーモラスで、2人が精神が接近していくのがエモーショナルで、とっても良かったです。
途中湿ったネズミについてトンプソンが検分し、ネズミの汗だと鑑定している場面がありますが、ネズミには汗腺がないと習った記憶があります。これってなんかそういうネズミの実例とかってあるんでしょうか
ありがとうございます。
これを機に調べてみましたがこちらの知識不足だったようなので、ネズミの汗に関連する記述を削りました。
このテーマをSCPにしたがる人はきっと今まで沢山いたのでしょうが、ここまでしっかりSCPに落とし込んで書き上げた手腕が素晴らしすぎて脱帽しました
このテーマでこれを超えるものは今後出ないでしょう
NVです。
まず申し上げさせていただきますと、
完成度が非常に素晴らしい上、「『なりきりチャH』しないと出られない部屋」というひとひねり加えられたコンセプトもお手本のようでした。
しかし、下に挙げる要素でNVとなりました。
1.『虫とのチャH』でオチ、全体的に冗長に感じた
2. チャHを見たかった
3. セックスを見たかった
一言添えますと、どれも真面目に考えた結果の意見です。
それぞれ説明させていただきます。
虫とのチャHでオチた
・虫とのチャH
ここで私の中でこのSCPはオチてしまいました。
そのため、後半で肩透かしを食らってしまいました。
具体的には盛り上がりが最初で終わってしまっていると感じてしまったのです。
『セックスじゃなくてチャHじゃないと出られない部屋でした』とSCPがオチてしまい、そこで一番大きな笑いをかっさらってしまったのです。
ここは本当に素晴らしいです。
Keterらしい深刻なシリアスな状況から繰り出された『虫とのチャH』は本当に面白く、感動しましたので、これだけは絶対に残してください。アーカイブも残してください。
ただ、チャHという死角からの一撃で綺麗にオチてしまったため、
正直に言うとこの後のストーリーに興味を持てなかったのです。
ここからチャHして終わりなんだろな、と確信し事実その通りになりました。
きつい言い方ですが、虫とのチャHと比べると、人間同士のチャHは面白くなかったです。
そこからが長く感じてしまい、後半が冗長となっていました。
ダイレクトなチャHを見たかった
文字通りです。
ここまで濃密にH、つまりスケベを扱うなら、
[5分: 衣服を脱衣させ合う際のものを想定した会話]
コンピュータセックスを文章化したテキストの全文は、こちらから閲覧可能です。
などで省略するのではなく、本番行為の一部だけでもしっかり書いて欲しかったです。
チェーホフの銃と言うには下世話な話かもしれませんが、
チャHしないと出られない部屋が物語に出るとすれば、
私はしっかりとしたチャHを期待します
これほどの完成度だからこそ、どうしても欲しかったです。
セックスを見たかった
ほぼ2個目と同じです。
あくまでモチーフだけとしても、
セックスしないと出られない部屋を扱うなら、私はセックスを望みます
ところが本作のセックスの描写は畜生と虫によるものしかありませんでした。
少年漫画のラスボス戦で主人公が活躍しなかったような、
そんな裏切られたような感情になってしまいました。
セックスをダイレクトに、ここまで真摯に扱う記事だからこそ、
ひたすらに互いに死ぬまで貪り喰らいつづけるという、SCPならではのアブノーマルな人間同士のセックスを見たかったです。
こちらも、セックスの盛り上がる一部だけでも具体的にに描写していただくだけでもかなり変わると思います。(激しい動きや、絶頂シーン)
私の意見をまとめますと、大まかに以下のようになります。
まとめ・提案
『死んだら出てこれる空間』
↓
職員が巻き込まれ、そのままあえなくセックスして死亡し、『えげつないセックスして死んだら出てこれる空間』として更新。
ここでしつこいまでに濃厚なアブノーマルセックス描写を挟むことで異常性が際立つと思います。
↓
コガネムシと一緒に職員が巻き込まれ、マジの虫チャHを敢行。
生きたコガネムシと濃密な虫チャHログを回収(しっかりと描写)。
↓
ログから架空キャラのなりきりチャHで対策できるじゃん、と収容法が確立し脱出機能が配備。
最終的に『なりきりチャHしないと生きて出られない部屋』として記事が終わる。
人間のアブノーマルセックスを追加し、
その後虫チャHすることで、
SCPの情報を分かりやすく段階的に開示し、
ストーリーラインが整理され読者に飽きさせないことができると思います。
ただ、この場合、アダルトタグを追加する必要があると思います。
ちなみに超常的なセックス描写ですが、
私の呼んだ限りだとSF作品である天冥の標シリーズの第4巻「天冥の標IV: 機械じかけの子息たち 」が素晴らしいです。
お手元にありましたら、参考になると思います。
長くなりましたが、以上です。
非常に素晴らしい作品がゆえに、あと一歩を求めてしまいました。
よろしくお願いします。
ご意見をありがとうございます。
まず前提として、今回の記事はプロットをScarabaeus Scarabaeus 、本文をaisurakuto aisurakuto という分担で担当しました。正確にはScarabaeus Scarabaeus さんからプロットを持ちかけられて今に至ります。
プロットの段階からオブジェクトの異常性、脱出ロジック、展開などは大きく変更してはいません。「二人の男が『セックスすると死ぬ部屋』に閉じ込められ、過去事例からチャHが脱出方法と推理して実行する」が話の軸にあり、その中で「二人の関係性が発展していくことに話の旨味がある」というのが両者の共通認識としてありました。
なので、「最大限のユーモアを込めてはいるものの、実際に形に起こしていくにあたって笑いだけに着地するわけにはいかなくなった」というのが本文担当のaisurakuto aisurakuto としての回答となります。
以上を踏まえて提案に返答していきます。
1.『虫とのチャH』でオチ、全体的に冗長に感じた
先の通り、笑いではなくその先の二人の関係性に踏み込んでいくのがこの記事のメインシーンとなるため、申し訳ないですが『虫とのチャH』をオチとするわけにはいきません。
また実際にその後の展開はチャHしか起きていませんが、人間同士はそう易々と性交渉できるわけではありません。それでも脱出のためにチャHをする......というのは『セックスしないと出られない部屋』定番の流れです。しかしチャHは本当のセックスより心理的ハードルが低いので、何らかの障壁を設定しなくてはなりません。この障壁をどう超えるかが鍵で、それにあたって乗り越える過程を自分は重視しました。
言ってしまえば、セックスという『行為』ではなくそれが発生する『関係性』を核に設定したわけです。起きる事象の異常さではなく、異常な状況により本来接近することのなかった人物らの歩み寄りというシチュエーション単位での異常さを優先しています。そのため、行為そのもののアブノーマルさがトーンダウンしていくのは必然と考えます。
この『行為』ではなく『関係性』を重視したというのは以降の意見にも繋がってきます。
2. チャHを見たかった
3. セックスを見たかった
語弊を恐れず言うならば、「セックスという行為本体の描写は不要だと判断した」が究極的な回答です。
もちろん描写として置いておけるならそうした方がいいのは了解しています。しかし「どんなに語彙を選んだとしても、それが性交渉の描写である以上は陳腐になってしまうのでは?」という懸念から「省略」という方法を選びました。『虫とのチャH』にしても『生き死にのかかった状況での決死のチャH』にしても、明確に理解できないからこその面白さがあります。それを理解できるように受肉してしまうと「こんなものか」となり、「結果としてパワーを下げてしまうのでは?」という判断からこうなりました。
それとどちらかというと、「省略されたセックスがある」という方が空気感として面白いと考えたのもあります。特定の描写を省略できるのはSCP報告書特有の表現でもありますし、さもいつもの探査記録の描写のようにセックスが描かれている方がシュールなのではと思います。
そもそもの話として、関係性をおざなりにしないままもっとコメディに振るというのも可能だったと思います。
ですが、性や愛をはっきりアブノーマルなものとして描くのがまずクリシェで、できれば避けたいという思いが自分の中にありました。濃密に交わる描写をすること自体は可能ですが、それは異常性を利用して激しいセックスの様子を場面として盛り込めるというだけで、情報量として大きなプラスにはならないと思います。異常な性的趣向としての強烈さは他の性的タグの記事に軍配も上がりますし(この記事のオブジェクトはあくまで「閉じ込める」だけなので)、この記事で達成すべきことだとは思えませんでした。
また、性愛を笑うためだけに消費してしまうのはあまりに勿体ないとも思っています。読者全員がそれを感じるべきとは思いませんが、「この記事ではそうするべきではないので、ラストは真面目な流れにするよ」というのはScarabaeus Scarabaeus さんとも話し合いました。どれだけ状況が異常でも互いに寄り添い合う心そのものは、異常と断じられるべきではないと考えます。