それからは / それまでは
評価: +6

クレジット

翻訳責任者: Yukth Yukth
翻訳年: 2024
著作権者: psul psul
原題: After that / Until then
作成年: 2017
初訳時参照リビジョン: 5
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/after-that-until-then

評価: +6

2029年6月7日

今日、フクロウのコスチュームを纏った大人の女性が1匹の巨大なクラゲから産まれてくる様子を見守った。奇妙にも今日がその日であると知っていた気がする。

湿気を帯びた宙を浮遊しながら、クラゲは女性を床へと慎重に降ろした。医療チームと私は怖気づいていた、彼女のもとに馳せ寄ることが安全か確信が持てなかったから。目に涙を湛えた私は前を向いて進みだした、彼女の名前を叫びながら。

スンヒはこちらを見上げて、微笑んだ。私は膝を折って彼女を抱きしめた。顔を覆う発泡スチロールのマスクにキスをした、彼女が戻ってきてくれたことが私にとってどれだけ幸運なことだったか、頭の中にあったのはそれだけだ。

それからようやく、私たちを囲む看護士たちの存在に気が付いた。車椅子を使うように看護士たちは提案したが、その必要はないとスンヒは頑なに断った。自分の脚で立たねばならないのがいつぶりか、彼女は忘れてしまっていた。立ち上ったスンヒは痩せ衰えた脚から崩れて倒れ込み、私の腕の中に抱き留められた。でも、倒れる前のその一瞬、彼女に向かってクラゲが触手を伸ばしたのだ。確かにその姿が目に映った。スンヒは身体を支えようと私の肩にもたれかかり、二人一緒に歩いて収容セルを後にした。

半年も経たずに、財団はスンヒの現状を打開する方法を見つけ、コスチュームという残酷な紛い物からアイデンティティを解放し、彼女に本来の自分というものを取り戻させるのだろう。2年も経たずに、財団はスンヒが非異常であることを宣言し、記憶処理を施して解放するのだろう、外の世界へ、普通の生活へ。

3年も経たずに、私は退職し、財団での生活に別れを告げるのだろう。

ではクラゲは?退職する前には会いに行こう、ときどきは、彼らが許してくれるときには。これからの3年間、クラゲは収容されたままに静かに時を過ごすのだろう。それからは?分からない。


2023年8月14日

インタビュー抜粋: 2338-293/J/4
日付: 2023年8月14日
インタビュー担当: 佐藤諒子女史
インタビュー対象: SCP-2338-B

前記: SCP-2338-Bの精神状態の管理を目的として、当該アノマリーとの計画的な対話が佐藤女史により日次で執り行われています。また、過去のインタビュー内容から、SCP-2338-AとSCP-2338-Bとが意思疎通の可能な状態になっていた事実も明らかとなっています。当該インタビューはASLにより実施され、収容セル内の録画映像から転写されたものです。以下は数時間に及ぶ長大なログからの抜粋となります。

佐藤女史: 授業で扱わなければならないことはこれで全てですね、スンヒ。運動はできてますか?

SCP-2338-B: うん、ありがと。時々はするけど、ちょっと難しいかも - スペース的にあんまり余裕がないんだもん!

佐藤女史: <笑い声> その通りですね。

SCP-2338-B: でもピラティスは楽しんでやってるよ。エオミも好きっぽい。

佐藤女史: それは本当に?エオミがピラティスが好きだなんて、どうして?

SCP-2338-B: わかんない - ただ好きなんだってさ。さっきわたしが楽しんでるって言ったみたいにね - 先生やわたしみたいにエオミが話すことはないし、大きな音も立てないけど。

佐藤女史: イメージとかフィーリングで、ただ感じられるってことですね?

SCP-2338-B: そうだね。わたしがストレッチしてるときの明るくてハッピーなフィーリングとか、エオミの腕もいっしょにストレッチしてるイメージとか。エオミが手話してくれたりもあるよ。

佐藤女史: 彼女が手話を?どうやって?

SCP-2338-B: えっと、実のところは、ただ触手で手話してるイメージなんだけど。しょっちゅうやるわけじゃないよ - 時々ね、エオミは逆順で手話するんだ。

佐藤女史: とにかく、彼女が手話できるだなんてとても素晴らしいですね。あなたから教わったのですか?

SCP-2338-B: あー、たぶん?私がエオミに手話を教えている記憶を見せてくれたんだよ、随分と先の様子だったけど… あっ!

佐藤女史: 大丈夫ですか、スンヒ?

SCP-2338-B: うん。えっとー。

佐藤女史: エオミは未来を記憶していると、そう言いましたか?

SCP-2338-B: あっちゃあ。言うつもりなかったんだけど、まぁ、こうなっちゃうこともエオミは知ってるしね。うん、エオミは未来を覚えてる。エオミの時間は未来から過去へと逆行してるんだ。

佐藤女史: でも、そんなのどうやって -

SCP-2338-B: ちょっと複雑だけどさ、全部が同じなんじゃないかな、順序が逆なだけで。それでもってわたしがいつエオミと別れるかを知ってるし - エオミにとってはもう経験したことなんだよ。

佐藤女史: なるほど。エオミと別れることを強く確信しているみたいですね - 私もそれが叶うことを願っていますよ。エオミがあなたを自由にすることを示唆するような証拠を私たちは見つけられていませんけれども。

SCP-2338-B: エオミはやるよ。エオミについて、先生たちが知らないことはたくさんある。エオミが外に出たいと本当に思えばこのガラスじゃ止められないと思う、そんな感じ。

佐藤女史: それは確かですか?でしたら、彼女がそうは思わないことを心から願いますね。

SCP-2338-B: ま、それはないと思うけど - わたしがハッピーにしてるのがエオミは好きだし、先生が来てくれるからここにいるわたしもハッピーだしね。これからも来てくれるんだよね?

佐藤女史: もちろんですよ、スンヒ。またいつかエオミのことを教えてちょうだい。彼女がどこから来たのかとかね。

SCP-2338-B: エオミのどの部分が?

佐藤女史: どういう意味?

SCP-2338-B: うーん、なんか部分部分で何個か分かれてるんだよね。前にエオミが説明しようとしてくれたんだ。よくわかんないイメージだったんだけど、わたしが思うにあれは - うーん、あれはなんと言えばいいか…

佐藤女史: なるほど?

SCP-2338-B: そうだ!コスチュームみたいな感じ、わたしのコスチュームだよ!先生が着てるようなやつ - わたしのは脱げるかわかんないけどさ…

佐藤女史: ねぇ、スンヒ - 大丈夫ですよ。彼らも何とかしようと善処してくれてます。じゃあ、フクロウのコスチュームの上からクラゲのコスチュームを着てるってことを言いたいのですか?

SCP-2338-B: 違うよ、そうじゃない。わたしはエオミの中にいるってわかるけど、本当にエオミのにあるわけじゃない。エオミの中にわたしの心はないんだよ、そんな感じ。そのせいでエオミは時々イライラしてる、わたしが思うにはね - わたしの心もクラゲのコスチュームを着て旅してたらもっとコミュニケーションしやすいのに。

佐藤女史: それでは、あなたの精神はエオミの中に入ることができるのですか?

SCP-2338-B: たぶんね - エオミがやり方を見せてくれた、けど絶対にやらないって約束させられたんだ。それも時間を逆行させることと同じみたい、それでエオミが言うには、わたしは前を向いて旅を続けなくちゃいけないって - ここから出てくその日までね!

佐藤女史: 楽しみなことがあることは確かに素晴らしいことですね。

SCP-2338-B: わたしのこと信じてないんでしょう?いいもんね。今は信じらんないだろうけど未来はそうなってるって、エオミは言ったんだ。

佐藤女史: エオミってたくさんのことを知ってるみたいですね。

SCP-2338-B: そうだよ、佐藤センセ。本当にエオミは知ってるんだよ。ねえ、今日出てくときにテレビをつけてもらえる?

<抜粋終了>


2013年10月19日

インシデント 2013101904
複数のカメラフィードからの収集ログ

サイト-19 収容セル███

1310: 財団の医療スタッフがストレッチャーを担いで入室する。子供22名の遺体と意識不明の重傷女性1名を運んでいる。彼らを収容室の床に横たえさせた後に職員が退出する。収容セルの中心点でSCP-███が浮遊している。

1235: SCP-███が収容セルの床面まで降りてくる。遺体を集めて持ち上げる。女性を自身の傘の天辺に乗せ、子供たちを触手で抱きかかえる。

1234: 複数名の職員がパニック状態で収容チャンバーに入室する。職員たちがSCP-███を目撃して落ち着きを取り戻す。SCP-███が収容セルの天井に向かって浮遊していく様子を見守っている。程なくして職員たちがSCP-███への注目を止める。SCP-███が子供たちを抱きかかえたまま静止した状態となる。この状態は約1時間継続する。

1205: 財団職員が収容チャンバーを退出する。直後、床面の排水溝から水が湧き上がる。収容セルが水浸しとなる。

1140: SCP-███がさらに上方に浮遊する。収容セルの天井を透過して遺体を運ぶ。

サイト-19 Eブロック 低セキュリティ宿舎

1137: SCP-███が談話室に進入する。2名の男性の遺体が床に横たわっている。SCP-███が自身の傘から意識を失った女性を持ち上げて談話室の入り口へ慎重に安置させる。

1136: SCP-███が女性の上をホバリングした状態を維持する。複数方向にある出入口に向かって触手が伸長し、子供たちの遺体を隣接する寝室まで運ぶ。触手が子供たちをベッドに寝かせる。一瞬だけ子供たちの顔や肩に触れた後に触手がSCP-███の元へ引き戻される。2名の子供が談話室の床に静置される。

1135: SCP-███が談話室の壁面の内部に後退する。1本の触手が男性の遺体まで伸びる。男性の頭を撫でる。男性が床から起き上がり、生を取り戻す。

1134: 数十本の触手がもう一方の男性の遺体を抱く。女性の肢体付近まで持ち上げて移動させる。男性が大声を上げて、生を取り戻す。触手が男性を解放する。

1133: 女性が意識を取り戻しつつある。傍らに直立していた男性が道具を女性に向ける。女性の首の傷が癒える。男性がもう一方の男性に歩み寄る。両者が床に寝かされた子供たちの方に道具を向ける。子供たちが生を取り戻す。子供たちが寝室に駆けていく。

1131: 男性たちが寝室から寝室へと巡回する。寝室内の子供たちを癒していく。間もなくして両者が談話室を退出する。


2012年2月4日

昼下がり。教室は鮮やかな色に溢れている。パステルで描かれた絵が壁に飾られ、紙で作られた星が紐で吊らされている。うら若い教師が自らの受け持つ教室の前面で腰掛け、大きな絵本を膝の上に置いている。絵本は『深海の生き物』というタイトルであり、生き生きと描かれた幻想的な深海の動物たちを教師が指差している。クモガニに、マンボウに、シロナガスクジラたち。教師が子供たちに向けて手話をする。生き物たちがどこから来て、どのように生きているか、説明している。

子供たちが教室の床に座っている、まるで愉快なコスチュームを集めた小ちゃな動物園だ。子供たちは生き物たちの絵をじっと見つめている、まるで魔法に掛けられたように。時折、そのうちの1人が手話で質問する、それを受けて教師が子供たちに問いかける、みんなが手を挙げる。教師がゆっくりと本のページを逆さまにめくっていく。一度だけ、一瞬だけ、彼女は気を取られる - 教室に刺した1つの影に気を取られたのだろうか?その瞬間は過ぎ去り、彼女は手話を再開する。

手話も逆さまだけど、ついていけるよ。学ぶのに20年かかってしまった。スンヒが戻ってくるまでの初めの3年が一番大変だった。だけど自分で自分の相手をする時を過ごしたんだ、彼らが許してくれるときには。

教師がダイオウイカの描かれたページに本を戻す。タコのコスチュームを着た幼い男の子が飛び上がっては踊って回り、みんなに見せつける。バカバカしいけれども、その子は気にも留めはしない - 教師は満面の笑みを溢し、子供たちの半分は一斉に手話をして、もう半分は声もなく笑い転げる。

あと1年も経たずに、子供たちはここを去るのだろう。財団の手によって、子供たちからコスチュームを脱がせてそれぞれの家族の元へ帰す人たちの所に届けられる。それまでは、みんなに会いに来るよ、ときどきは、来られるときにはいつだって。

15年も経たずに、財団はこの水槽を部屋から移し、何千キロと運んで人里離れたオーストラリアの浜辺にわたしを放すのだろう。わたしは人を傷つけるのだろう - 財団に見捨てられたことにわたしが腹を立てるに違いない。だけど、心がどこか痛んでも、時がそれを癒してくれる。そして、財団は別のクラゲに命を吹き込むのだろう - 恐らくはわたしの同朋か、ひょっとしたら子供たちか。

それからは?分からない。

ページリビジョン: 3, 最終更新: 24 Oct 2024 00:51
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