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野生きのこの放射性セシウム濃度は種によって異なる
-大規模公開データを活用した野生きのこの
放射性セシウム汚染特性の解析-
(林政記者クラブ、農林記者会、農政クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ、福島県政クラブ同時配付)
森林総合研究所
研究ディレクター 大丸裕武
きのこ・森林微生物研究領域 きのこ研究室、
震災復興・放射性物質研究拠点 併任
主任研究員 小松雅史
国立環境研究所
地域環境研究センター土壌環境研究室 兼務 福島支部
主任研究員 仁科一哉
森林総合研究所
立地環境研究領域 土壌資源研究室 主任研究員
東京大学大学院農学生命科学研究科(クロスアポイントメント)
アイソトープ農学教育研究施設 森林科学専攻(兼担)
准教授 橋本昌司
ポイント
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、国立研究開発法人国立環境研究所、東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、福島第一原発事故後の東日本における野生きのこ各種の放射性セシウム濃度特性を明らかにしました。
2011年の福島第一原発事故によって東日本の広域で放射性セシウム汚染が発生しました。きのこは放射性セシウムを吸収する能力が高く、広い地域で食品の基準値を超える野生きのこが見つかっています。一方で、野生きのこは種類が多く判別が難しい場合があることや、種類ごとの濃度特性が明らかではなかったため、野生きのこを一括りにして出荷制限が指示されています。
そこで研究グループは、事故後に各自治体において食品の安全性確認のために行われている食品の放射能モニタリングデータに着目し、14県107種3189検体の測定データを解析しました。その結果、これまで明らかではなかった野生きのこの種ごとの濃度特性を数値化することに成功しました。今回の結果は、出荷制限・解除の扱いの検討に活用できる可能性があります。そのためには、今後さらなる追加調査や検証を行い、推定モデルの精度を高めていく必要があります。
本研究成果は2019年9月にEnvironmental Pollution誌に公開されました。
背景
福島第一原子力発電所の事故によって、福島県を中心として広い地域に放射性セシウムが飛散しました。きのこは放射性セシウムを吸収しやすい性質を持つため、東日本の広い地域で食品の基準値(100Bq/kg)を超える野生きのこが見つかっています。その結果、令和元年9月現在でも、10県110の市町村で野生きのこの出荷が制限されている状況です。また、きのこは4〜5千種類あるともいわれており、それぞれの濃度特性(環境中の放射性セシウムの吸収しやすさを示す指標)が不明であったことなどから、品目(きのこでは種に相当する)ごとに出荷制限・解除が指示されている他の農産物と異なり、「きのこ(野生のもの)」と一括りにして出荷制限が指示され、その解除は種類ごとに行われています。
一方、チェルノブイリ原発事故以降ヨーロッパを中心に行われてきた研究において、野生きのこの放射性セシウム濃度には種や属ごとに一定の傾向がある、とした報告がなされています。こうした状況から、日本においても、野生きのこの種ごとの放射性セシウムの濃度特性を明らかにすることができれば、出荷制限・解除の扱いを見直せる可能性があります。
内容
野生きのこの放射性セシウム濃度は、種だけでなく地域の生育環境や放射性セシウムの汚染程度によっても影響を受けると考えられます。そのためきのこの種特性を明らかにするためには、特定の地域によらない普遍的な結果を示すことが重要です。そこで、私たちの研究グループは食品の放射能モニタリングデータに着目しました。原発事故後、食品の安全性を確認するため、きのこを含むさまざまな食品について放射性セシウム濃度の検査が各自治体で行われ、毎月その結果は厚生労働省のHP上に公開されています。2011年から2017年までの公開されたモニタリングデータから、14県265市町村で得られた107種 3189検体の野生きのこの測定データを得ました。また、地域ごとの汚染程度のデータとして、文部科学省が行った航空機モニタリングの結果を利用しました。
野生きのこの測定データはそれぞれ種や採集市町村、採集日の情報を含んでいます。研究グループはこれらの要因を数値化し、検体の放射性セシウム濃度を推定するモデルを開発しました。その結果、図のように多くのきのこについて、推定値は実測値と近い値を示しました。種と市町村と採集日の情報から一定の精度で実際の野生きのこの放射性セシウム濃度を推定できることを意味します。
表には多数の検体が得られた代表的な種について、モデルから得られたセシウム吸収度(用語解説参照)に基づいて、低いものから高いものへと順に並べて示しました。セシウム吸収度が高い種ほど、同じ地域で採取された場合に放射性セシウム濃度が高くなると考えられます。一般にセシウム吸収度の高いグループには菌根菌とよばれる樹木の根と共生する種類のきのこが多く属し、低いグループには主に腐生菌とよばれる落ち葉や枯れ木などを分解して養分を得る種類のきのこが属していました。
今後の展開
この研究では、広域で得られた多数の種のデータを同時解析することで、種ごとに放射性セシウムの濃度特性が異なることを示すことができました。現在、野生のきのこは、「きのこ(野生のもの)」として一括りにして出荷制限の指示が行われていますが、今回の研究成果は野生きのこの出荷制限は種やグループごとに適用できる可能性を示しています。具体的には、セシウム吸収度が高いグループの測定結果が食品の基準値を超えてしまった場合でも、セシウム吸収度が低いグループの制限とは区別する、または、あるきのこの安全性が確認されればそれよりセシウム吸収度が低いグループの制限解除も同時に行うなど、より品目を細分化した新たな基準を作成できる可能性があります。今後は、他のモニタリング結果と比較し、推定モデルの精度の検証、セシウム吸収度の経年変化を調べるための追加調査を行う必要があります。放射性物質の野生きのこへの影響は、福島県だけでなく東日本に広く及んでおり、野生きのこの採集を森の恵みとして楽しんでこられた住民の方々の暮らしにも大きく影響を及ぼしています。この研究により明らかになった野生きのこの種による違いの情報は、地域での自家用の野生きのこの採食についても参考になるものです。
論文
共同研究機関
森林総合研究所、国立環境研究所、東京大学大学院農学生命科学研究科
用語解説
セシウム吸収度(単位はm2/kg):
野生きのこの放射性セシウム濃度(単位はBq/kg生重量)を航空機モニタリングで観測した樹木など地上物を含めた単位面積あたりの総放射性セシウム放射能量(沈着量とも呼ばれる、単位はBq/m2)で割った値です。野生きのこの放射性セシウム濃度は発生地点の汚染程度に合わせて増減することから、総放射能量に対する割合とすることで、放射性セシウムの吸収しやすさを示す指標となります。本研究ではモデルによって採取市町村ごとのばらつきを平均化し、種ごとのセシウム吸収度を求めました(表)。面移行係数(2017年12月21日プレスリリース注1参照)とよく似た指標ですが、面移行係数は土壌の放射性セシウム沈着量を分母としている点で異なります。面移行係数を得るためには、土壌を採取する必要がありますが、セシウム吸収度はきのこの放射性セシウム濃度と位置情報がわかれば求まるため、広域の多点データの空間解析に活用できるメリットがあります。
参考:2017年12月21日プレスリリース
https://www.ffpri.affrc.go.jp/press/2017/20171221/index.html【外部サイトに接続します】
お問い合わせ先
震災復興・放射性物質研究拠点 併任 主任研究員 小松雅史
国立環境研究所 地域環境研究センター 土壌環境研究室
福島支部 環境影響評価研究室 併任 主任研究員 仁科一哉
森林総合研究所 立地環境研究領域 土壌資源研究室 主任研究員
東京大学大学院農学生命科学研究科(クロスアポイントメント)
アイソトープ農学教育研究施設 森林科学専攻(兼担)准教授 橋本昌司
Tel:029-829-8372 E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
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東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 農学系事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当
Tel:03-5841-8179 E-mail:koho@ofc.a.u-tokyo.ac.jp
図、表、写真等
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