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地域・時期に応じた「熱中症警戒アラート」発表基準
——熱中症死者数の半減に向けて——
(大学記者会(東京大学)、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)
東京大学
国立環境研究所
長崎大学
1. 発表のポイント
◆だいやまーく 全国47都道府県の熱中症死亡データを解析し、暑さ指数(WBGT)と死亡数との関連を評価しました。 ◆だいやまーく 24°C〜35°Cの各WBGT値における熱中症死亡数を算出の上、WBGT値の高い方から順に熱中症死亡数を積算し、この累積死亡数が全体の50%に達するWBGT値を「新たな基準」として求めました。なお、本研究では、この基準以上で熱中症警戒アラートが発表されれば、熱中症死亡が100%回避可能と仮定しました。 ◆だいやまーく 現行は一律の基準(WBGT 33)で熱中症警戒アラートが発表されていますが、この基準では防げる死者数は約2〜3%程度にとどまる一方、基準を31とした場合、熱中症による死亡者数を約半分まで減らせる可能性があることがわかりました。北海道・東北など涼しい地域では、より低い値で基準を設定することが効果的と考えられます。 ◆だいやまーく 初夏(5〜6月)や9月は低め、盛夏(7〜8月)は高めの基準が適しており、時期に応じて調整することが効果的であることも示されました。
2. 概要
東京大学大学院医学系研究科のPhung Vera Ling Hui(プン ヴェラリンフイ)助教、橋爪真弘教授らの研究チームは、国立環境研究所、長崎大学などと共同で、政府が掲げる「2030年までに熱中症による死亡を半減する」という目標に向け、効果的な熱中症警戒アラート(注2)の発表基準について検討しました。
日本では2021年に熱中症警戒アラートが全国で導入され、暑さ指数(WBGT)(注3)が33以上と予測される場合に発表されています。しかし、南北に広がる日本では、地域によって気候が大きく異なり、全国一律の基準で十分に対応できているのか検証することが課題となっていました。
本研究では、全国47都道府県の熱中症死亡データを分析し、都道府県ごとにWBGTと熱中症死亡数との関連を検討しました。その結果、地域や時期に応じて基準を設定することで、より熱中症死亡を防げる可能性が示されました。本成果は、『Environment & Health』に掲載されます。
3. 発表内容
近年、記録的な高温が頻繁に観測され、熱中症による健康被害が深刻化しています。政府は2021年に「熱中症警戒アラート」を全国で導入し、WBGTが33以上と予測される場合に発表しています。ただし、日本は南北に長く、気候条件や暑さへの備えは地域によって異なるため、効果的な運用には地域特性を踏まえた工夫が求められます。本研究では、こうした地域性を踏まえ、政府が掲げる「2030年までに熱中症による死亡を半減する」という中期目標の達成に資する基準を検討しました。さらに、月別、年齢層別、性別によって効果的な基準値がどのように異なるかについても検討しました。
本研究では、全国47都道府県のデータをもとに、Distributed Lag Non-linear Model(注4)を用いたケースクロスオーバー解析(注5)を実施し、都道府県ごとにWBGTと熱中症死亡数の関連を推定しました。24°C〜35°Cの各WBGT値における暑熱曝露に伴う熱中症死亡数を算出し、高いWBGT値から順に積算しました。その上で、あるWBGT値でアラートを発表した場合に、その値以上で発生した死亡はすべて回避可能と仮定し、これを「回避可能死亡数」と定義しました。さらに、この回避可能死亡数が全体の50%に達するWBGT値を「新たな基準」としました。
解析の結果、全国一律の現行基準(WBGT 33)では回避可能死亡数は全体の約2〜3%にとどまる一方、基準をWBGT 31に設定した場合には、死亡を半分程度減らせる可能性があることが示唆されました。また、7〜8月の回避可能死亡数は5〜6月や9月に比べて多く、時期によって基準を変えることの有効性も明らかになりました(図1)。
さらに、夏季の月別、年齢別、性別、地域別の解析では以下の傾向が認められました(図2):
・月別:5〜6月や9月は24〜30と低めの基準が有効
・年齢別:65歳以上の高齢者では64歳以下よりも低めの基準が有効
・性別:大きな差は認めない
・地域別:北海道・東北地方では他の地域より低めの基準が有効
これらの結果から、熱中症警戒アラートの基準は地域や時期に応じて柔軟に設定することで、より効果的に熱中症死亡の抑制につながる可能性が示唆されました。また、気候変動の進行を踏まえ、今後も基準を適宜見直していく必要性が示唆されました。
なお、本研究では、新たな基準以上で熱中症警戒アラートが発表されれば、熱中症死亡が100%回避可能と仮定しました。今後はこの実現に向けた方策の検討を行うことも望まれます。
4. 発表者・研究者等情報
東京大学
大学院医学系研究科
PHUNG Vera Ling Hui(プン ヴェラリンフイ)助教
NG Chris Fook Sheng(ウン クリスフックシェン)准教授
橋爪 真弘 教授
国立環境研究所
気候変動適応センター
岡 和孝 室長
本田 靖 研究協力者(筑波大学 体育系 名誉教授)
長崎大学大学院
熱帯医学・グローバルヘルス研究科
MADANIYAZI Lina(マダニヤズ リナ)准教授
5.論文情報
雑誌名:Environment & Health
題名:Determining location-specific thresholds for heat warning systems to mitigate heatstroke mortality in Japan
著者名:Vera Ling Hui Phung*, Yasushi Honda, Kazutaka Oka, Lina Madaniyazi, Chris Fook Sheng Ng, Aurelio Tobias, Masahiro Hashizume
DOI:10.1021/envhealth.5c00113(外部サイトに接続します)
URL:https://doi.org/10.1021/envhealth.5c00113 (外部サイトに接続します)
6. 注意事項
日本時間10月16日13時(米国東部夏時間:16日午前0時)以前の公表は禁じられています。
7. 研究助成
本研究は、独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進(課題番号:JPMEERF20231007)により実施しました。
8. 用語解説
(注1)暑熱曝露
「暑熱曝露」とは、人が高温、多湿、強い日射、風通しの悪い環境などにさらされ、体にストレスがかかる状態のことを指します。
(注2)熱中症警戒アラートと熱中症特別警戒アラート
「熱中症警戒アラート」と「熱中症特別警戒アラート」とは、熱中症の危険性に対する「気づき」を促すものとして、WBGTがそれぞれ33°Cおよび35°Cに達すると予測された場合に発表されるアラートです。「熱中症特別警戒アラート」とは、自助を原則として、個々人が最大限の予防行動を実践するとともに、共助や公助として、個々人が最大限の予防行動を実践できるように、国、地方公共団体、事業者等全ての主体において支援するような状況です。
(注3)暑さ指数(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature)
暑さ指数は、熱中症予防を目的として、1954年にアメリカで提案された指標です。これは人体と外気の熱のやりとり(熱収支)に着目した指標で、人体の熱収支に大きな影響を与える1湿度、2日射・輻射など周囲の熱環境、3気温の3要素を組み合わせた指標です。
(注4)Distributed Lag Non-linear Model (DLNM)
DLNM は、時間の経過に伴う非線形かつ遅延した効果を持つ予測因子と結果の関係を解析する統計的手法です。
(注5)ケースクロスオーバー解析
ケースクロスオーバー解析は、急な病気が起こる直前の環境と普段の環境を比べて原因を探る疫学手法の一つです。同じ人の状態を比べるので、個人差の影響を減らせます。
9. 問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院医学系研究科
教授 橋爪 真弘(はしづめ まさひろ)
E-mail:hashizume(末尾に"@m.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
助教 PHUNG Vera Ling Hui(プン ヴェラリンフイ)
E-mail:veraphung(末尾に"@m.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
国立環境研究所 気候変動適応センター
室長 岡 和孝 (おか かずたか)
E-mail:oka.kazutaka(末尾に"@nies.go.jp"をつけてください)
東京大学大学院医学系研究科 総務チーム
Tel:03-5841-3304
E-mail:ishomu(末尾に"@m.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に"@nies.go.jp"をつけてください)
長崎大学研究国際部感染症研究支援企画課熱帯医学系総務班(担当:片山)
Tel:095-819-7803
E-mail:soumu_nekken(末尾に"@ml.nagasaki-u.ac.jp"をつけてください)
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