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白河義実

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(2022年11月)
 
白河義実
時代 江戸時代前期
生誕 元和5年(1619年)
死没 承応2年3月5日(1653年 4月2日)
別名 志摩
戒名 紅樹院殿江山青公大禅定門
墓所 宮城県 仙台市 青葉区の法源寺
主君 伊達政宗忠宗
陸奥 仙台藩
氏族 白河結城氏
父母 白河義綱結城義親
兄弟 義実小峰朝景小峰朝清、月川院
針生重信娘高流院
新田義影室、宗広 、弥平治
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白河 義実(しらかわ よしざね)は、江戸時代前期の武士仙台藩重臣。仙台白河家3代当主。

生涯

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(2022年11月)

元和5年(1619年)、仙台藩客分・白河義綱の嫡男として誕生した。

寛永16年(1639年)、父の死去に伴い家督を相続すると、正式に仙台藩の家中に列し、一族の家格を与えられて玉造郡下真山で550石を領した。寛永18年(1641年)、針生重信の娘(高流院)を室に迎える。高流院は、万治2年(1659年)に誕生した3代藩主・伊達綱宗の嫡男・亀千代(のちの第4代藩主伊達綱村)の乳母 [注釈 1] を拝命し、歌舞伎伽羅先代萩』の登場人物で、幼君・鶴喜代を守り育て上げた乳母・政岡のモデルの一人となっている。

承応2年(1653年)3月5日、死去。享年35。家督は嫡男・松千代(宗広)が相続した。

系譜

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脚注

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注釈

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  1. ^ 養育係であり授乳は担当せず。例えば、片倉喜多(片倉景綱異父姉。鬼庭良直の娘)は仙台藩初代藩主・伊達政宗の「乳母」を拝命しているが、担当内容は養育係であり、授乳を担当したのは増田興隆室(広田宗綱の娘、遠藤高康従姉妹)である。

出典

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出典

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  • 『一迫町史』(宮城県栗原郡一迫町、1976年)
宗家

分家・支流

小峰氏
仙台白河家

義親 - 義綱 - 義実 - 宗広 - 村親 - 村広 - 村祐 - 村雄 - 宗秀 - 邦親 - 基広 -

角館白河家

朝綱 - 朝誉 - 朝盈 - 朝信 - 朝伯 - 朝陳 - 朝英 - 朝孝 - 朝邦 - 朝徳 - 朝嘉 -  - 錦一 -

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