中村和美
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中村 和美
Kazumi Nakamura | |
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基本情報 | |
国籍 | 日本の旗 日本 |
生年月日 | (1971年02月24日) 1971年 2月24日(53歳) |
出身地 | 日本の旗 石川県 羽咋郡 宝達志水町 |
ラテン文字 | Kazumi Nakamura |
身長 | 170cm |
体重 | 67kg |
血液型 | B型 |
選手情報 | |
愛称 | キュウ |
ポジション | WS |
指高 | 218cm |
利き手 | 右 |
スパイク | 295cm |
ブロック | 283cm |
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中村 和美(なかむら かずみ、現姓:永田、1971年 2月24日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。元全日本代表、日本バレーボール協会職員・バレーボール日本女子代表マネージャー。
来歴
[編集 ]石川県 羽咋郡 宝達志水町(旧押水町)出身。小学校5年生の時に母・姉の影響を受け、バレーボールを始める。高校を卒業した1989年 ユニチカに入社、同社のバレーボールチームであったユニチカ・フェニックスに籍を置いた。同年8月世界ジュニア女子(U-20)バレーボール選手権に出場し銅メダルを獲得、ベスト6にも選ばれた。このときのチームメイトの一人に多治見麻子がいる。翌1990年アジアジュニア選手権では主将を務め優勝に貢献、MVPにも選ばれた。
1991年全日本代表に初選出。同年開催のワールドカップに出場した。オリンピックには1992年 バルセロナ、1996年 アトランタと2大会連続出場したが、いずれもメダル獲得はならなかった。
ユニチカでは1997年第4回Vリーグで主将を務め、翌1998年に現役引退。その後マネージャーに転向してチームに残り、1999年まで務めたが、ユニチカの廃部に伴い同年で退社した。
公式競技に採用されて以降初めて日本が出場を逃した、2000年 シドニーオリンピックにボランティアとして参加。その後日本バレーボール協会に職員として採用され、2004年から全日本代表のマネージャーを務めており、2004年 アテネオリンピック、2008年 北京オリンピックでは、サポート役として参加している。
人物・エピソード
[編集 ]- 髪の毛が天然パーマ。
- 小柄ながらも豪快なプレーぶりがキューバ選手のようだったので、高校進学後まもなくキュウちゃんというニックネームがついた[1] 。
- 故郷である宝達志水町の観光大使を務めている[2] 。
球歴
[編集 ]- 全日本代表 - 1991-1993年、1995-1996年
受賞歴
[編集 ]- 1996年 - 第3回Vリーグ レシーブ賞
- 1996年 - ワールドスーパーチャレンジ ミキプルーン賞(ベストリベロ)
所属チーム
[編集 ]- 旧押水町立押水中学校
- 石川県立金沢商業高等学校
- ユニチカ・フェニックス(1989-1999年)
脚注
[編集 ]- ^ 『毎日新聞(大阪版夕刊)』2004年11月30日
- ^ "宝達志水町 観光大使|宝達志水町". www.hodatsushimizu.jp. 2024年6月28日閲覧。
黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会女子ベスト6 | ||||||||||||||||||||||||
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★は黒鷲賞、☆は敢闘賞 |