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ジョン・ボウカー

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ジョン・ボウカー
John Bowker
東北楽天ゴールデンイーグルス選手時代
(2014年5月29日、東京ドームにて)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州 サクラメント
生年月日 (1983年07月08日) 1983年 7月8日(41歳)
身長
体重
188 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 2004年 MLBドラフト3巡目(全体100位)
初出場 MLB / 2008年4月12日
NPB / 2012年3月30日
最終出場 MLB / 2011年
NPB / 2014年8月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
この表について
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しかくプロジェクト:野球選手  しかくテンプレート

ジョン・ブライト・ボウカー(英語: John Brite Bowker1983年 7月8日 - )は、アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サクラメント出身のプロ野球選手(外野手内野手、左投左打)。

愛称は「ポパイ 」。

2012年のセ・リーグクライマックスシリーズでは10打数5安打同年の日本シリーズではパ・リーグ MVP 投手である吉川光夫から2試合で2本塁打を放つなど、読売ジャイアンツの3年ぶり22回目の日本一に大きく貢献した。

NPB通算3シーズンしか在籍しなかった上、シーズンを通して活躍したことは一度もない。にもかかわらず上記の活躍で強烈なインパクトを野球ファンに残した。

経歴

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ジャイアンツ時代

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2008年8月2日

2004年MLBドラフトにおいて3巡目(全体100位)でサンフランシスコ・ジャイアンツに指名され[1] 、7月19日に入団した。マイナーリーグで経験を積んだ後、2008年4月12日のセントルイス・カージナルス戦でメジャーデビュー。6回の打席で3ランを放ち、ジャイアンツの選手としては史上8人目のデビュー戦で本塁打を打った選手となった[2] 。翌日の試合でも本塁打を打ち、チーム史上初のデビューから2試合連続本塁打を記録し[3] 、「バリー・ボンズの後継者」と呼ばれた[4] 。このシーズンは一塁手および右翼手の準レギュラーとして活躍し、1年目にして111試合に出場した。

2009年はメジャーで結果が出なかった一方で、AAA級フレズノ・グリズリーズで104試合に出場し、21本塁打83打点10盗塁、打率.342と活躍。同年のAAA級最優秀打者に選ばれた[5]

2010年はスプリング・トレーニングで6本塁打を放つなど活躍し[6] 、開幕ロースター入りした。しかし、41試合に出場し3本塁打8打点、打率.207と低迷した。6月2日にAAA級フレズノへ降格。

ジャイアンツ退団後

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2010年7月31日にハビアー・ロペスとのトレードで、ジョー・マルティネス (英語版)と共にピッツバーグ・パイレーツへ移籍した。26試合に出場し2本塁打13打点、打率.232だった。

2011年も開幕ロースター入りした[7] が、4月27日にDFAとなった。5月4日にAAA級AAA級インディアナポリス・インディアンズへ降格。106試合に出場して打率.306、15本塁打76打点だった[8] 。8月29日にトレードでフィラデルフィア・フィリーズへ移籍。

巨人時代

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2012年5月13日、こまちスタジアムにて

2012年1月13日に読売ジャイアンツと1年契約を結んだ[9] 。背番号は36。巨人が自前で獲得した左打ちの外国人野手は1992年ロイド・モスビー以来20年ぶりとなる。オープン戦で好成績を残したことから開幕から2番(打順)・左翼手で開幕スタメン出場し9回には初安打を放った[10] 。5月8日には来日初本塁打を放ったが、その後は不振が続き6月以降は一軍二軍を何度も行き来した。69試合で打率1割台と低迷したが、シーズン終盤に昇格して3試合で8打数4安打と結果を残したため、クライマックスシリーズにも出場した。クライマックスシリーズでも10打数5安打を放ち、北海道日本ハムファイターズとの日本シリーズでは2本塁打(いずれも吉川光夫から)7打点の成績で巨人の日本一に貢献し[11] 、シーズン打率1割台ながらも日本シリーズ優秀選手に選ばれた。この活躍が評価され、オフには巨人と再契約を結び[12] 、背番号が42になった[13]

2013年は外国人枠の争いを制し2年連続で開幕一軍入り。4月4日の横浜DeNAベイスターズ戦では、井納翔一から満塁本塁打を放つなど[14] 、前年とは違い4月途中までで6本塁打21打点の活躍をみせチームの開幕ダッシュに貢献したが、4月25日の対横浜DeNAベイスターズ戦の2回裏、三塁に帰塁した際に指を痛め途中交代。右手小指骨折で翌日登録抹消された。6月5日に一軍復帰し[15] 。8月17日の中日戦で「4番左翼」としてスタメン出場し、ジャイアンツの第78代4番打者となった[16] 。中盤以降はやや調子を落とし、代打や途中出場が多くなった。この年は103試合、14本塁打、打率.262を記録するも11月30日、巨人の保留者名簿から外れ、自由契約となった。

楽天時代

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2014年5月18日、こまちスタジアムにて

2014年は当初メキシカンリーグカンペチェ・パイレーツと契約していたが[17] 、5月3日に不調のアンドリュー・ジョーンズとケガで離脱中のケビン・ユーキリスに変わる助っ人として、東北楽天ゴールデンイーグルスと契約。シーズン終了までの契約で、背番号は巨人に在籍していた前年に続いて42[18] 就労ビザ発給翌日の5月8日に、イースタン・リーグ千葉ロッテマリーンズ戦へスタメンで出場すると、第1打席でNPBへの復帰後初本塁打を放った[19] 。5月9日に一軍へ登録されると、当日のロッテ戦から、5番打者として連日スタメンに起用。3試合目の出場になった5月11日の同カード第1打席で、一軍では復帰後初安打・初打点となる3点本塁打を放った[20] 。しかし、その後は二軍落ちし、65試合の出場で低調な成績に終わった。オフの12月2日、自由契約公示された[21]

楽天退団後

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2015年1月21日に古巣のサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結ぶ。6月11日にトレードでピッツバーグ・パイレーツ傘下のAAA級インディアナポリス・インディアンスに移籍。オフに解雇となる。

BCリーグ・福島時代

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2016年2月26日にBCリーグ福島ホープスへ入団し[22] 、主力選手としてプレーしていたが[10] 2018年10月30日に退団が発表された[23]

選手としての特徴

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安打の4割以上を右翼方向へ運ぶプルヒッターで、メジャー時代には左打者不利と名高いAT&Tパークでスプラッシュ・ヒット(同球場右翼席後方の海に飛び込む特大ホームラン)を記録した程のパワーと速球に対応できるスイングスピード、バットコントロールを持つが、変化球の見極めと外角低めを弱点とする[24] [25] 。また、マイナーではシーズン100三振以上を3度記録するなど三振が多い[26] 。左投手を苦手としており、2011年にはマイナーで対右投手打率.377、12本塁打、OPS.920を記録したのに対し、対左投手では打率.234、3本塁打、OPS.611[27]

守備では一塁手右翼手左翼手をこなせる[26] 。NPB時代の1軍公式戦では1度も失策を記録していない。

人物

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趣味は野球で全力プレーをモットーとし[4] 、試合で対戦した投手の球種や配球をメモしたり、巨人時代の同僚のスコット・マシソンと共に休日返上で練習に励むなど[28] 、非常に真面目で研究熱心な努力家であった。不振に陥った際にも腐ることなく練習に取り組む前向きな姿勢を見せ、原監督からは「彼(ボウカー)も日本に来て苦しんでいる。必死で戦っているから。彼に少しでも投げるようなところがあれば別だが、非常に前向きにやっている。何とか手助けして、本来の姿に戻って欲しい」と復活を期待されていた[29] 。不本意な成績に終わった巨人での1年目終了後、「ファンを裏切ったままでは帰れない」として前年比50%ダウンの年俸3000万円で契約を更新した[30]

サンフランシスコ・ジャイアンツ時代に、当時のチームメイトであった藪恵壹と仲が良かったこともあり、親日家 [4] である。

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
2008 SF 111 350 326 31 83 14 3 10 133 43 1 1 0 2 19 1 3 74 7 .255 .300 .408 .708
2009 31 73 67 7 13 2 2 2 25 7 1 0 0 1 4 0 1 18 0 .194 .247 .373 .620
2010 41 90 82 9 17 3 0 3 29 8 0 0 0 2 6 1 0 23 1 .207 .256 .354 .609
PIT 26 77 69 7 16 5 0 2 27 13 0 1 0 0 8 1 0 10 3 .232 .312 .391 .703
'10計 67 167 151 16 33 8 0 5 56 21 0 1 0 2 14 2 0 33 4 .219 .281 .371 .652
2011 19 19 17 0 4 1 0 0 5 2 0 1 0 0 2 1 0 4 0 .235 .316 .294 .610
PHI 12 13 13 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 7 0 .000 .000 .000 .000
'11計 31 32 30 0 4 1 0 0 5 2 0 1 0 0 2 1 0 11 0 .133 .188 .167 .354
2012 巨人 69 204 184 12 36 10 1 3 57 10 2 0 2 0 16 2 2 54 3 .196 .267 .310 .577
2013 105 295 271 27 71 17 3 14 136 46 0 0 0 2 19 2 3 79 8 .262 .315 .502 .817
2014 楽天 65 230 214 18 53 12 1 7 88 22 3 0 0 2 11 0 3 55 9 .248 .291 .411 .703
MLB:4年 240 622 574 54 133 25 5 17 219 73 2 3 0 5 39 4 4 136 11 .232 .283 .382 .664
NPB:3年 239 729 669 57 160 39 5 24 281 78 5 0 2 4 46 4 8 188 20 .239 .294 .420 .714
  • 2020年度シーズン終了時

年度別守備成績

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一塁(1B) 左翼(LF) 右翼(RF) 外野
















































2008 SF 71 448 39 6 43 .988 5 5 0 0 0 1.000 14 22 0 0 0 1.000 19 27 0 0 0 1.000
2009 4 15 0 0 0 1.000 13 20 1 0 0 1.000 5 6 0 0 0 1.000 18 26 1 0 0 1.000
2010 - 16 25 1 0 0 1.000 8 8 0 0 0 1.000 24 33 1 0 0 1.000
PIT 5 29 3 1 1 .970 1 0 0 1 0 .000 16 30 0 0 0 1.000 17 30 0 1 0 .968
'10計 5 29 3 1 1 .970 17 25 1 1 0 .963 24 38 0 0 0 1.000 41 63 1 1 0 .985
2011 1 3 0 0 0 1.000 - 1 0 0 0 0 ---- 1 0 0 0 0 ----
PHI 1 1 1 0 0 1.000 - 1 4 0 0 0 1.000 1 4 0 0 0 1.000
'11計 2 4 1 0 0 1.000 - 2 4 0 0 0 1.000 2 4 0 0 0 1.000
2012 巨人 28 206 14 0 20 1.000 - - 36 35 0 0 0 1.000
2013 22 98 8 0 7 1.000 - - 76 93 2 0 0 1.000
2014 楽天 10 52 5 0 3 1.000 - - 53 66 2 0 0 1.000
MLB 82 496 43 7 44 .987 35 50 2 1 0 .981 45 70 0 0 0 1.000 80 120 2 1 0 .992
NPB 60 356 27 0 30 1.000 - - 165 194 4 0 0 1.000
  • 2020年度シーズン終了時

表彰

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記録

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NPB

独立リーグでの打撃成績

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O
P
S
2016 福島 71 270 41 87 12 0 11 50 36 31 1 0 1 2 4 .322 .393 .489 .882
2017 66 237 49 91 15 1 24 70 39 50 0 0 3 1 3 .384 .486 .759 1.246
2018 69 262 48 94 11 0 9 49 32 42 1 0 3 1 11 .359 .445 .504 .949
通算:3年 206 769 138 272 38 1 44 169 107 123 2 0 7 4 18 .354 .441 .577 1.018
  • 2019年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

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  • 70 (2008年)
  • 21 (2008年 - 2009年)
  • 20 (2009年 - 2010年)
  • 23 (2010年)
  • 14 (2011年)
  • 16 (2011年)
  • 36 (2012年)
  • 42 (2013年、2014年5月 - 2014年終了)
  • 15 (2014年)
  • 2 (2016年 - 2018年)

脚注

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出典

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  1. ^ "2004 First-Year Player Draft Tracker". MLB.com. 2013年3月5日閲覧。
  2. ^ "Bowker's big debut the best part of the day". SFGate (2008年4月15日). 2013年3月5日閲覧。
  3. ^ Scores for Apr 13, 2008 ESPN MLB
  4. ^ a b c ""持ってる男"ボウカー ジ軍時代に藪と仲が良く親日家に". スポニチ Sponichi Annex (2012年10月28日). 2012年11月4日閲覧。
  5. ^ "2009MiLBY Awards". MiLB.com. 2013年3月5日閲覧。
  6. ^ Bowker earns right-field job for Giants MLB.com
  7. ^ Pirates' 25-man roster set before opener MLB.com
  8. ^ "巨人"ポスト・ラミ"は3A3割の左打者". デイリースポーツ online (2011年12月15日). 2013年3月5日閲覧。
  9. ^ "ボウカー選手と契約". 読売ジャイアンツ (2012年1月13日). 2012年1月14日閲覧。
  10. ^ a b "元巨人・ボウカーはフクシマにいる!「来年もニッポンでプレーするよ」". 報知新聞社 (2017年9月13日). 2018年6月18日閲覧。
  11. ^ "【巨人】ボウカー「エキサイティング!」". nikkansports.com (2012年11月4日). 2013年3月5日閲覧。
  12. ^ "ボウカー選手と再契約". 読売ジャイアンツ (2012年11月26日). 2012年11月26日閲覧。
  13. ^ "【巨人】化けたボウカーと契約背番42に". nikkansports.com. (2012年11月26日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20121126-1052232.html 2013年4月13日閲覧。 
  14. ^ "巨人無傷4連勝!ボウ満弾&ロペ3打点 7、8番で全7打点 - スポニチ Sponichi Annex 野球". スポニチ Sponichi Annex. 2022年1月15日閲覧。
  15. ^ "【5日の公示】巨人・福田&ボウカーを出場登録". スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年6月5日). https://web.archive.org/web/20130609010714/http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/06/05/kiji/K20130605005951210.html 2013年6月11日閲覧。 
  16. ^ "元巨人ボウカーが独立リーグ福島でプレーする理由 「日本で野球をしたい」". Full-count (2016年4月27日). 2018年6月18日閲覧。
  17. ^ "John Bowker Stats, Bio, Photos, Highlights _ MiLB.com Stats". The Official Site of Minor League Baseball. 2014年4月5日閲覧。
  18. ^ "楽天 ボウカーが入団会見 交流戦で「マシソンの直球打ち返したい」". スポニチ. 2014年5月3日閲覧。
  19. ^ "楽天ボウカー、2軍戦いきなり120m弾". 日刊スポーツ. 2014年5月11日閲覧。
  20. ^ ["楽天ボウカー 3戦目初安打が1号3ラン". 日刊スポーツ. 2014年5月11日閲覧。]
  21. ^ 2014年度 自由契約選手 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年12月5日閲覧。
  22. ^ ジョン・ボウカー選手 入団!! 福島ホープス公式サイト(2016年2月26日)
  23. ^ "2 ジョン・ボウカー". 福島ホープス . 2018年6月18日閲覧。
  24. ^ 原采配ズバリ!ボウカー3ラン 吉川の「速い球に対応できる」 スポニチ 2012年10月28日
  25. ^ ボウカー止めた32回0地獄更新のち脱出弾 nikkansports.com 2013年4月13日
  26. ^ a b "John Bowker Minor League Statistics & History". Baseball-Reference.com. 2012年3月5日閲覧。
  27. ^ "John Bowker at Minor League Central". Minor League Central. 2012年3月1日閲覧。
  28. ^ "巨人ボウカーはマートンばり"メモ男"". デイリースポーツ online (2012年2月16日). 2013年3月5日閲覧。
  29. ^ "【巨人】不振のボウカーに原監督連日指導". nikkansports.com (2012年4月24日). 2013年3月5日閲覧。
  30. ^ ボウカー2戦連発!美技も魅せた!! スポーツ報知 2013年4月6日

関連項目

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外部リンク

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1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代

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