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五根 (三十七道品)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
仏教用語
五根
パーリ語 pañc' indriyāni
中国語 五根
日本語 五根
英語 five faculties
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五根(ごこん、: pañc' indriyāni, パンチンドリヤーニ)とは、仏教修行において根本的な5つの能力(Indriya;インドリヤ)であり、精進がある[1] 悟り解脱を得るための5種の能力・機根三十七道品の中の1つ。

善根とも呼ばれるこれらが、一個人の中で主導的な力となった場合、五力(ごりき)と呼ばれる[2]

修行の根本となる5つであり、根の字は能力を指す[1] 。念以外は、その力が強すぎても、修行の妨げとなるため、それぞれの力が均衡にはたらくことを瞑想修行を通して目指していく[1]

五根を完全に達成した者は阿羅漢である[3] 。それより達成度が低いものは、順に不還一来預流法随行者信随行者となる[3]

内容

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Pañcimāni bhikkhave, indriyāni. Katamāni pañca:
saddhindriyaṃ viriyindriyaṃ satindriyaṃ samādhindriyaṃ paññindriyaṃ, imāni kho bhikkhave, pañca indriyānīti.

比丘たちよ、これらの五つの根がある。いかなる五か。
信根、精進根、念根、定根、慧根である。比丘たちよ、これら五根がある。

五根の内容は以下の通り[4]

五根の均衡

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犍度大品において釈迦は、修行のバランスを取るよう比丘ソーナに助言したことが記載されている(緊緩中道)[5]

「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張り過ぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳(釈迦)よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が緩すぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張りすぎず、緩すぎもなく、丁度よい度合いを持っていたら、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「そのとおりです、大徳よ」
「ちょうど同じように、ソーナよ、行き過ぎた努力は高ぶりを招き、少なすぎる努力は懈怠を招く。それゆえソーナよ、あなたはちょうどよい努力を保ち、感官にちょうど良いところを知り、そこに目標を得なさい」

律蔵 犍度大品 5,16-17 [5]
   
五根のバランスを取る

これに関連して清浄道論やその他のアッタカターでは、一つの根が他の根を阻害するケースを警告している。したがって、対抗する2つの根のバランスを取るよう、これら注記書では推奨している。

念は強ければ強いほどいい[1] 。信と慧、精進と定などは対であり、その力の発達には均衡が必要である[2]

脚注

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  1. ^ a b c d マハーシ長老 著、ウ・ウィジャナンダー 訳『ミャンマーの瞑想―ウィパッサナー観法』国際語学社、1996年、164-165頁。ISBN 4-87731-024-X 
  2. ^ a b ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ 著、菅沼晃 訳『ダライ・ラマ 智慧の眼をひらく』春秋社、2001年、176-177頁。ISBN 978-4-393-13335-4 
  3. ^ a b c d e f g パーリ仏典, 相応部 根相応 柔弱品, Sri Lanka Tripitaka Project
  4. ^ 『ブッダ最後の旅』中村元(訳)、岩波書店〈岩波文庫〉、1995年7月、250頁。ISBN 4-00-333251-2 
  5. ^ a b 吹田隆道『ブッダとは誰か』2013年。ISBN 978-4393135686 

関連項目

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四念処(四念住)

身念処 | 受念処 | 心念処 | 法念処

四正勤(四正断)

断断 | 律儀断 | 随護断 | 修断

四神足(四如意足)

欲神足(欲如意足) | 精進神足(精進如意足・進如意足) | 心神足(心如意足・念如意足) | 観神足(観如意足・思惟如意足・慧如意足)

五根
五力
七覚支(七菩提分)

念覚支 | 択法覚支 | 精進覚支 | 喜覚支 | 軽安覚支 | 定覚支 | 捨覚支

八正道(八聖道)
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