【不養生のススメ】(23) 日本で認知症が減らない理由





20190228 04
アメリカで認知症の有病率が減っている。有病率とは、ある時点の、ある人口集団で、ある病気を持つ人の割合を示す。例えば、人口10万人あたりの認知症患者の割合を意味する。このニュースを知ったのは、3年程前にボストン大学の研究者らの論文を目にした時だ。舞台は、筆者の自宅から車で20分くらいの場所に位置するマサチューセッツ州フラミンガム。特にメジャーな産業はなく、中流階級の白人が住むボストンのベッドタウンだ。ありふれた街だが、住民の協力により、フラミンガム心臓研究という世界的に有名な疫学研究が70年以上も続いている。研究者らは、60歳以上の約5200人の参加者における認知症の有病率を調査した。そして、11977〜1983年21986〜1991年31992〜1998年42004〜2008年の4つの期間にわけて、認知症の有病率を比べた。すると、1と比べて2〜4の3つのグループでは、其々22%、38%、44%も認知症の有病率が減っていた。また認知症の平均発症年齢は、1970年代後半は80歳だったが、最近は85歳にまで上がった。この研究で何故、認知症の有病率が減ったのかわからなかったが、フラミンガムでは心臓病のリスク因子を減らす生活習慣が定着した為、特に脳血管性認知症が減った可能性が考えられた。また、高等教育以上の教育を受けた人で認知症の発症率が大幅に減少した為、教育と社会経済的地位が認知症の発症に関与することが示唆された。

ところが、アメリカで認知症が減っているのはフラミンガムの住民だけではなかった。ミシガン大学のケネス・ランガ博士らが、2017年の全米医師会雑誌『JAMA内科学』に同じ傾向の報告を発表した。博士らが、65歳以上の全ての人種、教育、収入レベルの全米約2万1000人のアメリカ人を対象に調査をしたところ、認知症の有病率は2000年の11.6%から2012年の8.8%に、12年間で相対的に24%も低下した。また、2000年に認知症の診断を受けたアメリカ人の平均年齢は80.7歳だったが、2012年の平均年齢は82.4歳に上がった。但し、この調査でも認知症が減る原因は不明だった。因みに、肥満、糖尿病、高血圧は認知症のリスク因子だが、同期間のアメリカ人はどんどん太り((注記)肥満の割合は18.3%から29.2%)、糖尿病が増加し((注記)16.4%から24.7%)、高血圧も増加((注記)54.6%から67.6%)していた。博士らは、認知症の有病率が減った理由に、薬で糖尿病と高血圧がより管理されるようになったことを考察した。それでも肥満については不可解だ。何しろ、普通の体重の人と比べて、過体重や肥満の人は認知症のリスクが30%低く、逆に痩せている人は2.5倍もリスクが高まった。勿論、これまでの研究が、中年で太ると後の認知症の発症リスクが高まることを示しているので、この結果だけで「認知症の予防に太りましょう」とはお勧めできないが、無理して痩せる必要はないだろう。また、ここでも教育の問題が指摘されている。同じ期間に、アメリカ人の平均的な教育年数は、約12年間から13年間に増えており、認知症の低下と関連していた。ランガ博士は『CNN』に、「より教育を受けた人は収入が高い傾向があり、医療へアクセスし易い。また、喫煙率が低く、運動をして過体重になる可能性は低い。また、より安全な地域に住み、ストレスが少なく、知的に刺激的な仕事や趣味を持つ」と語る。実はアメリカだけではなく、多くの先進国で認知症の有病率が減っている。ワシントン大学の研究者らによる2018年のランセット神経学の報告によると、1990年から2016年まで世界195の国や地域からのデータを体系的にレビューしたところ、日本以外のアメリカ、イギリス、スウェーデン、オランダ、カナダ、デンマーク等多くの高所得国で、認知症の有病率が低下((注記)表1)している。この論文では、肥満、血糖、喫煙、甘味飲料の4つのリスク因子が認知症の発症に起因すると考えられた。但し、『経済協力開発機構(OECD)』のデータでは、欧米先進国に比べて、日本は極端に肥満の割合は低いし、喫煙率は多くのヨーロッパの国が日本を上回っている。それに、日本人の教育レベルは世界でもトップレベルだ。何故、日本は認知症の有病率が減らないのだろう? 総務省統計局のデータによると、2010年の最終学歴が高等教育以上の割合は83.2%。教育レベルの高い次世代の高齢者は、認知症のリスクが減るのだろうか?

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筆者は、アメリカの認知症の有病率が減る原因の一つは、社会が成熟し、個人が自立し、より自分の人生に責任を持つようになった為だと思う。一方、日本人は他人への依存性が高い。例えば、医者への依存がいい例だ。昨年12月、『ブルームバーグビジネスウィーク』で、世界で最も長生きしている日本の高齢者は、医療費が安いので、矢鱈と医者にかかることが指摘されている。例えば、同記事で紹介された75歳の東京都在住の退職後の女性は、特に慢性疾患もないのに、1ヵ月に10回程医者にかかっている。記事で引用しているOECDのデータによると、日本は欧米諸国に比べて、年間あたりの平均的な受診回数、急性期の入院期間、100万人あたりのCTやMRI保有数、全てトップ((注記)表2)だ。これほど受診、検査、入院をしても、認知症の有病率は増え続けている。前述の女性は、「沢山医者にかかれば、薬が必要な病気にかからない」と言う。医者は、認知症の予防には、「よく体を動かして、健康的な食生活を送り、しっかり寝ること」と、ごく当たり前のことを言うだけだろう。『全米アルツハイマー協会』は、正規の教育の年数だけではなく、精神的に刺激のある仕事や活動が認知機能に良いことを指摘している。時に夜更かし、飲み過ぎ、食べ過ぎも結構。リスクばかり気にせず、自分で考えて、思い切り自分のやりたいことに没頭するのがいい人生で、脳にも刺激的だ。


大西睦子(おおにし・むつこ) 内科医師・医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同大学血液内科入局。『国立がんセンター』・東京大学医学部附属病院を経て、2007年に『ダナ・ファーバー癌研究所』留学。2008〜2013年にハーバード大学で肥満や老化に関する研究に従事。現在はマサチューセッツ州ケンブリッジ在住。著書に『カロリーゼロにだまされるな 本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)・『健康でいたければ"それ"は食べるな ハーバード大学で研究した医師の警告』(朝日新聞出版)等。


キャプチャ 2019年2月号掲載

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

  • 2019年02月28日(01:20:26) :
  • 医療 :
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