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いつもなら大抵の場合の山遊びはハイキングと称してますが、今回はハイキングのつもりが、どうしてどうして、そんな状況でなかったので、敢えて登山と表記しました。

小鋸山(後ろ)を下りて草原を行く小生
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簡単にいつものように歩いた軌跡を記します。

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千葉の低山もあちこち歩きまわり、もうそんなにネタが無くなって来たせいもありますが、今回は高見を求めるでなく、軽く歩くつもりで出かけました。
以前から気には成ってたハイキングコースなのです。

費用を考えたら車が絶対お得なのですが、帰路での毎度の交通渋滞に癖癖してましたから今回は鉄道を使いました。
船橋出発、8:22の特急さざなみで向かいます。
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特急はお代が1.000円近く余計にとられますが、あのリクライニングのシートを倒し流れる景色を見るのは1.000円には代えがたいものがあります。

途中の蘇我から原科爺乗車。
とても空いているので、別々に海が見える側のシートにリッチに座って一路保田まで。

保田には9:45頃に到着。
登山開始です。
途中のいつも行く国道沿いのコンビニで食料と水を調達して行きました。
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町中を・・・・・ いや、村の中を抜けて先ずは金谷元名林道を目指します。
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館山道の下をくぐります。
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鋸山ダムの堤体が見えました。
以前自転車で来た時は気が付かなかったなぁ〜
立派ですね。
でも基部には入れません。
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なぜか異様な怖さを感じる鋸山ダム湖。
水が青い。
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途中で車両全面通行止めと成ります。
最近までユーチューブとかでは、この林道の走行記録などのアップが見られるのですが、がけ崩れは最近なのかなぁ〜。
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崖崩れのお陰でうるさいバイクも4輪も入って来なく、静かな山旅を楽しみました。
静かだと案外気持ちの良い林道です。
出会ったのは上から下りて来た登山者に3人出くわしただけ。
路面はすっかり自然に還ろうとしてます。
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ここが崩落現場。
いやいや、完全に道が遮断されてますね。
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この大岩の堆積したガレ場を越えて反対側に行くのですが、バランス感覚の劣化した爺さんには中々大変。
昔は丹沢のガレ場なんかも平気で登ってたんだけどなぁ〜。
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この立派な切通しが見えてくると間もなく峠。
なので、この人の来ない道路に座ってお昼としました。
たまごサンドにお稲荷さん2個とシャケのおにぎり1っ個。
ちょっと食い過ぎ気味だけど、妙にぺろりと行きました。
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ここが、鋸山林道の峠。
ここから鋸山に入れるし、さらに直進すれば館山道の金谷ICに出られます。
今回はここを、写真で見ると左に入ります。
沼田何某のこれ見よがしの林道開通記念碑が寂しい。 まるで墓碑のようだ。
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これは今登って来た方向。 その左麓を左に入ります。
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ほらここね。
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入るとしばらくは針葉樹林帯の中の明るい山道(踏み跡に近い)歩き。
ピンクテープが目印。
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更に高見を目指します。
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ピークに着いて、さてどっちかと見渡せば、見下ろした辺りにピンクテープを発見。
下りて行くのかと降り始めたが、滑りそうな足元と、露岩があってそれもまた滑りそう。
道・・・・・ 踏み跡を辿るだけ。
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やっと見晴らしの良い所に出たが、右も左も百尺は有ろうかってもんの切り立った細尾根の急傾斜の下降。
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この辺りは本当に見晴らしが良かった。 多分正面は伊予が岳。 右側には富山も見えた。
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またまた、ブッシュの多い馬の背状の下降尾根。
足元を確かめて木立に掴まりつつ牛歩のごとく歩く。
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この岩の上を行かねばならぬが、左は絶壁、右もこけたら木の間を抜けて下に落ちそう。
とは言えバランス感覚の衰えた老人には岩の上をホイホイと歩けない。
腰を落として岩を擦るように抑えて進む。
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が、がだ、向かい側から来た若者は、もっと先にもって怖いとこがありますよって有難く予告してくれホイホイと今来た岩の上を進んで行った。
若いってすごいね。
おいらだって昔はね。
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或るピーク。 遠くから『ヤッホー』って子供のコールが聞こえる。
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尾根を進むと尾根がバックリ切れていた。
え!
恐る恐る中を覗けば切通しなんじゃん。
これがその切通しの中。
思うに、長狭街道側から登って来て、竹岡側に下りる生活古道の跡なんだろうな。
そんな痕跡もある切通しだった。
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切通しの先はまたピークに登る。
なんかもうへとへと。
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おお、右の足元の先は石切り場の跡だ。 落ちたら死ぬな。
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古いロープが数本ある、急な(垂直に近い)下降をした。
一番底部には、スタンスを間違えると20センチほど足が届かない。
飛び降りたのだが、バランスを崩すと右も左も絶壁な幅が70センチくらいの細い尾根。
怖ぇ〜。
で、やっと下りたら今度は石切り場側のギリギリを行く危ない道。 道幅?
20センチ位かな。
それでもどうにか高見に着いてもうじき小鋸山。
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到着
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ピークからは少し戻って白狐峠への道標に従って小鋸山の足元を巻くように絶壁の樹林帯を下りて行くのだが、ここもトラ縄が張ってある。
だれか、鎖に取り替えてくれないかなぁ〜
鋸南町さんどうにかなりませんかね。
って訳で、やっと地表に下りた感じの草原に降り立つ。
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そう、冒頭の写真はこれ。
うしろのパンみたい山が多分小鋸山。
気道の良いカヤトの道を下る。
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下り切ったところが白狐峠だった。
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私有地とされる、千葉のグランドキャニオンと称される採石場跡を下り、1時間近く歩いて長狭街道にやっと出た。
くたびれたわーーーーーー。
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保田側の畔には初冬の斜日の中良い香りを放ってひと時の冬を謳歌していた。
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って訳で、保田駅にやっと帰って来た。
時刻表を見たら後20分で特急さざなみが来るらしい。
ラッキー。
もうすっかり夕日だね。
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コメント

コメント一覧 (15)

    • 1. kincyan
    • 2022年12月11日 10:39
    • おっしゃる通り、電車が良いですね。しかも特急がよい。自動車はスイスイ目的地に行きますが、どうもたいてい帰りは渋滞に巻き込まれるようです。暇人が平日行くには自動車も良いのでしょうが、行き帰りにリラックスできないので、運転者は大変です。昨日の雪入山も、行きはノリピーさんでしたが、帰りはテガさんが運転して帰りました。
      まあ、登山風のハイキングはしんどいですね。私は自転車の方が好きですので、HRAじいさんとショートサイクリングに行きましょうぜ。
    • 2. B3
    • 2022年12月11日 12:30
    • 久しぶりにデインジャラスな山行で面白かったですよ。
      でもまぁ確かに自転車も良いですね。
      またその内内房あたりをぶらぶらするサイクリングでもいたしましょうね。
    • 3. みみ爺
    • 2022年12月13日 09:53
    • Bさん、こんにちは。
      楽しそうでしたね。私も知らないデンジャラスな道を。
      天気もよくいい山歩きになりましたね。
    • 4. B3
    • 2022年12月13日 17:35
    • そうですね。
      贅沢言ったらいけませんね。
      天気も良かったし風も無風に近かったです。
      言われて見ればそのせいか、富士山は拝めませんでした。
      しかし、こうしたデンジャラスな山行はそろそろ自粛しないとあの世が近寄ってきますね。
      クワバラクワバラ。
    • 5. ワンチャン
    • 2022年12月13日 19:34
    • Bさん、こんばんは!

      小さな鋸山かと思ったら、めちゃくちゃ危険な山じゃないですか!
      ヨロっとしたら真っ逆さまですよね〜

      昔は高いところがへっちゃらだったのですが、もうダメですね。
      足がすくんで動けなくなりそうです。

      つり橋が好きだったのに、もしかしたら、もう渡れないかも(笑)
      山の中につり橋とかあったら、戻るしかないかもしれないですね〜
    • 6. B3
    • 2022年12月14日 06:59
    • そうですよぉぉぉ
      酔っぱらったような足元のぢいさんが行くべき山ではありません。
      でも、山に良く在る、梯子だとか鎖場だとかがないから自然に近い形の荒れてない?山の形なのかもしれないですね。
      実は千葉の山はある意味これからがシーズンなんですね。
      カヤックは漕ぎ納をやったようですが、ヒルがなりを潜めたこれからが良い時期なのかもですよ。
      もう少し安全な所を歩き回りましょう。
    • 7. 安房守
    • 2023年01月18日 18:49
    • 寒中お見舞いです。
      低山でも山は山、馬鹿に出来ないです。
      昔、丹沢の小さな谷に入ってえらい目にあった事があります。
      お元気ですか。
      当方、昨年は心臓の欠陥にステントを入れたり、腎盂炎、胆管結石、、
      とかで大分病院のお世話になりましたがナントカ生きながらえております。
      益々のご健勝を!!!
    • 8. RDA
    • 2023年11月27日 18:08
    • Bさん連絡ください。
    • 9. 安房守
    • 2024年01月16日 22:09
    • 一年経ちましたね。
      元気なのかな??
      思い出すのは云10年前、東駿河をドライブしましたね。
      沼津港で真鯛の生き作り、飲んで飲んで娘の運転で三島の龍澤寺では酔っ払いは面前御払いでしたね。古き良き時代でした。
      私は何と八十七歳、まだ生きています。
    • 10. kincyan
    • 2024年01月17日 19:42
    • 安房守さん、RDAさん

      Bさんは一昨年の12月に亡くなられました。突然死だそうです。昨年、自転車仲間内では送る会を開催しました。ご冥福を祈ります。
    • 11. 安房守
    • 2024年01月18日 20:37
    • そうなんですか、寂しいですね。
      彼とは、パソコン通信が始まった当時の仲間でした。
      あの頑丈な男にも死が訪れるのですね、私は41kgでまだ生きています。
      奇抜な発想をする男でした。
      合掌!!!

      お知られありがとうごあいました。
    • 12. kincyan
    • 2024年01月19日 06:03
    • >安房守さん
      元気な方でしたBさんは。家人も世話になり情け深い人だと言っております。苦労されましたからね。送る会の記事を、下に貼り付けておきます。


      http://blog.livedoor.jp/liveokubo/archives/52384806.html#more
    • 13. 安房守
    • 2024年01月20日 13:22
    • 「Bさんを偲ぶ会」「B(高橋)さんを追悼する」
      拝見させていただきました。
      しっかりと高橋さんを偲ばせていただきました。
      高橋さんは、沢山のお仲間達と飲んだり、走ったり、歩いたり、中身の濃い有意義な人生を送ったと思います。それにしても、ちょっと早過ぎましたね。
      私は安房の出身です。
      彼に何度か安房自慢をした事がありますが、安房育ちの私よりも安房の隅々まで安房に詳しい彼にビックリしました。自転車で安房を走り回っていたのですね。
      彼とは約30年くらい前に当時流行し始めかけたパソコン通信で知り合いました。
      彼は「無邪鬼」と名乗っていました。
      彼は、沼津の原と言うところの古い酒蔵の酒が飲みたいとのことで、当時、沼津に住んでいた私が案内した事があります。
      4、5年前に小田原までサイクリングして来て一杯やったことがあります。
      彼と顔を突き合わせたのはその2回だけですが、会えばツーカーで100年の付き合いの様に腹を割って話せる人でした。
      昨年から年賀状も途絶えどうしたものかと案じていた次第です。
      どうも有難うございました。

      追記
      「B(高橋)さんを追悼する」にコメント出来ませんでした。
    • 14. kincyan
    • 2024年01月21日 13:48
    • >安房守さん
      パソコン通信時代のご友人が、結構いらっしゃるようですね。私自身は2005年くらいからブログをやりはじめましたが、当時はリアルに会うほどのネット友人はいませんでした。やはり自転車をそのころから始めたので、自転車系のネット友人ができ始めたのだと思います。仕事に忙しい日々でしたから、大いなる息抜きがブログと自転車でしたが、50歳代からそういう趣味が持てて幸せだったと思います。Bさんも、そういう関係性を求めてネットや趣味に幅を広げていかれたのではないかと考えます。もっと人生をたのしめたBさんだったのに、残念なことです。

      コメントできませんでしたか、特に操作をしていませんので原因はわかりませんが、ときどき私のブログをのぞいてみてください。
    • 15. RDA
    • 2024年04月19日 12:50
    • kinchan さん、お知らせいただきありがとうございました。
      RDA はラジコン飛行機のクラブで、Bさんとは、何度も一緒に飛ばし、不時着した飛行機を探しに行ったりもしました。
      Bさんが、RDAに入会したとき、すでに高橋さんがいらっしゃったので、じゃあ、前からいた高橋さんを高橋Aさん、後から来たほうを高橋Bさん、にしようということで、そうなりました。今から思えば、懐かしい思い出です。Bさんはそれを気に入ったのか、自転車仲間の間でも"B"を使っていたのですね。
      Bさんとは銀座に飲みに行ったりもしましたが、あと2,3回行きたかったなあ、と思います。
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