ねえ聞いてママ
"Ah! Vous dirai-je, Maman"(ねえ聞いてママ)はこの曲(mp3形式,100kB,25秒)である。
「『きらきら星』じゃないか、幼稚園で嫌というほど歌ったぜ。で、『ねえ聞いてママ』ってなんだ?」とお思いの方もおられよう。でもその話は後回し。
この曲は18世紀フランスの流行歌である。そして発表以来200年以上の間、世界中のありとあらゆる人たちによって勝手に歌詞を付けられ、替え歌にされ、編曲されまくるという、波乱に富んだ運命を持つ曲である。世界中に知れ渡っているこの曲の存在は、音楽の普遍性を示すものであるが、一方で「実は歌詞なんてどうでもいい」という事も示している。
以下に挙げる歌詞は、その多種多様な「どうでもいい」替え歌のごくごく一部である。
オリジナル[編集 ]
大元となったのは、18世紀前半にフランスで書かれたと見られる韻律詩(作者不明)である。
"La Confidence"
- Ah ! vous dirai-je, maman, Ce qui cause mon tourment?
- Depuis que j'ai vu Silvandre, Me regarder d'un air tendre;
- Mon cœur dit à chaque instant: « Peut-on vivre sans amant? »
(以下5番まで続く)
和訳「内緒話」
- ねえ聞いてママ、私の悩み
- シルバンドルに出会い、見つめられたら、
- もう彼なしに、生きていけない
- 彼は言ったの、花束と共に
- 「君の美しさ女神に負けぬ
- 君への愛は誰にも負けぬ」
(以下5番まで続く)
「いつのJ-POPだよ、おい」と突っ込みたくなるだろう。しかし、18世紀フランスの詩である。人間考える事に大差はない。しかし、きちんと韻を踏んでいるとはいえ、本当にどうでもいい詩である。
曲の方は、同じく作者不明であるが、1761年にフランスで出版されたM. Bouin著「一時間半のお楽しみ」の1ページ目を飾る。この時点で歌詞は載ってなかったそうだが、上述の「内緒話」を乗せて歌われてしまった。本当にこの詩のために曲が作られたのかどうかは良く分からない。たかが流行歌なので正確な記録が残っているはずもない。しかし、この詩の最初の一節が曲の題名として記録されているのは事実である(フランスでは)。
しかしこんな歌詞、可愛い子ちゃんが腰振って歌うのならまだしも、普通の奴は素面じゃ歌ってらんない。そこですぐに替え歌が発生した。
"Ah ! vous dirai-je, maman"
- Ah ! vous dirai-je, maman, Ce qui cause mon tourment.
- Papa veut que je raisonne, Comme une grande personne.
- Moi, je dis que les bonbons Valent mieux que la raison.
和訳「ねえ聞いてママ」
- ねえ聞いてママ、私の悩み
- パパはいうのよ、賢くなれと
- 賢さよりも、お菓子がいいの
ちょっとお茶目になった。これを基本バージョンとする説もある。
モーツァルトによる変奏曲[編集 ]
この流行歌でお祭り騒ぎをしている1778年のパリに、22歳のモーツァルトが音楽修行のためにやってきた。
しかしアイドル歌謡全盛のパリでは、モーツァルトの (削除) ピアノ曲芸 (削除ここまで) 宮廷音楽なんて売れる訳がない。暇を持て余したモーツァルト、この1曲をネタに12種類のアレンジを作ってしまう。さすが作曲狂。これが「フランス歌曲『ねえ聞いてママ』12の変奏曲」である。
[フレーム]
「きらきら星変奏曲」ではない。だってまだ「きらきら星」の詩は作られてないのだから。
後に世界に名を馳せるドイツ語圏のモーツァルトが、12倍増しにしてピアノの教材としてしまったために、世界中のピアノ初心者がこの曲のアレンジ13種類を全て弾くハメになってしまった。だがピアノ曲として発表したため、歌詞は載せられなかった。というか、テーマはともかくバリアンテはとても歌えるもんじゃないが。かくして曲の方は世界に広まった。
替え歌(イギリス)[編集 ]
モーツァルトのアレンジは歌えるもんじゃなかったが、元々この曲は歌曲である。後述するが非常に歌を乗せやすく、多くの人が既存の詩や新作の詩をこの曲に乗せた。
もっとも有名なのが、イギリスのTaylor姉妹による詩である。
"The Star", Ann and Jane Taylor(1806年)
- Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are!
- Up above the world so high, Like a diamond in the sky.
(以下5番まで続く)
和訳「星」
注:曲に乗せて歌う場合は、1行目「輝く星よ、君は誰ぞや?」を(*)部分で1回ずつ繰り返し歌う。
- 輝く星よ、君は誰ぞや?
- 高き夜空に、光る宝石
- (*)
- 燃ゆる太陽、沈みし後に
- 小さき光、長きこの夜に
- (*)
- 闇夜の旅路、その輝きが
- 無ければ我は、道に迷ひぬ
- (*)
- きらめく君が、御簾から見ゆる
- 日が昇るまで、君は眠らぬ
- (*)
- 夜道の我を、君は照らしぬ
- 誰ぞや知らぬ、されど輝く
- (*)
お待たせしました、ようやく「とぅいんくー、とぃんくー、りとぉーすたー」である。だが残念な事に「きらきら星」で知られる翻訳を始め、主な和訳は翻訳者の著作権が切れてないそうなので、筆者めが滝廉太郎の時代風に訳してみました。全てJASRACのせいです。しかし "The Star" のオリジナルの詩を良く読んでみると、旅人か冒険者の詩だ。日本の童謡にも「桃太郎」「金太郎」「一寸法師」などがあるが、そっちの系統だ。この詩からよく「きらきら星」が出来たと関心するべきなのか、翻案というのか、インスパイアというのか、数ある替え歌のひとつに過ぎないというのか。
話を"The Star"に戻す。この替え歌の方がフランス語オリジナルの詩よりも有名である。ためしに世界中の頭の固い連中に聞いてみるといい。オリジナルのフランス、独自の歌詞があるドイツとオランダは別として、英語のこの詩を挙げるか、タイトルが "Twinkle Twinkle Little Star" になっている。
この替え歌が有名過ぎるために、「替え歌の替え歌」という訳が分からん物も登場した。
不思議の国のアリス「きちがいお茶会」より、Lewis Carroll(1865年)
- Twinkle, twinkle, little bat! How I wonder what you're at!
- Up above the world you fly, Like a tea-tray in the sky.
- Twinkle, twinkle, little bat! How I wonder what you're at!
和訳
- 輝くコウモリよ、君は何処ぞや?
- お盆のように、空を羽ばたく
- 輝くコウモリよ、君は何処ぞや?
さすが我らの(削除) ロリコン (削除ここまで)ドジソン先生、寝ぼけていても韻は踏む。
替え歌(アメリカ)[編集 ]
アメリカで作られた詩で有名なものはABCの歌、"The A.B.C."(1835年)だろう。
- ABCDEFG, HIJKLMNOP, QRSTUV, WXY and Z,
- Now I know my ABCs, next time won't you sing with me?
「全然詩になっていない」だって?しかしちゃんと「マサチューセッツ地方裁判所で著作権登録済み」なのだが(当時は登録制)。多分、この曲に乗せた事、韻を合わせた事("Z" をジーと読む場合)、休符や"and"の位置について著作権があるのだろう、きっと。ちなみに、アメリカの歌詞は"LMNOP"を早口で歌うバージョンで、日本でよく聞かれるものと違う。ABCを習う時から、韻を踏む事への情熱が叩き込まれるのである。脚韻など気にしない国ではさっさと変えられてしまっているが。
もちろんこのまた替え歌というか、元の歌詞が詩になってないので「インスパイア」というべきだろうが、その数も多い。日本で有名なところをひとつ。
替え歌(ドイツ)[編集 ]
フランス人のフランス語至上主義は有名だが、ドイツ人も意外と意固地である。ドイツ人は独自の歌詞「サンタクロースがやってくる」(Hoffmann von Fallersleben,1840年)を作った。
- Morgen kommt der Weihnachtsmann, Kommt mit seinen Gaben.
- Trommel, Pfeife und Gewehr, Fahn und Säbel und noch mehr,
- Ja ein ganzes Kriegesheer, Möcht’ ich gerne haben.
(以下3番まで続く)
和訳
- サンタクロースがやってくる、贈り物を届けに
- 太鼓と笛と銃と、旗と刀がたくさん
- これで僕らは軍隊だ、はやく頂戴サンタさん
- 持ってきてよサンタさん、明日持ってきて頂戴
- 銃士と擲弾兵、熊と豹、
- 馬とロバと羊と牛、素敵な物ばかり
- あなたは僕らの願いを知っている、気持ちを知っている
- 子供もパパもママも、おじいちゃんまでもが
- みんなみんな待ってるよ、心の底から待ってるよ
内容が軍国主義的なのでさらに替え歌が作られたのは内緒。
作者のホフマン先生、翌年「ドイツの歌」を書く。「国歌なのに一部放送禁止になっているあの歌」である。モーツァルトといいドジソン先生といい、変わり者を吸い寄せる何かがあるのだろうか。
曲の特徴[編集 ]
この曲の優れた点は、7音の韻律詩ならなんでも乗せられる所である。1音ずつが長めなので、少々の破格も許される。
一部の言語限定だが、オタマジャクシ1個に2音乗せれば、七五調でも乗せられる。試しに「いろは歌」を乗せた楽譜を挙げる。モーツァルトのアレンジのバリエンテ1や2で歌うとちょうどよい。もう少し最近だと、明治ツインクルチョコレートのCMがある。
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このように非常に柔軟な曲であり、世界的に知られるのも当然かもしれない。
一方で元の歌詞は、フランス人以外には知られていない。全く別の歌詞が付けられ、タイトルさえ変えられ、そちらの方が有名である。確かにその程度の歌詞ではある。しかし、20世紀のアメリカ人劇作家達や、某演歌歌手を破門にしたまま死んだ人や、某フォークソングの大御所や、翻訳を一々チェックする某ピアノ教室財団の理事様などの御方々なら怒り狂うような事態が、ほんの250年前の曲に起こったのである。