みんなの力でがれき処理
東京近郊で発生した汚染物質が輸送とともに光化学反応をうけて北関東で微小粒子状物質が高濃度に(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
独立行政法人国立環境研究所
地域環境研究センター
センター長:大原利眞(029-850-2491)
研究員:森野悠(029-850-2544)
客員研究員:小林伸治(029-850-2973)
室長:高見昭憲(029-850-2509)
環境計測研究センター
上級主席研究員:田邊潔(029-850-2478)
主任研究員:内田昌男(029-850-2042)
研究員:伏見暁洋(029-850-2752)
国立環境研究所は複数の研究機関と共同で2007年夏季に北関東で大気の集中観測を行いました。そして微小粒子の成分データと放射性炭素(14C)同位体比の測定結果に基づく統計解析および3次元化学輸送モデルによるシミュレーションによって,東京近郊で発生した化石燃料起源のガス状・粒子状の物質が風で輸送されるとともに光化学反応をうけた結果,北関東において都心部以上に微小粒子がしばしば高濃度になることが明らかになりました。また,微小粒子に含まれる元素状炭素の大半は自動車排出ガス由来であり,有機炭素の大半は二次生成であることがわかりました。
大気中の微小粒子は人の健康に悪影響を及ぼすと考えられており,日本では2009年9月にPM2.5(粒径2.5μm以下の粒子)に対する環境基準が定められました。ところが,PM2.5濃度は基準を超過しているところが多く,その実態把握が急がれています。PM2.5は様々な起源をもつ複雑な混合物であり,燃焼で生成する一次粒子のほか,ガス状成分から大気中での反応で生成される二次生成粒子が大きな割合を占めます。しかし二次生成粒子の起源や生成メカニズムは特に有機物に関して複雑で,いまだに解明されていません。
そこで国立環境研究所は複数の研究機関と共同で,2007年夏季に関東(図1)において微小粒子の集中観測と起源解析,数値シミュレーションを行いました。観測では,粒子中の主要成分のほか,炭素成分の起源(化石燃料,生物)を把握するため,放射性炭素(14C)(注1)を測定しました。また,炭素成分に注目し,ケミカルマスバランス(CMB)法(注2)による起源解析を行いました。
観測を行ったうち前橋におけるPM2.0(粒径2.0μm以下の粒子)の観測期間の平均濃度は25μg/m3であり,PM2.5の環境基準値(年平均15μg/m3)より高濃度でした(図2(a))(注3)。そして組成分析の結果,PM2.0の粒子質量の4割程度を全炭素が占め,そのうち約7割が有機炭素(注4)であることがわかりました。有機炭素は,オゾン(O3)と同様,日中高く夜低い明確な日内変動を示しています。また,化石燃料起源炭素の濃度は,大半の時間帯で生物起源炭素の濃度を上回り,日中に増える顕著な変動をしていることが初めて確認されました(図2(b))。
CMBによる推定の結果では,PM2.5質量濃度に対する寄与率は,自動車(ディーゼル排気)が12%,次いで道路粉じんが4%と一次生成の寄与は小さく,二次生成の寄与(50%)が大きくなっています(図3)。また,大気中の元素状炭素(注5)の大半はディーゼル自動車排出ガス由来(化石燃料起源)ですが,有機炭素のほとんどは二次生成であること,二次有機炭素は日中には化石燃料起源と生物起源の比が約1:2となり,夜間には化石燃料起源の割合が低下してこの比が約1:10になることが明らかになりました(図4)。なお,この化石燃料起源の二次有機炭素(注6)の日内変動は3次元化学輸送モデル(注7)によるシミュレーションでも同様な結果となっています(図5)
以上の結果により,北関東における夏季の微小粒子に対して二次生成が大きく寄与していることが確認されました。そして,北関東において粒子状物質が日中に高濃度になったのは,東京近郊で排出された粒子が輸送されてくることに加え,ガス状成分が輸送中に粒子化したためと考えられます。よって,大気中の微小粒子濃度を低減させるためには,個別の地域での取り組みだけではなく,周辺地域と連携して対策を講じていくことが重要です。
なお,これらの研究成果は,下記の3報の論文として出版されています。
発表論文
- Morino Y., Takahashi K., Fushimi A., Tanabe K., Ohara T., Hasegawa S., Uchida M., Takami A., Yokouchi Y., Kobayashi S. (2010) Contrasting diurnal variations in fossil and nonfossil secondary organic aerosol in urban outflow, Japan, Environ. Sci. Technol., 44, 22, 8581–8586.
- 高橋克行, 伏見暁洋, 森野悠, 飯島明宏, 米持真一, 速水洋,長谷川就一, 田邊潔, 小林伸治(2011)北関東における微小粒子状物質のレセプターモデルと放射性炭素同位体比を組み合わせた発生源寄与率推定,大気環境学会誌,46, 3, 156–163.
- Fushimi A., Wagai R., Uchida M., Hasegawa S., Takahashi K., Kondo M., Hirabayashi M., Morino Y., Shibata Y., Ohara T., Kobayashi S., Tanabe K. (2011) Radiocarbon (14C) diurnal variations in fine particles at sites downwind from Tokyo, Japan in summer, Environ. Sci. Technol, 45, 16, 6784–6792.
2007年夏季集中観測は,国立環境研究所のほか,電力中央研究所,埼玉県環境科学国際センター,群馬県衛生環境研究所,東京都環境科学研究所,石油産業活性化センター,埼玉大学,日本自動車研究所の協力により行われました。
問い合わせ先
独立行政法人国立環境研究所
環境計測研究センター
伏見暁洋 TEL: 029-850-2752
地域環境研究センター
大原利眞 TEL: 029-850-2491
森野悠 TEL: 029-850-2544
注の説明
(注1) 自然界に存在する炭素は質量数12のもの(12C)がほとんどですが,放射性炭素(14C)も大気中や生物中に一定の比率で存在します。一方,放射性炭素は半減期5730年で減衰するため,化石燃料中の量はゼロとみなせます。そこで,加速器質量分析計で大気粒子中の12Cと14Cの比率を測定することで,化石燃料起源と生物起源の比率を推定することが可能になります。本分析は国立環境研究所加速器質量分析施設(NIES-TERRA,http://www.nies.go.jp/chem/terra/index-j.html)で開発したマイクロスケール加速器質量分析法を用いて実施しました。
(注2) CMB法とは,大気粒子の化学組成と各種発生源の化学組成の類似度を比較することで,各種発生源の寄与率を推定する統計手法です。本研究では各種元素と元素状炭素の測定値を用いてCMB解析を行いました。
(注3) 本研究で測定した粒子は粒径範囲が2.0μm以下のものです。また,公定法による測定ではなく,測定期間が短いため,環境基準との厳密な比較はできませんが,参考までに値を比較しました。
(注4) 有機炭素とは,二酸化炭素などの簡単な化合物を除く炭素化合物の総称で,ここではその総量を炭素量として表しています。ガソリンなど常温で液体や気体であるもののほか,不完全燃焼で生成する多環芳香族炭化水素(PAHs)などの粒子状物質など,様々な種類があります。
(注5) 元素状炭素とは,自動車などの燃焼発生源等から発生する黒い粒子のことで,炭素のみで構成されます。
(注6) 二次有機炭素とは,大気中での反応によってガス状物質から生成する有機物を主体とした粒子状物質です。
(注7) 3次元化学輸送モデルとは,発生源データと気象データ等に基づき,水平方向と鉛直方向の化学物質の輸送や化学反応をシミュレーションする数値モデルです。
図
図中に示した4地点で観測を行いました。そのうち前橋と騎西では14C測定も実施しました。図中の矢印は夏季日中の主風向を示しています。
観測+CMBのプロットの上下に灰色に塗られた箇所は,各発生源の 14 C存在比(pMC)が±20または±50変化した時の推定値の範囲を示しています。
以上
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