VOL.202 APRIL 2025
ENJOYING JAPANESE SAKE, NIHONSHU
[知ってほしい日本のカルチャー]「漆で表現できないものはない」—漆工芸の技法―
漆で模様を描き出し、金紛などを紛筒で蒔きつける「蒔絵」の技法を行っているスザーンさん
Photo: ISHIZAWA Yoji
石川県で活躍する漆芸作家のスザーン・ロスさんは、伝統的な輪島塗1の技法にオリジナルの技法を織り交ぜて、漆2の可能性を追求しています。今回はさまざまな「漆塗りの技法」について教えてもらいました。
輪島塗の魅力は黒や赤の艶やかな見た目や耐久性だけにあるのではなく、幅広い表現ができることにあります。輪島塗は124もの工程があり、分業制が基本です。それらの工程は大きく、木地づくり、下塗、上塗、加飾に分けることができます。工程の中から、輪島塗の美しさを引き立てる技法をいくつか紹介します。
まず、塗りの仕上げの段階の「塗立」や「呂色」です。「塗立」は漆を塗って何もしない状態のことで、艶を抑えた仕上がりになります。「呂色」は漆を塗ったあとに表面を炭で研ぎ、漆をすり込む作業を繰り返し、ピカピカになるまで磨き上げる技法です。鏡のような艶と光沢を出すことができます。
Photo: ISHIZAWA Yoji
「加飾」と呼ばれる装飾技術は、色と質感の美しい配列で作品を引き立てます。ここで用いる技法の一つが「沈金」です。表面に刃物で掘り込みを入れ、その溝に漆や金紛、顔料などを入れることで絵柄を描く技法で、漆器3の中でも「沈金」は輪島塗ならではの表現方法です。
もう一つの技法が「蒔絵」です。「蒔絵」はさらに細かく技法が分かれており、筆を用いて直接漆で絵柄を描く技法や、装飾する器物の表面に漆で絵柄を描いてから、そこに紛筒(写真参照)と呼ばれる葦から作られている筒に入れた金紛や銀紛を蒔きつけ、その上に漆を塗り、さらに炭で磨いて研ぎ出すことで絵柄を浮き出させる技法などがあります。この方法で、貝殻や卵の殻、金箔、銀箔などを埋め込んでから漆で上塗りして、研ぎ出して装飾を施すことも可能です。
Photo: ISHIZAWA Yoji
ほかにも、絵柄の部分に漆などを何度も塗り重ねて盛り上げることで立体的な表現を生み出す「高蒔絵」という技法もあります。この技法を使うと、岩や木、石、花びらなどを立体的に表現することができます。漆はその透明感によって、実に多様な表現ができます。私の作品では、時に蒔絵の技法で絵柄を装飾してから、透明な漆を上塗りし、重層的な効果による深みを生み出しています。
一方、漆で表現することが難しいのが白色です。なぜなら、漆に白い顔料を混ぜるとアイボリーやベージュになってしまうから。そのため、白を使いたい場合はうずらの卵の殻を使います。うずらの卵には100個に1個くらいの確率で真っ白な卵があります。宝探しのように白い卵を探し出し、卵の内側にある薄皮を除去してから殻を貼ることで白色を表現するのです。
Photo: ISHIZAWA Yoji
Photo: ISHIZAWA Yoji
このように、漆器や漆工芸には長い歴史の中で受け継がれてきたさまざまな装飾の技法があるため、私は「漆で表現できないものはない」と思っています。その表現の可能性を追求していくことは大変面白く、これからも私なりの新しい表現方法に挑戦していきたいと思っています。
Photo: ISHIZAWA Yoji
スザーン・ロス
英国のロンドン出身、現在は石川県金沢市在住。ロンドンの王立芸術院(The Royal Academy of Art)で開催された江戸時代の美術展で漆と初めて出会い、漆芸技術をマスターしようと1984年に来日。人間国宝に認定された作家に師事するなどして修行を積み、長年、石川県輪島市で活動してきた。しかし、昨年(2024年)の能登半島地震で被災、現在は同県金沢市の湯涌温泉に工房兼ギャラリーを移転。日本の漆の素晴らしさを伝える活動に精力を注いでいる。
Photo: ISHIZAWA Yoji
検索:スザーン・ロス
- 1. 石川県輪島市で生産される漆器のこと。江戸時代(17世紀初頭から19世紀後半半ば)に制作技術が発展した。
- 2. ウルシ科の落葉高木。古くから日本でも栽培されてきた。
- 3. 漆を塗って仕上げた器。
By Suzanne Ross
Photo: ISHIZAWA Yoji