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最終更新日:2015年4月23日
Q 貝層・木枠付土坑の他にはどのようなものが発見されたの?
A 中里貝塚から発見された遺構としては、木枠付き土坑の他に、杭列(くいれつ)や木道(もくどう=木でできた道)が発見されています。木道は、長さ6.5m以上のコナラの丸太を縦に半分に割り、道として使っていたものです。木道の先には、焼けた石などが出土した土坑がみつかりました。これらは、貝を加工処理するための施設として利用されたと考えられます。
また、貝塚の南側には「中里遺跡」と呼ばれる遺跡がありますが、ここでは新幹線の線路敷設に伴う調査で中里貝塚と同じ頃の多数の土器や魚網のオモリ、集石遺構、丸木舟などが発見されています。海辺の活動の場であり、中里貝塚を残した人々との関わりが考えられます。
杭
木杭が発見されています。杭は、浅い海の底に打ち込まれていました。どのように利用されたかは現在のところ不明です。
[画像:木道と土坑]
木道と土坑
木道は長さ6.5m以上の丸太を半割して設置されていました。木道の先には焼けた石などが出土した土坑があり、貝を加工処理するための施設と考えられています。[画像:中里貝塚付近の砂浜中からは丸木舟がみつかりました。]
丸木舟(全長5.79m)