意思決定は合理的ではありえない――
ノーベル賞に輝いた「限られた合理性」との対峙
『【新版】経営行動――経営組織における意思決定過程の研究』
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安倍政権が打ち出す経済政策への期待感から「すわバブルか」という空気が流れたのも束の間。5月末の株価急落後は一進一退が続く現状です。経済はどう動くのか、売り買いのどちらがトレンドとなるのか。誰しもが合理的に考えて行動しているはずなのに、先行きの予測は困難です。この人間の合理的な意思決定が限定的なものであることを定義し、経営学における組織研究に昇華させたハーバート・A・サイモン。彼はこの研究でノーベル経済学賞を受賞しました。今回紹介する『【新版】経営行動』はそのすべてが詰まった一冊です。
経済学、経営学の進展に影響を及ぼした
「人間の選択する『限られた合理性』」の分析
「需要曲線と供給曲線の交点で価格と生産量が決定される」。この法則は、ミクロ経済学の教科書を読んでいなくても、ほぼだれでも知っている基礎知識です。「需要と供給の一致」、つまり「神の見えざる手」ですね。需給の交点で市場は均衡するわけです。
しかし、この法則の成立には前提があります。市場には供給側も需要側も十分に多数の参加者が存在し、全員が同じ情報を持っていることです。これを「完全競争市場」といいます(正反対の概念は「独占市場」)。
さらに、企業は利潤を最大化し、人々は効用を最大化する行動をとることが前提にあります。効用の最大化とは、予算の制約のなかで欲望を最大化すること、と言い換えてもいいでしょう。人々は同じ財・サービスであれば、必ず価格の一番安いものを買う、といったことです。なぜならば、それが合理的な行動だからです。つまり、人間の合理性が大きな前提条件として組み込まれていることがわかります。
人間の合理性を前提に、経済学は計算可能なサイエンスとして発達したわけですが、現実の社会で完全競争市場はほとんどありえません。実際は完全競争市場と独占市場の間にグラデーションのようなさまざまな市場があり、人間は完全に合理的な行動をとることもありえないのです。
2009年7月刊行。570ページにも及ぶ大作。写真では外していますが、オビのキャッチコピーにある「金字塔」がしっくりきます。
このような人間社会の現実は、じつはだれでも直感的にわかっています。同じ機能、同じ価格の商品であっても、広告のコピー、キャラクターなどのちょっとした差異によって需要側の行動は変わります。
では経済学の均衡理論は絵空事かというと、そうではありません。条件をいろいろ設定したうえで構築されるモデルは、現実を考察する際に重要な指針になります。また、経済学者は完全競争市場やと独占市場の間に存在するさまざまな市場の価格決定メカニズムや、個々の市場参加者(プレイヤー)の行動メカニズムを研究してきました。それが複雑系、ゲーム理論、そして行動経済学といった研究です。
このような潮流の初期に重要な概念を提供したのがハーバート・A・サイモン(1916-2001)でした。サイモンは行動する主体の「限定合理性」(Bounded Rationality)について分析し、限定合理性を克服する組織の意思決定過程を考察したのです。
サイモンの「限定合理性」は、必ず合理的な行動を取るという人間像を前提にしていた経済学に大きな影響を与えました。そして、経営組織の意思決定過程を限定合理的な人間像をもとに描き、経営学にも一石を投じました。