闇寿司ファイルNo.004 "人工イクラ軍艦"
評価: +72

クレジット

タイトル: 闇寿司ファイルNo.004 "人工イクラ軍艦"
著者: StellationNova StellationNova
作成年: 2024

評価: +72
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概論

"人工イクラ軍艦"とは、名の通り人工イクラを用いた軍艦巻きである。では人工イクラとは何かというと、アルギン酸ナトリウムやカラギーナンを水に溶かして着色・調味し、カルシウムイオンを含む水溶液に垂らすことでゲル化させ、カプセル状にしたものである。アルギン酸ナトリウムやカラギーナンは海藻由来の物質であり、摂食しても害はない。一時期は代用として実際に世に出回っていた。小学生向けの化学実験としては定番の実験の一つであり、作った・作らせたことがあるという人も多いのではないだろうか。

闇寿司としての人工イクラ軍艦は、闇寿司という組織が生まれる前に私が開発したものである。まだ私に思い切りが足りなかったというのもあるが、スシブレードの土俵に立つために見た目を欺く必要があり、王道の寿司に見た目を寄せている。これが功を奏したのか、初期の闇寿司ながら現代でも根強い人気がある。


スシブレード運用

攻撃力

防御力

機動力

持久力

重量

操作性

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人工イクラ軍艦は有り体に言ってしまえばイクラ軍艦のコンパチであるため、物理的なステータスはイクラ軍艦のそれとほとんど一致する。ぐるりと取り囲む海苔と重量によって高い攻撃力と防御力を両立する一方で、機動力や操作性に難がある、正に一般的な軍艦巻きのステータスである。

攻撃の要となるのが人工イクラの部分である。元々イクラ軍艦ではイクラを飛ばすことで攻撃を行うことができるが、人工イクラはその性質上イクラ同士の粘着力が天然イクラより弱く、発射速度の向上が見込める。さらに、人工イクラは寿司としては偽物である故に寿司に負の影響を及ぼすため、天然イクラ軍艦とは逆にイクラを飛ばすほど寿司としての安定性は上がっていく。したがって、人工イクラ軍艦はイクラを飛ばすことに特化しているといえる。寿司本体の性能は寿司としての調和に欠ける分イクラ軍艦に劣るため、強固な土台で初撃を耐えつつイクラ飛ばしで早期決着を図るのが主な戦法となるだろう。

人工イクラの特徴として、天然イクラと違い成分をある程度操作することができる。人工イクラの中に何を封じ込めるのかは使い手次第であり、闇寿司黎明期にこの寿司が好まれた理由でもある。

もう一つ重要な特徴として、王道の寿司を回してきた寿司職人でも扱いやすいという利点がある。いくら闇寿司の構成員でも、初めて回す寿司は大体王道の寿司である。王道の寿司を回す者の中には、何でもありの闇寿司に単身で対抗できる実力者も存在する。そのような実力者を闇寿司に引き込むことができたとして、その実力を全て放棄させて茶碗蒸しを回させるというのはあまりにももったいないし、大体の場合本人も望まない。だから、闇寿司に亡命してきた実力者にはこの寿司を握る者が多い。寿司を握る精巧な技術を受け止める余地が、この人工イクラ軍艦にはある。


他の活用法

人工イクラは遠目では天然イクラと判別するのが困難であるため、闇寿司の身分を隠すことに適している。不安なら表層に天然イクラを被せればまずバレない。以上の性質より潜入作戦を行うために携帯することがある。


エピソード

これは私が正道の寿司に疑問を覚え、まだ呼び名がなかった闇寿司を開発した時のエピソードである。

私は──勝と共に江戸前寿司の修行を受けていた。勝はまさに寿司馬鹿と呼ぶべき人物で、あまりにスシブレードに真面目すぎる男である。私にとっては最も距離が近いライバルであり、何がなんでも勝に勝ちたいという思いは強かった。

いつも通り勝からスシブレードをやれと命令が来たので、勝負をするために握りを握った。私と勝の戦績は勝の圧勝であり、正直なところ私は勝と勝負はしたくなかったが、鍛錬と言い聞かせひたすら耐え忍んだ。その日も私の握りはウニ軍艦に惨敗。もちろん自分でも原因を考えたが、どうしてもこれといった原因が思い至らなかったため、勝に直接質問することにした。

日記に当時の会話を記録していたので、以下に引用する。

勝: 今日も俺の勝ちだな!

私: なあ。なぜ私は勝てないと思う?

勝: おお、ようやく聞いてくれたか......俺と栄は同じ師、同じ設備、同じ材料を持つし、栄も寿司の腕前をめきめき上げてきている。多分寿司とか箸とか、物理的なものに差はないと思うんだ。だとすると、精神的な部分に原因がある。

勝: 考えるに、寿司を完全に自分の意のままに操ろうとしていないか?切り身も、海苔も、シャリも、元は生き物だったのだから、そこに何らかの意思があるんじゃないか?

私: 意思?

勝: 正直俺にもよくわかっていない。ただ、放たれた寿司は完全にコントロールできないのは確かだから、少なくとも俺はそうしないようにしている。

私: どういうことだ?

勝: 寿司の声を聞いたことはあるか?

私: は?

勝: 別に何か具体的な言葉が聞こえてくるわけではないんだが、何かこう、こう操作してくれって感覚があるんだ。例えばこのウーニ。軍艦巻きだから重量があってあんまり動かしにくいんだけど、ウニの生態もあんまり動かないから相性がいいんだ。だから素直に待ちの姿勢を取る。

私: 兄貴?

勝: ウニ軍艦なら性質同士が噛み合ってるからいいんだけど、例えばイクラ軍艦だとイクラを持つ鮭は遡上を行うから極めて動の性質が強いんだ。そこに待ちが強い軍艦巻きを組み合わせるとイクラと軍艦がけんかしてしまう。スシブレード的には待ちの姿勢を取った方がいいんだが、寿司は動きたがるんだ。だけどここで寿司の声を無視して待ちの姿勢を取り続けると寿司が拗ねて本来の力を引き出せなくなってしまう。だから適度に動かしてあげるといいんだ。台をさかのぼるように動かしてあげると寿司もノってくれるんだよね。

私: ねえ兄貴、兄貴?怖いよ......

勝: 普通の握りはスタンダードな分、寿司の完成度を高めて寿司と対話することがより重要になってくる。マグロはスタンダードだと言われるが、マグロは常に高速で動き続けるから寿司としては速く移動しようとしている。でも実際のスピードはそこまで出せないからここで対話が必要になる。この対話を怠ると自身が望むスピードと実際にマグロの握りが動くスピードに差異が生じて、知覚できない致命的なずれを引き起こす可能性すらある。カオス理論とかバタフライエフェクトみたいなやつだな。逆にエンガワを使う場合、エンガワが獲れるヒラメそのものはほとんど動かないから今度はスピードに減速をかけようとする意思が生じるんだ。さらにヒラメは瞬発力に優れているから一撃を狙おうとするんだが、これは一般的にフィールドを駆けまわるスシブレードと相性が悪くじゃじゃ馬のような扱い辛さが生まれてしまうんだな。これを制御するためには......

(以下省略)

当時の私はここでぽっきり心が折れてしまった。まだオタクという言葉はおろか、インターネットがあったか怪しい時代である。まくしたてる勝に恐怖し、絶望した。ここまで差が開いていたのかと。

私には寿司の声だとか意思だとか、そういうものはさっぱりわからなかった。精神面に埋まらない差があるなら、物理面でそれを補って余りある力を手に入れる他ない。しかし正道の寿司では勝てないことは今までの千を超える勝との対戦で思い知らされている。正道の寿司という枠を破る必要があるのではないかと考えたのだ。

当時はスシブレードもほとんどが江戸前寿司や関西寿司にルーツを持つ「正道」の寿司であり、サーモンが邪道扱いとされ迫害されることもまだ当然といった時代であった。

私は「邪道」であるサーモンのポテンシャルに注目していた。ご存じの通りサーモンは油分が多く、攻撃を受け流す防御力と滑らかにフィールドを駆ける機動力に長けている。しかし、私が他の店でサーモンを握らんとすれば鼻で笑われ、寿司が汚れるという意味不明な言葉をのたまい対戦を拒否されることが日常茶飯事であった。

私にはその思考が理解できなかった。歴史が短いだけで寿司か寿司でないかが決まるのか?スシブレードの勝負から逃げるのか?なぜスシブレードで決着を着けない?呆れは徐々に怒りに変わっていった。己が信じるものだけが正しいと決めつける、その姿勢が気に食わなかった。

スシブレードで受けた屈辱はスシブレードで返したかったが、サーモンではそもそも相手にさせてもらえない。そこで私は近頃頭角を現した軍艦巻きに注目した。軍艦巻きの生誕は1941年と言われており歴史は浅いが、民衆の支持を集め寿司業界でもその存在を認めざるを得ない状態になっていた。だが、ただイクラ軍艦を握ったところで歴史と練度の差で勝ち目はない。そこで当時開発されたばかりの人工イクラに着目し、人工イクラの中にいろいろ仕込むことにした。闇寿司としての人工イクラ軍艦の誕生である。

あの日、私は幾度となくサーモンとのスシブレードを拒否された寿司職人の店に赴いた。

私: 今日こそスシブレードに付き合ってもらおうか。

寿司職人: なんだあ?サーモンはお断り......おっとイクラ軍艦か。まあいいだろう。

両者: 3、2、1、へいらっしゃい!

ひとまず見た目を欺き土俵に立つという目標は達成できた。相手が繰り出したのは漬けマグロの握り。江戸前寿司にルーツを持つ由緒正しき握りであり、がっぷり四つに戦えば苦戦は免れない。しかし──

寿司職人: なんだこの攻撃頻度は!しかもめちゃくちゃ速いっ......!

人工イクラ同士の粘着力が低いことで、軍艦がより速く、より高く、より強くなった攻撃を繰り出す。きゅうりに特殊なカットを用いることで人工イクラが発射されるレーンを形成し、人工イクラが飛ぶ方向を制御できるようにした。もし人が食べる寿司に下手にそのような加工を施せばきゅうりの主張が強くなりすぎてしまうが、私も一介の寿司職人である。その程度の両立など造作もない。

私: お前が汚れるとか抜かした大事な寿司はそんなものか?

寿司職人: そんなはずは......な、俺の寿司が!

猛スピードで突っ込んだ人工イクラで回転を削がれているというのもあるが、相手の漬けマグロはそれ以上に弱体化している。その理由は──

寿司職人: 黒ずんでいる?!どうして!

人工イクラを作るときに、海藻から抽出したヨウ素を溶かしておいたからだ。寿司に含まれるシャリは当然白米で構成されており、デンプンがむき出しになっている。猛スピードで衝突すれば人工イクラは弾け、内容物がシャリに付着する。そしてヨウ素はデンプンと反応し青紫色を呈する。これにより相手の寿司の外見に致命的なダメージを与え、相手に動揺を与えることができるのだ。スシブレードはブレーダーと寿司が一蓮托生であるため、ブレーダーが動揺すれば寿司も揺らぐ。ヨウ素液の色が黄色系統であるため、イクラの色へのカモフラージュも容易だ。

ちなみにこちらの寿司では、ヨウ素を含んだ人工イクラとシャリが接触しないよう配置を工夫している。しかけた罠をみすみす食らうバカな真似はもちろんしない。またヨウ素の使用は最低限にとどめているため、一応食べても健康被害はまず出ない。

私: 終わりだ。いけ。

相手の寿司はもうフラフラ。確実にとどめを刺すためにもう一段人工イクラに秘策を用意した。そしてその目論見は上手くいった。いや、いき過ぎた。崩壊する漬けマグロと共に、相手が倒れていく。勝った。憎き相手に掴んだ勝利を噛み締めたその瞬間だった。

窓が割れる音がした。次いで相手の頭が床に当たる大きな音が響いた。

顔を上げるとガラスに3つの穴が開いていた。倒れた相手を見やると、首筋、額、左胸から血が流れている。人工イクラ軍艦の回転を止め、状況を整理した。

最後の秘策として用意したものは、デンプンを圧し固めて作ったバイオBB弾だ。着色することでイクラの中の胚にカモフラージュした。物理的な攻撃やヨウ素による攻撃などで弱体化した後、このバイオBB弾を直撃させ相手の寿司を文字通り狙撃する、そのはずだった。

人工イクラ軍艦は私の想定を上回った。人工イクラをある程度吐き出した軍艦は重量が減りつつも安定感が増したために、想像以上に回転が減らなかったのだ。そこに私の興奮が寿司に伝わり、想定をはるかに上回る速度でバイオBB弾が発射されてしまったようだ。

初めて人を殺した私は震えていた。急いで裏口から飛び出して自宅に急いだ。あの時の感情は、今も鮮烈に覚えている。

私: 寿司とは、スシブレードとは、こんなに自由なのか!!

正直なところ、ここまで上手くいくとは思わなかったのだ。これこそ勝との精神的な差を補って余りある物理的な力を持つ寿司かもしれない。こんな寿司が存在しうることを知ってしまった以上、私の中の好奇心は止められなくなっていた。エビの尾を鋭利にしたらどうなるだろうか?ホタテを殻ごと回すことはできるだろうか?次々溢れるアイデアを胸に抱き、倒れた相手を顧みることも、119に通報を入れることも忘れて、家路を急いだ。

あの時戦った寿司職人は亡くなった。当然私の元にも捜査の手が伸びたが、まさかバイオBB弾で即死させるレベルの威力が出たとは思われなかったらしく、スシブレードを隠蔽したい寿司協会の暗躍も相まって特にお咎めはなかった。寿司協会側も、まだ闇寿司の概念がほとんどなかったゆえにスシブレードでこのような人の殺し方をする術を発見することができず、嫌疑不十分により観察処分しかできなかったと、後になって聞いた。私の最初の人殺しは、図らずも大成功となったのだ。

私がラーメンを手にするのは、もう少し後のことになる。


関連資料

君も化学者! カラフルな人工イクラを作ろう!
人工イクラの出番はもはやこちらの方が多くなっている。簡単にできて結構面白いので、子供と接する機会があるなら試してみるのも一興だ。


闇寿司の転換点。回る寿司は食べられるものでなければならないという法は、どこにもなかったことを知った。

文責: 闇

Footnotes
. 勘違いしないでほしいが、闇寿司の理念は強さを追い求めることであり、邪道な寿司を使うのは手段に過ぎない。最強の寿司がただのマグロの赤身の握りだというなら、私はそれを受け入れる覚悟がある。
. 今やサルモンはアニメの主役である。財団絡みの出来事とはいえ、何が起こるのかはわからないものだ。
. 勝との対戦で使わなかったのは当時の私の良心の表れである。
. 汚れるとのたまった彼は穴子とは積極的に戦を交えていた。本当に意味がわからない。
. オリンピックのモットーに「ともに」が加わるのはもっと先の話だ。
. 本当はここは名前を叫んでいたはずだが、さすがに数十年前のことは覚えていない。
. 味はというと、うがい薬と昆布のうまみが混ざった味がして正直あまりおいしくない。今思うと少々やりすぎだったか。
. これも今思うと一応食することはできるが、寿司としての調和を乱しすぎておりやりすぎだ。若気の至りである。
. 当時はスシブレードの存在を隠匿するために、寿司屋に防犯カメラが設置されていない事例は割と多かったと記憶している。
ページリビジョン: 4, 最終更新: 05 Oct 2024 17:45
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