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宛先: 深野 陽市 <>
差出人: 石巻 樹里 <>
件名:
死 ね
平日の起床アラームを止めスマホを開くと真っ先に彼女──樹里からのメールが目に入った。いつも通りの穏やかな朝だったはずが、突如現れた奇怪なメールに私は心を乱された。
「死ね」という2文字だけの本文に、男性の崩れた顔の画像が添付された極めて簡素なメールだ。不思議なことに添付されていたこの画像、ネットで画像検索しても一切出てこない。それらしい単語で検索しても見つからなかった。私も全く見覚えがないし、まさか樹里が作ったのだろうか? いや、それはない。樹里の好みではないことは一目見ればわかる。彼女はモノトーンの服装よりは華やかな服を好んで着ていたから。ファッションと写真の好みが同系統であるとは一概には言えないかもしれないが、こと樹里に限って言えば概ね嗜好は同じだったはずだ。じゃあこれはいったいどういう意図の画像なのだろうか。分からない。
樹里からのメールであるならば、「死ね」という本文もおかしい。一般的に考えれば、これは私に対してひどくマイナスの感情を抱いているように見える。だがそれはおかしい。私は彼女を愛していたし、彼女も私を愛していた。一緒にすごす樹里はいつも笑顔で、写真や動画にもいくらでも残っている。最期に喋った時も彼女は笑顔でとても幸せそうだった。分からない。
最初こそ樹里の名を騙ったいたずらかと思った。だがこのメルアド──なぜか文字化けしているが──に入っている「shiokazepark」は二人の思い出の場所である「潮風公園」を指しているに違いない。お台場にある公園で、夕陽を見ながら彼女に告白した場所だ。二人だけの大切な思い出で、誰にも言わず秘密にしてきた。だからこのメールの主は彼女に他ならないのだが、そうなるとやはりなぜこんなメールを送ってきたのかが分からない。
一度頭をシャッキリさせようと洗面所で顔を洗った。改めてスマホを開き、画像の出処を知っているかとレスした匿名掲示板を確認してみるとなぜかアク禁になっていた。意味が分からない。
やはりあのメールを彼女が送ったというのはどう考えてもおかしい。なぜなら彼女は先週亡くなったのだから。死体はスマホを操作しないし、幽霊なんているはずもない。それにしてももう亡くなって1週間も経ったのか。若く溌溂としていた彼女はまさに私の理想の女性だった。彼女のつぶらな瞳も、ツンと伸びたまつ毛も、丸っこい鼻も、潤いある唇も、やわらかい耳も、すべやかな頬も、なでたくなる頭も、手入れの行き届いた黒髪も、繋ぐと安心する手も、趣味のテニスで鍛えられた脚も、全てが美しかった。全部好きだった。前回のデートでこれ以上ないほどの魅力を味わったのに、次会った際にはそれを超える美しさを見せつけられた。彼女に会うたび、彼女を知るたび、樹里は綺麗になっていった。最後の夜、都内の私の家で白ワインを飲む横顔は、これ以上考えられないほど美しかった。だから殺した。それなのに彼女から届いたこのメールは一体何だというのだろうか。分からない。
彼女が実は死んでなくて僕を恨んでメールを送ったなどということもない。彼女は間違いなく亡くなっている。彼女は寝室の横にある箱の中で美しい姿のまま眠っているのだから。愛する樹里を最高に美しい姿のまま保つために私は持てる全てを注ぎ込んだ。苦しみが彼女の美貌に悪影響を与えないよう、眠ったまま亡くなる毒を使った。もし彼女が息を吹き返してしまったとしても、死にかけた理由も分からないだろう。もちろんそんなことはなく彼女は眠ったままだった。防腐など色々処理を施し、彼女は永遠に美しい姿となってここにいる。だからこそ分からない。
何故このメールが届いたのか、誰がメールを送ったのか、この内容はどういうことなのか。考えても考えても答えが出てこない。
分からない。
分からない。
全く分からない。
いくら分からないことを考えてもどうしようもない。私はスーツに着替え仕事に出かけた。せっかくだからと最後のラブレターについていた画像は待ち受けにすることにした。
「いってきます」
寝室の彼女に呼びかける。
「いってらっしゃい」
彼女の声に押されて私は玄関のドアを開けた。
サイト-81UO — 霊的実体聴取ログ 2015年11月24日 — 1:35 am |
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石巻: というわけなんです! 眠気を感じた次の瞬間気付いたら死んでたんですよ!?彼はどうしてるんだろうと思ったら私の死体を飾ってご満悦ですし。見つけた時は無い鳥肌が立ちましたよ。 蔵元博士: お悔み申し上げます。愛していた彼氏に裏切られてさぞお辛いことでしょう。 石巻: ホントですよ。まさか彼に殺されるなんて、想像もしてませんでした。もう早く捕まってほしいです。お願いします、家に行って頂ければ死体っていうでっかい証拠があるので。 蔵元博士: わかりました。とりあえず殺人事件自体に異常存在は関わってなさそうですね。 石巻: いや異常ですよあの男。簡単に殺すし、平気で死体と一緒に暮らすし、スピーカー埋め込んで私の声を再生して会話できるようにするし。あー気持ち悪い。 蔵元博士: いや異常というのはそういうことでなくて。まあともかく、警察にはこちらからしっかり連絡しておきます。墨谷くんお願いできるか。 Agt. 墨谷: 都内のマンションで猟奇殺人発生というタレコミだね。任せてくれたまえ。 蔵元博士: 頼んだ。しかし──少し珍しいですね。亡霊になってるのですから取り憑いて復讐をするのが普通なのかと。いやもちろんやれって言ってるわけではないですよ。 石巻: やったけどダメだったんですよ! あの人罪の意識が全くないみたいで祟りとか全く効かないし、霊障とかもぜんっぜん気にしないし、霊友に貰った呪いの画像とか送っても耐性があるのかちっとも効かない! もう疲れましたし、気持ち悪いから今後一切関わりたくないしで、せめて正当に裁かれてほしいです。 蔵元博士: なるほど。何というかそれはご苦労さまで──ちょっと待ってくれ、呪いの画像? 石巻: ええ。見ると死ぬ画像。彼、そんなのをスマホの待ち受けにしてたんですよ! 信じられない。 蔵元博士: (ため息) 墨谷くん警察の通報は後にして、呪術やミームに詳しい部隊に連絡を取ってくれ。 Agt. 墨谷: 仕事が増えたようだな。 蔵元博士: 全くだ。 (Agt. 墨谷が退室する) 石巻: ええと、何か迷惑をかけてしまったのでしょうか?どうしましょう、見ます?呪いの画像。 蔵元博士: やめて下さい。......いややっぱり、後で送ってくれますかね、資料として。いや違う、私の携帯じゃなくて対呪処理した端末に── 石巻: ええっもう送っちゃいましたよ。 (Agt. 墨谷が入室する) Agt. 墨谷: 蔵元殿、携帯が鳴ってるぞ。 蔵元博士: (深いため息) 絶対に開くな。──ひとまずこれで聴取は終わりですが、他に何か話しておきたいことはありませんか? 石巻: そうですね。私本当にヨーイチくんのこと好きだったんですよ。気配りはできて優しいしイケメンだし仕事はできるしカンペキで。結婚して子供を産んで、一緒に幸せになろうって真剣に思ってました。それなのにこんなことになっちゃって。ふふっ、分からないものですね。 Agt. 墨谷: レディーには大変申し訳ないが、幽霊用のハンカチはまだ製作できていなくてね。 石巻: ありがとうございます。幽霊用のハンカチなんて、変なの。いつかできるのをお待ちしてますね。 蔵元博士: 墨谷くん変な仕事を増やさないでくれるか。ただでさえ幽霊のような常識が通用しないものの対応で大変なんだから。 石巻: 大丈夫ですよ。だって蔵元さんってこの幽霊と話せる装置を作られたんでしょう? きっと幽霊とも分かり合える日が来ますよ! 蔵元博士: (大きいため息) 君たち人間のカップルが分かり合えていたならまだ説得力もあったんですがね。 |