イリスのノート
評価: +35

クレジット

タイトル: イリスのノート
著者: KeiShirosaki KeiShirosaki
作成年: 2025

評価: +35
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初めまして、私は黒の女王・アザレア。急な呼び出しに集まってくれてありがとう。

リンドウ。諸事情によりアザレアの代筆も担当してます。

黒の女王・石楠花。リンドウに呼ばれて来ました。

フリージアです。途中で抜けたらごめんなさい。ちょっと切羽詰まってて。


ベースライン

まずは私から始めようか。「イリスのノート」は2つで1組のノート。片方のノートに文字を書くと、もう片方のノートに同じ文字が同期して出現する。 私たちのカタログと似た性能をしていますね。より正確には、これがプロトタイプ。古株のリトル・シスターズ──って言い回しは変だな。姉か。もういっそ姉でいいか。うん、私たちの姉たちが作った物品です。フリージアは去年来たばかりだから、知らなくて当然なのだけど。その節はお世話になりました、石楠花先輩。それなら今回のカタログの目的は、有用な物品の情報収集というよりは、私たちの歴史の整理でしょうか。一部はそんな感じ。他にも共有したい情報がいくつか。

話を戻すと、プロトタイプのノートの表紙には小さな虹の意匠が描かれている。虹の女神のイリスにあやかって、「イリスのノート」と呼ぶようになった、という経緯。 イリスは伝令の神でもあるから、通信用ノートとしての験担ぎ的な意味もあったとか。ちなみに素体になってるノートは、どっかのタイムラインで大量生産された、非超常的なもの。後の時期に作られたノートは違うデザインのものもあるけど、私たちはそれもまとめて「イリスのノート」と呼んでいる。 ねえ、ちょっと脱線していい? ずっと気になってたんだけど、なんでリンドウは私の場所わかったの? あんな手紙を正確に送りつけてくるなんて。 それについては後ほどお話しします。しばしお待ちを。貴方がいつもカタログ経由で連絡がつく状態なら、手紙を送ることもなかったのですが。

必須条件

あえて書くなら、私たちの行動圏内の世界であること。

実用性

便利。まさに今もその恩恵に預かっているわけだし。電波の通じない異空間や、タイムライン間での通信が可能って、よくよく考えるとトンデモ技術な気がしてきました。そう? 同期するノートの作成だけなら、比較的簡単な奇跡論の範疇な気がしますが。それはリンドウが奇跡論の取り扱いに慣れているだけ。そうかも。そうだよ、普通は貴方ほど簡単にタイムラインを旅して回ったりしないし。ともかく、代表的な実用例がこのカタログ。加えて、その他の使い道を試そうとした人もいた。その話は実例の方で詳しく書こう。

傷つきやすさ

普通のノート・紙と同程度。破り取ったページも、同期の性質は維持し続けますね。完成品のカタログの方は多少は丈夫に作られているけれど、こちらも乱暴な使い方は想定されてない。間違っても火の気の近くには置かないこと。普通に燃える。その場合、対のノートも発火するのでしょうか? それは燃えないように作られている。同期してページが燃える場合、火のついたページを破っても対の方を伝って燃え広がって、水に突っ込むか全部燃え尽きるまで止められなくなるから。うまいことできてるんですね。「マニュアルは血で書かれている」という言葉で察して。


実例: タイムライン A-019

というわけで、現在のノートの行方や派生物品などについてをここに記録していこう。カタログの仕様と制作方法が決まった後、不要になったイリスのノートは放浪者の図書館の片隅に保管された。今も一部が図書館に残っている。一部、というと? 大部分は、物好きな妹たちの何人かの手で拝借され、タイムライン中にばら撒かれた。何故......? 楽しそうだったから? そういう人ってどこにでもいるんですね。どこにでもいますよ。というか私も加担した一人ですし。リンドウ、貴方もか。予想はしてたけど。つまり犯罪告白というわけだね。犯罪ではないと思うんですけど。みんなひどくないないですか? 元々不用品として放置されてたんだし......。

話を戻そう。リンドウ、A-019に持ち込んだのは、典型的なタイプのノートだったって言ってたよね。はい、片割ればかりを5冊持ち込みました。相方のノートをどのタイムラインに配置したかは覚えていません。改めて聞くと無責任な話だな。正直に言ってるので許してください。それに、若い頃の話なので。こっちは断腸の思いで黒歴史を告白してるんです。まあ、リンドウにとってはタイムラインの移動は一つ隣の路地に行くぐらい気軽なものだから。人間にはね、異世界通信のマジックアイテムをばら撒くトリックスターに興じたくなる日もあるんです。ちなみに、A-019には石楠花が好きそうな独自の柑橘系果物が広く流通していました。おすすめしておきます。へえ、それは興味を惹かれるな。けど、リンドウに果物の好みを話したことあったっけ?

追記: 機能の詳細

ノートの機能の詳細について、上で書き損ねていましたね。同期されるのはノートに書き込まれた文字・図形だけで、栞などの異物を挟んでも転送されることはありません。同期の対象はノートの紙面に付着したインクや微粒子のみというわけですね。より正確には、インクと木炭などの筆記具だけに指定されている。細菌やウイルス、花粉なども再現はされない。少なくとも、完成版のイリスのノートに関しては。確かに、ノートからパンデミックが発生したら洒落になりませんからね。そういうこと。「マニュアルは血で書かれている」。何かあったってことですか? 黙秘。怖すぎる。石楠花先輩はどうしてそんなに詳しいんですか? もしかして開発関係者だったり? いや、恩人が開発関係者だっただけ。私は関わってないよ。開発初期のノートは、微粒子全般を対象としているってことですよね。リンドウさん達がばら撒いたものの中に混じっている可能性があるのでは? いや、ヤバいやつはちゃんと処分されてるはず。そもそも最初期の殆どは焼失して残ってないし。図書館に残ってたのは無害なものだけだよ。良かった。パンデミックの犯人にならずにすんだ。良かった......。あの、リンドウさんって奇跡論やタイムライン越境のエキスパートなんですよね? 後でちょっと頼みたいことがあるんですが、いいですか。取引相手からのメールがだいぶおかしなことになっていて、どうにかして状況を知りたくて。ええ、フリージアさんの案件については、後でお話ししましょう。

実例: タイムライン C-439

あ、これも知ってます。デザインの違う例外、他の妹達の手によるお遊びの事例ですね。そう。さっきはイリスのノートの素体は大量生産の商品だと書いたけれど、同じ会社が昆虫や魚の柄のシリーズのノートを出したのをきっかけにね。時系列的には、イリスのノートの制作手法が確立されて、一部の私たちがそれを私的に作成できるようになった時期。何種類かの柄のノートを手に入れた妹達は、次はどう遊ぼうかと考えて、接続先の世界と表紙の模様を関連させることにした。「C-439に繋がるノートは蜂の表紙」、「F-271に繋がるノートはカマキリの表紙」、「D-273に繋がるノートはクマノミの表紙」といった具合にね。タイムラインへの配置時にやや混乱しそうですが、使用時の識別が容易になるのでよさそうですね。残念ながら、そんな殊勝な理由じゃない。端的に言うと、特殊な生態の人類がいるタイムラインをピックアップして、それを様々な動物の生態に当てはめたっていう悪ふざけです。これ倫理的にどうなんでしょう? 知らん。趣味が悪い気はする。それで、例えば、人類が真社会性的な生態を有しているC-439には蜂の表紙を当てはめていた真社会性というのは、アリやハチのような動物の生態のことを指す言葉でしたよね。女王蜂だけが子を産み、働きバチはメスだけど子供を産まない。こういう、群れの中に子供を産まない階級が存在する生物のことを真社会性と呼んでいたはず。正解。パーフェクトな回答だね。

実例: タイムライン L-175

私の先生にして恩人、導いてくれた先人の黒の女王の話をここに書こう。先生はイリスのノートの開発者の一人だった。カタログの開発を終えた後、先生は私的に作ったペアのノートの片割れをL-175の恒星間輸送機に載せた。補足事項: L-175は科学文明が極めて発達している世界。ありがとう、リンドウ。輸送機の目的地はアルファ・ケンタウリ。往復の加速によるウラシマ効果で、2つのノートには8年分の時間差が発生するはずだった。 ワームホールを使ったタイムマシンの作成と同じ原理ですね。その通り。亜光速の旅では、体感の時間が短くなる。よって、もし双子の片割れだけが亜光速の旅をしたら、地球に残っていた方の片割れとの間に年齢差が生じ、旅した方の片割れが若い状態になる。石楠花先輩の場合、その「双子」がノートのワンペアってことか。そう。異世界通信装置を作るのは簡単でも、過去-未来通信は簡単には実現できず、物理的な手法に頼ることにしたらしい。で、輸送機は無事に帰ってきたんだけれど、先生が船の中に隠したはずの「過去側」の片割れは紛失。イリスのノートによる過去-未来通信の実現の夢は儚く散った、というわけだ。先生が持っていた「未来側」の方のノートは今は私が譲り受けていて、私は今も片割れを探している。 で、その片割れがなんと、私の手元にあるんですよね。は?

種明かしといこう。私は8年後の石楠花だ。この前、L-175に遊びに行った時に偶然見つけまして。聞いてないんだけど。リンドウ、ねえ、どういうこと? ちょっと整理させてください。ええと、「過去側」をリンドウさんが持っていて、それは8年後の「未来側」に繋がっていて、その通信相手がアザレアさん、つまり8年後の石楠花先輩で。全部合っています。落ち着いて。フリージア、この会は貴方と話すために開いた。もうあちらからの返信を待っている猶予はない。このまま放置するとパンデミックが発生する。人類が負の情動を失ったタイムラインを、貴方も知っているはず。貴方の予想は正しい。それを引き起こす病原体が発生していて、その蔓延が目前に迫っている。 やっぱり、あのメールは いや、おかしいでしょ。なんでリンドウがノートの片割れを持っているの。ジャンク屋で偶然にとしか。貴方の厳密さと堅実さを愛する姿勢は美徳だけれど、急を要する事態では欠点にもなり得る。どうか今は私達を信じて、一刻も早く行動を始めて欲しい。 急にそんなことを言われても。リンドウ、貴方騙されてるんじゃないの? これから証拠を見せてもらえると聞いていますので。フリージア、今すぐ貴方が知っている情報を財団に送りつけて。これは私たちの手に負える事態ではない。パンデミックに最良の対処法は、権力による強制的な早期隔離だ。彼らがそれを何とかできたことを、私は8年前に観測した。確かに、私たちと財団の間には確執がある。けれど、別に財団を信用する必要はないんだ。今回は利用するだけ。私達はwin-winの取引までも拒む愚者ではないでしょう? フリージアさん、タイムラインを跨いだ逃走の手筈は私が整えています。必ず、貴方を財団の手の届かない場所にお連れします。

仰ることはわかるのですが、リスクが高すぎます。アザレアさん、貴方を信用できません。申し訳ないけれど。それに、私はリンドウさんとも面識がないんですよ。アザレアさんが未来の石楠花先輩だと言われても、すぐには信用し難い。うん、わかってたよ。貴方は慎重だし、私は同じこのやりとりを8年前にやった。だから、こうしよう。私やリンドウについては信用できなくとも、フリージアは石楠花を信頼してくれているだろう? つまり、そこにいる石楠花が私のことを未来の自分だと確信してくれればいいわけだ。必要なのは石楠花を納得させるための証拠、でいいね? ええと、確かに、石楠花先輩の発言ならば信用に値しますけれど。というわけで、これより私・石楠花の14歳の頃の日記の抜粋をここに掲載する。ちょっと待て。なんだその最悪すぎる自爆攻撃は。 賛成。賛成します。 フリージア、気でも狂ったの? まあ、学生時代に考えたオリジナル詠唱とかは安全で覚えやすいパスワードとしてよく使われてるわけですし。いいんじゃないでしょうか? リンドウさんは使ってるんですか? しまった。書かないで。お願いだから。8年考えた結果、やはりこれが一番効率的な方法だと結論したのでね。丁度石楠花の手元に日記があるタイミングだし。同情したリンドウからの協力も得やすくなるし。本当にやめて。確かに今ここに日記あるけどさ。ねえ、考え直した方がいいんじゃない? 他にいくらでも方法はあるでしょう? というかアザレアも私自身なら自分を公開処刑するの馬鹿すぎない? 考え直そう? 私はもう8年前に辱めを受けた身。私だけ損をするのは許せない。貴様も道連れだ。お願いだから。 石楠花先輩がアザレアさんの正体に対して確信を持てないなら、私もリスクのある行動を起こしにくいです。証拠を求めます。ねえフリージア貴方この状況を楽しんでない!? 私は面白がってます。リンドウは黙ってて。

[削除済。若かりし頃の石楠花の日記]

石楠花先輩も若い時があったんですね。 うん、なんというか、うん。 若々しい感じも私は好きですよ。ほら、私だってさっきまで黒歴史を暴露してたんですし。落ち込みすぎないでください、ね? 泣いていい? そんな余裕はないですね。こっちは世界の危機なので。フリージアがこんな薄情な子だって知らなかった。フリージアってそういうとこあるよ。未来の私は黙ってて。 で、アザレアさん、それとも石楠花先輩って言った方がいいでしょうか? 貴方を信じることにします。ありがとう。じゃあ、さっき言った通り、フリージアは情報をまとめて財団に送りつけて。あの場所は地理的にGOCでなく財団に任せるのがベスト。リンドウはフリージアに合流。F-193の財団から拝借したデータベースからSCP-2991-JPの情報を取り出して、フリージアの情報と共に財団に送ること。それが一番近くて参考になる事例だから。全部終わったら、貴方の持っている「過去側」の片割れのノートを石楠花に渡してくれるとありがたい。 承知しました。こっちは準備完了。フリージア、座標の送信をよろしくお願いします。 了解です。行動開始!

脚注
. 石楠花のプライバシーのため、該当部分はリンドウが削除しました。感謝してくださいね、石楠花。 うるさい。というか、アザレアの文を代筆してた貴方も同罪。
ページリビジョン: 11, 最終更新: 23 Aug 2025 02:05
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