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ようこそ、墓碑部門のオリエンテーションへ。
生憎、軽食の類は用意していませんが、必要であれば準備しますのでいつでも言ってください。少々照明が暗いかもしれませんので、気になるようでしたら仰ってください。
では早速ですがオリエンテーションに入らせてもらいます。私は鳥辺、墓碑部門所属のエージェントです。今回のオリエンテーションを担当します、質問があればいつでもどうぞ。
まず、墓碑部門がどういった業務を行っているかを知ってもらいましょうか。少々仰々しい名前なので色々と勘違いされることもありますが、私たちの業務は"異常に関連した不明人物の調査、特定"です。
そして、その不明人物とは、多くの場合死体です。
......おっと、少し寒いですか? 少し空調の温度を上げますね。
さて、財団という組織が人知を超える異常に対応する以上、死亡者は発生せざるをえず、異常にさらされた死体は個人を特定することが困難な場合がままあります。財団外においても異常に曝露した、あるいは異常の中心となった死体が特定困難なケースはよくあることです。これらの死体を調査し、何が原因で何時亡くなったのかはもちろん、生前の動向や来歴などを特定することで、オブジェクト全体の解明に寄与する。それが私たちの業務なのです。
業務上、私たちには様々な死体や不明者に出会うことがあります。例えば、数千年前の過去から来た嬰児の死体、明らかにカエルだが人間と判断される死体、何故か左半身だけが他の要注意団体で保管されている死体など。それらを調査するために必要な技能も様々に考えられますね。歴史の知識、ミームへの対応、要注意団体との渉外など。そして我々には人物特定のために、他の要注意団体との協力や、他専門部門の有する記録へのアクセス権などいくつかの特権が用意されています。つまり我々は異常の有無を問わずオールラウンダーであることが求められるのです。
しかし、......そうですね、あなたも気づいているでしょう。我々墓碑部門の名前が表舞台に出ることはまずありません。何故かといえば単純な話です。私たちが時間と知識をかけて調査し、時折異常に遭遇し、他の団体からの干渉を受け特定した不明人物は、報告書の文中では多くの場合こう表現されるからです。
"不明人物は○しろまる○しろまると特定されました"
たった一文です、さらにそれが黒塗りに変わることもままある。私たちが遭遇した誰かの一生はただその一文をもって私たちの保管庫に集積される。
あまりにも甲斐がないと思っているかもしれませんね。同様に思う人は多いのでしょう、そもそも我々が部門として必要なのか、と陰口をたたかれることすらあります。死者の名前を特定してもう一度殺すために"再殺部門"などというさらに物騒な名前で呼ばれることもありますし、我々の中でも存在感が薄く正体がわからない部門だと自嘲して"ジョン・ドゥ部門"などという冗談が飛び交うこともあります。
ですが、我々が廃止されることはおそらくないと考えています。その理由の前に、我々が墓碑部門と名乗る理由を説明しましょう、墓碑とは墓に刻まれる銘です。名前、経歴、そして個人に捧げるメッセージ。死という断絶において失われたその顔を、名前を、人生をもう一度刻み込む。私たちは無銘の墓に墓碑銘を刻む部門なのです。
異常は一人の人生を狂わせる。犠牲者の一人として全てを削り取る。
我々はもう一度刻み付ける。有象無象の無貌でなかったことを記録する。
墓碑部門は、ヒトが人であるための最後の防波堤である。それが我々の理念です。
分かっていただけたでしょうか? ......ええ、ありがとうございます。本来、墓碑部門はオリエンテーションを行いません。しかし、あなたにはそれが必要だった、今ここにいる方向付けを必要としていた。......ああ、気づかれた。お疲れ様です、これであなたのオリエンテーション、方向付けは終了しました。
あなたは最初に発見されたときから怯えていた。何かに奪われることを怯え、全てを拒絶していた。過去も、未来も、今も。だからあなたは消えかけていた、何処に行くこともできず、何処に帰ることもできず、あなたの全ては異常によって削り取られようとしていた。だから我々、墓碑部門のオリエンテーションが必要でした。あなたをけして削り取らせはしない、我々はここにいて、たとえ何に阻まれようと人生を刻む誰かがここにいると伝えるために。
では伺います。
────あなたは誰ですか? あなたはいつ生まれ、どのように生き、そしてどのように亡くなられましたか?
ようこそ、墓碑部門へ。一緒にあなたを取り戻しましょう。