クレジット
タイトル: ランピーター記録課エントリ: トーキョーメトロ・コンプレックス
著者: Poliknown2 Poliknown2
作成年: 2025
東京の地下鉄網は複雑極まりない。こと多元宇宙においてはその鉄道網はランピーター・ネットワークの奥深くにまで絡みつき、無秩序にこじ開けられた異次元への入り口が、そのあちこちで口を開けている。分岐点の2つに1つは片方が異世界に通じているし、各所に配置された整備通路は一度道を誤れば二度と元の宇宙には戻れないだろう。東京地下の暗がりでは、そうして永久にトンネルの中を走ることになった列車、薄暗いコンクリートの道をえんえんと歩く放浪者、そして日々せわしなく動き回る通勤客が、まるで歪なアリの巣のように蠢いているのである。
宇宙A001では、都営新宿線の途中に一つの分岐路が存在する。ここを曲がった列車は望む望まないに関わらず、宇宙S337-Bの放棄された八王子市営地下鉄のパイプの中をひたすら疾走する羽目になるだろう。宇宙V143の半蔵門線錦糸町駅のある階段は下り方向におよそ300m伸びており、宇宙E448、宇宙W298、宇宙H263の改札前へと通じるドーム型トラベーターホールののろのろとした流れに通じている。更に宇宙E770の丸の内線は御茶ノ水駅の周辺で宇宙の境界を越え、多元宇宙的東西方向に257ウェーロンの異常な伸長を見せている。この路線は終点で宇宙N344の貫次元高速鉄道に接続しており、旅人はそこで乗り換えてN宇宙群の千変万化の景色を楽しめるだろう。宇宙G443の大江戸線では、地下鉄一深い駅と名高い六本木駅から更に暗い地下へと潜る底なしの下り坂が確認されている。これらの次元路はほんの一例であり、行先不明の隣接線路、どこからともなく現れる不明な列車、存在しない発車メロディー、人の消えるホームドアなどが無数に存在しているのである。しかしそう悲観することは無い。どこへ行こうと、結局まばらな光に照らされた、地下の空虚なトンネルからは出られないのだから。
どちらかというならば、駅を見失い、鉄道に乗れないほうが災難である。例えば宇宙G875の東西線九段下駅付近で線路上を歩いていると、やがて左右に無数に連なる金属扉が現れるだろう。この扉は稀に開放されており、その先は路線図にない線路へと繋がっている。この線路を列車が走ることは無い。また、宇宙A001の東京モノレール天空橋駅付近の通気口からは、稀に異常な生物が出現することがある。この通気口の調査は未だに完了していない。宇宙E337に目を向けてみてはどうだろうか。この宇宙の東京地下には、各所で地下鉄路線に隣接する大規模な地下通路が存在するのだ。これは線路上の整備扉、緊急避難口、駅のエレベータ、そして秘密のハッチなどから侵入できる。しかし、興味本位で入るのはおすすめしない。地下鉄側から見れば出入り口があちこちにあるように感じられるが、実際には通路は地下鉄と比べて非常に広大な網状構造を形成しており、一度迷えば脱出は絶望的だからである。ある噂では、どれか一つの道はモスクワの地下鉄に接続し、かつてロシアの地下に住んでいた地底人の壮麗な地下遺構に辿り着くのだという。
東京地下を語るにあたって、欠かせないものが存在する。多元宇宙を跨いで広がる大規模構造につきものの問題、つまりは異常な宇宙からの"放浪者"である。冷却用循環水のパイプを泳ぐ人頭の首長竜、東京駅の裏側に蔓延る肉塊、大手町駅付近に噴き出す黄褐色の煙、そして暗がりを疾走する肉に覆われた生きている列車...
これらの異常な生物は、稀にではあるものの多くの宇宙で見かけることが出来る。その経路を辿るのは避けるべきであろう。彼らは宇宙K998の地下東京、その暗き底から溢れ出ているからである。宇宙K998は、最も進歩し、最も早くランピーターが廃れた宇宙の一つである。1998年のある事件を皮切りに、この宇宙の文明は飛躍的に進歩しだした。それが間違いであった。2017年に発生した"東京事変"と呼ばれる異常な災害は日本の首都圏を一夜にして壊滅状態に追い込んだ。その影響は地下にも及び、時間も現実も何もかもがめちゃくちゃになった。生物は歪に歪み、人々は閉じ込められ、電車が無秩序に、ひとりでに走り出した。そして、忘れ去られたランピーターの入り口、その全てが息を吹き返したのである。見知らぬ穴に住み着こうと潜り込んだ動物が、救いを求めて地下鉄網を探索する生存者が、獲物を求めて疾走するニクデンシャが、絶叫と地獄をそのままに多元宇宙の広大な鉄道網へと侵蝕を始めたのである。気をつけるべきだ。壁の裏の物音に。手を振る知らない影に。遠くから聞こえる絶叫に。そして、くれぐれも忘れることなかれ。一度入れば出られない宇宙の存在も、進歩と成長の裏側の、街の光のその下で、暗くあり続ける地下鉄も、そこから湧き出る悲しき者どもも、複雑怪奇なトンネルの遥か上、届かない地表のことも。