探査ドローンによって撮影されたSCP-721-JP-α上空の画像
アイテム番号: SCP-721-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-721-JPの出入り口双方には鉄製の施錠扉が設置され、さらにその周囲をフェンスで囲むことで民間人の侵入を防ぎます。隣接する施設にはSCP-721-JP-αに投入された探査ドローンから送信される情報の処理を行う人員として2名以上の職員を常駐させてください。SCP-721-JP-αへの人員の投入を行う際にはレベル3以上の職員による承認と、通信機器および進行距離を計測可能なメーター等を装備させることが要求されます。オブジェクトの性質が解明されたと判断されるまで廃棄物処理施設の建造計画は無期限に延期されます。
プロトコル更新(19██/█):計画の凍結解除がサイト-81██管理者によって承認されました。それに伴いカバーストーリーの適用等、民間人の立ち入りを防止するためのプロトコルが一部強化されます。
説明: SCP-721-JPは██県██市郊外の旧道に存在する下り坂へ続くトンネルです。SCP-721-JPはヒトが下り方面に向かって進入した場合に限りその異常性を発現させます。トンネル出口を通過した人物(以下、被験者)は特定環境への急激な変化を知覚するとともに、外部からはその姿が完全かつ瞬時に消失する様子が確認されます。この現象が時間軸の切り離された異常領域への侵入によって引き起こされるものなのか、現実を模倣した異常空間への転移によって引き起こされるものなのかは判明していません。
SCP-721-JP-αと指定されたこの空間内で観測される景観および環境は常に一定に保たれており、現実空間における変化の影響を受けることはありません。SCP-721-JP-αにおける天候、気温、湿度、風速、雲量、太陽高度、および北東方向上空に残存する航跡雲などといった情報は、19██年8月██日██時██分時点でその環境が固定されている可能性を示唆しています。またセミの鳴き声や動物の生活に依存する植物や真菌といった兆候が見られるにも拘らず、現在までSCP-721-JP-α内で動物の存在が確認されたことはありません。
SCP-721-JP-α内では、被験者がSCP-721-JP-αに対して抱く主観的な認識や感情に応じてその度合いを変化させる特異な空間的異常を呈していると考えられています。現在SCP-721-JP-α内では少なくとも█████████%を超える極めて顕著な空間拡張が発生しており、この拡張率はSCP-721-JP-α内に新たな被験者が侵入することで上積みされる形で加算されます。Dクラス職員の投入実験から得られた一人あたりの加算率の平均はおよそ0.17%です。
またSCP-721-JP-α内では時間の経過や活動とともに通常発生するあらゆる物質的、精神的な変化や消耗が表れません。その影響から被験者は時間や空間を把握する能力の極端な低下を経験し、SCP-721-JP-αの性質を認知した上で意識を向け続けない限り空間内での時間経過や進行距離に対して無関心であり続けます。
SCP-721-JPは19██年、廃棄物処理施設の最終建造候補地の視察に訪れた民間人により偶発的に発見されました。狼狽した様子で夏に変わる道があるとの証言を行う人物の情報を、付近に潜伏していた財団エージェントが捕捉し調査が行われました。
現在、SCP-721-JPの近隣地域一帯を所有していた有真██氏がオブジェクトの起源に何らかの形で関与していたと見られています。有真氏はナショナルトラスト運動を中心とした環境保全・自然保護活動に従事する、とりわけ開発事業に批判的な活動家として知られていました。彼がその青年期にディープエコロジーに類する複数の過激な自然保護団体を渡り歩いた後、ニューエイジの神秘主義を主張するカルト宗教に傾倒したという経歴はオブジェクトの起源を推し測る上で注目すべき点です。有真氏はSCP-721-JPの存在が発覚する█年前に消息を絶っており、ほぼ同時期に行方不明となっていた氏の実子二名とともに捜索願が提出されていました。財団による捜索が行われましたがその所在は現在に至るまで不明です。
19██/05/██
██年ぶりに帰ってきたこの地の眺めは、かつてと何ひとつ変わってはいなかった。この雄大な自然も景勝も、私が少年だった頃の記憶そのままに残されている。大した荷物もなかったため、転居作業も早々に終えられた。そう、ここでの暮らしに余計なものは必要ない。今日から私の新たな生活が始まる。
唯一気がかりなのは妻と子どもたちのことだ。彼女たちにはすまないことをした。だがこれは誰かがやらねばならないことなのだ。いつかきっと分かってくれるだろう。
19██/05/██
ここでの生活はすべてが不便で、だがこれまでに無かった充足感を私に与えてくれる。これこそ本来あるべき人の営みというものだろう。こうした感性を理解できない者が多いことは残念でならない。
近くこの地が開発の標的になるという噂も聞いた。数字が記された紙束などでこの地が私のものになったなどと驕る気はないが、そうした横暴から守ることはできる。人の身勝手な欲望によってこの自然が壊される。それは本当に必要なことなのか? 生活が豊かになっていくとともに、人は大切なものを失くし始めている。
[以降続く無関係な記述を省略]
19██/06/██
今日はとても素晴らしい出来事があった。██と█が私のもとを訪れたのだ。偶然私の居所を知り、妻に隠れて来たのだという。この場所は彼らの住まいと近いとは言えない。そんな距離を、幼い彼らが二人きり、自転車で......だがそんな息子たちの無謀を咎める気持ちより、驚きと喜びが勝った。
ここには彼らをもてなせる玩具も、ゲームも、テレビすらない。だから私は代わりにこの地の思い出を語って聞かせた。今の私を形作ったと言っていい、まだ私が彼らほどの年齢だった頃の話だ。その中で彼らがとりわけ興味を示したのは、私が夏休みにあてもなく自転車で駆け回った際に見つけた坂道の話だった。同じような冒険を経てやって来た彼らだからこそ、その話には感じ入るものがあったのだろう。二人は見に行きたいとひどくせがんだが、私はそれを窘めた。時刻などもっともらしい理由はつけたが、本音は次への期待を持ちたかったというだけだ。「夏になったらまた来る」と、彼らが別れ際に残したその言葉を私はやはり咎めることができなかった。
19██/06/██
先日の息子たちの訪問は、私に一つの決意を抱かせていた。
やはりこの場所は子どもたちに......未来に残していかねばならないものだ。たとえその手段が世の理に反するものだとしても、この自然が壊される不条理に比べれば何ほどのことがあるという。[編集済]の知識を応用することで理論の原型はすぐに構築できた。昔取った杵柄も馬鹿にできない。問題があるとすれば燃料の方だろう。すなわち何をもってこの理論を回すか......悩むまでもない。それは私が子どもの頃から抱き続けてきたこの地への強い想いだ。それをもって、この景色は永久に留め置かれる。
19██/07/██
理論は完璧。準備も万端。失敗など万に一つもあり得ない。
そのはずだった。
絶対の自信をもって作動させた私の理論は、まともに機能しなかった。信じられない。いったいどこに不備があった。
それとも、あるいは燃料が足りないのか。私の想いではこの理論を回すには不足だと? いいやそんなはずはない。初めてこの場所を訪れた時の感動は、今も変わることなくこの胸にある。
また各要素を一から検討し直し調整していく。気骨の折れる作業だが、それを行うのがこの場所だというのがせめてもの慰めだ。ここからの眺めは私に十分な癒しと余裕を与えてくれる。
19██/07/██
何がおかしい。何が足りない。いったい何が間違っている。 ふざけるな。
あのとき掠めたデータが不完全なものだったのか? それともあのイカレ教主の妄言などを頼りにしたのがそもそもの間違いだったのか?何にせよ、今さら引き下がることなどできない。この景色が来年も残されているという保証がどこにある。この夏、あの子たちがまたここへ来られるという保障は? なんとしてでも私は創りあげてみせる。かつて少年だった私が見たままの、完全なる夏日の坂の再現を。
19██/08/██
私はただここでの思い出を守りたかった。子どもたちにこの場所を見せてやりたかった。私がこれまでに見たもっとも美しい光景を。彼らが大人になる前に。
しかし私は失敗した。何を間違えたのかすらわからないまま、時間は今も留まることなく進み続けている。息子たちがここを訪れるのはいったいいつになるのだろう。数ヶ月ぶりの酒も、この忸怩たる思いを拭うことはできない。
この景色を永遠のものとすることができなかった無力な私でも、彼らの思い出の中に残し続けることくらいならできるだろうか。
19██/08/██
今日この日、私の理想は完全な形で成し遂げられた。他ならぬ、私の息子たちの手によって。
彼らの認識によって極限まで時間を引き延ばされた世界は、その代償を求めるかのように猛烈な空間的広がりを見せた。いや、あるいは逆であるのか......もはや分からないしどうでもいい。ただ一つ確かなことは、完成した夏の日から私が取り残されたという事実だけだ。かつてこのトンネルを抜け、この景色を初めて目にした私には、世界がどこまでも広がっているのだと感じられた。この坂を下る時間は永遠に続くのだとさえ思っていた。だが月日が流れ、歳を重ね、世界を正しく理解できるようになった私には、ここから見える景色すらこれほどまでに小さくくすんだものになってしまっていた。
あの子たちは今もこの坂を下り続けているのだろうか。かつて私がそうだったように、この坂道がどこまでも続くと信じ、無邪気な叫び声を上げながら。
すまない██。許してくれ█。私がおまえたちに追いつくことはもはやできない。今の私には、おまえたちほど純粋にこの景色を広いと信じることはできないんだ。どんな魔法を使おうと、何を代価に支払っても、あれほど向こう見ずに、無鉄砲に、私があの坂を下ることは二度とない。
いつまでも変わらないこの景色を留めれば、いつかあの夏の日に帰れるかもしれないなどと......そんな思い違いを、私はしていたのだろうか。
SCP-721-JP-αは現在も少年ら二名によって拡張され続けているものと考えられています。投入された探査ドローンによる両名への接触が成されるには███年を要すると見積もられています。