クレジット
翻訳責任者: Tetsu1 Tetsu1
翻訳年: 2024
著作権者: T Rutherford T Rutherford
原題: Pandora
作成年: 2020
初訳時参照リビジョン: 22
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/scp-5055
訳者注: 本記事ではライセンスの問題から多数の画像を差し止めており、なくとも大きな支障はなく読むことはできますが、できれば元記事の画像と合わせて読んでいただけると良いと思います。
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彼女は箱を開け、その中にあったのは…
ジョシュアは布を自分の歯に、舌に押し当てる。彼は毎朝お湯でボロ布を茹で、乾かし、朝食の脂に浸していた。一日中、一日の毎分布を噛んでいた。この行為は気の狂いそうなものだった。ずっと噛み続けて、飲み込むことはなく、だがそのお陰でもっと深刻な狂気の手前で踏みとどまれていた。
ジョシュアは野宿の荷物をまとめ、静かな高速道路を下っている。イラクサの木立のような空っぽの車たちに、ねじれた鉄筋。通り過ぎる時に車をちらりと見てはいくが、減速することはなく、そう望むこともなかった。そうしてどうにかなるでもない。それに、何かを得るためにここにいるわけでもない。高速道路本来の目的で使っているだけだ。こちらからあちらへの速いルート。
左側の窓。
二日前は街の向こう側から見ていた。高層ビルの森の奥深くに棲みついたビル、その24階で輝く一つの窓。今になっても視界はそこへと狭まり、そこに日光でもあるかのように周りは暗くなる。遠い向かいの部屋にいる、馴染みの顔と言っていい。それは彼を呼んでいた。それはもしかして…… ともすれば……
「お願いします!」
ジョシュアはたじろぎ、振り返る。窓ばかり見つめていて周囲のことを忘れていた。目をつけられていた。彼のもとに向かっている。
二台のトラックの間から、長身でひどく痩せこけた人影が飛び出し、両手を広げて駆け寄ってきた。
「お願いします!」それは叫ぶ。「それが要るんです! 本当に-」
銃声。誰もいない街全体に響き渡る。鳥でもいたら、近くの木から翼を広げて飛んでいったことだろう…… が、当然そのどちらも、存在しなくなってからあまりにも久しい。今ここでは、それは片手を伸ばしたままたどたどしく三歩進み、それから、崩れ落ちた。
ジョシュアは銃を下ろさない。その音でまた何か影響があることはわかっている。死角を確認する。案の定、さらに六人がくぼんだ目でこちらを見つめている。ほとんどは屈んだままだったが、一人が道路の真ん中に来て、そこで止まった。その目線はまるで…… また同じことをさせてやろうと、ジョシュアを嘲っているようだった。物乞い、かもしれない。判断は無理だ。読み取れるような顔はもうほとんど残っていない。ジョシュアは息を止め、表と出るか裏と出るかを待つ。こっちに走ってくるだろうか、それとも……
いや。彼らはボンネットの上やコンクリートのがれきを這いずって、コソコソと去っていった。立っている一人も一番長くとどまったが、ジョシュアを最後まで見届けてから、歩き去っていった。
ジョシュアは息を吐く。彼が殺した者の前に立つ。一発、首を貫通。きれいに。幸運だ。彼らに首はあまり残っておらず、ただ頭を支える細い鶏のような首があるだけ。これも例外ではなく、頬はこけ、歯は茶色がかっていた。ナタの先端をそれの肋骨に当てる。壊疽にかかり、骨の薄くなった肉は藁紙のような薄さだった。肉はない。
使えない。
ジョシュアがビルに到達するころには、その日も終わりに差し掛かっていた。静かに、カバンを小脇に抱えて何段か階段を上る。カバンは軽い。軽すぎる。荒々しく口の中の布に噛みつく。鈍く、味はしない。胃がむかむかとするが、そうしなければならない。彼は、彼らのようにはなれなかった。それ以上に重要なことはない。強く噛むあまり、歯茎から血が出始める。
2405号室。
ドアにカギはかかっていなかった、どころか閉じ切ってすらもいなかった。ジョシュアが中に踏み入れると、部屋は今まで侵入した部屋と同じような有様で、剥げた棚と壊れたキャビネットには、汚れと空虚だけが詰まっていた。家族写真と個人的な小物は壊れて床に散らばっていた。状態が悪くなろうと、気にする者はいなかった。
ソファに若い男が座っている。不潔なTシャツとジーンズを身に着け、黒い髪は長く、ボサボサだ。その肌は病的でありながらも丸みを帯び、本物の脂肪、筋肉、腱の上で居心地良さそうにしている。
彼はジョシュアが入ってくるのを見上げた。二人は、長く空疎な時間見つめ合っていたが、やがて若い男はコーヒーテーブルの上の小さくチカチカとする画面に目を戻した。
ジョシュアはソファのアームに近付き、口から布を引き抜いて、驚きと畏怖の入り混じった表情でスマートフォンを見つめた。割れた画面は、流れるような光と動きで生き生きとしている。ジョシュアは最後に光る画面を見たのがいつだったか思い出せなかったが、やはり、実際には見てもいなかった。
「何を見てるんだ?」ジョシュアは尋ねる。
「鬼滅の刃」若者は答える。その声は乾きひび割れていたが、それでも若々しいエネルギーに満ちていた。「日本の漫画の一つだよ。マジでいいもんだ。実は前に日本に行こうと思ってたんだよね、これが起きる前のこと。飛行機乗ってる間用にこの番組を全部保存してたから….. 全部観といた方がいいかと思って」
また一瞬が過ぎる。
「こりゃいいな」やっとジョシュアは言うと、部屋を見回す。「何か持ってない-」
「食べ物?」若者は発言を切り上げる。「いや。昨日食べ切っちゃった」
「残念」ジョシュアは言った。「あいつらが光を見れることは知ってるよな?」
「はぁ?」若者は、クレジットが流れ始めていた画面から目を逸らして尋ねた。外国の哀愁深い曲がスピーカーから流れる。「あぁ…… 飢えてる奴らね。あぁ、多分そうだと思う。もうそんな気にしてないんだ。疲れた。残飯をあさって腹ペコでいるこの時間にはうんざりだ。あいつらに見つかってもどうでもいい…… でもさ、そうじゃなくてあんたが俺を見つけてくれたじゃない!」
彼は微笑む。歯は黄ばんでいる。歯茎のピンク色は薄くなっている。「それって幸運じゃない? 誰かと話すのはすごい久しぶりでさ。それでさ、教えてよ友達くん、あんたはどう考えてる? 何であいつらは死なない?」
ジョシュアは返事をしない。
「知っての通り、最初の頃はみんな考えがあった。食べ物があった頃ね。ネットは憶測で盛り上がってた! それはそうなるよね。ホラー映画からやって来たみたい! いやまあ、確かにあいつらはそこまでゾンビってわけじゃない。まだ考えるし、喋るし、それに- まぁ、あいつらはまだ人間ではあると思う。あいつらはただ死にそうにない飢えてる人々なんだ。それでもクソ不気味だけどね」
ジョシュアは返事をしない。
「で! あんたはどう考えてる?」若者は頭を横に倒して尋ねる。「スーパーウイルス? 宇宙人のマインドコントロール? 何かしらの政府実験?」
また長く、痛ましいほど静かな時間の後、男はようやく最初に訊くべきことを尋ねた。「何でここにいる?」
ゆっくりと、悪意の気配もなく、ジョシュアはナタを持ち上げた。
「あぁ、そりゃもちろん」若者はコーヒーテーブルを見返し、膝の上で手を組んで、言った。
「あんた腹ペコだろ」
SCP-5055。
特別収容プロトコル: SCP-5055の収容はもはや不可能です。LK-クラス「アグニの解放」構築イベントが既に発生しています。
説明: SCP-5055は象牙、青銅、着色された木材で構成された小さなチェストです。このチェストは古代コンスタンティノープルの遺跡地下の考古学発掘現場から回収され、6m2の立方体の固形セメンティシウム(別称ローマン・コンクリート)内部に封印されていました。接触されると、SCP-5055は接触者に強烈な恐怖感を引き起こします。
2020年1月1日、D-6106は内容を確認するためにSCP-5055を開くよう指示されました。
SCP-5055の中には誰にとっても相応しいものがありました。
SCP-5055の中には一枚の手書きのメモも存在し、そこには