クレジット
SCP-353-JPの近影。
アイテム番号: SCP-353-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-353-JPはサイト-8141の標準人型収容室にて隔離されます。セキュリティクリアランスレベル2以上の職員は、収容室への入室及び対象への直接接触が禁止されています。実験や面会、インタビューなどにおいても同様です。対象から要求があった物品は適切である限り与えて構いません。
説明: SCP-353-JPは1体のモンゴロイド女性に見え、収容以前は日本人██ ██として戸籍登録されていました。財団に収容された時点で記録上の年齢は37歳、現在は██歳ですが、収容以前の対象と交流のあった者の証言によると外見年齢は22歳頃より変化しておらず、収容以降も身体的老化の兆候は見られません。
SCP-353-JPと唇同士の接吻をした人間は男女関わらず、対象から離れて10秒ほどで声が擦れはじめ、約30秒で発声が不可能となります。このとき被害者の声帯は左右共に反回神経麻痺のような状態を起こし、回復することはありません。また声帯が動かなくなることによる飲食時の誤嚥、ときにより呼吸困難や喘鳴を伴います。
接吻後のSCP-353-JPは、接吻相手の声音で発話出来るようになります。このとき被害者の声帯はSCP-353-JPの発話に合わせ振動しますが、被害者自身の口から発声することは出来ません。SCP-353-JPは現在18種類の声音(うち14種類が男性、4種類が女性の声音)を持っていることを研究員の前で証明しており、実際はより多くの他者の声を「もらった」可能性を自ら示唆しています。
SCP-353-JPは、愛知県██駅周辺で広まっていた「夜な夜な男を漁っては声を奪うクラブシンガーの女」の噂について、該当地域を調査していた財団エージェントによって発見されました。発見当初、SCP-353-JPはショークラブ「メロディ・ハニーズ」で専属歌手を務める傍ら接待業務をしており、店主(男性、当時61歳)は対象の能力を黙認し、匿う形で10年以上雇用し続けていました。店主と従業員8名にはAクラス記憶処理を施し、常連客などにはカバーストーリー「実家の手伝いのため退職」を流布しました。
対象: SCP-353-JP、D-63452(日本人男性、健康状態は良好。発声に異常は見られない)
実施方法: 対象にDクラス職員と接吻をさせ、その前後の様子を観察する。
結果: 接触終了後26秒ほどでDクラス職員は発声が不可能となった。発話しようとするも呼吸困難を発症させ、パニックに陥ったためその場で鎮静剤を投与された。
該当Dクラス職員と接吻したのち、SCP-353-JPは彼の声音で発話することが可能となった。このことについて問われると対象は「深みのある良い声だわ」と該当職員の声音で回答し、その場でEaglesの"Desperado"を歌唱してみせると、「この人にお似合いの曲でしょう」と発言した。分析: SCP-353-JPは接吻相手の「声」だけでなく、未知の方法で人格や経歴などを把握出来る可能性がある。重大な情報漏洩に繋がりかねないため、一定レベル以上の職員は対象との接触を避けるよう提言する。 -源口博士
備考: (199█/03/15)実験353-3に参加したD-63452の精神状態の回復を待って、筆記による報告書を提出させました。
彼女はくちびるを合わせるなり舌を入れてこようとしました。正直きしょく悪かったんですが、私は思わず口を少し開けてしまいました。あとは先生たちも見ていただろう。濃こうなキッスをな。そのあいだ俺が動けなくなっていたのも。やつの舌、とんでもなく長かったんだよ。それで俺のノド奥をなめ回してきたんだ。こうして書いている間にもあいつが俺の声でしゃべっているのが分かる。かゆい。先生方なんとかしてください、俺を返してくれあの女絶対にゆるさない [以下SCP-353-JPと財団に対する不適切な語句を含んだ非難と個人的な懺悔が続いていたため省略]
報告書を受け、麻酔で昏睡させたSCP-353-JPの口内構造を再度調査しましたが、通常のヒトとの差異は見受けられませんでした。SCP-353-JPの収容はこれまで通り継続されます。
対象: SCP-353-JP
インタビュアー: エージェント・砥鹿社
付記: インタビューは収容室に備えられている面会用ガラス窓越しに行われた。
<録音開始>
インタビュアー: こんにちは、SCP-353-JP。
SCP-353-JP: こんにちは、エージェント。来てくださって嬉しいわ。
インタビュアー: 君が私相手でないと頑として対話に応じないと言ったらしいからね。
SCP-353-JP: そうよ、あたしが貴方を指名したの。以前貴方があたしを指名したみたいにね。
インタビュアー: あれは調査目的だった。
SCP-353-JP: ええ、そう聞いたわ。あたしをこうやって囲うための前準備。でも来店ありがと。[投げキスを送る動作]
インタビュアー: [6秒の沈黙] インタビューを始めようか。君がどうやってその、接吻した相手の声を操っているのか詳しく訊きたい。SCP-353-JP: あたしの甘いキスをここでゆっくりじっくり教えて欲しいってことかしら。
インタビュアー: そうだな、我々にも分かるように言葉で説明してもらえないだろうか。実践は勘弁してくれ。
SCP-353-JP: シャイなのね、可愛い人。でもごめんなさい、あたしってばいつも夢中になっちゃって。最中のことはよく覚えていないのよ。
インタビュアー: そうか、とても残念だ。いつ頃から今のような力を身につけた?
SCP-353-JP: 大学卒業間近の頃じゃないかしら。それまでもキスの経験はあったけど、こんな真似出来なかったもの。あの頃は誰もあたしの歌に心を留めてくれなくて、プロデビュー出来なきゃ親のチンケな商店を継ぐしかなくて、半ば自暴自棄になってた。
インタビュアー: つらかったろうな。
SCP-353-JP: 貴方なら分かってくれると思っていたわ、素敵な人!そう、だから毎晩駅前のバーで飲んだくれてたわけ。そんなあたしに声をかけてくれる男の人は少なからずいた。皆とても魅力的だったわ。それであたし、欲しくなっちゃったのよね。
インタビュアー: それは [5秒の沈黙] 声をか?
SCP-353-JP: 皆本当に魅力的な声だったんだもの。男の人ってずるいわよね、あんなに素敵なバリトンボイスで歌えたらあたし、最高に舞い上がっちゃうだろうと思ったわ。商談するのと女を口説くのにしか使わないだなんて大損してる。彼らの声がかわいそうよ。 [興奮気味だった口調をやや抑えて] そうしてあの日、いつも優しく話を聞いてくれる愛しい彼が、カウンターで飲んでたあたしの肩を抱いてきた。連れられて外に出て......街灯の下、あたしたちはキスをしたわ。とてもロマンティックで、あたしは夢心地だった。あたしの心は彼のものになって、彼の声はあたしのものになった。嬉しくてはしゃぎすぎて、沢山飲んでたしその後はあまり覚えてないけれど。
インタビュアー: 相手はどうなったんだい。君は彼の声を「もらった」のか。
SCP-353-JP: あの人は [4秒の沈黙] 今はいないわ。
インタビュアー: いない?
SCP-353-JP: 彼の声はあたしと一緒にいた。早朝の路地裏で起きたときにそう気づいたの。彼はあたしと共にあった、それで十分だった。けれどもういないのよ。彼のなかにもいないの。永久に失ってしまった。あの人が、愛したあの声が忘れられなくて、 [17秒の沈黙] もう失いたくないのよ。
インタビュアー: [10秒の沈黙] なるほど。ありがとう、今日はここまでにしよう。
SCP-353-JP: 分かった。また貴方の声が聞けるのを楽しみにしているわ、エージェント。<録音終了>
補遺1: (200█/06/27) 23時34分ごろ、就寝中のSCP-353-JPが突如起床し啼泣しはじめました。室内監視カメラを確認した警備員から研究主任である源口博士に報告され、急遽、精神科医の立会いのもと対象へのインタビューが行われました。対象は「今度はあの子がいった、いなくなってしまったの。もうあの可愛い喉を震わせることは叶わない」と答え、それ以上は沈黙を貫き有力な回答は得られませんでした。
補遺2: (201█/10/05) SCP-353-JPに関する調査を続けていたエージェント・砥鹿社が対象の被害者と見られる男性との接触に成功し、事前に打ち合わせていた他のエージェント2名と共に彼を確保しました。以下は確保に至るまでの映像記録です。
対象: 被害者男性██ ██氏(当時58歳、会社員、現在は静岡県██市在住)
インタビュアー: エージェント・砥鹿社
付記: 記録は██市内の喫茶店にて行われました。この記録の直前まで、インタビュアーは発話で、被害者男性は鉛筆とメモ帳による筆記で対談を行っていました(そのため、文書化に伴い筆談内容が併記されています)。
<以下、録画記録>
インタビュアー: ありがとうございました、██さん。彼女の行いは当然許されるものではありませんし、我々は厳罰を科したいと思っていますよ。
██氏(以下"対象"): [筆記で]ありがとう。あの不可解な出来事を、誰にも言えず伝えられず、ずっと悩んできた。警察が動いてくれるのは本当に嬉しい。
インタビュアー: 私どもとしても全力を尽くしますので、ご安心下さい。
対象: 声を失い、無気力に生きてきたこれまでの10余年が報われる思いだ。
インタビュアー: それでは、またご連絡しますので。今日はここまでにしよう。[椅子を引き立ち上がる音]
対象: [4秒のち、椅子から勢いよく立ち上がる]
インタビュアー: ██さん?
対象: [女性の声音で] 貴方なのね、エージェント。
インタビュアー: [2秒の沈黙] おい、待て。
対象: ああ、嬉しいわ、ずっと会いたかったの、声を聞いてすぐそうなんじゃないかって思ったわ、だけど確証がなくて。でも今のではっきり分かった。[この間、対象は苦しむような挙動]
インタビュアー: ██さん、貴方の自我はありますか。あるなら両手を高く上にあげて。
対象: [全身を震わせながらも指示通り両手をあげる] ちょっと、あたしの話を聞いてよ。あたしと話してよ、ねえ。
インタビュアー: [隣席で待機していた2名に向かって] やむを得んが彼を確保だ。抵抗の可能性もあるから気をつけてくれ。
対象: [首を激しく横に振りながら流涕する] ずっと聞かないうちにやっぱり老けたのかしら、でも老成してもっと良い声になったわね、エージェント。
インタビュアー: ██さん、恐ろしいだろうが負けてはいけない、できるかぎり彼女に抗ってくれ。
対象: [泣き続けながらも小刻みに首肯する] ねぇ、お願い待って。もう何人もあたしの元から去っていったわ。寂しいの、一生のお願いだから傍にいて。せめて半分だけでもこっちに置いていって。
インタビュアー: [他2名が対象をロープで拘束するのを監督しながら] すまない。
対象: キスして。
<録画終了>
備考: 対象が女性の声音で話していた間、収容室内のSCP-353-JPが、室内を歩き回りながら無声で口を動かしていたことが監視記録より判明しています。
報告書: 本来なら最後に記憶処理で済ませる予定でしたが、以上の経緯により被害者男性を確保しました。財団での収容を提案します。また、依然各地に生存しているであろうSCP-353-JP被害者の確保のため、正式な作戦班の設置を要請します。 -エージェント・砥鹿社
要請を受理しました。 -日本支部理事会