クレジット
タイトル: SCP-2769-JP - 見果てぬ夢を追いかけて
著者: ©︎Caspianwater Caspianwater
作成年: 2024
http://scp-jp-sandbox3.wikidot.com/draft:caspianwater-1
アイテム番号: SCP-2769-JP
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-2769-JPの収容は困難です。担当者は日本全国の大学で行われる学園祭のうち、野外ステージがあるものを監視してください。なお、担当者は過去の来歴について簡単な調査を受け、財団忠誠心テストで一定以上の点数を獲得している必要があります。SCP-2769-JPの出現が確認された場合そのイベントの主催者、警備員等に扮し「イベントの中止」「設備の深刻なトラブル」等を伝えSCP-2769-JPが登場するのを阻止してください。その際、謝罪金を支払うことにより容易に説得できる場合があります。担当者はSCP-2769-JP-dと可能な限りコミュニケーションをとり、SCP-2769-JP-dの職員としての復帰を試みてください。
説明: SCP-2769-JPは後述の異常性を有するモンゴロイド男性3名(-a, -b, -c)で構成されるロックバンドです。モンゴロイド男性3名(-a, -b, -c)および女性1名(-d)で構成されるロックバンドです。 SCP-2769-JPは自らをロックバンド"クラーク" と呼称します。いずれの音楽レーベルにも同一のバンドが所属していた情報はありません。
SCP-2769-JP-dは後述の経緯によってSCP-2769-JPに加わりました。詳細は補遺1~2を参照してください。
SCP-2769-JPは日本国内にて行われる学園祭のライブステージに出現します。この際、同時にアンプやスタンドマイク等の演奏に使用する物品を出現させます。出現したSCP-2769-JPは壇上に登場した後、30分〜60分程度の演奏を行います。 演奏が始まると、周囲にいた大学生や近隣の住民などの人物が多数集まります。それらの人物はSCP-2769-JPに歓声をあげたり、演奏の際にタオルを振ったりするなど積極的に振る舞い、例外なく「盛況であった」と称される結果で終わります。演奏が終了した後、SCP-2769-JPは消失します。この一連の流れを周囲の人間や主催者は疑問に思いません。この特性から、演奏が始まってからの妨害は困難となります。
観客としてSCP-2769-JPの演奏を聴いた人物(以下:対象)はおよそ40%~60%の確率で、「過去に憧れたことのある職業」「現在憧れているが、金銭面などの理由で目指していない職業」を目指す旨の発言をします。当アノマリーの特性より大学生の曝露者が最も多いですが、影響を受ける年齢に制限はありません。対象は勉強や就職活動、職務を疎かにし、その職業を目指すための活動に熱中します。またこれにより人間関係や金銭面に不具合が生じても、対象はほとんどの場合活動を止めません。
これらの影響は記憶処理によって取り除かれますが、対象の多さや特定の困難さより記憶処理の使用は現実的ではありません。また、SCP-2769-JPを目視せず「音漏れ」のような状況で演奏を聴いた場合は影響を受けません。
20██年10月にSCP-2769-JPの出現が確認された翌年度の4月以降、東京の███大学において4年連続にわたり就職率の大幅な低下、職員の離職率の上昇が確認されその異常性が明らかになりました。
以下は確認された対象の例です。
対象 | 結果 |
---|---|
22歳女性 | 芸人になると公言する。大手商社███の内定を辞退し、芸人養成所に入る。 |
26歳男性 | 大学に半年在学した後退学。作家を志す旨の発言をし、新人賞への応募を繰り返す。現時点でいずれかの賞を受賞したことはない。 |
48歳男性 大学教員として10年勤めている。 | 大学を退職。空き家を借り上げ喫茶店を開店する。売り上げは芳しくないため、自身の貯金を投入しながら経営している。 |
以下はエージェント・夢川によるSCP-2769-JPとの会話記録です。夢川は学園祭のスタッフを装い、特別収容プロトコルに従ってSCP-2769-JPの登場を阻止しました。またその際簡単なインタビューを試みるよう司令を受けています。また、夢川は事前のヒアリングにおいて、今の職業に就いたことに対する不満はないと明言しています。
インタビュアー: エージェント・夢川
対象: SCP-2769-JP
<記録開始>エージェント・夢川: 本当に今日申し訳ありません......せっかく来ていただいたのに。どうしても音響機器が動かなくて。
SCP-2769-JP-a: 残念やけど、まあしゃーないね。また呼んでな。
エージェント・夢川: はい、必ず。......あの、聞きたいんですけど、皆さんはどうしてミュージシャンになられたんですか?
SCP-2769-JP-a: そらもちろん、夢を追う人生の方がいいに決まってるからや。なあ。
[SCP-2769-JP-aはSCP-2769-JP-cの方向に顔を向ける。SCP-2769-JP-cは小さく頷く]
エージェント・夢川: 夢、ですか。
SCP-2769-JP-a: そうやで。俺は2年社会人やったけど、この世界に飛び込んだからな。金は無くなったけど、我ながらいい選択やったね。
SCP-2769-JP-b: 俺も大学中退しちゃったもんなあ。親とはほぼ絶縁みたいな感じだけど、後悔とかは無いよ。君は何か、本当はやりたかったこととか無いの?
エージェント・夢川: ......いえ。私は今の自分自身に満足しています。
SCP-2769-JP-a: そうかー?よー自分に問いかけてみ。誰にでもあるやろ、そういうの。
SCP-2769-JP-b: 俺らだって親と険悪になっちゃうとか、30過ぎてバイトしてるとか色々あったけどさ、やりたいことあるなら絶対そっちの方がいいよね。
エージェント・夢川: ......
[壁際で会話を聞いていたSCP-2769-JP-cが、エージェント・夢川に近づく]
SCP-2769-JP-c: ねえ。君どこかで見たことあると思ったら、██████のキーボードの子じゃない?
エージェント・夢川: ......えっ。そ、そうです。ご存知なんですか?
SCP-2769-JP-c: うん。ちょっと前にライブハウスで見たよ。学生なのに凄いクオリティだったよね。解散しちゃったの残念だったなあ。もうやらないの?
エージェント・夢川: まあ......食べていくのも大変ですし。
SCP-2769-JP-c: ふーん。もったいないなあ。
SCP-2769-JP-b: へえ、バンドやってたんだ!リョウがここまで言うの珍しいね!見たかったなあ。
SCP-2769-JP-a: え、キーボードなんやったらウチ入らん?まじ歓迎するで。
SCP-2769-JP-b: お前なあ。学祭来るたびに色んな人勧誘しすぎだって。
[SCP-2769-JP-aの笑い声]
SCP-2769-JP-c: そろそろ帰ろうか。ライブしないのに居座ってても仕方ないし。
SCP-2769-JP-a: そうやな。よし、また機会あったら呼んでな。じゃーまたな。
エージェント・夢川: あ、ちょっと待っ......
[SCP-2769-JPはステージ裏手から退出する。夢川は追いかけるが、既にSCP-2769-JPは消失している。]<記録終了>
補遺1: インタビュー後、エージェント・夢川の勤務態度に著しい悪化が見られ、指令の勘違い、外勤中における連絡の怠慢、夜間の居住スペースにおける騒音などの行動が確認されました。以下はSCP-2769-JPへの曝露の影響と推測したエージェント・加賀美による個人的な会話記録です。
<記録開始>
[エージェント・加賀美がエージェント・夢川の私室をノックし、扉を開ける。]
エージェント・加賀美: あの、夢川さん......
[エージェント・夢川は電子キーボードを集中した様子で演奏している。楽曲は不明。エージェント・加賀美がエージェント・夢川の肩を叩く。]
エージェント・夢川: あっ、ごめんなさい!うるさかったですよね。この部屋結構防音しっかりしてるので油断してました。今ヘッドホンつけますね。
エージェント・加賀美: いや、そうじゃなくて。まあそれもありますけど。夢川さん、最近どうしたんですか。今日も███博士の話聞いてる最中に突然立ち上がってどっかいったりして。このままだと本当に懲戒処分になりますよ。
エージェント・夢川: ......ははは。いやー、自覚はあるんですよね。今の自分やばいですよね。でももうなんか、止まらなくて。
エージェント・加賀美: やっぱりSCP-2769-JPの影響ですよね。記憶処理受けましょうよ。
エージェント・夢川: ......嫌です!絶対に嫌です。私、夢を思い出したんです。
エージェント・加賀美: 夢ですか。
エージェント・夢川: これ見てもらえます?
[エージェント・夢川はエージェント・加賀美に携帯の画面を見せる。そこにはアマチュアバンドのものと思われるInstagramのアカウントが表示されている。]
エージェント・加賀美: この写真。1番左にいるの、夢川さんですか?
エージェント・夢川: はい。
[エージェント・加賀美が指さした投稿には、ライブの後と思われる記念撮影写真が表示されている。5人のバンドマンが満員の観客席を背に、ステージ上に座ってカメラを向いている。]
エージェント・夢川: 私大学で軽音やってて。結構本気でプロになるつもりだったんですよ。ここもまあ小さいライブハウスですけど、毎回満員だったし。音楽会社からも声がかかったりしてたんです。
エージェント・加賀美: ......凄いじゃないですか。
エージェント・夢川: でもこの真ん中の人なんですけど、彼がやめちゃって。もともとプロになるつもりは無かったらしくて。今は楽しいけど売れるとは限らない。30歳、40歳とかになっても楽しいままでいられると思ってんのかって言ってました。で、彼はボーカルだったし曲も作ってたし。彼が居なくなるともう、空中分解みたいな感じで解散になりました。ほんとにプロになるつもりだったので就活も全然してなくて、どうしようかと思いましたよ。
[10秒程度の沈黙]
エージェント・夢川: 今までずっと忘れてました、あの時のこと。っていうか忘れるようにしてたんです。今も大変ですけど、充実してますし。でも、もうダメです。夢を思い出す前には戻れないです。
[エージェント・夢川はキーボードにヘッドホンを取り付け演奏を再開する。その後、エージェント・加賀美の呼び掛けには反応しなくなった。]
<記録終了>
その後、エージェント・加賀美はエージェント・夢川への正式なインタビューと記憶処理を要請しました。エージェント・夢川は一時的に身柄を拘束されましたが、拘束から20分後に消失しました。以下は当時の監視カメラの抜粋記録です。
[19:10:06] エージェント・夢川は個室のベッドに腰かけている。手足の拘束はされていない。
[重要度が低いため省略]
[19:27:20] SCP-2769-JPが個室内に出現。扉は開いていない。夢川は悲鳴を上げ、壁際まで後退する。
[19:28:31] SCP-2769-JP-aが夢川に話しかける。夢川は次第に落ち着いていく様子である。
[19:29:55] SCP-2769-JP-aが夢川に手を伸ばす。夢川は手を取り、立ち上がる。ここで監視カメラの異変に気付いた職員が個室に向かう。
[19:30:12] SCP-2769-JPと夢川が消失。直後扉が開き、職員は無人になっている個室を確認した。
20██年10月5日、SCP-2769-JPの出現が確認されました。特別収容プロトコルに従って出現は阻止されましたが、バンドメンバーとしてエージェント・夢川が加わっていることが確認されました。担当者の会話より、エージェント・夢川は財団職員としての記憶が存在しない様子でした。担当エージェントは会話、強制的な拘束などによってエージェント・夢川の奪還を試みていますが、20██年11月時点でいずれも失敗しています。これにより、演奏だけでなく会話でもSCP-2769-JPの影響を受けることが判明し、その影響が未知数であることから特別収容プロトコルにおいてSCP-2769-JPと必要以上の私的な会話を交わすことは禁止されました。
補遺2: 以下は20██年9月30日、京都府██大学の学園祭においてSCP-2769-JPの出現が確認された時の会話記録です。なお、当時は京都府全域に観測されていた警戒級の豪雨による野外ステージの中止で、特別収容プロトコルの実施は必要ありませんでした。
担当者: エージェント・加賀美、エージェント・辻
<記録開始>
エージェント・加賀美: 今大学本部から連絡があって、今日の学祭は14時時点で中止みたいです。本当にすみません。SCP-2769-JP-a: いやいや、天気はどうしようもないもんな。学生さんが謝ることちゃうよ。
SCP-2769-JP-b: そりゃあ俺たちだって残念だけど、皆が可哀想だよね。よりによってこんな楽しい日にさ。
[エージェント・加賀美がエージェント・夢川に近づく。]
エージェント・加賀美: あの、夢川さん。
SCP-2769-JP-b: あれ、夢川ちゃんもうファンが出来たの?いいなあ。
エージェント・加賀美: 私のこと、どこかで見た事ありますか?
エージェント・辻: [小声で]ちょっと加賀美さん。あんま余計な会話するのやめましょうよ。
エージェント・夢川: ......いえ、ごめんなさい。もしかして、学生時代のバンドを見に来てくれたことがあるとか?
エージェント・加賀美: ......まあ、そんなとこです。夢川さん、今楽しいですか?
[エージェント・夢川は一瞬当惑した表情になったが、すぐに笑顔を浮かべた。]
エージェント・夢川: はい、もちろん!仕事やめたのでお金はほんとに無いですけど、めっちゃ充実してます。新メンバーなんて叩かれるかなと思ったけど、そんなことも全然なくて。
エージェント・加賀美: ......そうですか。なら、良かったです。
SCP-2769-JP-c: そろそろ行こっか。早く帰らないと、新幹線止まっちゃうかも。
エージェント・夢川: そうですね。じゃあここで。学生さんも頑張ってください。よかったらまた、ライブ見に来てくださいね。
エージェント・加賀美: はい。夢川さんも、皆さんも......お気をつけて。さようなら。
[SCP-2769-JPが楽屋から退出し、消失する。]
エージェント・辻: 行っちゃいましたね。
エージェント・加賀美: そうだね。
エージェント・辻: やっぱり捕まえるの無理ですよね。-dになっちゃうんだろうなあ。
エージェント・加賀美: ......うん、そうだね。
エージェント・辻: でも夢川さん、なんか全然雰囲気違っててかっこよかったですね。いい顔してたし。こんなことになっちゃって寂しいけど......夢を叶えたんですもんね。
エージェント・加賀美: まあ、そうかもね。
<記録終了>
当記録においてSCP-2769-JPと必要のない会話を行ったとして、エージェント・加賀美は厳重注意を受けました。エージェント・夢川がSCP-2769-JPと同じ異常性を獲得しており保護が困難な点、本人が身体的・精神的な苦痛を受けていない点を鑑み、エージェント・夢川は正式にSCP-2769-JP-dとして登録されました。
補遺3: SCP-2769-JPの初出現から7年が経過した20██年において、SCP-2769-JPの出現回数は13回でした。これは前年までの平均である22回を大幅に下回る回数であったため、異常性になんらかの変化があったとされる見方が強まりました。これを受け、担当エージェントの大幅な減員が 検討されています。 決定されました。
以下は翌年20██年12月1日、東京都新宿区の居酒屋「████」にエージェント・加賀美が個人的に訪れていた際、SCP-2769-JPが目撃された記録です。大学以外の場所での目撃は前例が無かったため、エージェント・加賀美が個人的に接触を試みました。なお、エージェント・加賀美は記録当時31歳であり、大学生に扮する必要のあるSCP-2769-JPの担当からは外れています。
<記録開始>
エージェント・加賀美: (レコーダーに小声で話しかけている) 加賀美です。今からSCP-2769-JPに接触を試みます。2人しか確認できませんが。......たまたま前の仕事で使ってたレコーダーがあってよかったです。それにしても2人とも、ちょっと老けたように見えます。年を取るんですね。
[エージェント・加賀美は立ち上がり、SCP-2769-JP-a、-dが談笑している座席へ向かう]
エージェント・加賀美: あの、夢川さん......?
SCP-2769-JP-a: あ、もしかして夢川ちゃんのファンの人?ええよ、飲もうや。
[SCP-2769-JP-aが空いている椅子を指さし、エージェント・加賀美を座らせる。]
エージェント・加賀美: お二人とも、ここで何してるんですか?
SCP-2769-JP-a: 今バイト終わったからな。時間合った2人で集まって飲んでんねん。
エージェント・加賀美: バイト?アルバイトしてるんですか?
SCP-2769-JP-a: はは、まあな。いやあ、5年くらい前は期待の新星なんて言われとったけど、世の中上手くいかんもんやね。
エージェント・加賀美: 最近は何してらっしゃるんですか。
SCP-2769-JP-d: うーん。たまに知り合いが誘ってくれるライブに出るくらいかな。あとはまあ飲みばっかりだよね!お金ないからほぼ宅飲みだけど。
エージェント・加賀美: ......それって、バンドやってるって言えるんですか。
SCP-2769-JP-d: だって楽しいもんね。他のバンド仲間と飲んだり、音楽について話したり。
SCP-2769-JP-a: それに、もう10年くらいバンドやってるやん?そんな奴ら今更雇ってくれる所なんて無いやんなあ。
エージェント・加賀美: なんでですか。夢を叶えるために仕事やめたんじゃないんですか。あんなに生き生きしてて、楽しそうだったじゃないですか。私、寂しかったけど夢川さんが幸せならそれでいいって、そう思ってたのに。
SCP-2769-JP-d: え、ごめん、何の話?てか、今も楽しいよ?それより2人とも見てよーこれ。今週からMステのセット変わったんだけどなんかダサくない?
SCP-2769-JP-a: ほんまやー。出る側やったら絶対前の方がいいよな。あの階段降りたいやんやっぱり。
エージェント・加賀美: ......私、もう帰りますね。
SCP-2769-JP-d: え、もう?またライブ来てねー。
<記録終了>
現在特別収容プロトコルに大きな変更はありませんが、SCP-2769-JPはほとんどの場合エージェントの要望に快く応じて演奏を中止するため、SCP-2769-JPは低脅威オブジェクトの一つとして、新人エージェントのオブジェクトに対する会話・交渉の訓練への活用が検討されています。