- Case 0 Setting
時計の短針が12時を回るころ、"相談室"にはいつもの二人がいた。部屋の管理者による個人的な嗜好を凝らした部屋の内装には、春の一時的な優しい日差しが漏れ入る。
「阿宮くん、食堂に行かないか」
相談室の主、吽野は仕事が一段落したとみては徐に、相談者に話しかけた。
「いいですね、行きましょう。そういえば、食堂の食事は久しく食べていないですね」
相談室で相談者といっても、もちろん一般のそれではない。財団における異常"らしき"ものが関わった事件がある時、それが異常なのか、それとも異常に見えるだけの非異常の事件なのか、判別することが主な内容である。しかしながら、彼らの職務は今回の話とはそこまで関係はない。なぜならこれは......
「一年に一度だけ販売される伝説のももパフェを食べに行こうじゃないか」
財団職員のちょっとした余暇の話であるからだ。
「ごめんなさい、予約制なんです」
サイト-81██食堂所属、多辺料理長は申し訳なさそうに語る。袖から見える筋肉質のパティシエらしい腕は、そのパフェのおいしさを遠回しに語っている。謝っているのは料理長だが、これは吽野に非があることは双方分かっている。
「まさか予約制だったとはね、うん、考えてみれば当たり前のことだったかもしれないのに、なぜ気づかなかったんだろう」
吽野はしょんぼりした表情で、先程得た知見を阿宮につらつらと語りだした。
年に一度だけ販売されるサイト-81██の伝説のももパフェ、財団になぜそんなわくわくするものがあるかというと、これにはちょっとした理由がある。
サイト-81██の近くの山に桃の木が一本生えていた。いや、生えていたというよりは乗っかっていた。岩肌の上に幹から上だけの状態で配置されていたにも拘らず、その木は直立しあたかも周りの普通の木のようにすくすくと育っていたのである。財団はもちろんアノマラスアイテムとしてその木を回収した。回収してコンクリートの上においてもその木は成長を続け、桃の実を一つ作ったのである。これまた財団はもちろん桃の摂食実験を行う。Dクラス曰く、美味すぎる。これでアノマラスアイテムの全貌が明らかになる。
さて、この木は一年に一度桃の実を生らせるわけだが、桃自体に異常性はないことが確認されている。美味さは非異常だ。非異常のフルクトースと非異常のエステル化合物が織りなす非常に美味な果実を毎年取って捨てるだけでは勿体ない。サイト管理官の粋な計らいで、桃の実は食堂に出されることになったのだ。
食にこだわりのない職員の為に毎日カロリー÷体積の計算を行っていた料理長は、この桃を使い久々に腕を振るった。そして作られたももパフェだが、これがなかなか大盛況だった。甘味の虜となった職員はこのももパフェが出される毎年のこの日に、食堂に詰め込むことになった。カップ麺が主食のエージェントも、味覚を捨てかけた研究員も、桃の匂いを酢酸エチルと表現する博士も例外なく。
「それはすごいですね」
「だろう?だがそれ食堂が盛り上がりすぎるのも考え物であるのさ」
熱量は争いに発展した。食堂に前日から並ぶ者、冷蔵庫に忍び込む者、料理長に賄賂を渡そうとする者......たった一つのももパフェを巡り争うサイト‐81██の職員達にサイト管理官はひどく嘆いた。
「それはもう異常じゃないですか?」
「残念ながら心理学部門の調査によるとね、異常の本質は食の能率のみを追い求めた職員達が醸成させた愚かな味覚らしいよ。真においしいものは鈍りきった舌には刺激が強すぎるらしい。ちなみに賄賂はさすがに冗談だ」
というわけでももパフェに限り、事前予約制となった。具体的には予約の先着1名が例のももパフェ、その後の4名は残念賞として普通のももパフェが振舞われる。財団の強力なイントラネットでは不正は出来ないという理屈だ。普通のももパフェが設けられたのは残念賞というだけでなく食堂での受け取り時に強奪されないよう防止するという心配性な計らいもある。予約者が分かっても予約順が公表されないのも同様の理由だ。
「......という経緯だ」
「なるほど、ではこの食堂でももパフェを食べている5人の内誰かが異常なほどにおいしいももパフェを食べているわけですね」
「そうだな」
因みに食堂は12時に開くため、12時に食堂に向かった吽野は仮に予約制でなかったとしてもパフェには到底たどり着けなかっただろう。
お昼時にも拘らず食堂はあまり混んでいない。研究、任務に没頭しがちな職員の生活リズムは崩れがちであるからだ。見回すと、何人かがももパフェを食べているのが見える。
「仕方ない阿宮くん、常設メニューの中から選ぼうか」
「そうですね」
野菜炒め定食、唐揚げ定食、一番人気の栄養満点食用直方体(!?)......特筆すべきメニューはないが、久しぶりの食堂であるからしばらく楽しんで選べそうだ。吽野と阿宮はしばらくメニュー表を眺めていた。
閑静な食堂はそう長く続かなかった。5人の職員が食堂とキッチンを繋ぐカウンターに、—これは食品の提供口も兼ねるが、押しかけてきた。
「料理長、どのパフェも"外れ"だったんですが」
事件の幕開けである。
「つまり、どのパフェも普通のももパフェだったと」
「そういうことだ」
事件となれば吽野の出番である。一応サイト内では探偵としてそこそこ名が知れている吽野は、料理長と5人の怒れる男たちの間に入って解決の試みを始めた。
「あなたは誰だ」
名が知れていると言ったが、それはあくまでサイト内に限った話である。疑問を呈したのは下田博士、いつもは北海道の遠いサイトにいるがここ数日はたまたま本サイトに訪問している、異常発見部門の博士である。威厳のある容貌だが、発言に少し抜けているところがある。
「ああ、すみません。吽野といいます。お怒りの御様子でしたので、少し仲裁に入ろうかと。そちらは、下田博士ですね」
「そうだが、別に料理長に詰問したいだけで怒っているわけではないぞ。関係ないから下がっててくれないか」
怒っているから詰問しようとしているのではないか?阿宮は疑問に思った。
「いえ、私もももパフェへの渇望に関して言えば、十分関係者でしょう。まあ任せてください」
それはほぼ無関係なのではないか?阿宮の頭は疑問で埋められた。
「それでは、まずはももパフェを食べられた職員の方々に状況を聞かせてもらいましょうか」
吽野は強引に始めた。
「そうだな、とはいっても特に説明することはない。5人各々が席に着いてももパフェを食べたら、それが"外れのももパフェ"だった。それだけのことだ」
こう答えるのは神山博士だ。5人の中では最年長の人物である。はじめに料理長に話しかけたのもこの男だ。慇懃無礼な喋りだが、頭脳明晰で柔軟で社会性の高い博士である。いかにも優秀な博士というような、皺の少ない白衣でいい姿勢だ。
「"当たり"のものを食べたが気付かなかったという可能性は?」
「いいや、それはない。過去7年間毎年"当たりのももパフェ"は誰かが食べているが、全員が感涙にむせび泣いている。食べた人がいるなら表情で分かるだろう。それに、5人は最近のうちに"外れのももパフェ"を食べているから、味を覚えているだろう。」
普通のももパフェ自体は数量限定だが毎週売られている。"当たりのももパフェ"ファンはこれを食べながら年一度のチャンスへの希望を膨らませるのだ。
「誰かが表情筋を押し殺して嘘をついているという可能性は?」
「それはないね、そんなことする意味がない。食べる前ならともかく、食べた後に嘘をついてどうするんだい」
こう答えるのは白子博士である。好奇心の高い博士であるが、少々その好奇心が高じて悪ふざけをする問題児である。財団ではこのくらいの変人は珍しすぎるというわけでもないが。"当たりのももパフェ"が食べられなかったのは残念だが、それはそれとして事件は面白そうだ、といった表情である。
「では、"当たりのももパフェ"が無いというのは、どうやって分かったんです?」
「まあ当たりのパフェを食べる人は分からないとはいえ、それはシステム上の問題に過ぎない。実際は慣行としてももパフェを食べた人同士で紳士的な食後の歓談を行う流れになるのさ」
こう答えるのは波戸崎研究員である。飼育している鳩の調教を建前にサイト内で四六時中鳩頭のマスクをしているという奇人だが、中身は意外と普通の人物として知られている。今日はいつも通り鳩の被り物と何かの動物の毛のついた白衣を身に着けている。
「で、歓談の始めに誰が食べたのか明らかにする必要がある。そこで一人一人に聞いて回っていたんだが、神山さんも白子さんも下田さんも違うって言ったからね。それでおかしいぞってなったんだ」
「おや、橋ケ谷研究員はその時いなかったのですか?」
「いえ、食べ終わって帰ろうとしていたところを波戸崎さんに呼び止められました。そこで"当たり"を食べたか聞かれたので食べてないと答えただけです。いや、逃げたわけじゃないですよ、話すのとか苦手だから帰ろうとしたんです」
小声でこう答えるのは橋ケ谷研究員である。最近このサイトに転属してきたようだが、どうやら大変ネガティブな性格のようだ。白衣を纏わせた高い背を屈めて申し訳なさそうに手をモジモジさせている。
「因みにパフェの容器は?」
「全員食べ終わった時に返却したよ。今は全自動食洗濯機の中じゃないかな」
波戸崎が答える。
「"当たり"のももは余ってる?」
「いえ、一つのパフェに丸々1つ、全部使うレシピになってます。その方が特別感が出るとの職員の希望で」
料理長が答える。
多辺料理長についても言うと、太い腕とおしゃれな装い以外にはこれといった特徴のない、The・パティシエという見た目の男である。他の博士や研究員がそこまで着飾らない性格だからか、裾から見える銀色の腕時計や綺麗な眼鏡が目立つ。もちろんパティシエみたいとはいえスイーツを作るだけでなく、和食洋食全般を作ることができる。体つきの割には少し態度が控えめである。
「吽野さん」
「そうだな。料理長、ちょっといいですか? その、厨房の監視カメラを見せていただきたい」
簡単に聞いたところの様子では、5人は誰も"当たりの"パフェを食べたとは思えない。ならば料理長がパフェを作らなかったという線が高いが、あくまで推測に過ぎない。食品とは消費物であるわけだからどれも確定的な証拠にはならないのだ。物的証拠として、監視カメラの画像は貴重なものである。
「えっ、まあ、いいですけど......」
多辺料理長は食堂並びに厨房の管理者としての職務もあるため、申請無しで監視カメラの映像を入手する権限を持っている。料理長の職員用タブレット端末を8人が所狭しとのぞき込む。男8人である故、少しむさくるしい。阿宮の提案で食堂にある交流用のあれこれに使うディスプレイに映すことにした。
結論から言うと、11:00~12:00の間に料理長はきっかり5つだけ、5つの桃を使ってももパフェを調理していた。これは視聴後確かめたことだが、調理後に冷蔵庫内に桃はなかったから、この時間帯にしっかり"当たり"の桃を使っていたことになる。厨房への物資の搬入手順としては、「先週の桃(普通)の搬入、消費」→「桃(特別)1個の搬入」→「今週の桃(普通)4個の搬入」→「桃5つ消費」であり、これもしっかり偽装不可能な記録に残されている。
「これは......」
一通りの調査を終えた後、阿宮は吽野に話かけた。
「うん、やはりこの事件はももパフェを食べた5人の内誰かが食べたという事になるね。嘘をつく理由が無いのはあくまで浅い解釈に過ぎない。世界に因果律があり人の間に交流がある、その限り個人には様々な事情が付きまとう。"当たりのももパフェ"を食べてもそれを隠し通す理由なんて、いくらでも出来上がるのさ」
阿宮は5人の容疑者の顔をさっと見て回った。
「事情聴取と行きましょうか。一人一人、個人聴取と行きましょう。心配する必要はありません。昼休憩までには終わりますから。では、相談室の方へ」
- Case 1 神山博士
「こんにちは神山博士。率直に言うと、あなたが一番怪しいと思っています」
「ほう、それはなぜですか?」
一瞬表情が曇ったが、神山博士はすぐに慇懃な微笑みを取り戻した。
「それはあなたの所属が根拠です。ちょっと調べたんですが、あなたは今薬剤保管室に配属されていますよね?」
「はい」
「まあ今回の事件ですが、おかしいところといえば『なぜ"当たりのももパフェ"を食べたことを隠す必要があるのか』なんですよ。これについてまあうんと考えたんですがね、発想を逆転してみたんです」
「なるほど、どういう風に逆転してみたので?」
「ええ、"当たりのももパフェ"を食べたのを隠したのではなく、『結果として隠すことになった』ということです。あなたの前任、神山阿弗利加蔵ですが、ある事件で命を落としていますね、そちらについて、説明していただけますか?」
「ああ、兄のことですか。あんまり関わりはなかったんですけどね。兄はいくつかのオブジェクトを収容違反させた主犯として見られています。まあその際にオブジェクトによって殺害されてしまったんですが。それだけです」
「確かに記録上はそれだけです。しかしながら、その事件の翌日に職務を引継ぎした神山食意地蔵は彼の兄弟として、なにか事件がある度にサイト内で嫌疑をかけられるようになった。例えば今のように」
「ほう、続けてください」
神山博士は余裕の表情を崩さない。
「そしてそれらの嫌疑はしばしば白子博士によって強く主張される。白子博士は前々からあなたの正体を嗅ぎつけようとしていることで有名です。ええ、私はあなたの正体に興味はありません。白子博士の嫌疑は阿弗利加蔵の事件の後、さらに強くなった。それをあなたは疎ましく思った。あなたは白子博士のももパフェに記憶処理剤を混ぜた、阿弗利加蔵の事件を忘れさせるために」
「確かに私ならそれができますね。記憶処理剤の使用自体は博士レベルなら誰でも簡単に使えますが、特定時期の記憶処理を行うのには特別に調合をする必要がある。それができるのは薬剤保管室の者だけです。しかし、薬を混ぜたらさすがに食べる前に分かるのでは?」
「だからももパフェなんですよ。あなたも知っているでしょう、『Aクラスは桃の香りがする』という噂」
神山博士は沈黙する。
「......まあいいでしょう。御協力ありがとうございました」
- Case 2 下田博士
「こんにちは下田博士。率直に言うと、あなたが一番怪しいと思っています」
「そ、そんな馬鹿な! 俺は断じてそんなことをやっていない」
下田博士は分かりやすく動揺した。
「いやあ、ちょっと"当たり"の桃について調べてみたんですけどね。あれの発見者、あなただったんですね」
「確かにそうだが」
「あなたは異常発見部門で日本中を、特に北海道と東北を走り回っている。それゆえ、アノマラスアイテムの保管は発見場所に最も近いサイト-81██になった。しかし、あなたの配属はここから遠い異常発見部門の北海道支所であるからせっかく見つけたおいしい桃を食べられない」
「何が言いたい」
「自分の功績を知らん顔して楽しむ大きなサイトのエリート達に亀裂を入れたかったんじゃないですか? ってことです」
「心外だ! そもそも、サイト-81██に今着ているのはこの付近にある曰く付きの森の洋館を調査するための一時的なアレで調査を決めたのは他の調査員だ、そう、たまたまなんだ」
「ほう、たまたまですか......まあいいでしょう。御協力ありがとうございました」
- Case 3 白子博士
「こんにちは白子博士。率直に言うと、あなたが一番怪しいと思っています」
「まっさかあ、そんなことするハズないよ」
「確かに単純な推理になっちゃいますが、あなたは素行が悪いです」
「それだけで?」
「というより、他の方にあまり疑わしい要素がないんですよね。だから消去法です。これはミステリじゃあない、犯人がちゃんとした動機を持っているとは限りませんから」
「疑わしいと言えば、神山博士もそうじゃないすか。例えば」
「前任の話ですか?」
「なんだ、知ってるんだ。そもそも神山博士の兄弟には不審なところがたくさんあるんですよ。前々任の話なんですがね」
「いえ、結構です。どちらかというと、神山博士に疑いの視線を一番送っているのが白子博士という不審点に、私は着目したいですね」
「はぁ?」
「神山博士に何らかの疑いを自作自演でかけて、上に見咎められない方法で博士を追い詰めようとしてるんじゃないですか。そしたら神山博士は何かぼろを出すかもしれない」
「確かに俺は悪ふざけをよくするし、そういう気性なことは認めよう。だがあえて言うよそれは笑えない悪ふざけだ。証拠もないのに」
「証拠がないのは他の方もそうですが、まあいいでしょう。御協力ありがとうございました」
- Case 4 波戸崎研究員
「こんにちは波戸崎研究員。率直に言うと、あなたが一番怪しいと思っています」
「え、そうなんですか。いや〜ちょっと困りましたね」
あまり困っていない様子で波戸崎は答えた。
「まあ、理由を言うと、あなたはそもそもももパフェを食べていないと考えられるからです」
「まさか」
「ええ、あなたはそう答えるでしょう。動物たちの為にね」
波戸崎の顔がムスッとした......かどうかはマスクのせいで分からないが。
「ももパフェは別に全員が食堂で食べたわけじゃない。あなたと神山博士は自室で食べていました。あなたが言っていた歓談は食器を戻す時に神山さんと白子さんに会って始まった。実はその瞬間は私も見ています」
「それで?」
「あなたが動物好きであることはこのサイト内では有名です。そしてサイト内の動物の育成状況に不満があることも」
「確かにそうですね。餌の内容についてはしばしばご要望を出してます」
「ええ、財団内で飼育する動物に与えられるエサは種ごとに規定で決められています。しかし、毎日同じような餌を食べさせ続けるのは動物がかわいそうだ。より動物との信頼を深めるには餌も種類を多くした方がいい。そのような要望を出していることを小耳にはさみました。しかし、一向に通らない。だからあなたは食堂のメニューを動物に無断で与えている。パフェの桃の部分なら鳩に与えても問題ないでしょう」
「証拠がないですね」
「ええ、ありません。......ですが、もしシラを切りとおしたいならその態度は改めたほうがいい。まるで『動物が無事なら自分が犯人という事になってもいい』と言っているかのようだ。実のところ私もあなたを犯人にしてしまっていいんですよ。どちらにせよ私はパフェを食べられなかったんですから」
吽野は分かりやすく波戸崎を煽る。
「は!? 探偵がそんなこと言っていいんですか?」
「おおっと、怒らせるつもりはありません。探偵の矜持に反しますからこんなことはしませんよ。まあ、御協力ありがとうございました」
- Case 5 橋ケ谷研究員
「こんにちは橋ケ谷研究員。率直に言うと、あなたが一番怪しいと思っています」
「えぇっ......そんな」
「はい、そうですね......まずは」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
橋ケ谷研究員は突然謝りだした。まるでなにかフラッシュバックしたかのようだ。
「いきなりどうしました?」
「もう俺のせいでいいです。こういうの、耐えられないので。探偵さん、自白なら何でもしますからどうか大事にはしないでください」
「はあ、まあいいでしょう。御協力ありがとうございました」
- Case 5.5 エージェント・阿宮
「なんというか......かなり揺さぶっていく聴取でしたね」
阿宮は少し呆れた顔で吽野に語り掛けた。確かに柔軟で相手を語るに落とさせるような吽野のいつもの話し方とは少しずれた聴取だ。揺さぶって相手が感情的になり、ぼろを出させるという作戦なら理解できるが。
「ほう、鋭いね。こういう事件はね、あれが一番効果的なのさ」
「そうですか? 半ば難癖みたいな容疑を皆さんにかけるくらいなら、協力的な姿勢に誘導した方がより情報を引き出せた気がします」
「ま、犯人はもうわかったから」
「え、そうなんですか!」
阿宮は驚いた。
「というか聴取の前から分かってる。これは下ごしらえに過ぎない」
吽野はニヤニヤと笑う。ニヤニヤとしているが、その少し童顔じみた表情は陰湿な感じを示さない。阿宮には、事件の種明かしをする直前の吽野を何度と見ているがいつもより溌剌とした表情に見えた。
- The Answer 多辺料理長
「さて、全員の聴取は終わりました」
食堂に再び集まった。5人は黙っている。
「昼休憩ももう終わりそうですし、早めに結論を出しましょう。ただ、一つだけ約束をしてほしい。『犯人を罰さない』ことだ」
「ええ、まあいいですよ。罰したところでパフェは戻りませんし」
神山博士に続き、他4人もうなずいた。
「ありがとうございます。率直に答えを告げましょう。犯人は、多辺料理長です」
吽野は目の前にいる5人の誰もを指さず、振り返ってカウンターの方で何人かの職員と片づけを始めている料理長を指した。5人はその意外な宣言に各々の性格に合った驚愕を示す。少し遅れて、料理長は自分に指されている指先に気づいた。
「え、私? いやいや、違いますって」
「怪しいところから述べて行きましょうか。まずあなたは予約に成功した人を選別することができた。ももパフェを食べられるのは予約の先着順に5名。しかし数コンマ秒の戦いだ。そのため、誰が当選してもおかしくない。そんな状況下だから、あなたは嘘の当選発表ができたのです。『"当たりのももパフェ"を食べてそれを告げない』なんて可能性のある5人を選んで、ね」
「確かにそうだ、今回の人選はやたら特徴が強いなと思っていたんだ」
一番見た目の特徴の強い波戸崎研究員が言った。二番目に強い橋ケ谷研究員も小さく頷く。
「もう1つ怪しいところはある、というか動機ですね。あなたはこれまで何年も何年も伝説の"ももパフェ"を作ってきた。しかしそれをあなたが食べることは叶っていない。職員達が当たり外れで毎年盛り上がっている中で、そもそも"当たり"を引く可能性すら与えられないあなたは、"当たりのももパフェ"食べる機会をうかがっていたんじゃないか?」
「そうだったのか、料理長」
下田博士が哀れみの目を向ける。
「ち、違う。俺じゃない。証拠がない」
明らかに料理長の目は泳いでいる。屈強な体つきもどこかしぼんだように感じられるほど動揺していることが分かる。
「自白しないなら証拠を見せましょう。これが一番怪しいところです。あなたは私が監視カメラを見せろという要求に対し、不自然なほどトントン拍子で応えた。いいんですか?そんな簡単に食堂に関わらない人に監視カメラ映像を見せてしまって」
「どういうことだ」
料理長はしどろもどろになりかけながら答えた。
「木を隠すなら森の中......はちょっと違いますが、誰かを騙すには少しの真実を混ぜることが効果的です。あなたは監視カメラを見せて自身の潔白を証明した。......つもりだった。11:00~12:00だけの映像でね」
「そうか、初めから桃を6つ用意しておいて、"当たりのパフェ"は前日とかに作って食べていたのか」
神山博士は合点がいったように声を上げた。
「それなら物資の搬入表は」
「それも同様、数か月前、もしくは数年前から1個ずらしていたのです。私たちに見せたのは直近1週間までの搬入表だけですからね。一度精査すれば、偽装の痕なりなんなり見つかるでしょう」
「くっ」
ダメ元の反撃で余計なしっぺ返しを食らい、料理長は顔をゆがめた。
「それより、監視カメラを見れば一目瞭然です。ほら、見せてください」
料理長はしぶしぶ端末を吽野に渡す。再びディスプレイに繋ぎ、吽野は12:00からどんどん巻き戻していく。
「これではっきりしましたね」
2日前の23:00付近、その日はももパフェの提供はないはずだが、一人厨房でコソコソとももを器に盛りつける料理長の姿があった。
「説明していただけますか」
料理長は俯いたまま話し始める。
「......食べたかったわけじゃない。許せなかったんだ。」
料理長の話しぶりに、少し怒りが籠っている。
「俺の渾身のももパフェを"外れ"と言われることに」
「あっ」
5人はハッとする。
「ああ、許せなかったんだよ"当たりのパフェ"も"外れのパフェ"もどっちも同じくらい情熱を込めた。それが俺のプライドだから。むしろ"外れ"のほうは果実の厳選からしっかり行っていたんだ。でも!"外れ"扱いは年を経るごとに、"当たり"が有名になっていく毎に!どんどん強くなっていった!......だから食べたんだ。シェフに禁じられた"当たり"を」
料理長の感極まった話しぶりに、5人は圧倒された。その情熱を、矜持を、義務感を、彼らは踏んでいたのだ。
「......お味の方はどうでしたか」
「"当たり"だよ、文句のつけようがない」
料理長は上げた顔を俯き直し、料理の片づけに戻る。彼を罰することなど、5人の誰も出来なかった。
- Case 6 吽野特殊顧問
「ふんふ〜ん」
「......なんでそんなに楽しそうなんですか」
食堂を離れて相談室に戻る長い廊下を吽野は鼻歌交じりでスキップしていた。
「あれ、気付いていないのかい?」
「何が」
「君には5つの聴取でヒントを与えたんだがね。まあいいさ、教えよう。真相はこうだ」
相談室のドアを開けると、そこにはクロッシュが置いてあった。
「トリックは大体料理長の時と同じだ。ただ、料理長に頼んで『聴取時』に作ってもらっただけさ」
「......まさか!」
阿宮の脳内に1つのセリフが思い出される。
「木を隠すなら森の中......はちょっと違いますが、誰かを騙すには少しの真実を混ぜることが効果的です。あなたは監視カメラを見せて自身の潔白を証明した。......つもりだった。11:00~12:00だけの映像でね」
「そのまさかさ。聴取で5人に疑いを吹っ掛けたのは料理長を罰さないようにするための下ごしらえだ。それが料理長との約束だからね」
「でも料理長はそんなことに乗りますか?」
「彼の付けてた腕時計、随分と輝いていただろう?」
吽野はクロッシュを持ち上げ、中から芳醇な香りのパフェを取り出した。
「はあ......おかしいと思いましたよ」
「じゃあ口止め料だ」
吽野はスプーンで一匙掬い、阿宮の顔に近付ける。
「いや、スプーンくらいとりに行きますって」
「やめてくれよ、今取りに行ったら5人に真犯人がばれてしまうかもしれないじゃないか」
合理的な説明だ。吽野はいつだってそうだ。阿宮の前でふざけている様子を見せていても、裏では合理的に、したたかに事を進めている。
「ほら、あ〜んだ」
戦利品を前に子供のようにはしゃぐ探偵のため、阿宮は眉を軽くひそめつつも口を開いた。