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私の名はジェレミア・シメリアン博士。SCP財団、倫理委員会のメンバーだ。少し困惑している様子の者もいるようだが、それは君たちが馬鹿ではない証拠だな。もしかすると、倫理委員会と給仕スタッフの間にどういう繋がりがあるのか、心の中で考えてさえいるのかもしれない。
それで、まず私から君たちに尋ねたいのだが、君たちはあのしけたドーナツだとか、冷めたコーヒーだとか、生ぬるいソーダだとかをどれほど満喫しただろうか? 恐らくだが、昨日のもそれほど満喫できなかったと思う。君たちが今週取った食事はどれも不味かっただろう。あれは意図的に仕組んだものだ。
君たちの中には、軍隊から直に引き抜かれた者もいる。民間で研鑽を積んだシェフもいる。ファストフード店で何年も働いた経験のある者だっている。あのしけたドーナツは実物訓練だと捉えてほしい。美味な食事は、気分と士気の両方に劇的な変化をもたらしうる。
君たちがこれから給仕する相手は、世界で最も危険なオブジェクトに取り組むことになる者たちだ。マクドクターソン博士が毎日取り組む対象が、世界を滅ぼす力を秘めた遺物だとしたら、彼は少しくらい倦怠感を抱くに違いない。
不適切な時に不適切な気分であれば、たとえ優れた博士でも、誰にも取り返しのつかない失敗を犯してしまうかもしれない。その代わりに、彼らが目覚めてから最初に考えることが、君たちが昼食に出すピザについてであったらどうだろう? 美味な食事が効率と安全性に与える影響は、どれだけ誇張してもしすぎることはない。
今語ったのは君たちの目的のほんの片面にしか過ぎない。そして、そのためだけに私がこのオリエンテーションを開催しているのでもない。SCP財団は一種の研究機関だ。この世界は我々が明かした真実よりもずっと奇妙なものだ。君たちの中には、これからセキュリティクリアランスを授かる者だっているだろう。我々の収容しているアイテムがどういうふうに奇妙で不思議なのか、少なくともその一端ぐらいは既に知っているとは思う。
君たちにまだ説明していないのは、命あるアノマリーについてだ。そうだな、うんうん。分かっている。その旨は冊子に載っていない。悲しいことだが、「うちは刑務所でもある」なんてのは、年に6桁ドルすら稼ぐ超一流の人材を雇うのに効果的なセールスポイントではないんだ。
我々は世界を守るために人々を監禁する。24時間、365日ずっと。ゆえに問題が引き起こされており、君たちはその解決策を見つけ出す必要がある。
一つ、君たちにジェイコブ・マッケンジーの話をしよう。彼は異常性を持って生まれた会計士だった。痛みを感じると、局所的な地震を引き起こすというものだ。この地震は痛みの強さに応じて激化する。彼は20代半ばの頃に財団に異常性を見い出され、収容された。
彼はいくつもの食事制限を受けていた。冷たいものはアイスクリーム頭痛の恐れがあるから禁止され、鋭利なものや硬いものは口の中を切ってしまう可能性が僅かにでもあるから禁止され、辛いものは一切が禁止された。彼の大好物はメキシコ料理だった。加えて、当時の収容担当であった職員らが、ほぼ24時間体制で彼を鎮痛剤の効力下に置き続けていた。
無論、栄養所要量の面でもこの現実は反映されていた。例を挙げると、服用していた薬の関係上、彼は平均を上回る量の水分を必要とした。
しかし、彼の看護担当らはそういった食事制限を強制する必要はなかった。当時の財団は、自我を持つオブジェクト全員に同様の食事を与えていたんだ。安価で、人間をいつまでも生かしておける、味気ない粥を。
ジェイコブは重度の鬱病を患い、2004年に自ら命を絶った。その際に発生した地震が原因で、サイト-134は丸ごと失われた。
タコベルの料理を与えていれば、ジェイコブの鬱病は解消しただろうか? それは無いだろう。それでも、我々が注意深く見ていれば、彼があまり食事を取らなくなっていたことに気付けたはずだ。そして前述したような料理を与え、他にも多くの予防策を講じていれば、もしかしたら、効果が見られていたかもしれない。
君たちはこれからも、管理下にあるオブジェクトを囚人扱いする、旧態依然とした財団職員に出会うだろう。彼らは囚人であると同時に囚人ではない。我々は看守ではなく、世話役だ。彼らのほとんどは、罰や投獄に値するほどの罪は一切犯していない。彼らは彼ら自身の安全のため、そして世界の安全のために収容されてはいるが、それでも思いやりのある尊厳と尊敬の念をもって扱われるべきだ。
そういうわけで、2005年に給仕スタッフは倫理委員会の管轄下となった。さらに言えば、君たちが新入りの娯楽スタッフとともに、今週だけで多くのオリエンテーションに出席したのもそういうわけだ。
君たち一人一人がサイトやプロジェクトで必要な食事を担当する。何十人ものスタッフを抱える者もいれば、独りで仕事をする者もいるだろう。いずれにしても、君たちは看護対象となるオブジェクトのことを知る必要がある。彼らの望み、欲求、気分。どれも君たちが気に掛けることだ。
だが、君たちは独りじゃない。君たちは次のジェイコブ・マッケンジーの命を守るために導入された、幾重にもわたるフェイルセーフの一つだ。
対象の過去や好みについて、書類に書かれていない情報が必要であれば、情報部に連絡を取るといい。彼らなら助けてくれる。一際頑固な研究員に出会って、そいつが看護対象の心の健康に悪影響を及ぼしていると思ったなら、割り当てられたサイトあるいはプロジェクトの倫理委員会リエゾンに連絡を取ってくれ。
今週は他にも会議が開かれる予定であり、君たちのほとんどは、これから看護するオブジェクトについて専門的な説明をマンツーマンで受けることだろう。私から君たちに、給仕スタッフのモットーを授けよう。「礼儀正しく、プロフェッショナルであれ。それでいて、出会った者全員に料理を提供するつもりであれ」。
隣の部屋からピザの匂いがしてきただろう。パンを使っていないものや、ヴィーガン向けのものも用意している。暖かいコーヒーも、冷えたソーダもある。良い一日を。