番号は消えない、さながら逸話のように
評価: +16

クレジット

タイトル: 番号は消えない、さながら逸話のように
翻訳責任者: walksoldi walksoldi
翻訳年: 2025
原題: Numbers, Like Stories, Never Die
著作権者: Captain Kirby Captain Kirby
作成年: 2018
初訳時参照リビジョン: 10
元記事リンク: Numbers, Like Stories, Never Die

評価: +16
評価: +16

言われた通りにやれ。

門限は午後8時だ。

本名を使ってはいけない。


Dクラスとして任命される前にD-11424が言い渡された3つのルールの中で、最後の1つが最も強く頭に残っていた。前の刑務所にいた時だって、同房者は彼女のことをジェイミーと呼んでいた。

彼女はお揃いのジャンプスーツに身を包んだ十数名の新顔たちと一緒に歩いていた。一箇所に集められることは、もはやD-11424にとって習慣となっていた。重い足取りで歩いていると、やがて警護部隊が食堂に足を踏み入れる。Dクラスの夕食の予定時間内に到着したのだ。宿舎を見せられる前に、食事を摂る時間があった。

D-11424が列の先頭についた頃には、とうに料理は冷めきっていた。彼女はぬるいチリコンカーンを取り、既に2人座っているテーブル席に着いた。

「どうも」彼女はそう言ってトレイを置いた。

「こんばんは」Dクラス仲間が返事をする。「新入りか?」

「ええ。バスから降りたばっかなの」

「クソったれなショーにようこそ。俺は3114。そこにいるのが5040な」彼はそう言って、テーブルの向かいに座っている男を身振りで示した。その男は咀嚼中に顔を上げ、うなずいた。

「地獄にも礼儀があったなんてね。私は11424よ」

「えっマジで? うわっ、そっかぁ......」

D-5040がスプーンを置く。「まあ、1週間前からいなかったしね、あいつ」

「まあな、でもこれが初めてじゃないだろ。20日くらい留守にしてた時もあったじゃんか? 結局それから戻ってきたろ」

「何の話?」

「ああ、すまん。悪気があったわけじゃないんだ。その番号がリサイクルされるなんて知らなかったんだよ」D-3114はそう答えた。

「リサイクルって?」

「あー、前の11424が、その...... 退役してな。あいつら、番号を再利用してんだよ」

「つまり、死んだ時にね」

「固定観念は捨てときなよ」女性はそう言って、D-5040の隣に座った。「ここじゃあ死ぬよりひどい最期なんていくらでもあんだからさ」

D-3114が彼女に手を振った。「こんばんは、2312。どうやら682野郎が退役したらしいぞ」

「えっ? 嘘でしょ! あいつが?」

「で、こいつがその後継者ってわけだ」D-3114がD-11424を身振りで示す。

「まさかねえ...... あいつってどんくらい長くここにいたっけ?」

「知るわけねえよ。俺より長くはあるな」

「僕よりもね」D-5040が付け加えた。

「いや待って待って。そいつって、何か特別なことでもあるの?」

「11424は...... あー、あいつは伝説の男だったんだ。多分、1000回は実験やら何やらに呼ばれてたんじゃないか?」

「僕の計算だと、1300回くらいはあると思うね」D-5040が何かしらの暗算をして言った。

「ああ、そんなところだな」D-3114が続ける。「80年代からずっと居座ってたんだ」

「70年代後期からと言ったほうが近いんじゃない」

「そうだな。ありがとう、2312。ともかく、あいつはその全てで命からがら生き延びたんだ。いや...... ほぼ全てで、か。そんで付いたあだ名が "682野郎" さ。ありえんくらい不死身だったのがその由来だ」

「一度ゾンビを窒息死させたことがあるらしいよ」D-2312が付け加えた。

D-11424は困惑した表情で彼女を見た。「いったいどうやって?」

「そんなの、両手で首を締め上げたに決まってんじゃん」

「おっ、11424の逸話を語り合うのか?」

「そうみたい」

「じゃあ僕からいこうか」D-5040がそう宣言した。「あいつにニックネームが付けられたのがいつか知ってるかな? 11424が輸送業務にあたっていたある時、682が塩酸プールから脱走したんだ。トカゲが再生する前に、我らが11424はそいつの顔面に拳を喰らわせた」

「それで収容違反が収まったのか?」D-3114が尋ねた。

「うん。そのケダモノはすっかり気絶して、その間に残ったチームメンバーがプールに戻せたってわけ。それを裏付けるように、あいつの手には殴打で負った酸熱傷が残ってたんだよ」

D-2312が呆れた顔をして言い返す。「はぁ〜〜〜。大したことないねぇ。あんたら、あいつが海底サイトに派遣された時の出来事を知ってる?」

「海底サイト?」D-11424は聞き返した。

「そ、76を抑えてる場所ね。あいつがそこにいたある時、その悪魔が目覚めました。そこで11424は何をしたでしょうか?」

「撃ったとか?」D-5040が推測した。

「はずれ。あいつは腕相撲を仕掛けたんだよ。しかも勝った。棺桶クンったら、あまりの恥ずかしさに6か月くらい閉じ籠ってたんだって」

D-11424はさっき席に着いたばかりで、その顔には少しばかりの動揺と、かなりの困惑が浮かんでいる。なにしろ、その名前だとか番号だとかは、どれも彼女にとっては意味をなさないものであったからだ。しかし彼女は会話に取り残されたくなかったので、D-3114に身を寄せた。

「ねえ、その、他に逸話はないの?」

「まあ、少しくらいならな。けど、どれもかなり主観が入ってるかも」

「は? 何言ってんの? あいつと一緒に現場にいたのって、この中だとあんただけじゃん。ふざけてんの」D-2312が大声でそう言った。

「いや、あれはそんなんじゃあ...... まあいいか」D-3114はトレイを押しのけ、テーブルに肘をついた。「そうだな。ある時、俺ら2人は北極にあった何かしらの探索に割り当てられたんだ。1人じゃ無理だった場合に備えて、大人数が連れて来られた。探索は無事に済んだ、俺はそう聞いてる。こういうやつの時は682野郎が先陣を切っててな、あいつが戻ってきた時、俺らはもう帰っていいって言われた。当然、他の奴らはあいつの周りに群がって、何があったのか訊いてたよ。でかいセイウチとバイキングにまつわる壮大な物語を聞かせてた」

「そりゃまた素晴らしい話ねえ」D-2312が話を遮ると、D-5040が彼女を睨み付けた。彼女は口に手を当て、D-3114に続きを促した。

「ところがな、飛行場まで帰る途中で、キャラバンが待ち伏せに遭ったんだ。誰の仕業かは知らん、全く教えてもらえなかったからな。ただ、銃声に続いて前方の車が火を噴いたのはしっかり覚えてる。俺は座席の後ろに避難した。運転手たちが窓の外に向かって撃ち合う様を眺めてたんだ。そのうちの一人が頭に銃弾を受けて、銃を取り落とした。そしたら11424がその銃を拾って撃ち始めたんだよ」

D-3114は一休みして深呼吸した。「ああ、俺は自分が臆病者だったことは気にかけちゃいない。でもな、あそこで立ち上がって撃ち返したあいつには、ほんっとうに感服したんだ。俺たちは...... あー...... いや、あいつらは最終的に、あのろくでなしどもを撤退させた。あとは知っての通りだろうよ」

「あいつは本当に伝説だった」D-2312が言う。「まるでアクション映画か何かから抜け出してきたようだった。気の利いた洒落とか、諸々が」

D-5040が飲料を手に取った。「ここ史上最も才能に溢れた実験人形に、乾杯」

D-11424を除く全員が紙コップを掲げた。テーブル席が陰気な静寂に包まれる。カタンカタンと、アルミニウム製のトレイをバケットに放り込む音が食堂の至る所から鳴り響く。夕食の時間が終わったのだ。今は7:45。門限は8:00だ。

「そろそろ行かないと」D-11424が言った。

「ああ。またな」D-3114がテーブルに目を向けながらそう返した。

D-11424は新人Dクラスの集団へと戻っていった。彼女は喪失感を覚えていた。まるで、物語の途中から入ってきてしまったかのような気分だった。警備員らが各々のDクラスを新しい宿舎に案内している間、身体は無意識に動いていた。彼女はふと、床の清潔さと、頭上の蛍光灯と、廊下でクリップボードを交換する眼鏡を掛けた科学者たちに気付いた。

「D-11424! お前の寝床はここだ」警備員の一人が大声で言った。現実に引き戻されたD-11424は、もう既に監房に着いていたことに気付いた。ドアには小さな銘板があり、そこには "D-11423、D-11424、D-11425、D-11426" と書かれている。

中はかなりガランとしていた。2段ベッドが2つあるだけで、あとは動き回れる分のスペースだけが残されていた。D-11424は中に入り、唯一空いていたベッドに向かった。彼女の新しい同房者たちは既に眠りに就いていた。マットレスに座り込むと同時に、警備員がドアを閉めた。残された明かりは、外からドアのガラスを通じて差し込む蛍光灯の光だけだ。

D-11424は横になって眠ろうとした。しかし頭を枕に当てた時、カサカサという音がした。D-11424は起き上がり、枕をどけた。そこには2回折り畳まれた紙片があった。D-11424はそれを開いた。明かりが暗くて字がよく読めなかったので、ドアの近くに座って、蛍光灯の明かりにそれを当てた。それは彼女に向けたものだった。

あー、もしあんたがこれを読んでいるんなら、それは2つのことを意味する。1つ、あんたがD-11424だってこと。2つ、俺が死んだってこと。あるいはもっとひどい目にあったってことだ。あんま固定観念は持ちたくないもんだな。俺のことだからきっと、でかいウサギの消化管の中で楽しい旅を過ごしてんだろうな。当然のことだ。

恐らくだが、あんたはこの先、俺の逸話を聞くことになる。少し奇異の目で見られたりもするだろう。その番号には重みがある。俺がここに来る前もそうだった。みんなから「11424は呪われている」ってさんざん言われたっけな。なんでも、それまでの5人がみんな1週間と持たなかったんだと。

初めて実験に呼ばれた時は心底恐ろしかった。呪いについては少なくとも正しかったな。keterクラスの実験だったんだ。そんなもんだから、きっとこれからバラバラにされたり食われたりするんだって歩きながら思ってた。それでどうなったと思う? ただのケーキを差し出されて、食えって言われたんだ。それだけだった。

俺が戻ってくると、みんなは俺のことをある種の英雄だと思い込んだ。何があったのか聞いてくる奴は1人もいなかった。それでひたすら頷いてたもんだから、みんなが好き勝手に逸話を生み出していったんだ。

これまで幾度となく経験を積んできた、それは確かだ。けど俺は英雄じゃない。ただ運が良かっただけだ。探索も、トラブルを切り抜けるのも上手くなった。けどその全てで死を避けられたのは? 全部運だよ。今まで 11 26 34回以上は殺されてるはずだ。少なくとも。

俺に才能なんてもんは無い。特別なことだって何も無い。なんで分かるのかって? 才能は尽きない。運は尽きる。これを読んでいるんなら、俺は運命の女神から授かった寵愛を全て使い果たしたってことだ。

だが一方で、その番号は多くの汚名をもたらす。この俺を、ただのトニー・マルケスからある種のキャラクターに変えちまう。11424。面白味の無い名だ。けどあいつらはその名を使わせる。他の11424が集う大勢の中に、あんたが消えていけるようにしている。みんなが俺のことを話しても、それはのことじゃない。11424のことを話してるんだ。

もしかしたら、あんたなら俺のことをトニーとして覚えてくれるかもしれない。カンザス州出身の、働き者の母さんと、より働き者の父さんを持つ田舎者として。まあ、娘は俺のことを家にいないパパだって覚えてくれるかもしれないな。けどやっぱり、それは俺がなりたい俺じゃない。俺はいっとき父親だった。それより長い間大工もやっていた。椅子を何脚かと、机を作った。母さんのために新しいナイトスタンドを作ったこともあった。ああ、本当に良かったよ。大工の仕事はとても人間的で、記憶に残るものだって感じられる。

だからこそ、俺はこれを書いている。今まで他の奴らがやって来ては去っていくのを見てきた。行ったり来たりする様を見てきた。番号と死体以外には何も残らない。俺はそうはなりたくない。こんな薄っぺらな幸運の代表者になりたくない。俺はトニーになりたい。

こんな汚名を残してしまってすまない。それでもきっと、あんたなら戦い抜けるだろう。俺らDクラスはそういうタフな奴らだからな。

幸運を祈る。向こう側から応援してるぞ。

-トニー・マルケス、なんたってこれが俺の名前だからな

D-11424は軽く微笑み、紙を折り直して、保管のためにマットレスの下に突っ込んだ。彼女はベッドに潜り込み、眠りに落ちた。

ありがとう、トニー。ジェイミー・グリーンストンは心から感謝を述べた。

ページリビジョン: 2, 最終更新: 20 May 2025 14:09
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