目覚まし時計から優しく繊細なエレクトロワルツが流れてくる。それで目を覚ますことはない。もうだいたい2時間くらい起きていたからだ。夢はもう安全ではないのだ。
私は立ち上がり、優しき暴君こと自分の自動マネージャを煙に巻けないと理解する。起きなければそれのせいで私は数分後に困ったことになるだろうし、もう数分後には出勤のためだけにたまにしかないショックを受ける羽目になるだろう。
1分ほど、自分の中の反抗的な部分が話しかけてくる......まあ、例えばだけども。自動マネージャにお前自身の頭をおかしくさせてみよう。これをもう少し大変にしてみよう、誰に対しても。それともお前はこういった嘘に、偽り全てに疲れていないのか?本当にこの計画に賛同しているのか?
私は賛同していなかった。だが、誰も問題にはならない。
反抗的な衝動が、いつものように消え失せる。私は、月の岩から出土した冷たいコンクリートの中の古代スパルタ人の棲み処、もとい寝室で立ち上がると、自分たちがかつて収容していたあるものを確認する。
恒星の下に巣が置かれており、自ら光輝いている。それは薄く黒い繊維が無数の手に絡んだ集合体である。その中心では、女神がしゃがんで一族に自身の表情を見せている。小さな黄金の涙が彼女の顔に流れ、下から星の息吹によって押し上げられる。
彼女は、それは痛いのかと考える。
死のことだ。終わり、つまり数千年後に訪れるもの。永遠に。本当に。最終的に。
彼女は震え、何千本もの腕を背中から伸ばし、さらにどんどん多くの手がそこから現れて、過剰な本数の指がほとんど全ての場所を指していく。彼女はもはや手のことを気にしていない。しばらくそれらは痛んだが、今や何の感覚すらなかった。それらは、あちこちを指さす謎めいた意志を有している。手でできた木の枝は伸びており、生長して彼女の下部を隠している。下部はここ数年、彼女の黒髪である厚い雲に覆われていた。
それはこんなに不快なものではなかった。彼女が感じるのは、宇宙全体がどのようにして地球に落ちてくるのかということだ。そして助けを求める彼らの声に答え続けたここ数十年、彼女が未だに考えるのは......財団を信用するのはベターな選択なのか?もっと良い選択があったりはしないのか?
ほんの数秒間、彼らの奇妙な機械仕掛けが彼女を取り囲んで捕まえる間、兄弟が彼女を、親族を、そして現実全てを思って泣いているのを彼女は感じ取れたそうして、彼女は苦悩することになった。
何時間も。何日も。何週間も。そして永遠に、恒星の下で彼女の身体が分解されて灰しか残らなくなった時でさえも。今や、彼女はいない。死んだのではないが、ほとんどそれに近い状態だ。
そして、終わりなき苦痛の中でさえも、彼女はどこか喜びを覚えている。満足しているのだ。彼女の使命は終わった。
錨が彼女をバラバラに引き裂く。
錨の中の錨だ。
私が監視するのは浮遊体、つまり超軽量ナノゲル製のスクリーンだ。ある女神が死にかけており、きっとこれからも瀕死でい続けるだろう場所。彼女は現在数時間は瀕死の状態にある。彼女は「ボーダー」の中心基盤であり、そうでなければならない。他にその負荷に耐えられるものはない。我々がすべきことをするのを手助けするよう求められている、ここまで現実的なものはないのだ。
私は自分を着飾り始める。すると私は、この12年間、服を着るのが実にどれほど無意味だったのかを理解する。
我々は、できる間はアノマリーを確保した。これ以上それができないとなったときには、最低でも既にあるものを収容し、それらから引き抜ける限りで何よりも悲惨なデータのゴミを掘り出すことができた。それさえもできないとなったときには、我々は成すべき1つのことを選んだ。心の奥底で正しいと強く信じていることを。
我々は保護をしたのだ。
ただアノマリーからではなく、真実から保護した。我々が自分自身についてきた嘘からも。そして、自分たちのために働いてきた者たちについてきた、悲しく哀れな怠慢という名の嘘からも。彼らが関心を寄せることのないように願いながら。彼らが、星々を垣間見ることのないように願いながら。
彼らは見てしまった。
それゆえに、彼らのうちのごく一部が、宇宙が死ぬことに気が付いてしまったのだ。
「見て、お母さん!」
リサ・ヴォリヤノヴァは、自身の美しい6歳児が指さしたものを一瞥する。単なるありふれたオモチャだった。白黒の毛のテディベアで、胸の部分が宇宙服のようにアレンジされて、矢と盾でできた連邦のシンボルが心臓の上にクッキリ印刷されている。リサはため息をつく。彼らはどう考えても、かつて作っていたような心躍るオモチャワンダートイを作ってはいない。
連邦記念日が近いことを十分に知っていたにもかかわらず、リサはそれを手に取って値札を見る。彼らのお粗末な検品に対してあまりにも価値が高すぎた。ミーム的愛国心のある法外なオモチャまがいのゴミの、単なる1商品にしては確かに「あまりにも」だったのだ。良いプレゼントではなく、こういう特別な日にも適してさえいなかった。
彼女はため息をつく。まだ他にも特別な日はいくつかあるが......
リサは老いた「博士」が作ったオモチャ(何でも、本当に何でもよかった)をいくつか思い出そうとする。うまくはいかなかった。何年も記憶処理薬を処方され早期条件付けを受けたことで、彼女の精神は改訂療法に影響を受けやすくなっていた。人の精神に挿入されたかもしれないようなミームを知っているなら、彼女は誰に連邦へ責任を求めさせるべきなのだろう?彼女の場合は特に悪く、一生色々なことを話されていた。家族の状態や、精神状態......そして可能な限りの他のものを。
彼女は首を振った。カリシアに悪い知らせを告げるのは嫌だった。そして、今年はこの貧乏な少女が初回セラピーセッションで手いっぱいになる予定なのだ......
......そしてその時こそ、この少女が自分の手から離れていると気づいた瞬間だった。子供がいなくなった親が味わう突然の恐怖の中で、リサは振り返って商店の大通りに娘がいないか探す。カリシアはアーコモールの一方にある巨大なウィンドウのそばにまだいて、夜空を興味深そうに眺めている。
「ママ、星っていっつもあんな遠くにあるの?」
そして警報が甲高く鳴り響く。
最初は、この計画は待機しこの世界をあらゆる脅威から、公益のために狩猟・拘禁されたものと同様に内外からやってきたアノマリーたちから可能な限り守るためのものだった。そして時が来たら、我々は単に外へ出るだけのつもりだった。戦いもせず、騒ぎもせずにだ。現実が終わってしまったなら、その時我々は共に終わるつもりだった。
この問題を解決する手段についてアイデアがあった者は、上司に連絡するか昇進するまで待機した。最終的に、そういった者は当初の計画を変更すべき地位におり、実際にそうした。
こういった計画の最終活性化シーケンスが始まろうとしている。フェーズ2は既に活性状態にあり、終わろうとしている。終了には数分かかり、そのため私には自分の感情に浸る時間があった。
私のデスクトップは木でできている。本物の、地上の木でだ。前任者からの思い出の品で、記憶に満ちた過去の遺物だった。感情であれ尊敬であれ、そのせいで私には捨てることができない。代わりに、自分の心が定期的にそれに引っ張られているのに気が付く。観察して研究せざるをえないのだ、こういった小さな遺物や禁止物品がどうやって彼女の手に渡ったのかの調査に勤しむために。そして、私は特にそのうちの1つを懐かしむ。それは、一番上の棚から引っ張り出したものだった。
私は、タンパク質でできた「星の子宮」の模型を見つめる。重要なものだ、巨大な、本当に巨大なもの。そしてそれは私の手のひらによく合う形をしていた。心ではこれが間違っていると感じていた。それは世界を生むものであり、ここまで小さいはずはなかった。
私はかつてナノゲルの映写室に入り、自分のためにコンピューターに地球の周囲へと数個その模型を作らせていた。そういう距離では、相互重力によってそれらは散り散りになって地球は崩壊するというのは今ではわかっている。しかし当時の私は驚き、その信じられないほどの大きさに、そしてインスピレーションを与えるような無限の尊厳に口をあんぐりと開けた。畏怖の念まで抱いたのだ。
私はスクリーンをジッと見つめる。そこには、フェーズ2が数分後に地球に到達するというアナウンスがあった。今や全ては過去のものだ。
食堂は笑い声とナノゲル製の鳥の色とりどりの姿でいっぱいで、鳥はほとんどネオンみたいだった。休み時間は最高の15分になった。皆がビートにヤクに、愛に熱中していた。
レイジェスはアイツができる一番バカみたいな動きで踊ってみせて、外で今夜かわいこちゃんたち何人かの注目を浴びようとしていた。アイツはダンスフロアにいる背の高くて優雅なマイナー系の2人組がお気に入りだったが、2人は矯正用アンプの見た目のせいで低重力の影響を強く受けていた。レイジェスは地球人が2人を怖がらせてしまうんじゃないかと心配していて、だから彼らを責めたりはしなかった。折れた腕か除去された骨盤を悪くしただろう。連邦は壊れた物を交換して新しいのをタンパク質の大樽で作れるなら、絶対に壊れたやつのことなんか気にしなかった。
バーテンダー数人もかわいかった。あそこに半裸のシー・ウェイターがいて、そいつは全身男だった。実際のとこ大勢の野郎たちといちゃついてやがった。レイジェスは当然笑った。レクリエーション・ウォーDはみんな1時間使えて、大気が充填されたナノゲルのおかげで誰も安全性なんか気にしなかった。それに、そのウェイターもハンサムだったんだ!
だがシーっていうのは、聞きすぎちまったやつを面倒事に巻き込むかもしれなかった。レイジェスはまた脳洗浄を受けたくはなかった。アイツがプラス10ヶ月毎度毎度話したがるたわごとは、確かにアイツの優先リストになかった。人生っていうのはそういうたわごとには短すぎるんだ。だからレイジェスは踊りながら行っちまった。
きっとアイツは今夜旧友の1人を銀行に行かせることができた。それか、停留中の他のウォーDから来た奴らのうちから選んで行かせるとかな。
だがその時、アイツはその女の子と出会った。レイジェスは彼女を見るなり、そのパターンに気が付いたから踊るのをやめなきゃならなかった。彼女はそういう貧乏な連中の1人だった。
彼女は多くを見過ぎてしまった、知りすぎてしまったんだ。彼女は踊った。忘れるために、抱えていたくない知識で重たくなりすぎた頭を空っぽにするために。そんでサンバースト・コックテイルで「目まいと思考と歌の薬giddy-thoughts-and-singing」を1錠飲み干した。彼女は市民ベルトの類いを付けてなくて(規制違反だ)、必死に自分が誰なのかを忘れようとしてた。でもレイジェスの目には、彼女のベルトに全く同じ「ハチ」を嵌められるように見えた。
アイツはその子に歩いて行った。ほとんどの連中は、アイツが自分から馬鹿でノロマになってる奴らのサブカルに加わってると思ってる。脱走野郎、卑怯者、堕落野郎に犯罪者っていう地球のクズどもの一員だってな。そんで、そういう階級の連中はまさにイメージ通りって感じだったりもしたが、レイジェスには脳と規範の両方があった。
アイツはその子に手を差し伸べると、明るいピンク色のナノゲル製ハチドリの群れをぶっ叩いて、ソイツらがさえずる人工音楽をどうにかするために叫んだ。「おい!大丈夫か!」
彼女はレイジェスを見つめると、涙をこぼした。わかっていたんだ。
レイジェスは、自分で自分を面倒事に巻き込んでしまったと理解した。その子が、全然バカっぽくないハチの口を開いてこう言った瞬間にな。「わ私には星々がもう歌っていないようには聞こえな」
そうすると警報が突然鳴りだして、アーコロジーの向こうにぼんやりと月が見える見晴らしの良い窓で偏光が起こった。レイジェスの階級の全市民は、アイツ自身も含め弱々しく屈服した。轟く無機質な声がウォーDを天井から揺らし、音楽は止んで、照明は突然白くなり、ナノゲルの縁が警告と忠告で満ちた浮遊体へと溶けていった。
力強い命令口調の声が続けた。お聞きください、Dクラス市民。小規模脅威状態がこのアーコロジーにて宣言されています。外部への接近や、如何なる窓の開放の試みも行わないでください。全Cクラス・Bクラス市民は、事前に指定された緊急エリアへとお戻りください。小規模脅威状態がこのアーコロジーにて宣言されています......
もちろん、こういったアノマリーは私にとって未だに仰々しく思える。我々の多くにとってもそうだ。永遠に語られることのない我々の光からの話を — 他の世界の向こうにある恒星であるとか、時々ただのヒント、より良き宇宙への手がかりが......消えていったのを見た生き残りたちの物語を知れるだろう。他の選択肢よりも放置することに価値があると我々は賛同した。
「我々は賛同した」。つまり他の誰もそうしなかった。我々だけだった。
思わず泣きそうになる。目を閉じたら、再び太陽の姉妹が弱り果てて死んでいき、身もだえして、顔を苦痛に凍り付かせ粉々に崩れさせる様子を見ることになるだろう。だから私は目を閉じない。
私は、我が家のホール(よく設備が施されているのにほとんどただ動作するだけの月面貯蔵庫)に歩きながら飛び降りて、自分のターミナルに辿り着く。そこには見事なスクリーンがあり、ドーム状で、太陽系の全体像において私が知らないといけないどんな出来事も、完全な3次元映像で同時再生が可能なのだ。
しかし、過去10年かそこらの中で、我々は知っていたアノマリー1つ1つを安楽死させてきた。注意すべき警報はそう多く残されていなかった。そこには正当な理由があった。我々はあの姉妹が味わった苦しみを彼らにも味わわせたくなかったのだ。
あるいは実に多くの他の物を怪物やそれに似た不思議な物を、我々は殺した。だからこそ我々は隠れ潜んだままでいただろう。
我々だけではなく、財団全体がだった。財団だけでさえなく、人類全体がだった。我々、つまり太陽が。
老人の太陽が落ちてくると、ついに彼は自分の拡張ボディを浪費した。収容警報がどこかから聞こえてきたが、彼は聞く耳を持っておらず、その脳は死に絶えていた。
そうして、彼は目を覚ました。
「ええと、時間がかかりそうだな、お前」老人の夢が言った。
老人の太陽が目を開いた。そう、空がそこにあり、しかし星はなかったのだ。どんな星も存在しなかった。「待ってくれ」彼は言い始めた。「私の目は......」
彼は自分の手を、顔を、耳を触った。老人の太陽は話すことも、聞くこともできたし、見ることもできた。彼は周囲を見回した。
月は未だに頭上で輝いており、触れないところにあった。その下で、どこまでも続く連邦の街々がオールセンサー・モードに入り、アーコロジーがセラミックと金属でできた板を見張りとカメラの向こうで次々と積み下ろして近づけた。彼は人類が築いたどんな巨大なホールよりも高い山の上に立っていた。
「彼らは随分と発展したな」老人の夢は言った。老人の太陽は、連邦の最上階級の物たちの着ているような奇妙な帽子と服を身に着けた状態で、彼に振り向いた。「私たちの助言をよそに」
/「何が起こったのだ?」老人の太陽は尋ねた。相手は首を振った。
「彼らはどうしようもできない脅威に気づいたんだ、だから逃れようとしている。皆が死にゆこうとしている」
「......だが、君は?」
「お前は夢を見ている。私のことがわからないのは当たり前だ、次に予定されている具現化とは多くが異なる」
「夢見なのか?」
「太陽の主人だとも」
「私は死にかけているというわけだな」
「その通り。ボールを押すのはもううんざりだ。若者たちはそれを覆っている。もちろん彼らにこうさせたいわけではないが、止めさせるにはもう遅い」
老人の太陽は呆然とその光景を眺めていた。「私は死ぬのか......」
彼は苦しそうに、実際には存在しない息を漏らした。そして、塵の子らの街々が静まり暗くなっていくの見ていた。地平線の向こうで太陽がひとりでに回転しており、冷たいコンクリートと世界全体を温かく照らしていた。
彼は全てを鋭敏に感じ取り、夢自身が震えて泣き始めた。「私は進める......今なら我が子らに会える」
老人の夢は彼のところまでやってきて、その肩に手を置いた。「行け。彼らはお前を待っている」
老人の太陽は頷いた、緊張しながら。「君はどう思う?」
「私は多分、すぐにお前についていくだろう。ちょっと旧友の様子を見に行く必要があるんだ」
「行ってくれ、そうしたら......私はすぐに君に会」
「SCP-499-55は倒れた。繰り返す、SCP-499-55は倒れた」
「SCP-499-56を派遣する。ああ全く、我々はクローンを使い果たしてしまう......」
何故なら、実に長い時をかけて、財団はほとんど全てを失ってしまったからだ。
ずいぶんと長い時間をかけて、我々は譲歩せざるを得なかった。我々はファシズムの消極的支援へと徹底的に直進しなければならなかった。そうして世界最高の茶番を全力で実行に移したのだ。財団も、連邦も、同じものを製造するブランドにすぎなかった。そうして、ネペンテを盲信する大衆と共に、我々は独力で世界の力をコントロールすることで自分たちの裏を役立たせた。そしてその力がもっと強くなることを期待したのだ。故に我々の勢力は拡大した。
今や人類こそが財団だ。財団こそが人類なのだ。今、誰かを他のものから解放しようとすれば、誰かを緩慢に死や無意味な他のものへと近づかせていってしまうだろう。
つい脱線してしまう。私はフェーズ2の進捗を確認し、表面上カメラに接続している浮遊フィードを開く。本物の星から発せられた最後の光の波は地球を既に通過しており、恋しく思う。星々はくすんでしまっており、見たところほとんど完全に滅び去っている。面白い。1つの星がまだ我々を見ているのではないか?そして、我々にはその星がこういったこと全部について何を思っているかわかるのではないか?
私はモニタリング用デバイスの自動化配列上にある、もう1つの浮遊体を開く。笑みがこぼれる。終焉の予感がする。
私は浮遊体を閉じて、その星が死んでいると知る。星々は全て死んだのだ。
それは約束してくれているように見える。当時は違ったのだ。我らが前任者は、全てを狂信者やアノマリーに明け渡すことを恐れていた......だが我々は勝利した。地球はアリ塚の王になった。そして勝利してさえも、まだ十分ではなかった。
我々の敷いたルールの下でさえ、資源は乏しかった。我々は全ての団体を吸収した。全ての企業を、そして国を。それでもまだ足りなかった。故に我々はさらに拡大した。
もちろんプロジェクトの秘匿を維持するための努力は未だ続いており、その一部として我々は大衆に、星間航行は不可能であると告げた。恐らく試みることさえ危険だっただろう。かつてはそうだったのだ。だが我々は112年前に星間航行の技術を発展させた。計画の実行に必要な資源を、大半が太陽系外に起源を持つものを回収するためにそれを用いたのだ。
民衆は基礎宇宙物理学が十二分に信頼性があり、頼りになる上に絶対的なのだと信じていた。しかしその中にまた別の嘘があった — Cは防護壁と同じくらいの障壁なのだと。そんなものはありはしなかった。
真実は遥かに複雑だ。何千もの自己複製船をプロジェクト開始当初に発射し返した。それは、影がほとんど表れ始めてすらいないときのことだった。我々は自分たちの星系を消耗させることはしなかった。我々には、どれほどの人類が計画完遂後に必要か確実に予測できたからだ。その船団は光速を超えて元のコロニーへと航行した。自動機器、厳しいスケジュール、そして専用の人員という3つのものを積み込んで、人工の宗教に動機づけされながら。何十億もの船が発射された。彼らの独力で繁栄する文明がそこにあった。
実際のところ、人類の実に大部分が「Eクラス市民」と呼ばれがちな、「亡命者」を自称する者たちで構成されている。Eクラス職員たちは、聞くところによると、本来アノマリーの収容を担当していたそうだ。
その後、私と他の12人がスイッチを入れたことで、彼らは死んだ。破壊された宇宙中に飛び散ったことで、1ダースほどの世界が有用な材料全てを消耗してしまった......ただ、財団に成功のチャンスがあることを確かめるためだけに。彼らの亡命は、その物語や伝説が多くあったにもかかわらず、終わった。1世紀に渡る口伝や、専用機械の崇拝そして天文学的神秘主義。その全てが繊細に設計され投影されたミーム複合体であり、永久に誰にも思い出されることなく1秒後に燃え去るものだった。
監督評議会を除いては。
全てが嘘にすぎない。今や彼はそれに気づいている。
インフィニット・ボーダーが活性化するのを、亡命者たちの艦隊が畏怖や恐怖、そして突然の理解の眼差しで見つめる。それは亡命者たちがよく知った機械だ。何故なら彼らの母親も、そのさらに母親も、そのさらに母親も、12光年は先にある埃っぽい氷と岩のボールでできた骨でそれを作ってきたからだ。彼らの中の誰も、一度も堂々とその機械を超えて聖域に踏み入ることはなかった。
それは禁じられていたのだ。
今、グランド・ヘルムズマン・ロデリックは、ボーダーが空間を非現実の炎で切り裂き宇宙が彼らの周りから霞んでいくのを眺めている。彼は同じ信者たちが困惑し、疑いの声を叫び、また困惑し、悲しむのを見ている。「どうして?」
それは禁じられていたのだ。
ロデリックは振り返り、キャビンの中の小さな聖遺物箱を見下ろす。キャビンには真球が浮遊している。それは「1つ(の精神、の世界、の目的)なるもの」の象徴であり、ここ数年彼を突き動かしてきたものだった。異端者たちは最初から正しかった。彼らの親族が与えられた全ての誓約と希望は、実際には存在しなかった。
繰り返そう、それは禁じられていたのだ。誰に?
彼は自分が手に入れてきた中で最も神聖なものを手に取って、コントロール・パネルめがけて叩きつけて粉々にする。恥ずかしくて泣き叫びながらだ。他の大樽育ちの亡命者たちの悲惨な見た目に直面して、ロデリックは憤怒を覚える。
彼は真実を知り、大声で叫ぶ。
「『1つなるもの』の正体は微塵も完全なんかじゃなかった!」
そして太陽とそれがした全ての誓約は、自ら螺旋状に捻じれゆく空間の流れに飲まれ、消えていく。その空間では宇宙がゆっくりと暗くなっていく。亡命者たちが訪れた世界として。敵が最初に破滅させようと選んだ世界として。まるで影がやってきたかのように、どんどん暗く......。
それはいつもやってくるものだった。それは来ていた。宇宙の終わりだ。餌を食らったであろうもの。
星々が消え去ると、絶望はその艦の全てを洗い流していく。「恒星の下の時計」の力がボーダーに引きつけられる。ヘルムズマンは知っている、祈り以外は何も残らないと。
そして彼は祈った。厚い伝声管と自分の口を接続し、宇宙の終わりをよそに聖歌を歌う。
「己が魂のために祈ろう、兄弟たちよ」ロデリックはそう言うと、完全性を探し求め、そして誰も見つけられない。彼は代わりに希望へと向かった、「彼らが『1つなるもの』に辿り着き、我ら皆を再び完全にしますように」
そして、嘘には価値があった。それだけが価値だったのだ。我々の歴史の中で一番最初に、1人の監督評議会員が我々の仕事を観察してこう言うことができる。「そう、我々は安全だ。そうだ、人類は安全なのだ。その通り、地球は安全なのだ。財団の使命は完遂された」
地球は生き延びるだろう。人類は発展し、いずれ弱り果て、結局は恒星が衰え自ら朽ち果てると共に滅びるだろう......もちろん、我々が何とか自分たち自身を騙してこの新しい難題を奪取しない限りは、だが。
何故なら財団は諦めないからだ。我々はここ数十年にわたって諦めなかったし、実際に成功させてきた。宇宙の残滓という取るに足らないコストを支払って、既知の宇宙全てを現在貪っている脅威から我々は逃れた......良い言葉が思いつかないが、恐らく「現実的」なものだけだったのだ。
我々には、どれくらいの間この対抗措置が続くのかわからない。しかし、それさえももちろん考慮の内だ。何十基もの時間溝がオールトの雲の彼方にある。それらは月よりも大きく、何者も残されていない宇宙と時間を継続的に交換している。時間溝は、そこからほんの数十億年はありえたものを吸い上げる......同僚たちは、自分たちが苦痛を短く済ませてやっているのだと言う。私は、同意なしでの安楽死は未だに殺人行為だと信じている。
我々が発展させてきた錨は、1世紀に渡る仕事を終わらせた。錨は、捕食者というわかりやすい恐怖を食い止めるものだった。我々という哀れな餌は、自力でそんなものから逃れられるほど発達していないのだ。全てのものが、大量に連なったダイソン・スタタイトをそれを続けるために、そして辛うじて活性状態にするために必要としている。そしてなお、我々は私はそれがすべき正しいことであると知っている。
私は最終活性化シーケンスの許可を入力し、他の12人も続くのを確認する。成すべき正しいことなど存在するのか?
もちろん、私はそれが存在すると知っているし、既に我々はやってしまった。我々は人類の保護を誓った。私は、こんなことは道徳的には短絡的な行いにしか聞こえないと頭ではわかっている。宇宙全体を餌として犠牲にし、一方で自分たちの防衛手段を、我らがインフィニット・ボーダーを構築するなんてことは。だが頼む、我々に下すべき審判は「心優しき者たち」なのだ。
我々にとってそれは、想像するには大きすぎた。そして、我々は子供たちと出会っている。愛する者たちと出会っている。兄弟姉妹と抱擁している。年寄りたちに抗っている。我々は人間だ、そして我々は自己中心的で、身勝手で、結局のところ怯えているだけにすぎない。
我々は生き残りたいのだ。
名もなき男が、独り水星の平原を歩いている。
彼の服は古めかしく、何度も修繕されている。彼は装置をとうの昔に捨ててしまっていた。搭載されているコンピューターは、彼にシェルターに行くか、今財団が彼が見上げるかもしれないと恐れている空から最低でも目をそらすように提案している。なお悪いことに、彼は夢をもう感じることさえできない。コレクティブ、彼の最後の戦闘部隊は既にいない......彼の最後の友も、彼らと一緒に逝ってしまった。不死者は粉々にされ、神々は犠牲にされ......彼の兄弟たちは燃やされた。そして彼は彷徨っており、彼にもそれは明らかだった。
皮肉だが、一定の方法で彼は1つ前の時代でも彷徨っており、そうするのに誰の手助けも要らなかった。
彼は知っていることを考える。彼が見てきて、行ってきたことを。歴史を横切り、前に立ち、超え......背後に立つ。今日、彼は女神が死に星々が消えてゆくのを見た。
もう十分だ。彼は十分やった。
まさしく、彼は失敗したのだ。だが、彼が抱えていたのはいつも独りで成し遂げるべき巨大なタスクだった。彼が実に多くの他人を「時間のあるうちに財団を止めよう」と説得するときでさえ、聖なる男たちに戦士たち、商人たちに志願兵たち、その全員が失敗したのだ。
彼ら全員が失敗したのは、人類が恐れていたからだ。人類が、彼らの側について戦いたくなかったからだ......だから財団の側についた。もっと安心できる選択だったのだ、座って主人に彼らを止めさせ......終わってからその全てを忘れることは。
彼は決してそのことについて彼らを責めなかった。どんなに彼らについて知っていることが少なかろうとも、彼は諦めるということがどういうことか実によく知っている。
まあ......彼は今ではそうしているが。
彼は再度確認する。酸素は数分後に底をつく。これ以上延期などできるわけがなかった。とにかく、生きているどんな魂も彼やその運命のことを決して知っているようではないし、心配しているようでもない。そしてそんなことは問題ではなかった。誰も知ることはなかっただろう。
私が同僚たちの嘆きと祈りの声(祈りだ!ここまで臆病とは!我々は誰に祈るべきだというのか?我々がこんな祈りについて熟考さえ行い、そして実行まですると?)を聞くと、システムがオンラインになる。ボーダーは今や閉じている、永久に。永遠にだ。
私はカメラにフィードを見せているその浮遊体を確認する。前もって、何が見えるか知っていながら。黒い、星のない夜空だった。恒星から発せられる全ての光が、ボーダーの向こうで永遠に罠にかかったままの他の世界にぼんやりと現れ、死せる虚空が我々を見返している。幸運なことに、そして、全地球警報システムのおかげで、今それを見ているのはたった数名の人間だけだ。B職員と選ばれたC職員だけがそれを見ることになっており、彼らは自身の記憶処理コースを選び忘却できるほどに忠実な者たちだった。
我々が彼らはそれなしで生きられると言えば、彼らはそれなしで生きられるのだ。とにかく、記憶は普通は負担なのだ。
フェーズ3は最も詩的で、ああそうだ、最も不要な部分なのだ......だが他の者たちは、それが「退屈な」エージェントたちにはできない、快適感を与えるということを大衆にしてくれると言った。宇宙物理学専門のBクラス職員だけがいつもスタタイトの真実を知ることになる。ボーダーが太陽を覆う保護システムであり、ヴェールではないのだと教えられるのだ。
メインシステムがオンラインになると、巨大なマイクロ波受信機がスタタイトからエネルギーを集める。何十億という単位の、インフィニット・ボーダーにエネルギーを与えるよう設計された衛星が展開され、力をそらしたのだ。鏡へと、反射器へと、そして、良い言葉が思いつかないが、極度によく収容された大量の微粒化済の星々へと。そこには小さな国ほどのサイズではない核融合炉が磁力で収容されており、その数は幾千にものぼった。
そしてついに、強大な空間歪曲テザーがあの激しいボーダーに自ら近づくにつれ、星系の最遠端周辺に1兆個のフラクタルな弧を編みながら、太陽から奪還された全ての過剰光がインフィニット・ボーダーの更なるエネルギーに変換される。
今や、その名前は真っ当なものだ。天の川という曖昧に輝く道が再び創造されるまで、この虚空の橋々のいくつかはその光を歪曲する。そして太陽系の空間は完全にクラインの壺状に閉じる。ボーダーは今、偽りの星月夜を太陽系に放射している。
不完全な星明かりが、スタタイトと我々を分断する数分間交差すると、私はたった数光年大の泡を想像しようとする。涙を想像しようとすると、それは宇宙の外観から分離し、彼方へと漂流していく。
安全Safe。拘束下Confined。保護下Protected。
お聞きください、全市民。Arコントロールは、小規模脅威インシデントが死傷者なしで解決したと喜ばしく報告します。
Bクラス市民にして次元研究専門家であるテッサ・リーは、自身の小さく暗い部屋で、単に独り言を囁いていた。「星々は死んだ。星々は静まった。ゆ許せるわけがない。そんな」
感情は消え去り、そのせいで彼女は週の初めにひどくこうなってしまう。第五は今や砕かれた。第五は終わった。「第五はお終わったのよ!」彼女は囁き、目を見開く。不愉快で、冒涜的で......悲劇的に感じられる。
正しく感じられるのだ。
行政緊急状態は現在、全アーコロジー法域にて無効化されています。Arコントロールの声が遠くから聞こえる。それは母親らしくそして心地よい風に設計されていた。だがテッサにとっては、耳障りな金切声だ。間違っている。その言葉全てが間違っているように感じられるのだ。
彼女は、まるで離脱症状の最中の薬物中毒者のように頭を抱えて振った。彼女の論理的思考の最後の痕跡によって彼女はこれに気づいた。長すぎるほど長い間シグナルに乗り込み続けていることに、随分と遠くに行きすぎてしまっていることに。
テッサは気にも留めない。最早何も感じられないのだ。彼女は考え続けていた、クラブのことや、音楽のこと、人々のこと、感覚過負荷のことを......多分、乱交をしたとしても彼女は最低でも元の自分へと崩れさってしまっただろう。ただ誰かの役に立ちたいだけの、意気地なしで気弱な愚か者へと。彼女自身の中にある空虚を強めること以外、どんなことをしても同じことになっただろう。
ロックダウン命令が一時的に停止されます。そのままお待ちください。部屋の唯一の窓が開かれ、愛おしい深夜の空を見せる......星々でいっぱいの空を。
そして、それは星々などではなかった。
「ででもそれだけそれだけなのよ!」彼女は叫び、窓ガラスに自分の身を投げ出す。「星々全てが!無くなってしまった!お前たちは誰?誰なのよ?誰だっていうのよ!?欺瞞!欺瞞だわ!嘘なのよ!見え見えの嘘!!」
彼女はアパートを駆け上がったり、駆け降りたりする。
テッサは先週、インフィニット・ボーダーの宇宙テザーに残されたほとんどない流出物を磨きながら、需要の高い科学者全員が時々必要とする小さなひと押しというやつを探しているとき、自分が何をしているのかわかっていた......そして今、彼女は走り回っている。全部、記憶処理を受けなければならないせいだ!全部、過去1ヶ月のことを忘れないといけないせいだ!彼らがそんなことを彼女にさせることなどあり得ない、それも彼女が実に多くのことを学んだ後に。彼女が実に素晴らしく成長した後に!
その場しのぎの静かな警報がその階の自動マネージャと接続しており、彼女に警告する。連邦セクト鎮圧機動部隊Sect Suppression Task Forceがすぐ外におり、灰色だらけの制服を着た者たちが浮遊体とドローン銃に囲まれている。絶望的だ。彼女は切り抜ける手段を探す。
ロックダウン命令が一時的に停止されます。そのままお待ちください。
誰もいなかった。
絶望的だ。テッサは星のシグナルの転写に、彼女の秘匿研究エリアに散らばっていた変色しきった古い紙束に手を伸ばす。彼女はいつも、それが彼女を導きたがっていると考えていた。最初はそれ自身へ、次は照明へ、そして次は連邦からの自由へと。テッサはその転写から、毎日耐え忍ばなければならない灰色の宇宙の隙間でどう生きるかを学んだ。そして、それは彼女に約束してくれたのだ、彼女が人類をより良き真実へと、より良き教会へと導くことを......恐らくその転写からなら突破口が見いだせるだろう。
その時彼女は思い出す。思い出したのだ、ボーダーが1時間閉じていることを。シグナルは一切残ってはいない。空には何もありはしない。
そして彼女の目の前でその転写のページが白紙になる。まず、テッサはただ呆然と見つめる。そして、それをパラパラとめくり始める。信じられないといった様子で。「でも......き兆しは......そ存在するってわかってるんだから!」彼女は紙束を抱いて泣き叫び、何枚もそこから地面へと滑り落ちる。まず、彼女は恐怖で頭がいっぱいになり、そして確実性のことが頭に浮かび、究極的には、悲しみに満ち満ちる。「私をあ — 愛してくれてるのよ!全部が何かを言いたかったはずで、こんなにも多くの —」
ロックダウンが無効化されました。スケジューリングされた活動の再開が可能です。
完璧に訓練されたSSTFの対セクト信者専門隊がテッサのアパートに押し入ると、彼女が何が起きているのか理解さえできないうちに、ドローン銃が目と心臓、そして手を撃ち抜く。自動センサーが操作者たちに対し、星のシグナルのページを見ないよう念入りに指示する......。
星のシグナルが、最後の第五主義者の血にゆっくりと浸っていく。こうして、パターン認識プログラムは空虚になっていく。
それは後で燃やされて灰になるのだろう。そして、未だに謎が残る場所に新たな謎が送られていくのだろう。忘却という場所へと。
お待ちいただき誠にありがとうございました。
今、SSTFの兵士たちはテッサの遺体を袋詰めにして、注意深く布の1枚1枚にタグ付けしている。
残った数少ない脅威はしょせん、大衆を恐怖させ......スパイと偽旗作戦は日常的な事だと信じ込ませるパペットや人工のブギーマンでしかなかった。こういった嘘は正当化されるのだ、この無害な脅威を無害なままにしておくためのリベラルな適用が正当化されるように。
そしてそれは上手くいく。今夜その宇宙は死んでしまった。そして、人類は依然として何もわからないままだろう。
1人、また1人と、私の無様な相同体たちが、その数も階級もほとんどわからない者たちが、この達成について互いや人類を祝福する。わずかな、恐らく自分のたわごとに苦しんでいる者たちは沈黙していた。彼らが自殺したか行ってよく眠ることを選んだか、私にはわからない。実のところ、気にもしていなかった。
彼らの1人が、別の1人の言ったくだらない冗談に笑う。馬鹿どもが。我々は今夜宇宙を殺したというのに。場違いな軽薄さなど、この罪の大きさに対しては比べ物にならない。故に、彼らを叱責したところで何の意味もない......繰り返すが、私には理解さえできないのだ。
どう比べ物になるというのか?何と比べられると?倫理委員会のヒヤリングでは、彼らがそのプログラムを支持していた事実を一切考慮せずにこれをどう審判するのか?
フードプリンターに冷たいワインを注文する。どんな種類でもいいから、大量のワインを。自動マネージャは、フードプリンターでは酔えないほどの量しか提供できないと返答する。こういうのが、明晰で能力があり正気でい続けなければならないという監督評議会員の義務なのだ。
マネージャは、代わりに新鮮な豆乳を飲むように提案してくる。
私はこのマシーン野郎を蹴り飛ばす。
ソイツに一発叫ぶ。
視界に入る全てのものを使って自分の肉体も含めてだソイツを何度も殴り、叫び声をあげる。昔からここに住んでいるために筋肉は弱まっており、最大限努力したにもかかわらずこのクソが無傷のままなことに私は気が付かない。内部保安システムが警告を入れた私担当のミーム学者は、この未マークのモジュール式貯蔵庫に住む未知のAクラス職員が千なる闇の神々の狂気に荒れ狂ってはいないか確認してくれる。ただの単なる逆上にすぎなかった。
何故か?まあ、彼らには関係のないことだ。
それでも私は殴って殴って殴り続ける。スクリーンからキーボードを取って、そのマシーンに叩きつける。柔らかい部分が1振りごとにへこんでいく。私はやめない、ブチギレているから、怒っているから、悲しいから。
虚しいから。
ようやく、私はフェーズ3が必要なわけを知る。私は大衆に嫉妬しているのだ。我々の中にいる、疑うことなくこの夜を忘れ平穏な生活を生きることを選ぶ者たちに嫉妬している。同じ監督評議会の同僚たちにもだ、笑い歌って踊り祈っているあの連中にも。
祈りか。私の祈りは血まみれの手であり、煮えくり返るうわべだけのものだ。そして、だから私には祈りが必要なのだ。
数時間後、目覚まし時計がまた鳴る。キラキラ光る、夜空の星よ、歌が続く。私はうなる。保留中の仕事があって、やる時間がなさすぎる。
私は、起きて例のマシーンに食事を注文する。人生は終わらない、そう思う。
これを直さなければならない。彼女を直さなければならない。そして、もしどうすることもできないとしたら、少なくとも確かめなければならない。他に人類が見つけられることはないかと。人類が驚嘆できるものはないかと。
私には耐えられないのだ。他の恒星が存在せず、新しいものもそれにならず、ただ偽の星明かりが灯るということは。
私には耐えられないのだ。人類を保護するという我々の熱意によって、それを箱にしまったということは。
関連ニュースです。アーコロジー・コントロールの一連の警報が、本日の世界時午後に惑星全土にアナウンスされ続けています。詳細が明らかになっていない一方で、企業の情報提供によると、連邦の機動部隊がすぐに火星やエウロパにおける疑惑の反抗的なセクト信者たちへの攻撃を実行する可能性があるとのことです......