金曜日
評価: +11

クレジット

タイトル: 金曜日
翻訳者: Aoicha Aoicha
翻訳年: 2022

原記事: Friday
原著者:︎︎︎ ︎©︎Djoric Djoric
作成年: 2012
参照リビジョン: rev.19

評価: +11
評価: +11

このようなネクサスは世界中に存在するが、最も顕著に見られるのはアメリカである。私が思うに、これは文化が普遍的な物語の原則に影響を与える例のうちの一つだ。アメリカの小さな町で起こる怪奇現象は、この国が誕生した当初からメディアにありがちなテーマとして扱われており、私たちにとって最早あまり異常ではなくなっている程である。小さな町の特異性は予想通りであり、そのため、これらのネクサスはそれ自体の性質によって非常に容易く封じ込めることが出来る。如何なる異常な出来事もその町の境界から外に出ることはなく、人々は出来事に対して無自覚なまま、幸せに暮らし続けるだろう。

このような法則に財団が気づかないわけがない。アメリカで確認されている23のネクサスのうち、15の町内には完全なサイトがあり、残りは何らかの形で観察中である。その中でもサイト87は特筆すべきものだと私は考えている。

- フィリップ・バーホテン博士、クロスローズ: 合衆国における都市の異常ネクサスについての研究より

「君がやったのか......」

「驚いているようだね。私の仕事がどんなものかなんて博士も知っているはずだろう。さあ、きっちり払ってくれよ」

ハロルド・ブレーカーはため息をつくと、ポケットからおもちゃの札束を取り出した。彼は親指を舐めて札束をパラパラと捲り、テーブルの中央、残念な品質の二つの朝食の間に500ドル分の紙幣を投げ入れた。

「ご親切にどうも」ライアン・メルボロンはこの結果に喜びらしいものを全く感じずに言い、自分の札束にブレーカーが支払った分を加えた。ブレーカーは頭を振り、友人が愚かなことに巻き込まれるのを目撃した人のように、「君がこんなことをするなんて」と曖昧な笑みを浮かべていた。

「好きなだけ笑えばいいさ。それはそうと、ヒューズがこのシャツを買ってくれたんだ。アホな奴だよ。もし私が無料のシャツの贈り物を断れたなら、君が『テキサス・バーベキュー』と言うより早くシャツを燃やしてしまうだろうね!ああ、今は笑っていいよ。だがダーウィン以来、君たちは何かと楽な生活をしているじゃないか。私なんて、一週間おきに本の半分を書き直さなければならない。ヒップスターがおならをして、誰かがそれをインターネットに載せたからだ。たったそれだけで。この茶番劇のせいで私がどれだけ余計な仕事をさせられたと思う?少なくとも20%だよチクショウ!頭の中でグルグル回って、一向に出て行ってくれやしない!」

ブレーカーは新聞から顔を上げると同時にコーヒーを一口啜った。カップの角度、テーブルに対する紙の位置、目つきの表情、そしてコーヒーを啜る長さの組み合わせがこう語った。「10分の8が暴言か。ちょっとやりすぎだが、面白いから嫌味を言って更に煽ってやろう」

コーヒーを啜る動作というものは感情表現が巧いのだ。

「君はまだマイリトルポニーのシャツを着ているじゃないか」とブレーカーは言った。

「ああそうとも、その屈辱で私のはらわたは今まさに煮えくり返っている。君のせいさ。君と、私のギャンブル依存症のせい」

「だが本当にやるとは思わなかったよ」

「依存症がどんなものかなんて君には分からないだろ」

「抱えている問題を自覚することが回復への第一歩だ」

「......治して欲しいってことだね」

「見込みは無さそうだがね」

「仰る通りで」

「この状況が信じられないほど馬鹿馬鹿しいものであると仮定しよう」

「なら私は博士の仮説に同意しよう」

「裏付けが取れたな」

「最終結論。この会話は信じられないほど馬鹿馬鹿しいものであり、恐らく私たちは会話を止めるべきである」

「私も同意だ」ブレーカーは新聞に戻り、驚くことに実際に読んでいるように見えた。「だがヒューズの悪趣味なところを叱らないといけないな。トワイライトスパークルは最高のポニーだ。リンがそう言ってる」

メルボロンはしばらくマスの真似をして、何度かまばたきをした後、負けじとコーンフレークを食べに戻った。友人に6歳の娘がいるという重大な事実をどうして忘れてしまっていたのだろう。勿論、彼は賭けをしたのだ。彼は文脈知識から賭け金の額を知っていた。賭けが成立することも、それが終わったときにユーモラスな最後のコメントを貰うことも知っていたのだ。あの野郎......

カフェテリアは再び静まり返ったが、そこにメルボロンとブレーカー以外の人物はおらず、前者はせっせと後者への復讐を企てていた。

コーヒーを飲み、シリアルを噛み、新聞を読み、復讐を企てること数分後、カフェテリアのドアが開き、小さな四角い眼鏡をかけ、少年のような顔をしたひょろ長い茶髪の男が姿を現した。

「おお、ベイリー!」メルボロンは彼に声をかけた。「今日はどのベイリーだい?」

「ここ五ヶ月間と同じベイリーさ」トリスタン・ベイリーは戸棚に歩み寄ると、中身をごちゃ混ぜにし始めた。今すぐ誰かがパンを買って来なければならないだろう。

「チクショウ」メルボロンはブレーカーにおもちゃの50ドルを手渡した。「誓おう、君はその内替え玉ジョークを披露してくれるだろう。その時は覚悟しておくよ」

「難しいだろうな。トレブは19にいるし、トムは南極だ」ベイリーは4切れの全粒粉パンをトースターに挿入した。ピーナツバターを切らしているようだ。

「そうかそうか、頑張って私を騙し続けてくれよ。お前を見ているからな」メルボロンは、シャツの柄によってその効果が大幅に軽減されたものの、世界共通の"I’m watching you punk"のジェスチャーをした。ブレーカーは最後のコーヒーを飲み干すと、世界のどこかで、人々がありふれた方法で他の人々を殺している様子を報じた記事を読み続けた。

いくらかの時間がトーストの焼き上がりを待つことに費やされた。

チン

「やっとか」ベイリーがトーストを取り出した。「4スロットはもうダメだな」彼はピーナッツバターの不足を補うために普通のバターを選んだ。「今朝のここは死んでいると思うのは僕だけ?」

「今日は金曜日だからな。いつもこうさ」

ベイリーはバターを冷蔵庫に戻し、皿とマグカップを持って二人の隣に座った。

「とっても素晴らしい死に様だこと。今日の予定は?」

「セキュリティ・ミーム・アップデートパッケージの大部分を急拵えしてからデータ収集、そして数時間天井を見つめて、どこで何が起こったのか考える。いつもと同じだ」メルボロンが言った。「君はどうだい?」

ベイリーは口一杯のトーストを飲み込んだ。

「F-3426-デルタの採掘権をめぐる交渉が続いている。自由の女神をイリジウムで飾るのに十分な量のレアアースの上に何もせず何世紀も座ってる馬鹿野郎どもがいてな。こっちが採掘を要求した途端、あいつら断固拒否しやがって」

「アハハハ!ハハハハハ、ハハ」ブレーカーは熟達した芝居じみたごまかしで悦に入った。「今日はE-5503の実験のための最終書類作成だけで、後は資源処理だ。昼食までには終わるだろう」

メルボロンは、偽の札束のために人前で屈辱的なTシャツを着せられたというだけで、特別な嫌悪感をもって彼を睨みつけた。ただ見過ごすわけにはいかない。今こそ行動を起こす時だ。

「ベイリー、証人になってもらいたいんだが」

「今なってる」

「よし」メルボロンはパステルカラーの分厚い札束を取り出し、一枚を自分の手に持ち、残りをテーブルに叩きつけた。

「今日の昼までに君の仕事が終わらないことに賭けよう」

「公平だな」ブレーカーの声はとても曖昧で、淡々としていて、提案を受け入れているように聞こえた。いやいや、これではダメだ。全くもって良くない。

「オーケー、いや、ダメだ。賭け金をもっと高くしなければ。私の財布の中に75ドルとSteak n’ Shakeのギフト券がある。君が昼過ぎまで居残ることに全てを賭ける。決まりだね?」

「決まりだ」

彼らは握手して約束した。

サイト87は目覚め、夜勤の職員らは眠りについた。どちらもあくびをしたり伸びをしたりと猫によく似ているが、特に急ぐ必要はない。S&Cプラスチックの駐車場に入る車もあれば、出て行く車もあり、外の人々は誰もその事実を不思議に思わなかった。

ライアン・メルボロンは自分のデスクに座り、ため息をついた。バカだ、バカだ、バカだ。なぜ彼は本物の金を賭けたのだろう?おもちゃの金は彼が本物の金を賭けるのをやめるためのものだったというのに。彼はパソコンを起動した。デスクトップの壁紙はISSから見た地球の写真だった。

でもそれが彼のやり方だ、そうだろう?彼の頭の中はこんがらがっていた。メルボロンがギャンブル狂であることは誰もが知っている。メルボロンはかつて誰かの昼食に祖母の弁当を賭けていた。それがミームだったのだ。それが彼の頭の中でこんがらがって、そして詰まった。ライアン、お前はミームについて何も考えずに行動してしまったんだ。無意識のうちの行動だった。文章の最初で『暗示』を投げかけた。意味もないのに「20%増えた」と言った。他の誰にも理解できないことを、ただ自分は理解できるというだけで、彼自身の心は止めようとしなかった。一言で言えばそれはミーム学であり、アイデアの伝達を通じて心をプログラミングすることだった。

やれやれ、神よ、彼には助けが必要だ。シャツのポニーには最早何の意味もなかった。男にとって今この瞬間は、何かがひどく間違っていることに気づき、その瞬間が過ぎて自己満足に陥る前に、すぐに行動しなければならない瞬間の一つであった。

彼はペンと付箋紙を手に取った。

タルボット博士にアポを取る

彼はその文に強調のピリオドを加えると、鋭いジャブでもってパソコンのモニターに貼り付けた。

彼はしばらく間を置いてから、別のメモを書いた。

自分を憐れむのはやめろ

そして彼は分散パターンを検討し始めた。

「あなたのケースに緊急の必要性があるとは考えていません」

それはトリスタン・ベイリーがこの2週間の官僚主義への冒険の中で聞き続けてきた反応と同じだった。翻訳ソフトがあるフレーズに引っかかり、金属的な単音でそのフレーズと変種を吐き出した。この表現は交渉のテーブルの向かいに座っている男にぴったりに見えた。男の頭は禿げており、身長は高く、顔は細く、目のどこにも生気がない。少なくとも男の肩書には『補佐』や『副』がない。もしかすると権力を持っているのかもしれないが。

「ですが何度も言うように、あなた方の社会にニーズがないはずはないのです。もしニーズを言っていただけるのなら喜んで提供させていただきます」

「この規模の決定を下す権限は私にはありません」

また同じ答えである。誰も何の権限も持っていないのではなかろうか。

「本気でそう仰るのですか?私たちから必要なもの、欲しいものは何もないのですか?高級品でも文化的なガラクタでも、何でも良いのですよ?」

「この規模の決定を下す権限は私にはありません」

ベイリーは頭の中で自分自身と何度も言い争った。ここには相当量の貴重な資源があり、交渉に2週間かかるのは何ら異常ではない。自分を神と言い張る原始人や、超自然的な機関の構成員との取引に慣れすぎていただけなのかもしれない。しかし、他宇宙との交渉は非常に多く、一度に保持できる契約は限られている。この交渉を何週間も放置して進展がないままでは、より差し迫った事案から財源を奪うことになるだけだ。これは判断材料になるシナリオだった。

採掘は後回しで良い。マルチ-Uの選択肢が少ないわけでもない。

ベイリーは立ち上がり、ネクタイを真っ直ぐにした。

「どうやら貴方は私の論拠に動じないようなので、他で仕事をさせてもらうことにします。この度はありがとうございました、ごきげんよう」

二人は握手をした。一瞬、痩せた男は手のひらが少しチクチクするのが気になった。それからしばらくして、彼の目は虚ろになった。目を覚ました時、彼が覚えていたのは......何かを企んでいる地味な外人の姿だけだった。

ベイリーは部屋を出ると、F-3426-ガンマでより良い結果に恵まれることを願った。

ハロルド・ブレーカーは時計を確認しながらほくそ笑んだ。

11時46分。

賭けに勝ったからどうということはない。そういうことを気にするのはメルボロンの仕事だ。彼はただ、このプロジェクトが終わって自分の手から離れたこと、そして生物そのものがいなくなったことが嬉しかったのだ。何かをやり遂げるというのはいつだっていい気分だ。さらに嬉しいことに、E-5503は耐火性に優れていることが証明され、革の原材料の養殖が可能になった。

彼はメルボロンの仕事場の壁をノックした。 メルボロンはパソコンに向かい、コードの列を打ち込んでいるところだった。

勿論、約束は守るよ。今日はついてないな」書類棚の上に積まれた小さな現金の山を、彼は親指で指し示した。「あそこだ」

ブレーカーはその現金をすくい上げると、2歩で仕事場を横切り、マウスパッドの横に置いた。

「ボールペンが必要なんだが、75アメリカドルで売ってくれるかい」

「一体どういう風の吹き回しだ?私の賭け金と同じ値段じゃないか」メルボロンはにやりと笑った。「ギフト券は持っていてくれて構わないよ。どうせ4ドルしか入ってないからね」

翌日は土曜日で、ハロルド・ブレーカーの訪問日だった。そのため、サイトでは友情についてのアニメが放映され、昼食にはハンバーガーとミルクセーキが振舞われた。

|ハブ|

Footnotes
. 訳注: 原文switcheroo joke、双子などがこっそり入れ替わるいたずら。トリスタン・ベイリーは三つ子の三兄弟である
. 訳注: 人差し指と中指でVの字を作り、Vの2つの指で自分の両目を指してから、相手にVの先を向けるジェスチャー
ページリビジョン: 2, 最終更新: 11 May 2023 08:27
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