クレジット
タイトル: 初デート
著者: ©︎beaver_capybara beaver_capybara
作成年: 2024
http://scp-jp-sandbox3.wikidot.com/draft:5428288-25-cdd3
6月1日土曜日の名古屋駅は人で溢れかえっていた。名古屋人の待ち合わせスポットランキング第1位と言っても過言では無い「金時計」はその中でも特別だった。人々が、様々な方向から様々な方向へと、待ち合わせをしようと立ち止まっている人の間を、都会特有の早歩きですり抜けている。まさしく集団行動のように。
そんな金時計がある広場の隅っこ、駅と併設されている百貨店の窓ガラスに体を寄りかけるように、僕は立っていた。左手をポケットへと突っ込み、右手にはスマホ。SNSを見て時間を潰していた。
ピコン、という軽快な音と共に、メッセージアプリの通知が来る。"まりな"と表示されている相手から「今ホーム着いた!急ぐ!」との内容。
「大丈夫、気をつけてね、っと」
僕は周りには聞こえないほどの小声で呟きながら返信を送信した後、そのまま視線を自分の服へとズラす。大丈夫、ちゃんとオシャレに見える......はずだ。
彼女と会ったキッカケは、仕事帰りに完全に疲労し切った体で夜の名古屋を歩いていた時である。早く帰ればいいものを、なぜか、いつもは入らない路地に入りたくなった。そこは暗く、少し怖さを感じた。僕は顔を下げて歩いていたが、急にやや明るくなる。顔を上げて見てみると、そこはイギリス風のパブだった。躊躇わずに入った。
中に入ると、カウンターで1人飲んでいた女性がいた。その人がまりなさん。僕は彼女の横の席に行き、酒を頼んで、彼女に話しかけにいった。
話を聞いてると、彼女は今の仕事にとても誇りとやりがいを持っているらしいが、その分疲れるそうだ。そういう日にはこのパブで1人酒を飲んで、リラックスするらしい。奇遇だ、僕も今の仕事には誇りとやりがいを持っている。
そういった共通点もあって、すぐに僕たちは意気投合して打ち解けることができた。それからも、度々同じパブで仕事帰りに会っては飲んでいたのだが、今回遂にデートに誘ってOKを頂いた、という訳だ。
「待たせちゃったよね、ごめんね」
声のする方を見ると、ショルダーバックをぶら下げた彼女が駆け寄って来ていた。膝下まである黒のロングスカートに、白のシャツとその上から羽織っているブラウンのカーディガン。今まで彼女のスーツ姿しか見ていなかっただけに、私服の彼女はとても可愛い。もちろん、仕事帰りのスーツの彼女が可愛くないというわけでもないが。
「ううん、僕もさっき着いたところだから」
よくある待ち合わせ後の会話を交わしつつ、僕たちは桜通口から名古屋の街へと出た。
最初は近くの映画館で映画を楽しんだ。僕たちは互いに洋画好きということもあって、仕事が忙しくて見れなかった作品を見た。今年3月の世界的な映画賞で、最多受賞数を獲得したこの作品は、3時間という大ボリュームな作品である。
「いやぁ、やっぱこの監督の作品は最高だね。今回のは結構考えさせられる作品だったけど。君はどうだった?」
スクリーンから出て、ジュースの入っていた紙カップを捨てながら、彼女は問いかけてくる。2人称を"君"と呼ぶのが彼女の癖だ。いい加減名前で呼んでくれてもいいのにな、と思いながら質問に答える。
「時系列をミックスさせる手法で、伝記映画が陥りがちな退屈さを無くしてたよね。それにやっぱ、リアルにこだわる映像は綺麗だよ。また見に──」
ブー、ブー、と彼女の左手のスマートウォッチが振動する。
「あ、ごめんね。少しだけ確認するね」
「いいよいいよ、気にしないで」
彼女の職場は休日でも連絡してくるらしい。今までパブで飲んでいる時も、数回はスマートウォッチが振動しているのを見たし、1回は急いで職場に戻ることもあった。それだけ今の仕事が好きなのだろうか。
スマートウォッチを確認し終えた彼女がこっちに顔を向けてくる。職場からの呼び出しじゃないよな、と内心ヒヤヒヤしながら聞く。
「また職場から?今から戻ったりする?」
「ううん、大丈夫。安心して。それよりさ、ショッピングでもしない?行きたいところがあるんだ」
今から帰る訳じゃないらしい、よかった。そう安堵しつつ、そのショッピングモールへと向かった。
数時間のウィンドウショッピングを楽しんだ後、僕たちはフードコートでご飯を食べていた。
「結局、ショッピングするつもりでも、ものを見て終わっちゃうんだよね」
まりなさんはフォークでパスタを巻取りながら呟く。
「今なんか欲しいものとかないの?」
「欲しいものかぁ、そうだね......」
ブー、ブー。またもや彼女のスマートウォッチが振動する。
「本当にごめんね、ちょっとだけ確認するね」
フォークを置いて彼女が確認している間、僕のスマホからも通知音。
「待って、僕もだ」
スマホの通知を開くと、職場からである。ここ最近は休みの日には通知を寄越してこなかったのに。職場からのメッセージはGPS信号による位置情報に基づいた特定地域にいる全職員へのものだった。まさか──。
突然に、連続的で大きな重低音と、小さくて軽い金属音が建物内を反響しながら空気中を伝わり、続いて、硝煙の匂いが立ちこめる。
咄嗟、というか無意識に、右膝を地面に着けるように、忍者のようにかがんでいた。音のした方を見ると、天に高く掲げられた、アサルトライフルのようなものを持つ女がいた。銃口からは白い煙がのぼっている。
銃を持った奴の隣には、直径5cmほどの、紫色の球体を両手に持った男がいた。彼はその球体を近くで腰を抜かし、動けなくなっていた一般客に投げつける。球体に当たった一般客は、体の内部に爆弾が埋め込まれていたかのように、身体中の血や肉に骨を周囲に爆散させる。おそらく、殺された。
クソッ、よりによってなんでデート中なんだよ、と心の中で悪態を付く。でも今はまりなさんを守らなければ。彼女1人なら確実に守れる自信はある。
「ここから離れよう、逃げた方が──」
彼女の方を向きながら、声をかけたが、言い淀む。彼女は持っていたショルダーバックの中を漁り、小型の無線機にイヤホンケースを取り出し、それらを身につけ、無線機の向こうにいるであろう相手と会話していた。
「え、あ、まりな......さん?」
さらに彼女のバックから、黒い金属製の重厚なハンドガンとそれのマガジン数個が取り付けられているベルトを引っ張り出し、腰へと装着し始める。慣れた手つきで、ハンドガンのスライドを少しだけ引き、薬室内に銃弾が正常に装填されているのを見て、腰のホルスターにしまった。
「本当はこんなところ、君には見せるつもりじゃなかったんだけどね」
「......ねえ、まりなさんって、何者なの?」
「光の当たる世界に住む人は知らなくていいの」
まあでもこれくらいならね、と呟きながら彼女は、1つのワッペンを僕の目の前へと見せつける。青い星をメインにし、背景に北極点を中心とした世界地図と、5つの英単語がかかれたそれ。これはやられた。まさか、同業者だったなんて。
「世界オカルト連合」
そうやって口にした僕を見て、目の前の物理部門の評価班だか排撃班にでも所属しているのであろう彼女は、目を見開いて、こちらを凝視している。僕もカバンを下ろして、無線機にハンドガン、マガジンが4本収納されたチェストリグと、いくつかの薬品が入ったポーチを取り出して、身につける。
「僕のはね、これ。陸自の時からの愛用品」
彼女の前で見せつけるように、同じくハンドガンのチャンバーチェックを行い、チェストリグ前面にあるホルスターへとしまう。
「そのリグ、前の共同任務で見た。君も光の当たらない世界の住人だったとは。財団だね?」
「大正解。あーあ、今日の全休取るのに結構苦労したのになぁ。アイツらの正体、分かる?」
「君らで言うところの新興の要注意団体で、"P2J"ね。平和ボケした日本をパラテロで改心させるたらなんたら言ってる組織」
さっき通知の来た自分のスマホを確認する。確かに、要注意団体"P2J"によるパラテロ発生予測に関するものだった。
「なるほど、確かにそうみたいだ。にしても僕らの諜報部門め、もっと早く予知できなかったのかよ」
そんな愚痴を吐いてる間にも彼女は、スティック型に折りたためるハサミを展開させ、履いているロングスカートへと刃をあて、裁断し始める。ジョギ、ジョギという一定周期の音が響き続ける時間に比例して、彼女の素足が露出しはじめる。しかし、こんなものに恥ずかしがっているのも、興奮している暇もない。
「背中は任してもいいかな?」
僕の言葉に、彼女は笑みを浮かべながら、こくりと頷いた。
要注意団体報告書
団体名: P2J
規模: 不明、調査中(比較的小規模の可能性大)
諜報レベル: 3(確立途中、完全な確立を求む)
説明: P2Jは「平和ボケした日本をパラテロリズムで改心させ、真の平和を実現する」をモットーとしている比較的新しい要注意団体です。故に、財団諜報部門による諜報網の完全な確立には至っておらず、情報が不足しています。
モットーから分かる通り、日本国内での活動に重点を置いており、構成員は過激派な愛国主義者が大半を占めていると考えられています。
P2Jは活動理念から、民間人、特に日本国民を狙ったパラテロを引き起こしています。また、パラテロに用いるための異常物品の研究開発を行っていると推測されており、度々、財団施設や他要注意団体へと異常物品の強奪のために襲撃を行うことがあります。また、当要注意団体が製造する異常物品は殺傷性、妨害性が高いものや、パラテロに有効に使えるものなどが大半を占めます。
─財団諜報部門
「私は左の女、君は右の男を。正確に、急所を狙って。できるよね?」
目の前にいるGOCの連合員、まりなさんはテキパキと冷静に指示を出してくる。だが、僕、財団職員からしたらそれは不完全なものだ。
「いや待ってくれ。男の持ってるモノが気がかりだ。もし地面に落ちたらどんな被害が──」
パンッ、パッパンッ。乾いた3発の銃声と薬莢の金属音。まりなさんは正確に、女の額に、続いて男の胸元と、額に.40S&W弾を叩き込む。0.4インチのこの弾丸3発は、目の前のパラテロリストをただの肉の塊に変えるのには十分だった。
男の手から例の球体はこぼれ落ち、地面へと自由落下を始める。だが、床と衝突しても爆発も反応もしない。
「おい、行動が早すぎるだろ。もし何かあったらどうするつもりだったんだ」
「はぁ、まさしく"財団"って感じね」
僕たちはテーブルの物陰から出て、血溜まりを広げることしかできない死体の元へと向かう。
「今の私たちの任務は何かな?P2Jの無力化とできる限りの民間人の保護。間違ってはないよね?」
「そんな話を今している訳じゃ──」
はぁ、と彼女は溜息をつきながら、うつ伏せになっている男の死体を足で蹴り上げ、仰向けにする。彼女は話を続ける。
「迅速な敵構成員の排除は、さっき上げた任務を達成するための手段となりえるわね?いちいち、コイツらが持つ異常物品のことを考えてたら、助けれる人も助からなくなるかもしれない。まあ、財団さんは確保したいのでしょうけど」
彼女は、動かない男の死体に向かって3発、弾を撃ち込む。
「中枢臓器を別の場所に移動させてたら厄介よ。ほら、この女にも」
言われるがまま、僕はもとから仰向けで倒れていた女へと、弾痕を3つ増やした。
「じゃあもし、地面に落下した時に、この紫が爆発するかは五分五分だったってことか?」
「そんな訳ないでしょ、観察よ。この男は、このボールを投げつけるときに、毎回毎回、指をボール内部にめり込ませていた。おそらく、安全装置的なのが搭載されていると考えるのが妥当でしょ?」
......なるほど、異常物品の破壊をモットーにしているだけの組織のことはある。戦闘にその観察力。悔しいが今の自分よりも明らかに上で、実戦経験も、おそらく上だ。
「......分かった、まいったよ。この任務指揮はまりなさんに任せるよ。さあ、次はどうする?」
「いい判断ね。とりあえず、お互いに、自分の組織との連絡を確立──」
「──イト-81CTからエージェント、サイト-81CTからエージェント。応答せよ、応答せよ」
僕の持つ無線機が、電子ノイズ混じりに喋り出す。
「こちらエージェント。無線良好。問題無し」
「こちらも良好。では現在の状況を知らせよ」
「現在、居合わせたGOCの連合員と共にP2Jと戦闘中。そこそこのGoI構成員がフロアに散らばっていると推測、民間人を殺し回っている。MTFの到着はまだですか」
無線越しの相手が少し言い淀む。
「......それが、近くにいたフィールドエージェントを緊急派遣し、ショッピングモール外部より観測を試みているのだが、パラテロと思わしき事象を観測できていない」
名古屋市の官庁街の地下数十mに位置しているサイト-81CTからの報告は、それなりに重要そうで、しかし理解できないものであった。現状、パラテロが起きているのに、パラテロが観測できない......?
「は?それは、どういう......?」
「しかし、異常が無いわけではない。ショッピングモール内部へと入る客がいても、出てくる客を観測できていないとも報告を受けた」
「つまり、ここから脱出する術が無い、と」
「おそらく。すまないが、機動部隊の突入について議論中だ。それまでは......頼む」
「......了解です、アウト」
周囲を警戒しつつ僕の無線を聞いていた彼女は、呆れ顔でこちらに話しかけてくる。
「さて、孤立状態ね」
「GOCの排撃班も突入できないのか?」
「そっち以上の新情報は掴めてないっぽいわね。だから排撃班の突入も渋ってる、それと──」
彼女が人差し指を西側へと伸びる通路へと向ける。そこには、P2Jの構成員と思しき5名ほどの戦闘員がアサルトライフルを構えて走ってくる。僕たちは急いで物陰へ隠れようと滑り込む、のと同時に彼らは鉛の弾丸を飛ばし始める。僕たちは、ハンドガンと顔だけを物陰の上から出して、応戦する。6発打つとスライドが後退したまま止まる。弾切れだ。
「このままじゃキリが無いぞ。次の行動を決めて動かないと」
マガジンを交換して、射撃に戻る。P2Jの構成員が1人、僕たちの弾丸を浴びて地面へと倒れる。残り4人。
「そうね、1度ショッピングモールの外を確認しましょう。出れないのか、もし本当に出れないなら原因を探らないと」
彼女の弾丸が敵1人の左肩に当たり、衝撃により体勢を後ろに倒れるように崩す。そこに僕の弾丸が下顎から頭蓋骨内を貫通させる。流石に即死だろう。その時、彼女は急に射撃をやめて、遮蔽物へと引っ込む。
「おい、戦ってくれよ。弾がもう切れたか?」
彼女に怒鳴るつもりで、僕は彼女の方へと視線を向ける。彼女はショルダーバックから紫色の球体を取り出している。
「まあ、ちょっと落ち着きなさいよ」
彼女の親指は球体内部へと吸い込まれると、カチッ、と音が鳴る。急に立ち上がり、横隊でこちらに銃口を向けている3人の真ん中の人物へと向けて思いっきり、そして、的確に投げつけた。接触と同時に、瞬間的な、まぶしくない閃光と、肉血骨が花火のように全方向へとぶちまけられる。残りの構成員が一瞬だけたじろぐ隙を僕は見逃さずに、的確に銃弾を撃ち込む。
「意外と使いやすいわね。高校の時にハンドボール部に入っておいてよかったわ」
「いつの間に拾ってたんだ......」
「あなたも拾っておいたら?まあいい、行きましょう。ここを動かないとまた敵が来るわよ」
彼女は銃に刺さっていたマガジンを投げ捨て、新しいマガジンを差し込み、走り出した。僕も残り1発しかないマガジンを新しいのと交換し、紫色の球体を複数個カバンに突っ込み、彼女を追いかけた。
フードコートから1番近くの出入口は東側にある"E3"であり、僕たちはそこへと向かっていた。
「明らかにおかしいわね」
「ああ、おかしい」
これは流石に誰でも気付くだろう。出入口に近付けば近付くほど、僕たちとは逆向きに走る客の数が増えている。つまり、出入口から遠ざかろうと必死なわけだ。僕はポーチから1枚のPTPシートを取り出して1粒錠剤を取り出すと、シートをまりなさんに向かって投げる。
「クラス1認識災害対抗薬、一応飲んどいた方がいい」
「ああ、助かる」
投げ返された余ったシートをキャッチしていると、E3出入口へと到達する。薬だけを飲み込んで、僕たちはすぐにハンドガンを抜き、戦闘態勢を取りながら、自動ドアの隣にある手動の押し引き戸を通って外へと出た。
外は入店した際と変わらない風景が広がっている。駐車場に周りに建つ建物。ふと、視界に十数人の人影が入る。咄嗟に近くの植え込みの裏へと隠れ、隙間から覗く。人影は一般客だった。
「おい、これどうなってんだ!」
「誰か、出してよ」
「こっちが見えないのか!」
パニック状態の一般客は、パントマイム、もしくはゲーム内の透明な壁にぶつかるキャラクターと形容するのが最適な状況にあった。ある一定の境界から先へと進めないようである。
「確かに出れないみた──」
遠くから円柱状の物体が一般客の集団へと飛んできたかと思うと、炸裂。気体の噴出音を残して、一般客を意識を失うかのように脱力しつつ倒れる。が、目は見開き、口はパクパクしている。声は出ていない。そこへ6人組のP2J構成員がそれぞれが台車を押しながら近付く。3人はアサルトライフルを、2人はサブマシンガンを、1人はショットガンを首からスリングで掛けており、倒れるだけの抵抗できない客を台車へと乱雑に積み重ねていく。
「助けなきゃ」
立ち上がろうとする彼女の右手を掴んで引き戻す。
「待って」
「どうしてよ、あのままじゃ」
「考えてみろ、殺してないんだ。どこかに連れてくつもりだ。もしそうならば、他にももっと捕まってる人がいるかもしれない。泳がせよう」
1台につき2、3人ほどの人間の山を作ると、P2Jの構成員は180度切り返し、来た道を戻っていく。
「よし、尾行だ。行くぞ」
僕たちは極力足音を消して彼らの後をつける。台車の車輪が地面のアスファルトを擦りながら転がる音がなり続けていた。
尾行対象の構成員らはスタッフ専用の通用口を通り地下へと到着する。鉄筋コンクリート造の地下には従業員用の駐車場や商品などの積み荷降ろし場などが広がっている。僕たちは柱やコンクリート壁などを上手く使い、隠れながら前進する。
中心部へと近付くにつれ話し声が聞こえ始め、やがてそれは大きくなる。地下の構造上、音は反響しあう。ふと、車輪の音が止まる。
僕はリグのポケットから小さな鏡を取りだし、壁から少しだけそれを出す。反射して見えるに、先程の6人組と、血らしき赤色にまみれた白衣を着た中年ほどの男が会話している。近くには、横幅2mはあるかくらいの装置らしきものもある。
「ドクトル、15体ほど"燃料"を」
「あああ、よくやったぞ!えらい、えらいなぁ君らは!よし、ならそれらを吸収口に入れてくれ。危なかった、もうすぐで壁に穴が空くところだった」
P2J構成員の1人にドクトルと呼ばれた白衣の男は、嬉しそうな明るい声を張り上げている。まりなさんはスマートフォンのボイスレコーダーを作動させ、スマホのマイクを壁のギリギリまで近付け、声を拾おうとしている。画面上の音声波形を見るに、録音はできているようだ。
「実験は上手くいってますか」
「ああ、上出来さ、上出来。この上なく上出来だ」
「なら完成ですか」
「いや、それはまだだ。いくつか問題点も見つかったが、特に燃費の悪さだけはどうにかせんと」
6人は3人1組で代車に積まれた一般客を持ち上げ、機械にある大きな穴へと放り込む。バキッ、グチャ、という硬い音と柔らかい音が混ざりあって連なり続ける。まさか人体を、粉々に?
「──ちらサイト-81CT、こちらサイト-81CT。モールの全周を財団とGOCで包囲完了。繰り返す、モールの全周を包囲完了」
いまだ電源がアクティブだった僕の無線機から大音量で報告が上がり、地下内を反響する。よく見ると、イヤホンジャックが抜け、だらんとぶら下がっていた。
「おい、誰だ!」
P2Jの構成員は3人目を放り込もうと持ち上げていた一般客から手を離し、すぐさま火器へと持ち変える。しくじった。完全にバレた。
「お前ら、侵入者をやってこい」
ドクトルが命令を下すと、構成員は3人1組のスリーマンセルに組み換え、左右に分かれてこちらへと近付いてくる。
「はあ、不意打ちも出来なくなったわね。さっさと片付けましょう。白衣の男だけは生かすわよ」
そう言葉を残すとまりなさんは左側から体を出し、射撃する。僕も右側から飛び出し、近くに止まっていた車へと滑り込み、これを遮蔽物に敵を迎え撃つ。
敵と僕の間にある車は黒色のワンボックスカーで、横向きに止まっている。僕がいる方が車の左側であり、敵のいる方が右側。エンジンブロックがある辺りを盾に、ボンネット上で銃を構える。
僕と対峙する敵3人組はアサルトライフル持ちが2人に、ショットガン持ちが1人。お互いにプレートキャリアなどの防具は着けていない。急所に当たれば致命傷になるだろう。敵はまだこちらに気付いていない。先制して射撃した。
放たれた9mmパラベラム弾はショットガンナーの数センチ横を擦れてコンクリート壁へと命中。ハズした。イヤホンも外れるし、今日はツイてないな。いや、訓練不足なのかもしれない。
敵はこちらに気付き、すぐさま反撃を始める。連発的で重低音なアサルトライフルと、ショットガンの乾いた4発の音。窓ガラスが割れ、銃弾はドアを貫通し、隠れている僕の横を飛び去っていく。だが、エンジンブロックは金属の集合体だ。なかなか貫通はしない、白い蒸気は上がっているのが。
もう一度顔を出して今のマガジンが空になるまで叩き込む。銃弾群はアサルトライフル射手1人に命中。苦痛に悶えながら地面に倒れる。残りの2人のうちの片方、アサルトライフルを持つヤツが倒れたヤツへと心配の目線を向けた。このチャンスは逃がせない。
敵との距離を詰めるために、少し先のコンクリート壁へと走り込みながらリロード。ワンテンポ遅れてショットガンが2発。しかし全て銃弾は僕の後方を通過する。遮蔽に到達すると同時にカバンからP2Jお手製な紫球体を取り出し、起動はせず遮蔽から飛び出すように投擲する。
人間は動く物に反応しやすい。反応しなかったとしても、彼らが作ったであろう兵器が飛んでくるのだ。誰でもたじろぐ。CQBにおいて、その少しの隙は、死に繋がる。
かがみ込み、敢えてヘッドラインをずらした状態で遮蔽から覗き、射撃。4発の僕の銃声と、人体が床へと倒れる音。残り1人、ショットガン持ちのみだ。
ショットガンの銃口がこちらを向くのを確認してすぐさま引っ込む、のと同時に射撃音。長いバレルから射出される数mmの鉄球群は拡散しながら、とはいえ大部分がコンクリート壁へと命中。火力の暴力とはこの事だ。壁の角をものともせずにえぐり取る。
ショットガン相手の接近戦はあまりに危険である。日本語名の散弾銃という名が示すとおり、弾が散らばる銃。この狭い空間ではある程度狙いを定めずともダメージを与えられる代物。
えぐり取られた穴からハンドガンを持つ手だけを出して感覚で射撃。ブラインドファイアとも呼ばれるこの射撃法は命中率の低下に味方への誤射を引き起こしやすい。しかし今はそんなことを狙ってない。
こちらが撃ち切ったタイミングと同時に、ショットガンの射撃音。地下での戦闘が始まって8回目の散弾射出。これを待ってた。
僕は遮蔽から飛び出し、敵の方へと猛ダッシュ。敵はこちらへ銃口を向けるが、カチッというトリガーの音だけが響く。残弾管理もできないアマチュアめが、そのショットガンの装弾数は8発だろう。
ハンドガンを敵顔面へと投擲。空いた右手でリグ脇にあるコンバットナイフを逆手で抜きながら、敵へ全力で体当たりをかます。敵はそのまま後ろへと倒れ、僕が馬乗りの形へと体勢を持っていく。ここまで来たら勝ったも同然だ。
ナイフを目の前のヤツの左目へと立てる。もちろん全力で抵抗されるが、ナイフをしっかり両手で持ち、一気に体重をかける。刃が眼球に突き刺さるなんとも言えない柔らかな感触を感じながら、さらに体重をかける。
最初こそ手足をジタバタとさせ抵抗していたショットガンナーは、気付いたら動かなくなっていた。脳まで刃が届いて損傷したことにより、"手足をジタバタさせる"という命令を脳が下せなくなったんだろう。息はしていなかった。
「そっちも終わったかしら?」
まりなさんが僕のハンドガンを拾い上げ、こっちに手渡しながら問いかけてくる。
「ああ、なんとかな」
彼女から受け取り、マガジンを最後の1本と交換して立ち上がる。さて、残った白衣の男を尋問しなければ。
僕とまりなさんはハンドガンを構え、謎の装置の元へと向かう。白衣の男は、その装置に背を預けるように座り込んでおり、恐怖したような表情を浮かべ、こちらを見ていた。
「た、頼む!俺を殺さな──」
パンッ。1発の銃声。僕のハンドガンの銃口は男の胸部、心臓辺りを向いており、煙が立ち上っている。綺麗に心臓をぶち抜いただろう。男はそのまま、前のめりに倒れ込んだ。
「お、おい!なんで撃ったのよ!コイツからは有力な情報が──」
僕は数歩近付き、脱力している男の右手の甲向けてもう一度射撃する。
「っぁああ!」
男は右手に空いた風穴を左手で覆うようにして痛がっている。胸部を撃ち抜いたのに、まだピンピンしている。
「コイツの白衣だ。下腹部辺りに不自然な膨らみがある」
男を蹴り上げて、ボタンで止められている白衣前面を引きちぎる勢いで広げる。そこには、下腹部にプレートキャリアが装着されていた。
「普通、プレートキャリアは現場で治療不可な心臓や肺のバイタルゾーンを守るためにつけるものだ。なんでそれが胸部じゃなくて下腹部にあるんだろうか?」
「なるほど、中枢臓器を移動させてたのね」
「ああ、まりなさんのおかげで観察力が高まった気がするよ」
僕は男の襟を掴んで装置に寄りかかるように座らせる。
「さて、お前たちの目的を聞こうじゃないか」
男は痛がる呻き声以外に喋らない。
「もう一度撃たれらくなかったら話した方が身のためよ」
男はまたしても沈黙を貫こうとする。仕方がない。まだ無傷の左手に向けて銃口を押し当てる。
「引き金を引くぞ、いいか?3、2、1──」
「あああああ、待ってくれ!分かった話す!話すから撃たないでくれ」
「今回のパラテロのリーダー格はお前か」
「あ、ああそうだ」
「そうか、じゃあさっさと話すんだ」
男は数回縦に首を振った後、2回深呼吸をして、話始める。
「俺たちの目的は、この装置の試験運用だった」
「そもそもこの装置は何なのよ」
「これは、透明で見えない"檻"を作り出すものだ。今このショッピングモールからは入ることは出来ても誰も出ることは出来ないはずだ。それはこれが原因だ」
まりなさんは装置の周りを物色するように歩き回る。
「なるほど、外部の仲間によれば、中の様子なんかを外から確認ができないとか言ってたが?」
「それは、外部から内部を隠匿する為の機能だ。お前らみたいな厄介者に気付かれないように実験しようと思ってたが......まさか偶然居合わせやがるとはな」
「そもそも、なぜショッピングモールなんだ?」
「......これは人間が持つ"現実性"を燃料にしているからな。生きた人間が大量に必要だったのもあるし、効果範囲がどれまで広がるかの実験も兼ねていた」
さて、ある程度今すぐの必要な情報は聞き出せたか。僕はまりなさんの方を向く。彼女は首を縦に振り、口を開く。
「なら、この装置を止めてもらいましょうか」
僕は男の背中を銃口で押し当てる。男は立ち上がり、装置の操作パネルらしきものを操作し始める。
「こちらエージェント、今脱出ができない原因を突き止めました。原因は解決しそうです。民間人の保護や対処を任せます」
「サイト-81CT、了解。もう間もなく財団の機動部隊とGOCの排撃班が突入、民間人の保護、残敵掃討を行う」
「了解。エージェント、アウト」
援護が遅すぎるぞ、と心の中で悪態を付きつつも、無線機越しの報告を終える。
もう日が落ちかけている夕方のショッピングモールの屋上は、オレンジに染まっている。風が強く、彼女のスカートはなびいている。
「まさかの初デートがこんなことになるなんて」
「ええ、そうね。私は君が財団職員だったってことにも驚いたけど」
「それはこっちのセリフでもあるんだが」
ショッピングモール内のP2J構成員はほとんどを終了もしくは投降し、ドクトルとかいう男も機動部隊へと引き渡し、財団監視下へ置かれた。平面駐車場では、保護した民間人への対処でてんてこ舞いだ。流石に記憶処理で何とかできる規模でも無く、テロリストの襲撃、というカバーストーリーで何とかするのだろう。
「あ、そうだ。君ってさ──」
まりなさんは急に僕の前を塞ぐように、立ちはだかる。遠くからは、彼女が要請したGOCのヘリコプターの回転翼が風を切る音が聞こえる。
「──私のこと、好き?」
「えっ!?あ、いや、えっとその......」
「あはは、動揺しすぎでしょ」
彼女はそう笑いながら僕のすぐ目の前まで、ほんの僅かしかない隙間を残すように近付いてきて、僕の首に手をかけて、目を閉じて。
柔らかく、暖かい感触を感じる。
ヘリコプターは屋上に向けて高度を下げ始めているのか、音が大きくなり、回転翼による強い風を感じ始める。
数秒後、彼女が顔と手を僕から離し、彼女の後部に着陸しようとするそれを確認して、そちらに歩き始める。
「待って!」
僕は彼女に向かって叫んだ。彼女は振り返ってこっちを見つめる。
「もし良かったら、またあのパブで飲もう」
彼女はニコッと笑い、サムズアップを見せつける。
「ええ、いいわよ」
そう言い残し、またヘリコプターへと向き直り、歩き始める。だが、すぐまたこっちを振り返る。ヘリコプターの高度が地上に近くなるにつれ、音もだんだんと大きくなる。
「最後に伝えておくけど」
音に負けないようにと彼女は必死に叫んでいる。
「実は私も、あなたのことが──」
ついにヘリは着陸し、彼女の声は音にかき消され最後まで聞き取れなかった。
だが、なんとも言えない嬉しさを、この時の僕は、確かに噛み締めていた。