ここで問おう。あなたは何を守りたい?
クレジット
タイトル: SCP-9000 - ある異常なテロリストの声明。
翻訳責任者: Tetsu1 Tetsu1
翻訳年: 2025
著作権者: Parenthesis Parenthesis
原題: Manifesto Of An Anomalous Terrorist.
作成年: 2025
初訳時参照リビジョン: 8
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/9000contestparenthesis
ロード中…
特別収容プロトコル: 物理的に配布されたSCP-9000実例は記録、収集後に破壊され、デジタル実例は財団ウェブクローラBULLETINBRAIN.AICにより監視・傍受されます。SCP-9000に曝露した民間人は尋問され、必要に応じて記憶処理を施されます。SCP-9000実例が以前に発見された場所は、実例の配布が終了したか、活動が進行中か判断するため、財団フィールドエージェントにより監視されます。
SCP-9000実例の収容や記録に密接に携わる職員は、頻繁な心理監視と隔月での業績評価を受ける必要があります。SCP-9000の収容や記録に直接関わらない職員は、RAISAによる審査を通過していないアーカイブ済のSCP-9000実例の閲覧を禁止されます。閲覧には事前の許可が必要であり、研究・調査目的でのみ承認されます。SCP-9000実例の内容への曝露は最小限に留めてください。権限のない職員がこれらの手順に意図的に違反したり、編集の施されていない実例を追跡したりしていることが判明した場合、懲戒処分の対象となる可能性があります、最大そして当選を含むおめでとうございます当選当選当選 。 システム管理者に連絡して更なる情報はこちらシステム管理者に連絡して更なる情報はこちらシステム管理者に連絡して更なる情報はこちらシステム管理者に連絡して更なる情報はこちらシステム管理者に連絡して更なる情報はこちらシステム管理者に連絡して更なる情報はこちらシステム管理者に連絡して更なる情報はこちらシステム管理者に連絡して更なる情報はこ
booterflytransparent.webp
私が今のような兵器となる前、
かつて私は間違いだと、自然からの倒錯だと考えられていた。
いや、当時はまだ異常とはみなされていなかった。
間違った身体に生まれたと信じていたために、「混乱している」とか「病気」だとかレッテルを貼られた。
妄想。思いとどめられ、かき消されるべきもの。
注意を引こうとしている、当時はそれが全てだった。
家族が、コミュニティが、そして生まれ持ったこの身体自体が私のために構築してくれた、この安全で女性的な箱に順応することもできたかもしれない。
そっちの方が楽だったかもしれない。
だが真実は、たとえそのような嘘に生きようとしたとしても、
block0trimmed.png
そんな幸せを得られることは決してなかっただろう。
このような状況は今でさえ珍しい。だが、人間文化の中で息をひそめながら、長い間確かにそこにあったことが今ではわかっている。
だが、自分が一番よく知っていると思い込み、時代遅れの理想と信念にしがみつく人々の偏見と恐怖の前に、悲惨な扱いを受けた。残酷で、間違っていた。
人は変化を、違いを恐れる。
異常なものを恐れる。
だが、私はある団体から手を差し伸べられた。
block11.png
私が何者か気付き、進むべき道を示してくれたのは彼らだった。
私は彼らに自己をさらけ出し、一人の人以上の存在となった。
人間以上の存在に。
異常であるというのは何も恥じることではない。
眼鏡をかけている人を不自然だと言える人がどこにいる?
あるいは、髪を染めている人を。
何故親知らずを抜くのは普通なのに、私が手術を受けることは受け入れられないのか?
teeth.png
ジェンダー認容ケアにしろ、異常な手段での改良にしろ、これらの処置を取り巻く負の烙印は、
時代遅れの規範と無知に根差す。
私は二度と自分が何者かを、自分が何になったかを恥じることはない。
間違っていることはわかっている、だが自分を止められそうにない。
私自らの経験が、異常存在が人々のために、人類のために何をもたらしてくれるか教えてくれた。
その価値を無視するのは間違いだ。
人類にとっての最善が何かを知っているのは財団だけだと考えるのは傲慢だ。
異常存在は財団が生まれる遥か前から人目を避けて存在し、財団の活動停止後も更に多数存在し続けるだろう。
それを受け入れるか否かという問題ではない。いつ受け入れるかの問題だ。
私の心に強く響く本を読んだことがある。そこにはこう書かれていた。
「高潔さが彼をおかしくしている!」
真実は全くの逆だ — 彼の狂気こそが彼を高潔たらしめているのだ。
私は狂っているかもしれないが、他人に定義されるような狂気ではない。たくさんの理由があって、正気ではいられないのだ。
公然の無知、現実よりも「普通」への執着。
このまま指をくわえて見ていることはしない。これであってはならないと知っているのだから。
日常の中に逆境を見る。
財団はかつて間違えてきた。また間違えないという確証がどこにある?
ここで問おう。あなたは何を守りたい?