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スーパーカブ

東京ビックサイトで 開催中の東京モーターショー にお邪魔してきました。2年前の前回の展示では、うちの大学の学生もいろいろと企画で参加させていただきました。今回はご挨拶のみ。ちょっとさびしいけれども、その分何の心配もなく、ゆっくりと展示を見て回りました。 昔のモーターショーと言えば、普通車と商業車の展示が分かれていたり、バイクは二輪車館、外車は外車館という風に、タイプごとの展示だった。それはそれで面白かったけど、メーカーごとの個性というのは伝わりにくかったかもしれない。

帝国ホテルについて知ったかぶり

スェーデンで大学教員をされている我が同輩H氏は、フェースブックでほんとに面白いことをつぶやく。彼のお話には、いつもいろいろと考えさせられる。このたび彼は、アマゾンのKindle版で 「ゴッホ-崩れ去った修道院と太陽と讃歌」 という立派な、デジタル本を出版したという。その手際の良さと行動力に感服するわけだが、それより面白かったのは、彼の感想。 キンドル版への登録はそれほど大変ではなく、本ができていれば30分もかからず登録できるという。そして彼はいまのこういうデジタル的な作業と、昔の作業をくらべて振り返る。彼が会社にはいった当時(それは僕がはいったころと一緒だ)は、学会発表の原稿は原稿用紙に手書き、会社の大部屋でチェリーかなんかをスパスパ吸いながら手書きで書いていたって。

水分が足りなかった

なぜこんな失敗をしたのか不思議。今日の失敗の言い訳を、言うとしたら「デジタルの弊害」ということか。大事な「ミズバリ」という作業を忘れていた。 千葉大学工学同窓会(☆1)の展覧会で「凡展」というものがある。今年で24年目だそうだ。その「凡展」に、僕は今年から参加させていただくことになった。大学の恩師が展覧会の責任者でいらっしゃるので、以前から誘っていただいていたのだが、なかなか参加出来ないでいたのだ。作品を作る時間が無かったというよりも、とても作品に自信が無かった。

バラとはなにかひとことで言いあててみよ

「バラの名前」という話がある。バラというのは、私たちが「バラ」と名付けたからこそ存在しているのか。それとも、バラという存在は普遍的なものとして存在していて、私たちがそれに名前をつけて呼んでいるだけなのか。なんだかそんなような話だった。 詳しくは、宗教学の方や哲学の方に語ってもらわなければならないのだが、ここはいい加減のまま許して欲しい。要するに今日この花について、私が一体何を知っているかということなのだ。バラに関する情報は山ほどある。とげがある。バラ科である。花びらが紅い。アロマの原料になる。女性に好まれている。紅いバラの花言葉は「愛情」である。

空に雲をかける大樹

夜空を見上げると、丸い月のまわりに大きな雲がかかっていた。 雲のかかるも月のため 風が散らすも花のため 昔の人は粋なことを言うものだ。猛威をふるった台風が大気中の水分も塵も吹き飛ばして、青々と広がった今日の秋晴れの空。本当にすばらしいブルーだった。知り合いのフェイスブックやツィッターでも沢山紹介されていた。でも、午後には早くも秋の雲が出現して、いまはもう大きな雲にまで成長した。日本列島上空の大気は、本当にダイナミックに動いているんだ。

新聞王は1931年式ロードスターを買った

1931年式フォード・ロードスターである。長崎新聞文化ホールの玄関に展示されていた。展示プレートの写真を撮り忘れたので、正確ではないが、確か何代目かの社長が外遊の折に買い求めたものらしい。(☆1)長崎新聞は、明治12年(1889)、当時長崎で唯一の日刊新聞だった保守系の「鎮西日報」に対抗して創刊されたという。(当時の名前は長崎新報) 当時の日本人にとってどれだけ高価なものだったのか想像もつかない、こんなすごいものを購入できたのだから、新聞社の社長といえばそれは、大変な勢いだったのだろう。新聞こそが、近代日本を切り開いてきた情報革命の中心だった。そんなことを、このワインレッドに輝くマシンが語っているような気がする。

土壌の塩化という問題を考えてみた

酵母菌が働いてできたワイン いやー、半沢直樹いったいどうなるのだろうか。大和田常務を追い詰める最終回。悪役の香川照之さんがすばらしいので、これはもう視聴率40パーセント超えも夢ではないね。悪役が憎たらしければ憎たらしいほど、主人公への思いはつのる。倍返しへの期待は募る〜(=゚ω゚)ノ。 こうして水彩画を描く。ワインレッドの絵の具を、水で溶いてスケッチブックに落としていく。水という素晴らしい媒体によって、絵の具にふくまれる顔料成分がスケッチブックの土壌へと流れ込まれていく。水が導いた顔料はそこにとどまって発色するけど、水そのものは蒸発してしまう。