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アシアトで行動変容:外来植物の持ち込みを防ぐ
(文部科学記者会、科学記者会、府中市政記者クラブ、環境記者会、環境問題研究会、筑波研究学園都市記者会同時配付)
国立大学法人 東京農工大学
国立研究開発法人 国立環境研究所
本研究成果は、Biological Conservation(Volume 284, August 2023)に掲載にされました。
論文タイトル:Behavioral interventions to reduce unintentional non-native plants introduction: Personal factors matter
URL:https://doi.org/10.1016/j.biocon.2023.110139(外部サイトに接続します)
研究背景
生物多様性の減少を抑制するには、我々人間の行動の変容が欠かせません。このための方策として、これまで規制や罰金、インセンティブの付与などのトップダウンなアプローチが多く取られてきました。しかしこれらのアプローチは、多額の予算が必要になることが多く、また法制度等の整備など導入に時間を要したり実現が難しかったりなどの課題がありました。こうした課題の解決に向けてこれに対して、より良い行動を自発的に取れるように、強制することなく促す情報提供や仕組みである「ナッジ」は、実施に向けた法整備を必ずしも必要とせず、また人々の行動の自由を残しつつ望ましい行動を促す手法であるため、導入が相対的に容易です。また導入に伴う費用負担も少ないことが多いため、行動経済学を応用したアプローチの一つとして注目されるようになりました。しかしながら、これまで生物多様性の保全に直接寄与する行動の変容に対してナッジの有効性を示した科学的根拠はありませんでした。
個人の行動が必要な生物多様性の保全上の課題の例として、自然地域での歩行者による意図しない外来生物の持込があります。特に外来植物については、歩行者に衣類や靴にタネが付着することで意図せず持ち込んでしまうことがあり、外来植物の自然地域への侵入の主な経路の一つとなっています。また、歩行者は車両よりも自然地域の奥深くに入り込むこともできます。これらの観点から、国立公園などの生物多様性・生態系が豊かな地域では歩行者の立ち入りを制限することが望まれますが、そのような場所は登山やハイキングを含む質の高い自然体験の場でもあり、歩行者の立ち入りを完全に制限ですることはできません。このため、訪問者を受け入れつつ、外来植物の侵入を防ぐ対策が必要になります。本研究グループによるこれまでの研究から、訪問者の外来植物に対する知識や問題意識の程度は高い一方で、その知識や問題意識が外来植物の持込防止対策としての有効性が期待される訪問前の靴の清掃に繋がっていない、つまり知識や問題意識を持つだけでは、外来植物の意図しない持込を防ぐことは難しいことを明らかにしてきました(2021年9月7日プレスリリース (外部サイトに接続します))。しかし、実際に登山口で靴の清掃を効果的に促す行動変容の方策や、その方策の効果を左右する個人の特性に関する知見はありませんでした。そこで、個人が持っている知識や問題意識を活かすための、「気づき」が必要ではないかと考え、ブラシとマットからなる靴の清掃ツールの設置と併せて、その設置場所まで足跡マークを地面に描き誘導することや、事前に靴を清掃することが外来植物の持込抑止につながることを記した情報提示などの有効性を評価しました。
研究方法
高山帯・亜高山帯の入り口となる妙高戸隠連山国立公園の火打山・妙高山の登山口に靴清掃用のブラシやマットを設置した上で、以下の4つの条件下で、訪問者の行動を観察しました(条件:1足跡マークの設置[ナッジ]、2外来植物の種子の持込事実に関する情報提示、3外来植物の種子の持込抑止方法に関する情報提示、4情報提示なし[比較対照区])。この際、信頼性の高い評価結果を得るために、4つの条件を無作為に変更しました。また、訪問者には、登山口を通過して少し進んだ場所でアンケート調査を行い、訪問者による外来植物の意図しない持込に対する知識と、当事者意識の程度(どの程度自分が持込に寄与していると考えているか)を把握しました。
研究成果
行動が観察できアンケートの回答が有効であった344人の訪問者について分析した結果(図2a)、4情報提示を行わない場合に比べ、1足跡マークを設置した場合には、約21倍、3持込抑止方法を提示した場合には約5倍の訪問者が登山口で靴を清掃しやすくなっていました(オッズ比)。さらに、1足跡マークを設置した場合では、外来植物の持込に対する知識(図2b)および当事者意識の程度(図2c)が高いほど、靴を清掃する割合が大幅に増加しました。具体的には、当事者意識が最低レベルであった場合に靴を清掃した割合は16.2%程度であったのに対して、当事者意識が最高レベルであった場合には、83.9%でした。同様に知識が最低レベルの場合に靴を清掃した割合は41.0%であったのに対し、最高レベルの場合には、88.3%となりました。持込を抑止する方法を提示した場合についても、知識が高いほど、清掃する割合が増加しました。
今後の展開
本研究により、外来植物の持込抑止にナッジを用いた行動変容のアプローチが有効であることを示すことができました。本成果のような清掃用具へと誘導するためのナッジを、生物多様性の保全上で重要な地域の入口に設置することで外来植物の持込を抑止することが期待できます。しかし、各地で導入した場合の効果を最大限発揮させるには、設置した用具を用いて清掃するだけではなく、実際にその用具の利用によって持込を抑止できる種子の量や、用具の維持コスト、訪問前の効果的な情報提供の在り方などについて更なる検討が求められます。また、本研究により、環境教育などにより高められる知識の程度や当事者意識の程度の高さは、それだけでは生物多様性保全への貢献が望めないとしても、行動変容のための介入方法次第では、生物多様性保全に関わる行動を促進することを示しました。このことから、生物多様性の保全に果たす教育の役割を考えるうえでの重要な示唆を与えています。今後は、知識と併せて、個々人の生活・活動が生物多様性に及ぼす影響に関わる理解を深める教育や情報提供の在り方について検討を進めることが望まれます。
本成果は生物多様性の保全のための行動変容に対してナッジが有効であり、その有効性の程度には個人の特性が関わっていることを示した初めての事例となります。今後、他の生物多様性保全に関わるナッジを含む行動変容策の有効性の検討や、そのような対策の効果を変動させる個人の特性に対する理解を深めることが、人々の行動を変容させ生物多様性の減少を抑制する上で欠かせません。
研究体制
本研究は東京農工大学大学院農学府自然環境保全学専攻の西澤文華氏(2020年3月修士課程修了)と同大学院グローバルイノベーション研究院の赤坂宗光教授、国立環境研究所 久保雄広主任研究員による共同研究として、調査参画に同意にくださった皆様などのご協力のもと行われました。本研究の一部はJSPS科研費 22H03790の助成を受けました。また本研究は東京農工大学人倫理審査委員会の承認のもと、環境省妙高高原自然保護官事務所と相談したうえで実施しました。
研究に関する問い合わせ
東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院
教授 赤坂 宗光(あかさか むねみつ)
広報に関する問い合わせ
東京農工大学
総務部総務課広報室
koho2(末尾に"@cc.tuat.ac.jp"をつけてください)
国立研究開発法人国立環境研究所
企画部広報室
kouhou0(末尾に"@nies.go.jp"をつけてください)
参考情報
■しかく2021年9月7日プレスリリース
「その靴、掃除しました?高山域への外来植物の持ち込みの抑止は訪問者の無知識・無関心ではなく無行動が障壁に」
https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2021/20210907_01.html (外部サイトに接続します)
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