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水位操作による富栄養化症状の緩和
〜湖沼における水質管理手法の新しい選択肢〜
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
国立研究開発法人国立環境研究所
生物多様性領域
室長 松崎 慎一郎
高度技能専門員 中川 惠
特別研究員 福森 香代子
主任研究員 山口 晴代
主任研究員 今藤 夏子
室長 角谷 拓
地域環境保全領域
室長 高津 文人
研究員 土屋 健司
主任研究員 篠原 隆一郎
本成果は、陸水分野の学術雑誌『Freshwater Biology』(2022年11月28日付)に掲載されました。
1.研究の背景と目的
流域の末端に位置する浅い湖沼では、農地や市街地等から窒素やリン等の栄養塩が流入し、水質の悪化を引き起こします。このように富栄養化した湖沼では、夏季に、底層水の溶存酸素濃度が低下する貧酸素化※(注記)1や、藍藻類(シアノバクテリア)の異常発生が原因で湖面が緑色に染まるアオコと呼ばれる現象が起きます。貧酸素状態になると、魚類や底生動物の生息に影響を与えるだけではなく、底泥に蓄積した栄養塩が再溶出※(注記)2し、水質の悪化を促進します。またアオコの発生は、肝臓毒等による健康被害、浄化費用の増大、異臭や景観悪化によるレクリエーション機能の低下等を引き起こします。
こうした富栄養化の症状を解消するためには、流域から流入する栄養塩を減少させることが最も重要ですが、その実現には非常に長い時間を要します。これに対し、湖沼の水位を一時的に下げることで水質を改善させる管理策がいくつかの先行研究によって提案されており、本研究ではそのアプローチに着目しました。これまでに、水位を下げることで、物理環境や生物群集が変化し、湖沼の透明度が上昇したことが報告されていますが、詳細なプロセス・メカニズムの解明には至っていませんでした。また、水位を下げたことで逆に水質が悪化したという報告例もあり、水位低下と水質浄化の関係については、さらなる検証が必要でした。
本研究では、野外操作実験と高頻度観測を組み合わせた新しいアプローチを導入して、水位操作によって貧酸素状態とアオコを同時に改善できるか、またどのようなメカニズムが関与しているか特定することを目的としました。
2.研究手法
国立環境研究所霞ヶ浦臨湖実験施設にある2つの大型プール(図1A)を用いて、水位を操作する実験を行いました。プールの一つは水位を操作する「操作区」、もう一つは水位を操作しない「対照区」としました。野外にある大型プールのため、反復した実験はできませんが、水槽やタンクの実験よりも、自然湖沼で起こっているプロセス等を再現しやすいメリットがあります。
実験は2つのステージからなり、第1ステージでは、両プールに霞ヶ浦の湖泥と湖水を入れた後、平日毎日、窒素やリンを含む液体肥料をごく少量づつ添加し、プールを富栄養化させました。約1カ月後には、両プールで、底層水の溶存酸素濃度が低下し、アオコが発生しました(写真1A)。第2ステージでは、両プールで栄養塩の添加をやめ、操作区の水位を約50cmづつ計4回、段階的に低下させました(図2A)。
操作実験期間中、センサーを装着したブイ(図1B)を設置し、水位、表層水・底層水の水温、表層のクロロフィル量、底層水の溶存酸素濃度、底層の照度を10分間隔で観測しました。また、平日毎日、アオコ量(藍藻類の現存量)の指標となるフィコシアニン色素量を多目的水質計で測定しました。さらに、定期的に栄養塩濃度、動物プランクトンの個体数密度、付着藻類の現存量を測定しました。
3.研究結果の概要
水位を操作する前は、両プールとも底層は貧酸素状態になっていましたが、水位操作区では、水位を25%から50%低下させた結果、底層水の溶存酸素濃度が急激に増加し、その後、貧酸素状態になることはありませんでした(図2B)。また、操作区では、アオコ量が対照区に比べて有意に減少しました(図2C、写真1B)。
水位操作を行ったことで、なぜ底層の貧酸素状態が解消され、アオコ量が減少したのか、物理環境の変化と生物群集の変化の両面から考察しました。水位操作を行う直前、両プールでは、強い成層※(注記)1がみられていましたが(図3A)、操作区では、水位低下後に成層が非常に弱くなったことが分かりました。水位低下後、光が底層まで届くようになり底層水の水温が上昇したこと(図3B)、夜から朝にかけて表層水が冷やされた際に底層水温により近づいたことで、表層と底層の水が混合しやすい状態になったことが明らかになりました。混合がより促進されたことで、操作区の底層水の溶存酸素濃度が増加し、貧酸素が解消されたことで底泥からの栄養塩の溶出が抑制され、アオコ量の減少につながったと考えられました。それに対し、対照区では、強い成層と貧酸素状態が維持されたことによって、栄養塩の溶出が持続し、アオコ量が高く維持されたと考えられました。実際、実験終了日に底泥を採集したところ、対照区の表層泥は黒く還元的な(酸素がない)状態のままだったのに対し、操作区の表層泥は黄土色〜茶色で酸化的な状態に変化していることが確かめられました(写真1C)。
一方、水位を低下させても、水質浄化に寄与する大型ミジンコ類や付着藻類は有意な増加は認められませんでした。このことから、生物相の変化がなくとも、水位低下に伴って物理環境の変化が比較的速やかに起こり、水質が改善されることが示唆されました。
4.今後の展望
本野外操作実験から、水位を一時的に25%から50%低下させることで、水質が一時的に改善され、浅い富栄養湖等では有効な水質管理手法となる可能性が示唆されました。湖沼の水位は、水門等の操作によって比較的容易に短時間で変えられますが、利水等の観点から水質改善のみの目的で水位を大幅に下げることは現状困難です。しかし、洪水対策のように、事前に湖沼の水位を下げる管理と統合することで、複数の目的を達成する湖沼管理が可能になるかもしれません。
今後、気候変動に伴い、降水量や洪水頻度が増加する場合、流域からの栄養塩の流入量はこれまで以上に増大する可能性が指摘されています。また、水温の上昇に伴い成層がより強くなることで、湖沼の富栄養化症状が顕著となり、また長期化することも考えられます。水位操作を、気候変動適応策の一つとして積極的に検討していく必要があると考えています。
5.注釈
※(注記)1成層と貧酸素:成層は、水温や塩分等によって、表水層と深水層に密度の違いが生じ、混じり合わなくなる現象を指します。水温の場合、密度の小さい温かい水は表層に、密度の大きい冷たい水が底層に分布し、表水層と深水層が混合しにくくなりります。夏季に湖が成層すると、表水層から深水層への酸素供給が極端に減り、底層および底泥での酸素消費によって、溶存酸素量が低下します。溶存酸素濃度が2〜3mg/L以下のことを貧酸素状態と呼び、溶存酸素濃度が0mg/Lになることを無酸素状態と呼びます。
※(注記)2溶出:湖内で発生した有機物(生物の遺骸等)が堆積してできた湖底の泥から、分解作用によって、窒素やリンなどの栄養塩が再び溶出します(内部負荷と呼びます)。特に、底層水の溶存酸素濃度が減少するあるいは無くなると、底泥から多量の栄養塩が湖水中に溶出します。溶出した栄養塩によって、植物プランクトンやシアノバクテリアの増殖を助長します。
6.発表論文
【タイトル】
Water-level drawdowns can improve surface water quality and alleviate bottom hypoxia in shallow, eutrophic water bodies
【著者】
Matsuzaki SS, Kohzu A, Tsuchiya K, Shinohara R, Nakagawa M, Fukumori K, Yamaguchi H, Kondo NI, and Kadoya T
【雑誌】
Freshwater Biology
【DOI】
10.1111/fwb.14020
【URL】
https://doi.org/10.1111/fwb.14020(外部サイトに接続します)
7.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域領域
生態系機能評価研究室 室長 松崎慎一郎
【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
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