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The Power of the Arts for Social Inclusion and Diversity: Changing Society through Creative Expression

多様性と包摂性のためのアートの力: 創造的表現を通じて社会を変える

Negar Khalili 著 2024年7月17日

The original English version of the interview can be found here

文化政策とアートマネジメントの専門家である中村美亜先生は、アート(美術・音楽・演劇・身体表現などの創造的表現)が人や社会に変化をもたらすプロセスや仕組みを探求しています。中村先生は首都圏のLGBTQ+コミュニティの音楽活動、東日本大震災後の様々なジャンルのアート活動や認知症の人々のための即興演劇ワークショップなど、様々な社会的取り組みに積極的に参加し、調査してきました。ケアや社会包摂を促すアートの力を明らかにしようとしています。

(注記)本記事は2024年2月8日、大橋キャンパスの研究室で実施された英語インタビューを翻訳したものです。

(注記)本記事は2024年2月8日、大橋キャンパスの研究室で実施された英語インタビューを翻訳したものです。

今の研究に至った経緯を教えてください。

アメリカでの大学院留学中に、従来の音楽研究にやりがいを見出せなかったことがきっかけです。当時私は、自分のジェンダー・アイデンティティや外国人としてのアイデンティティに悩んでいました。また、差別を数多く経験したので、同じような困難に直面している人たちの力になりたいと思い、様々な支援活動に参加するようになりました。

しかし、社会運動に携わる中で、言葉によるコミュニケーションだけではお互いを十分に理解できないということに気づきました。言葉は明快にメッセージを伝えることはできても、人間の経験の微妙で複雑なニュアンスを伝えることは困難です。そこで重要な役割を果たすと考えたのが、アートのような非言語コミュニケーションです。私たちは、言葉では理解し得ない時にも、アートを通して共感し合うことがあります。
アートは万能ではありませんが、エンパワーメントや多様性・包摂性の問題にアプローチする際に有効な手段になると考え、学際的な研究を行うようになりました。

現在進行中のプロジェクトを教えてください。

現在は、多様な人たちが関わる文化事業の評価について研究しています。

中村教授(九州大学大橋キャンパスにて)

文化事業を評価する際に、アート作品そのものだけを評価することは、その創作過程や社会的影響などを見落とすことにつながります。しかし、創作過程を評価することも容易ではありません。なぜなら、評価の内容をあらかじめ決めてしまうと、アート表現の自由と創造性が制限されてしまうからです。本来アートは創造的で、特定の目的を持たないものです。また、アート活動の長期的な目的が変わらなくても、短期的な目標が明確でないことは少なくありません。

しかしながら、補助金や助成金が投じられる公的な文化事業では、アート活動の評価の必要性を無視することはできません。そこで私たちは、アート活動のプロセスやマネジメントを重視した評価方法を検討し、評価を通したコミュニケーションの強化やイノベーションの促進、そして最終的に評価を通じてアート活動の価値を可視化することを目指しています。

また、これと並行して、私たちは、認知症の人とその介護者を対象にしたアートワークショップを開催しています。

中村教授(九州大学大橋キャンパスにて)

どのような方法で研究を進めていますか?

対象や目的によって異なりますが、最近は、文化事業者、アーティスト、福祉関係者、医師などの専門家と連携し、実際にプロジェクトに参加したり、ワークショップを企画運営しながら、社会学的手法(観察、アンケート、インタビュー、映像分析など)を用いて研究することが増えています。アートは多義的で曖昧なものと思われるかもしれませんが、私たちはアートの意味を問うのではなく、それが個人やコミュニティにどのように影響を与えるのか、そのプロセスを明らかにしようとしています。

今まで出会ったアーティストの中には、社会にとって重要な活動を行っているにもかかわらず、その価値が十分に評価されていない方々もいました。私は研究者として、彼らの活動を可視化し、より広く周知させるための方法を見出さなくてはならないと考えています。様々な評価方法を試行錯誤しながら、抽象的で非言語的なアートの価値を共有するよりよい方法を模索しています。

アートを含めた非言語コミュニケーションの役割とその影響について詳しく教えてください。

非言語コミュニケーションとは、言語以外の表情、ジェスチャー、音声などで情報や感情を伝えることを言います。日常生活では忘れられがちですが、言葉だけでは伝えきれない感情や意図を効果的に伝える重要な役割を果たしています。私たちは、アーティストと一般の人とのコラボレーションを促進し、非言語コミュニケーションを用いた表現活動の機会を提供することで、本人が気づいていない潜在能力を引き出すことを目指しています。

認知症の人を対象とした学生ワークショップ

例えば、3年前から開催している認知症の人とその介護者を対象としたワークショップでは、言葉を理解したり、言葉で自分を表現することが難しい認知症の方々が、即興演劇的なアプローチを通して、自分の記憶や欲求を表現する場を提供しました。今後も、美術や音楽など、さまざまなアート形式を活用することで、表現を通してより良い人間関係を築く場を設けたいと考えています。
日常生活では、クリエイティブに自分を表現することを忘れがちです。アートに関わることを通じて、人々が日々の暮らしの中で主体的に考え、行動することの大切さに気付くことができるのではないかと思っています。

また、人生の悩みの多くは、人間関係の難しさから生じています。アートによって、人々が新しい関係を築く機会が増え、新たな思い出を共有することで、私たちは他者の存在や自分の人生に価値を見出すことができるのではないでしょうか。

認知症の人を対象とした学生ワークショップ

海外で留学したり研究したりした経験をお持ちですが、異文化の違いについてどのようにお考えですか?

海外での経験を通じて、文化によってコミュニケーションスタイルが違うことに気づきました。アメリカやイギリスなどの欧米諸国のコミュニケーションは、よりディベート的で論理的な傾向がありますが、日本は、より情緒的で共感的であることが多いです。

例えば、東日本大震災後のアート活動について調査したことがあるのですが、日本とオーストラリアでは、そのアプローチが大きく異なっていました。オーストラリアでは、直接的な問題解決や募金活動のような実用的な対策が中心だったのですが、日本では、募金活動だけでなく、千羽鶴を折って祈りを捧げるなど、日本の伝統文化を取り入れた共感的なアプローチも数多く見られました。日本は実用的な支援よりも、コミュニティ・レジリエンス(災害などの逆境に対応し、耐え、回復するコミュニティの能力)や共感的なつながりを重視していることに気づきました。

人工知能(AI)がアートに使われることについてどう思いますか?

AIは迅速かつ大量に「アート作品」を生成することができますが、経済的な利益・効率・社会的地位といった外発的な目標に焦点を当てています。利益至上の風潮が強い現代では、AIによって作られた画像や映像など、効率重視の芸術作品の生成が注目されがちです。しかし、そればかりに目を向けると、芸術の本質が失われ、それによって得られる幸福感や充実感も消え去ってしまいます。

アートには、「作品」という側面と「活動」という側面があります。「活動」の側面は忘れられがちですが、「活動」に取り組むというプロセス自体に価値があり、それが個人や社会にポジティブな影響を与えます。生産性を高めるためにAIが多用される今こそ、アート活動への内発的モチベーションやプロセスをより大切にしてほしいと思います。私たちはアートを通して、個々人の幸福感を高め、一人ひとりの能力が生かされる民主的な社会を育むことを目指すべきです。

ただし、アートは人々にポジティブな影響を与える一方で、人を操る可能性もあり、プロパガンダや商業的利益のために使われることもあります。例えば、広告や世論の誘導のために、アートが利用されるといった場合です。そのため、アートが悪用されないためにある程度のリテラシーが必要です。このようにアートはメリットとリスクの両方があります。AIに注目が集まる今こそ、私たちはアートを自由な表現の場として活用し、人々の幸福につながる明るい未来を築くためにはどうすればいいかを真剣に考えていく必要があります。

2015〜2020年度にかけてソーシャルアートラボ(SAL)の副ラボ長をされていましたが、このプロジェクトについて教えてください。

文化アートによる社会的包摂に関するハンドブック2冊

アートがどのように人間同士の新しいつながりを生み出せるかを研究するため、2015年、芸術工学研究院にソーシャルアートラボ(SAL)を立ち上げました。SALでは、日本国内外から学生や研究者が集まり、学生が実践的なスキルを身につけ、社会を変える可能性を探求する機会を提供しています。この取り組みは、総合知で包括的で持続可能な社会の実現を目指す、九州大学が掲げる「VISION 2030」にもつながるものです。

2018年には、SALで研究者チームを立ち上げ、文化庁の職員と協力しながら、その後3年間にわたって「社会包摂につながる文化芸術活動のあり方」について検討を行いました。その結果、アート活動の実践的なガイドと評価の方法に関する3冊のハンドブックを日英両方で出版しました。その後、『文化事業の評価ハンドブック』として一般書籍化もされています。(2020年に、SALは社会包摂デザイン・イニシアティブの一部となりました。)

文化アートによる社会的包摂に関するハンドブック2冊

先生のような研究者を志す学生にアドバイスをお願いします。

Don't follow me!
私や他の先輩研究者の後を追ったり、見習ったりするより、常に時代の変化に目を向けてください。自分の好奇心に従い、物事に情熱を抱いてください。学生である皆さんは、面白いアイデアをたくさん持っています。教員である私たちの仕事は、それを実現するための最善のアプローチを提案し、皆さんを手助けすることです。偏見を持たず、柔軟性を持ち、情熱を学問の道しるべにしてください。

中村教授の研究とSALについての詳細は以下をご覧ください。
中村研究室ウェブサイト https://mianakamura.themedia.jp/
ソーシャルアートラボ(SAL):https://www.sal.design.kyushu-u.ac.jp/
社会包括デザイン・イニシアティブ:https://www.didi.design.kyushu-u.ac.jp/

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