Research Results 研究成果

動きまわる人工細胞、その鍵は摩擦にあり

〜細胞が狭い空間を利用して運動する仕組みを解明〜 2022年07月21日
研究成果Life & HealthPhysics & Chemistry
  • 狭い生体組織内のガン細胞は,細胞内の収縮力を細胞外の組織に伝達することで移動していることが知られていたが,その力伝達の仕組みは細胞の複雑さのために未解明
  • 生体組織内の細胞の動きを単純化した「人工細胞」注1)を世界で初めて開発し,収縮力を生み出す細胞骨格と細胞膜の相互作用が力伝達を可能にすることを解明
  • 生体組織内の細胞運動の理解に応用し,ガン細胞の運動制御法の開発などへの応用が期待

概要

私たちの体の生体組織は細胞と細胞外基質から構成され,細胞間の隙間はコラーゲン線維などの細胞外基質で埋め尽くされた狭い空間です.この生体組織内を移動するガン細胞から白血球の運動に至るまで,単一細胞の自律運動では細胞内から細胞外への力伝達が不可欠です.そこでは,細胞内に網目状に張り巡らされたアクチン細胞骨格注2)の収縮力が外部の基板に伝達され,細胞を前進させます.しかし,効率的な力伝達を可能にする仕組みは細胞の複雑さのため研究が困難でした.
九州大学理学研究院 前多裕介准教授,坂本遼太同博士課程学生(現:イェール大学 ポストドクトラルフェロー),Ziane Izri 同学術研究員(現:ミネソタ大学 ポストドクトラルフェロー)らの研究グループは,京都大学白眉センター 宮﨑牧人特定准教授,情報・システム研究機構国立遺伝学研究所 島本勇太准教授らと共に,生体内を移動するガン細胞を模した,自律的に運動する「人工細胞」を開発し,力伝達の仕組みを初めて明らかにしました.本研究チームは,脂質膜に囲まれた液滴のカプセルにアクチンを閉じ込めて単純化した人工細胞を作成しました.この人工細胞を2枚のガラス板に挟むと,アクチンの流れが人工細胞の表面とガラス基板の間に摩擦力を生み,自律的に運動できることを世界で初めて発見しました.さらに,狭い空間に拘束された運動を記述する新しい理論モデルを構築し,界面摩擦力と流体抵抗のバランスで運動速度が決まることを解明しました.本研究により,効率的な力の伝達に不可欠な物理的要因を明らかにしたことは,生体組織内を運動する細胞運動の力伝達メカニズムの理解に貢献する成果です.今後,ガン細胞の転移を抑えこむ方法論の開発の一助となり,狭い空間を移動するマイクロ・ロボットの設計などへの波及効果が期待されます.
本研究成果は,2022 年7 月20 日 (米国東部時間)に米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」で公開されました.

ガラス基板に挟まれ た人工細胞の模式図 (左)と,実際に運動 している人工細胞を 上から見た顕微鏡写 真.破線は初期/最終 位置の輪郭を示す.

用語解説

((注記)1) 人工細胞
生きた細胞から「部品」となる構成要素を取り出し,それらを細胞サイズの油中液滴などに封入することで単純化したもの.人工細胞を用いることで,細胞内のタンパク質の種類と濃度,細胞サイズ,膜の組成を定量的に制御することができる利点がある.
((注記)2) アクチン細胞骨格
細胞の変形や運動など,細胞内の力生成の多くをアクトミオシン細胞骨格が担う.アクチン細胞骨格は主として,重合と脱重合によって⻑さが変わる二重螺旋状のアクチン線維と,そこに結合しATP(アデノシン三リン酸)を消費して収縮力を発生するミオシン分子モーターから成る.その他にも種々の架橋タンパク質や重合/脱重合タンパク質が関わることで,生体内の多様な力学を担っている.

論文情報

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
タイトル:Geometric trade-off between contractile force and viscous drag determines the actomyosin-based motility of a cell-sized droplet
(収縮力と粘性抵抗の幾何学的バランスがアクトミオシンによる細胞サイズ液滴の運動性を定める)
著者名:Ryota Sakamoto, Ziane Izri, Yuta Shimamoto, Makito Miyazaki, and Yusuke T. Maeda
D O I :https://doi.org/10.1073/pnas.2121147119

研究に関するお問い合わせ先

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