調味料が彩るフランス暮らし

家庭菜園でぐんぐん育つハーブ 夏のプロヴァンスで出会いなおしたタイムの香り

FOOD
2025年08月20日

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パン・オ・ショコラ

×ばつ日本の感性 ジャンル横断の独創的なパン/ベーカリー三三

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夏に公開される回では、ハーブについて書こう。この連載の企画を立てている時から、そう決めていました。それは夏のフランスで、ハーブと「出会いなおした」とも言える、印象的な体験があったからです。

知っていたはずのものが、まるで初めて知った時のように、新たな感覚を与えてくれるーー忘れがたいそれが我が身に起こったのは、今から10年前。出張で訪れた南仏プロヴァンス地方の内陸部で、岩山のハイキングコースを歩いていたときでした。

このあたりは地中海の乾燥した気候が育む低木樹や草花の「ガリーグ(garrigue)」という植生が特徴で、野生のタイムやローズマリー、ラヴェンダーなどが、岩肌を覆うように広がっているところ。写真を撮ろうと足を進めた先でうっかり、タイムを踏みしめてしまったら、足元からフワァ、と芳香が立ち上がってきました。

な、なんていい香り!

香り自体は、それまでも知っていたタイムのもの。でももっと香りの輪郭がくっきりとして、強いわけではないけれど、生き生きと確かでした。その場にしゃがみ込み、指に挟んでこすって、もう一度嗅いでみます。すると思わず目を閉じたくなるような、幸せな感覚が鼻の奥から全身に広がります。

そのとき折よく吹いた風が、近くに咲いていたラヴェンダーの香りも運んできて......天然のブレンドフレーバーに包まれながら、泣きたいような何かが込み上げてきました。この場にこうしてあることの自覚、そのありがたさ。

それからタイムの香りは、あの時の風景や感覚とセットになって、私の中に刻まれています。タイムを使ったお料理を食べては想起する。あの思い出にしばし身を置きたいときには、タイムの香りを嗅ぐ。そんなタイム・タイムのために、今では庭の一角でタイムを育てています。

庭でモサモサと育つハーブたち

フランス語でガーデニングのうまい人は「緑の手を持っている(Avoir la main verte)」と言いますが、私は残念ながらその手を持たないタイプ。5年前から始めた念願の家庭菜園でも四苦八苦していますが、生命力の強いハーブは、放置していてもぐんぐん育ってくれるありがたい存在です。お料理で使うのも好きなので、あれもこれもとそろえるうちに、そう広くはない家庭菜園がハーブだらけになってきました。

生命力が強いということは、根付きが良いだけではなく、育ちぶりも頼もしいということ。ベランダ栽培用の植木鉢で買ってきたローズマリーは植え替えて2年で直径1メートルほどの植栽になり、その翌年に迎えたセージは気づけば3倍サイズに成長しています。タイムは毎年冬になるといったん枯れますが、そこで根に力をため込むのか、夏にはいい香りの枝を豊かに広げ、今年は「モサモサ」と表現したいほどの勢いです。

3倍サイズに育ったセージ。葉ごとにちぎって乾燥させたら缶に保管し、冬の夜に熱々のハーブティーとして楽しみます
3倍サイズに育ったセージ。葉ごとにちぎって乾燥させたら缶に保管し、冬の夜に熱々のハーブティーとして楽しみます

とにかくたくさん生えるので、日頃の自炊での使い方も、遠慮なしになってきました。塊のお肉を焼くときには、タイムとローズマリーをガシッと一つかみして拝借。家庭菜園がなかった時はスーパーでドライハーブを購入し、1、2本ずつもったいぶって使っていたのを思うと、ぜいたくな変わりようです。

そしてこれだけ量を使うとやはり、お料理の仕上がりの味もより、はっきりします。お気に入りのレストランで毎回頼む大好物「子羊のタイム焼き」では、タイムの枝が束になってお肉にのっているのですが、これはモサモサ生えるタイムが大量に手に入るからこそのレシピなんだなぁと、改めて納得した次第です。

パリのレストラン「オー・プティ・トノー」の『子羊のタイム焼き』。運ばれる前から香ばしいタイムの香りが漂ってきます
パリのレストラン「オー・プティ・トノー」の『子羊のタイム焼き』。運ばれる前から香ばしいタイムの香りが漂ってきます

乙女心をそそるハーブ水

家庭菜園がくれた変化はもう一つ。ハーブを使った飲み物が、我が家の夏の定番になりました。作り方は至ってシンプルで、よく洗ったハーブをお水のボトルに入れて冷やすハーブ水です。こちらも南仏を訪れた際、地元の方のお宅にお邪魔した際に知りました。

ハーブ1種類でもおいしいですが、他の素材と合わせると、相乗効果で意外な飲み口が発見できます。ミントはきゅうりの薄切りと、ローズマリーはレモンと。特売で桃が買えた時は、デザート用に切り分けるときに1片をとっておいて、ローズマリー・レモン水に加えたり。これを飲みながらお昼寝をしたら、ちょっと素敵な夢が見られそうだなぁ......なんて、いくつになっても乙女心をそそられています。

今日のローズマリー・レモン水。つめたーく冷やして飲むのが美味しい
今日のローズマリー・レモン水。つめたーく冷やして飲むのが美味しい

ハーブは乾燥させても風味がよく残るので、夏のからりと晴れた日には、冬に向けてドライハーブを準備したりもしています。葉っぱを切り離してよくすすぎ、水気を拭いて日なたに並べる。日本から持ってきた母の形見の竹ざるがこの作業にはぴったりで、使うときには生前のように、天国の母に話しかけています。干している作業中からいい香りがして、ちょっとしたアロマテラピーだね、などなど。母が生きていたらこれも、お友達との茶飲み話にしていただろうなぁ、なんて想像しながら。

目指すは修道院のハーブ園

たくましいハーブたちのおかげで楽しんでいる家庭菜園ライフには、プロヴァンスの思い出のほかにもう一つ、インスピレーションの元があります。中世のカトリック修道院でよく見られるハーブ園です。

ハーブはお料理の風味漬け以外にも、体調不良や健康維持に効能があるとされ、欧州では古くから「植物療法(Phytothérapie)」が伝わっています。自給自足を旨とする修道院では、療法用のハーブももちろん自家栽培。農地を方形に仕切り、品種ごとに陳列するように栽培する菜園は、フランスでは「キャレ・デ・サンプル(Carré des simples)」と呼ばれています。

バカンス先の南スウェーデン・イースタッドで訪れた、旧修道院のハーブ園
バカンス先の南スウェーデン・イースタッドで訪れた、旧修道院のハーブ園

庭師が手入れをし、優しい緑色のグラデーションとよい香りがあふれるキャレ・デ・サンプルは、修道院見学の素敵な見どころ。売店で自家製のハーブティーやハーブせっけん、アロマグッズを販売しているところもあります。パリではクリュニー中世美術館の庭に併設されていて、パリジャンの癒やしスポットにもなっています。いつか私の家庭菜園も、こんなふうにきれいに整えたいなぁ。

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Enokoro
2025年8月20日 9:56 PM

ガリーグで野生のハーブと「出会いなおした」髙崎さん。私もそこに行って野生のハーブに包まれたい。原産地を知ることは大事だと、趣味の園芸でおなじみの深町貴子先生も言ってたな。 植物を育てるのが上手な人を、英語では『Green thumbを持っている』と言うが、私の親指は緑じゃないらしい。そんな私だが、ご多分に漏れず狭い庭にハーブを植えまくっている。ローズマリーにタイムにミント、レモングラスにレモンライム、オレガノからのバジルにローリエ、挙げ句の果てにイタリアンパセリ...。え、こんなに植えてた?「子羊のタイム焼き」や「ハーブ水」はぜひやってみたい。修道院のハーブ園「キャレ・デ・サンプル」、初めて知った。とても憧れる。我が家の庭も、いつかそんな風にしたいなぁ。 髙崎さんの出身地、埼玉の片隅で、素敵な写真を眺めながらそんなことを考えた。

花橘
2025年9月4日 7:50 AM

もう何十年も前に今のようにインターネットもない時代に本屋で北村光代さんの『ハーブさえあれば』という本を見つけました。それからハーブの存在を知り、外国旅行に行った市場やスーパーマーケットで実際の物を見つけました。今でも外国のスーパーマーケットではハーブ売り場には必ず足を運びます。 ハーブ水!考えた事もなかったのでぜひとも試してみたいです。桃もいれるとほんとう乙女心そそりますね。 子羊のハーブ焼き、聞いただけで美味しい〜と感じます。写真もありがとうございます。こちらのレストラン行ってみたいです。

haduki
2025年9月4日 7:51 AM

フランス行くたびに、ハーブのある暮らしに憧れたことを思い出しました。 ハーブ水の組み合わせ、やってみたいです! プロヴァンスを訪れたときに風がラベンダーの香りがすることに感激して、自宅の庭に数え切れないほどラベンダーを植えるも、土地に合わないのか全滅に次ぐ全滅。今はなんとか1株のみブッシュに育ちましたがかなり香りが薄い。苦笑 タイムもどうも弱くてイマイチ。 ただローズマリーだけは合うらしく、石垣を覆うように隆盛なので、ふんだんに使えて助かってます。

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Enokoro
2025年8月20日 9:56 PM

ガリーグで野生のハーブと「出会いなおした」髙崎さん。私もそこに行って野生のハーブに包まれたい。原産地を知ることは大事だと、趣味の園芸でおなじみの深町貴子先生も言ってたな。 植物を育てるのが上手な人を、英語では『Green thumbを持っている』と言うが、私の親指は緑じゃないらしい。そんな私だが、ご多分に漏れず狭い庭にハーブを植えまくっている。ローズマリーにタイムにミント、レモングラスにレモンライム、オレガノからのバジルにローリエ、挙げ句の果てにイタリアンパセリ...。え、こんなに植えてた?「子羊のタイム焼き」や「ハーブ水」はぜひやってみたい。修道院のハーブ園「キャレ・デ・サンプル」、初めて知った。とても憧れる。我が家の庭も、いつかそんな風にしたいなぁ。 髙崎さんの出身地、埼玉の片隅で、素敵な写真を眺めながらそんなことを考えた。

花橘
2025年9月4日 7:50 AM

もう何十年も前に今のようにインターネットもない時代に本屋で北村光代さんの『ハーブさえあれば』という本を見つけました。それからハーブの存在を知り、外国旅行に行った市場やスーパーマーケットで実際の物を見つけました。今でも外国のスーパーマーケットではハーブ売り場には必ず足を運びます。 ハーブ水!考えた事もなかったのでぜひとも試してみたいです。桃もいれるとほんとう乙女心そそりますね。 子羊のハーブ焼き、聞いただけで美味しい〜と感じます。写真もありがとうございます。こちらのレストラン行ってみたいです。

haduki
2025年9月4日 7:51 AM

フランス行くたびに、ハーブのある暮らしに憧れたことを思い出しました。 ハーブ水の組み合わせ、やってみたいです! プロヴァンスを訪れたときに風がラベンダーの香りがすることに感激して、自宅の庭に数え切れないほどラベンダーを植えるも、土地に合わないのか全滅に次ぐ全滅。今はなんとか1株のみブッシュに育ちましたがかなり香りが薄い。苦笑 タイムもどうも弱くてイマイチ。 ただローズマリーだけは合うらしく、石垣を覆うように隆盛なので、ふんだんに使えて助かってます。

ニカ
2025年9月21日 5:36 PM

ハーブを育てたい気持ちがあるのですが、まだ実現していません。今回の記事をきっかけにそろそろはじめてみようかな?と背中を押してもらった気がします。ハーブ水にヨーロッパ旅行で出会い、感激しました。その後すっかり忘れていたので、今夜にも作ろう!

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