埼玉県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て2000年に渡仏。書籍や雑誌、ウェブメディアにて、フランス社会と文化を題材に幅広く取材・執筆を行う。得意分野は子育て環境と食。パリ郊外在住。(ポートレート撮影 村松史郎) 【著書】 2014年 『パリ生まれ プップおばさんの料理帖』(共著、新潮社) 『パリのごちそう』(主婦と生活社) 2016年 『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書) 2023年 『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)
フランスで食文化の取材・執筆を仕事にして何年か経った頃、隣接するヨーロッパの某国で、当時の人気シェフのお料理を食べる機会がありました。「現代の最先端」を掲げるお皿の数々は、盛り付けも食材の組み合わせも、繊細かつ斬新。好奇心を刺激されおいしく完食しつつ、「お隣なのに、フランスで食べる"現代の最先端"のお料理と、明らかに違う」との感覚が強く残りました。この感覚はなんだろう? 国や地域で食文化は変わって当然、でも具体的に、どこがどう違うんだろうか。
その感覚の正体が明らかになったのは、フランスに戻って数日後。パリのレストランで海の幸の前菜を口にした時でした。抽象画のようにお皿に散らされた赤いソースをホタテ貝の薄切りに絡めて食べた瞬間、キュッと舌の上に立ち上がった酸味! そのあとをホタテの海の風味と塩の結晶のガリッとした歯応えが追いかけてきて......そうだこれだ、この酸っぱさ!これだわフレンチ! と、うなずきすぎて首が痛くなるほど納得したのでした。
フランス料理では異なる味や食感を組み合わせて、味わいの印象に立体感を出すことをします。フランス語では「contrebalancer 釣り合いをとる」と表現するそれで、よく使われるのが酸味なのです。フライパンに残ったお肉や魚の焼き汁からソースを作る「デグラッセ」の際、バターやワインではなく、お酢を加えて味を調えるレシピもあります。
フレンチにはお酢が不可欠、酸味が大事。シェフたちへの取材でフムフム聞いて分かった気になっていたものを、改めて理解しなおした体験でした。それからはフランス料理を食べる際、酸味がどこにあるか、それはどんな食材がもたらしているのかが、がぜん気になっています。
レモンやライムなどのかんきつ類、ラズベリーなどのベリー類、ヨーグルトなどの発酵乳製品、りんごやルバーブ。酸味を持つ食材は数多くありますが、調味料ならば代表格はやはりお酢です。
お酢はアルコールが酢酸発酵して生成されるので、銘醸造地にはたいてい、それを元にしたお酢が見つかります。そしてフランスはご存じのように、ワインを筆頭にした醸造酒の名産地。 フランス語のお酢はVinaigre(ヴィネーグル)、これはVin ワイン+aigre 酸っぱいと、そのものずばり「酸っぱくなったワイン」の意味です。
フランスでメジャーなのは、赤白のぶどう酒から作るワイン酢、りんごのお酒を元にしたシードル酢、ハチミツ酒を発酵させたハチミツ酢あたり。高級酒シャンパーニュから作るお酢もあります。ワイン酢はしっかりとした酸味が特徴で、自家製のマリネやドレッシングにピッタリ(ちなみにフランス語のドレッシングはVinaigrette〈ヴィネグレット〉、これまた派生語です)。シードル酢はよりフルーティーかつキリッとしていて、バターで炒めた鶏肉に多めに注いで蒸し煮すると、軽やかなのだけど独特のうまみが出てきていい感じです。ハチミツ酢は甘やかで軽やか、酢飯に使ってみたらなかなか好みに仕上がりました。
変わりダネでは、スペイン国境側の南フランス・地中海沿岸で作られるワイン「バニュルス」のお酢が挙がります。糖度の高い赤ワインから作られるバニュルス酢は、とろりと濃厚で深い酸味が魅力です。
厚めに切ったフォアグラのテリーヌにちょろりと垂らして食べると、脂身と酸味が正面からガチンコでぶつかり、相乗効果で別の美味を生み出しているかのよう。前述したcontrebalanceの賞味体験の分かりやすいバージョンだよなと、食べるたびに思います。
そうして酸味を気にして過ごして20年余、私もすっかりお酢好きになりました。知らないお酢を見つけたら必ず試食、それができなければ購入してスプーンですくって飲む、とやっているのですが、お酢はとにかくバリエーションが豊富なので、未知の商品が際限なく出てきます。ハーブやフルーツを組み合わせたブレンド商品も山ほどあって、フランスだけでこれじゃあ、一生のうちどれだけの種類のお酢を味わえるのかしら?!と頭を抱えてしまいます。
最近のヒットは、春のバスク旅行で見つけた真っ赤なお酢ソース「ピカ・ゴリ」です。地元名産のさくらんぼをホワイトヴィネガー、赤ワインヴィネガー、バルサミコ酢などとブレンドしたもので、質感はもったり・とろり、果実味があるけれどしっかりと酸っぱい。
現地で食べたのはホワイトアスパラガスと合わせた春らんまん!なお皿でしたが、色とりどりのトマトにふりかけてみたらこれまた、目にも舌にも楽しい一品になりました。夏野菜が市場にあふれるこれからの季節、大活躍してくれそう。
......と、ここまでが、今回書こうと予定していた内容なのですが、昨日近所に新しくできたスーパーに行ってみたら、また未知のお酢商品に遭遇してしまいました。東フランス・アルザス地方のお酢メーカーが作っているMELFORは、ホワイトビネガーとハチミツと植物の煎じ汁とカラメルをブレンドし、マイルドでさらっとした味わいだそう。
検索したらじゃがいもサラダのレシピが出てきましたが、先週末の朝市で買ったフランスの山菜「アスペルジュ・ソバージュ」とわかめサラダにしても良かろうな、と考えつつ、カートに入れずにはいられませんでした。あーもう!(うれしい悲鳴)
記事ありがとうございます。フランスにはこんなにたくさんの種類の酢があることに驚きました。一般に言われている酢を一滴入れたら、味が引き締まる、深みが出るとよく言われていることを一歩深めた世界だと思ってワクワクしながら読んでいましたが、何といっても、「フランス料理の立体感」のまとめに驚きました。振り返って自分の台所を見てみると、酢は多くて2つ。お寿司の酢かドレッシング用のフルーツの酢だけ。味の世界って奥深いなあ、いやあ、いろんなことを習いました。ありがとうございました。
この料理に似た酢豚というのもあります。牛肉や豚肉の生地をつけて油で揚げて甘酸っぱいものにしていくつかの野菜を入れて煮て汁をかけて食べるととてもおいしいです 果物でするということも分かりました。 ありがとうございます
酸っぱいものが苦手です。おそらく寿司酢にできるもが好みかもしれません。 しかしスペイン国境側付近の「バニュルス」は試してみたいです。濃縮バルサミコ酢のような感じでしょうか。 バスクの真っ赤なお酢ソース「ピカ・ゴリ」も試してみたいです。バスク柄のお皿も素敵ですね。 お酢の世界も広いですね。 記事をありがとうございます。
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記事ありがとうございます。フランスにはこんなにたくさんの種類の酢があることに驚きました。一般に言われている酢を一滴入れたら、味が引き締まる、深みが出るとよく言われていることを一歩深めた世界だと思ってワクワクしながら読んでいましたが、何といっても、「フランス料理の立体感」のまとめに驚きました。振り返って自分の台所を見てみると、酢は多くて2つ。お寿司の酢かドレッシング用のフルーツの酢だけ。味の世界って奥深いなあ、いやあ、いろんなことを習いました。ありがとうございました。
この料理に似た酢豚というのもあります。牛肉や豚肉の生地をつけて油で揚げて甘酸っぱいものにしていくつかの野菜を入れて煮て汁をかけて食べるととてもおいしいです 果物でするということも分かりました。 ありがとうございます
酸っぱいものが苦手です。おそらく寿司酢にできるもが好みかもしれません。 しかしスペイン国境側付近の「バニュルス」は試してみたいです。濃縮バルサミコ酢のような感じでしょうか。 バスクの真っ赤なお酢ソース「ピカ・ゴリ」も試してみたいです。バスク柄のお皿も素敵ですね。 お酢の世界も広いですね。 記事をありがとうございます。