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野村又三郎

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野村 又三郎(のむら またさぶろう)は、和泉流 狂言能楽師 野村又三郎家名跡

九世

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野村又三郎信喜

十世

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野村又三郎信茂(天保7年8月18日1836年 9月28日〉 - 明治40年〈1907年12月3日)

九世の子。京都出身。安政5年(1858年)に家督を継ぐ。江戸時代は尾張徳川家のお抱えであったが、明治には大阪で活動した[1] [2]

十一世

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野村又三郎信英(元治2年3月15日1865年 4月10日〉 - 昭和20年〈1945年1月15日)

十世の子。京都出身。明治3年(1870年)に初舞台。明治40年(1907年)に野村又三郎を襲名。大正6年(1917年)に上京し、東京でも活動した[3]

十二世

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のむら またさぶろう
野村 又三郎
(十二世)
本名 野村 信廣
生年月日 (1921年12月12日) 1921年 12月12日
没年月日 (2007年12月12日) 2007年 12月12日(86歳没)
出生地 日本の旗 日本 愛知県 名古屋市
死没地 日本の旗 日本 愛知県名古屋市
国籍 日本
職業 狂言方能楽師
ジャンル 舞台
活動期間 1925年 - 2007年
著名な家族 父:十一世野村又三郎
長男:十四世又三郎(四世野村小三郎)
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十二世野村又三郎(1921年 3月31日 - 2007年 12月12日)は狂言能楽師。本名は野村信廣。父が十一世。愛知県 名古屋市出身[4] 。4歳で初舞台を踏み、1950年に十二世を襲名。

1982年に文化庁芸術祭優秀賞、1985年に名古屋市芸術特賞、2002年度に名古屋演劇ペンクラブ年間賞2004年に松尾芸能賞(新人賞、第25回)を受賞。重要無形文化財総合指定保持者(人間国宝)にも指定された。

2007年12月12日、脳腫瘍のため名古屋市中区の病院で逝去[5] 。享年86。

十三世

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十四世

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野村又三郎 (14世)の項目を参照。

脚注

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外部リンク

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