誕生寺 (奈良市)
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誕生寺 | |
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誕生寺 | |
所在地 | 奈良県奈良市三棟町2 |
位置 | 北緯34度40分30.8秒 東経135度49分46.4秒 / 北緯34.675222度 東経135.829556度 / 34.675222; 135.829556 座標: 北緯34度40分30.8秒 東経135度49分46.4秒 / 北緯34.675222度 東経135.829556度 / 34.675222; 135.829556 |
山号 | 異香山 |
院号 | 法如院 |
宗派 | 浄土宗 |
本尊 | 中将法如尼坐像 |
正式名 | 異香山法如院誕生寺 |
札所等 | 大和北部八十八ヶ所霊場 第60番 |
法人番号 | 7150005000288 ウィキデータを編集 |
誕生寺 (奈良市)の位置(奈良市内) 誕生寺 (奈良市) | |
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誕生寺(たんじょうじ)は、奈良県 奈良市 三棟町にある浄土宗の寺院(尼寺 [1] )。誕生堂・三棟殿ともいう[1] 。
概要
[編集 ]奈良時代、当麻曼荼羅で知られる中将姫の父、横萩右大臣豊成の邸があったとされる場所に建ち、中将姫生誕地と伝わる[1] 。一説には古く、釈迦誕生仏を安置したためとも伝わる[1] 。
創建・沿革は未詳だが、文政9年(1826年)本堂再建を記した文書が伝わる[1] 。中将法如とその両親がまつられる[2] が、もと御殿が3つ並んでいたことより、三棟殿とも呼ばれたという[2] [1] [3] 。
境内
[編集 ]本堂
[編集 ]内陣中央に厨子入り本尊中将法如尼坐像をまつる[2] 。右脇壇に法然上人坐像・阿弥陀如来像・厨子入阿弥陀如来・二十五菩薩を巧みに刻んだ来迎仏などが安置されている[2] 。左脇壇には、豊成公坐像・紫の前坐像・長谷型十一面観音と両脇侍像がまつられている[2] 。
極楽堂
[編集 ]庭園の小高いところにあり、阿弥陀如来を安置する[2] 。その下に石造中将姫坐像や、二十五菩薩の石仏が来迎の形を模して並んでいる[2] 。産湯の井戸もそこにある[2] 。
薬師堂
[編集 ]山門の外、参道に面してあり、薬師如来・弘法大師・青面金剛をまつる[2] 。
稲荷社
[編集 ]山門を入って左側にあり、吉高大明神をまつる[2] 。
文化財・旧跡
[編集 ]- 天平12年(740年)光明皇后祈願の断簡[1]
- 二十五菩薩石仏 - 江戸時代 [1]
- 木造中将姫像 - 毎年4月13・14日に開帳される[1] 。
- 中将姫産湯の井戸
- 中将姫源信往生図 - 中将姫のため二十五菩薩が来迎し、極楽殿に大きく阿弥陀如来などを曼荼羅風に描いたもの[2] 。
- 絹本著色中将姫曼荼羅図(奈良市史料保存館) - 奈良市指定文化財・絵画(平成8年4月11日指定)、毎年4月13・14日に開帳される[1] 。
- 絹本著色天神像 - 室町時代 [2]
ギャラリー
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薬師堂
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中将姫誕生霊地の碑
出典
[編集 ]- ^ a b c d e f g h i j 『日本歴史地名大系. 第30巻 (奈良県の地名)』 (平凡社 1981年) p.530
- ^ a b c d e f g h i j k l 奈良市史編集審議会編『奈良市史 社寺編』、吉川弘文館、1985、p.166
- ^ 『三棟殿略縁起』この地は、聖武天皇の御世天平19年8月18日、中将法如比丘尼の誕生の地であるところから「誕生寺」という。また中将法如とその両親右大臣藤原豊成卿、紫の前の御3人の御殿が3つ並んでいたところから「三棟殿」ともいう。有名な元興寺がこの地一帯を境内としていたころは、「誕生殿」として人々の崇拝のまとであった。(後略)
参考文献
[編集 ]関連項目
[編集 ]外部リンク
[編集 ]ウィキメディア・コモンズには、誕生寺 (奈良市) に関連するカテゴリがあります。
オープンストリートマップに誕生寺の地図 があります。