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行徳健男

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行徳健男

行徳 健男(ぎょうとく たけお、文久2年6月22日 [1] (1862年 7月18日) – 昭和20年(1945年)10月18日 [2] )は、日本の衆議院議員(憲政会)。医師

経歴

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肥後国熊本(現在の熊本県 熊本市)出身。1886年(明治19年)に熊本甲種医学校を卒業後、東京帝国大学 医科大学 選科ベルリン大学に学んだ[2] 。眼科医院を開業し、熊本医学専門学校講師を務めた[1] 。さらに熊本市会議員、同参事会員に選出された[1] 日露戦争の際には篤志医員として第六師団予備病院に勤務した[1]

1917年(大正6年)、第13回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。

その他、熊本県医師会長、九州医師会長、大日本医師会副会長、熊本市教育会副会長を務めた[2] 。墓所は熊本市小峰墓地

脚注

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参考文献

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  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。 
  • 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。 

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